阿部卓馬ブログ

北海道新ひだか町サポート大使のシンガーソングライターです。ライブ告知、活動情報などを中心に更新しております。

2010年まとめ。

2010年12月30日 | 日記
総括的な記事です。



■今年創った曲

目の前のコーヒー
今君よ、咲き誇れ
SHIFT UP - SHIFT DOWN
バイブレーション
風の贈り物
RESTART
初めてのいたみ(提供)
ふたりの海
腐る選択肢を無くせ!
愛のない言葉
仲良くネ!
サクラノクレパス(作曲・補詞)
ある夜のお話
それでいい
満たされない人2010
僕はもう人生をやめた
フシギ
太陽の瞳
月のさんぽ(提供)
イイトコロ
ごめんね、ありがとう
言ってみたいこと、言われてみたいこと
廻る想い
最後には「イエス」と言おう(提供)



こうやってまとめてみると、意外と少なかったですねぇ。30曲は超えてたと思ったけど、結果表に出したのは24曲でした。
提供した曲で未公開のものもありますが、簡単に解説すると、「初めてのいたみ」はこれから日本を席巻きするかもしれない北海道の10代の女性シンガーに提供、「月のさんぽ」はすでにガラナ・レコーズの看板娘?となりつつある井雲真理ちゃんへの提供です(まだ未発表)。これからどこかで聴く機会があれば嬉しいですね~。頃合いを見て自分でも歌いたいと思っております。

個人的感想から言いますと、1月1週間6曲の曲(最初からの6曲)はすべて、自分からしてもなかなかの出来で、いつ歌っても良い曲がそろっておりますね。「バイブレーション」は、最近自分でもお気に入りで、けっこう長生きする曲かもしれません。「ふたりの海」はリアルなエピソードからおこした曲で、内容的には真理を突いていたりもして、良曲となっております。「愛のない言葉」は、なかなかのお気に入りですが、いかんせんトータルのバランスが悪い仕上がりで、いつでも歌える曲にはなっていないのが難点ですね。「仲良くネ!」もそれなりに良い曲で、あと一歩、で更なる真理に近づけるように感じております。

一回こっきりの曲について。「腐る選択肢を無くせ!」は、世界の重要な部分に触れているのですが、タイトルの言霊がイマイチ。コールアンドレスポンスを考えた割には、重要な部分をミスっている曲なので、これはほんとにお蔵入りかも。「僕はもう人生をやめた」は、タイトルからのインパクトを狙ったんですが、内容的にインパクトが薄い感じがして、これもお蔵入りは必死かも。「ごめんね、ありがとう」は、事実を歌っているものですが、重すぎる感がありますので、たまーに歌う感じになると思います。「言ってみたいこと、言われてみたいこと」は、聴いていただきたい人がいるときにまた歌いたいと思っております。

地元テーマ曲は、結局「サクラノクレパス」と「太陽の瞳」の発表で留まりましたが、それぞれ良い味を出している仕上がりになりました。「太陽の瞳」はどこまでキャッチーに出来るかどうか?を主題としましたので、聴いた方はすんなり聴けるのではないかと思います。「サクラノクレパス」はしっとりとしたバラードで、ユウキさんの歌声もあり幅広い世代に人気のある曲となりました。

今年の収穫としては、「ある夜のお話」、「それでいい」、「イイトコロ」、「廻る想い」、「最後には『イエス』と言おう」、このあたりの年末にかけて書かれた曲は、いつでも自信を持って歌える曲に仕上がったところですね。歌う側・聴く側のテンションの如何に問わず、強力なメッセージ(ひいては上昇感)を放つ曲を創ることを主題としてきている中で、このような曲が出来てきている現状はたいへん嬉しく思っております。来年もこの信念にのっとり、作曲を続けていきたいと考えております。

ここまでは、あくまで作者の個人的感想なので、聴く人によってはまた違った感想もあると思いますが、自分が創る曲はまだまだ上を目指しておりますので、あえて現時点での感想を述べさせていただきました。



■地元の応援プロジェクトについて

当初、2010年中に地元テーマの曲を集めたCDを作成する予定でしたが、今年の代表(自分)の精神的遍歴からそのスケジュールを犯すことになってしまったことをこの場でお詫びいたします。自分にはこの一年で非常に多くの情報が蓄積され、途中それらについて消化不良を起こしてしまっていた部分があります。この年末にかけて、その消化がだいぶなされてきたことと、自分本来の活動の指針が見えてきたことで、今後改めてその指標を定めて活動していきたいと考えております。そうしたことを踏まえて、2011年は活動していきたいと考えておりますが、自分本来の活動の成就が地元、ひいては日本、世界、更には宇宙の貢献になると考えておりますので、その活動を中心に、地元へのフィードバックが出来れば幸いです。



■来年の抱負について

作曲の指針・背景が固まったので、それに基づく音楽活動を展開できれば、と考えております。
あえて目標は大きく、「年間100曲」を掲げて2011年の活動を展開したいと思います。
しかし、その内容が低レベルに終わらないように、日々感じることを忘れずに創作に励みます。
また、自分よりも素晴らしいシンガーが存在することを鑑みると、やはり楽曲提供も積極的に行っていきたいと思います。
自分のメッセージを多くの人に伝えてもらうことは、ライターとしての冥利に尽きます。

このような方針で活動していきますので、どうぞお楽しみに!!!



以上、長々と記述しましたが、2010年、たくさんの方々に支えられて活動を続けることができました。

本当にありがとうございました!!!

自分が死してもなお、後世の人々に良き影響を残せるような曲を創り続けていきたいと考えておりますので、2011年もどうぞよろしくお願いいたします!!!



本年度の更新はこれにて終了いたします。

来年も音楽、ブログ、その他、どうぞよろしくお願いいたします(*^^*)

良いお年を!



阿部 卓馬

とっても小さい、しかし全体的な争い。

2010年12月30日 | 日記
変なおじさんは昨日に引き続き、甥っ子軍団と遊んでいたんですが。

時として訪れる、兄弟ゲンカ。

将棋のコマで挟み将棋?か何かをしていたときだったのですが、弟が荒れて別な部屋に飛んでいきました。
自分はその遊びには参加しておらず、はたから眺めておりました。
その後しばらくはシクシク別の部屋で泣いている弟。
兄はおばあちゃんとその遊びを続けていました。

相当ひねているようで、その後も弟は場所を移しながらもシクシク。
イスを叩いたりして怒りをアピール。

その姿に対して、自分は一言。

「もういい加減、いいだろ」

その言葉を放ったとき、ふと自分に対しても言っているような感覚が。
思えば、目の前の甥っ子ほどの頃、このようにケンカして泣いていた自分がいた。
しかし、子供の兄弟ゲンカというのは、大人からしてみれば当たり前、かつ面倒くさいこと。
この言葉は面倒くさい大人の立場から発せられた言葉ではなかったか?!
と、ふと我に返ったのです。

かつて自分がそのようにシクシク泣いていたときに、ホントにして欲しかったことはなんだったか?
そう思い、その弟に聞いてみるのです。

「いったい何が原因なんだ?」

そのように聞いてみたら、弟はしゃくり上げながらもその理由をトツトツと話し始めるのです。
その内容は、とても具体的とは言えるものではなかったのですが、少なからず弟が心を開いた瞬間でもあったのでした。

あの時僕は、この争いにおける自分の言い分を、誰でもいいから聞いて欲しかったんだな。
そういったことを、時空を超えて感じるのでした。



第三者から見れば、子供の兄弟ゲンカというのは、突然、または偶然起こったような出来事のように見えます。
状況にもよりますが、「喧嘩両成敗」という、大人にしてみれば都合の良い言葉があって、問答無用で争いを治めようとすることも多いかもしれません。
しかし、争い(怒りや欲望)というものは、小さいものから大きいものまで、その原因を辿っていけば必ず元になるものが存在するもの。
それは平生落ちついている人の間で、突然争いが起こらないことからもわかるものです。

このようにアプローチする流れがない場合、争いが起こったとしても両者納得のもと、完全に争いを治めることは出来ない。
なぜなら、そこに必ず真相の隠蔽が存在し、隠蔽による心や物理的な被害が存在する。
その心の被害は、意識層から薄いベールを被せ、無意識層に静かにフタをする。
無意識層にフタをされた心は、まず始めに自分自身の自我を誤解する。
自分自身の自我を誤解する、ということは、認識される世界の誤解であることに他ならない。
この薄いベールは、度重なる真相の隠蔽によりその厚みを増し、誤解を多く含んだ自我形成を進め、緩やかな歪みとなる。



今年は仏教を少しずつ勉強した年になりましたが、これはいわゆる「集諦」ということです。
「集諦」とは、仏教の四諦における、苦しみの原因を明らかにすることです。
この世の根本は苦しみであり、その苦しみには必ず原因があり、それを明らかにして滅し、正しい道を歩む、というのが仏教の四諦の教えです。
明らかにされない苦しみは、再び目の前に現われ、自分自身や他者への誤解を招くものとなります。

「理不尽」、「無理を通せば道理が引っ込む」、などでも言われていますが、怒りや欲望から誘発される争いは、真実の道理に従わない場合、必ず誰かに心や物理的被害が発生します。
もしそういった争いの場に身を置いた場合、このような「集諦」のアプローチによって解決できることも多いかもしれません。



とっても小さい、しかし全体的な争い。

このことに気付けたなら、世界で起こっているあらゆる争いの解決の出発点に立っている、と言っても良いかもしれません。

要は、サイズ。根本は同じです。