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君のための薔薇パイロット版

2009年03月22日 13時10分03秒 | おおふり雑記

「申し訳ありませんミハシ様。侍女にも探させているのですが……」
眉を曇らせ告げるサカエグチに、ミハシは力無くかぶりを振った。

薔薇園の片隅で萎れていた苗木。
 朝の散策でそれを見つけたとき、ミハシは思わず目尻を拭った。
 付き添っていたアベは、戸惑ったような表情を見せる。
「泣くようなことか!?」
 大きな声にびくっと震えた。かろうじて絞り出す。
「お、俺が、もっとちゃんと世話できて、
れば、か、枯らさないで、すんだ、から」
 薔薇の世話は、事実上幽閉であるカフェスでの
暮らしに彩りを添えてくれるものだ。その苗木は、
特に大事に育てていたつもりだった。
「………」
 うなだれて立ち尽くすミハシにアベは黙り込む。
しばらくして、いらだたしげに吐き捨てた。
「おまえ、ウザイ」


 アベの姿が、それ以後見えない。            
 普通蜜蜂は主の傍を離れたりしない。だがアベは常に、
隙あらばひとりであちこち出歩こうとして
サカエグチに咎められている。
またいつものそれだと思っていた。
が、今日はもう姿が見えなくなって半日も経つ。
上の空の主の様子に教師のニシヒロは授業を早めに切り上げた。
それからチームミハシ総出で探しているのだが。

 サカエグチは言った。
「〈一枚葉の蜜蜂〉になにかあるとも思えませんが……」
あのばか、という言葉は主に聞こえない程度に留めている。
継承権順に五枚葉、三枚葉、一枚葉と定められた紋章。
華色と呼ばれる決まった色。
 それらは各皇子の衣服、調度品などにことごとく反映される。
同じものを身につけさせるから、アベがミハシの蜜蜂であることは
後宮の者にならすぐにわかるはず。
継承順位最下位とはいえ、皇子の蜜蜂の身に危害が加えられる
ことはないはず――それがサカエグチの言葉の意味するところだが、
ミハシの眉が曇ったままなのは他にわけがあった。

 ア、アベくん、は。
 ただでさえ、ここを、出て行きたがって、る。
 その上、俺「ウザイ」って、思われ、た。
 ウザイ、奴の、傍には、いたくない、よね?

 後宮への出入り口はひとつしかない。
そこを誰にも見咎められずに通り抜けることは不可能だとは思う。

 でも。

 あのアベなら、なんとかしてしまうかもしれない。
そしてその機会があったら、きっと迷わずに出て行く。記憶がなくても。

 戻ることはないだろう。

 まだたった数日。お互い望んだわけでもない出会い。
なのにこんなことを考えるのは、俺が大臣たちが陰で言うとおり、
「弱い皇子」だからなんだろうか。

 ――淋しい、だなんて。

 そのとき、房の入口がなにやら騒がしくなった。
硬い靴音と、佩剣のかちゃかちゃいう音に、怒声が混ざる。
「は、な、せ、よ! 逃げたりしねえ!」
「蜜蜂のくせに皇子の傍を離れてうろちょろするような
奴の言うことが信用できるか!」
「そーそー。つか見つけたのが俺らだったからいいけどさー。
五枚葉の取り巻きには気性の荒い奴もいるっていうぜ?」
「アベ、くん……ッ!」
 近衛のハナイとタジマにひったてられるようにして
現れたアベに、ミハシは駆け寄っていた。
 一体どこを彷徨ったのか、顔や体にひっかき傷をこしらえている。
ミハシが思わず頬の傷に手を伸ばして触れると、
「……てッ」
 と精悍な顔をゆがめた。つられて、ミハシの眉尻も下がる。
「――なにが〈……てッ〉だ」
 いつの間にか背後に回り込んでいたサカエグチの手にした銀の盆が、
アベの後頭部にすぱんとお見舞いされた。
「いって! てめなにすんだこの……ッ!!」
「君こそ、いったいどこをほっつき歩いてたの!」
 ずいと詰め寄られると、アベは言葉に詰まった。
ミハシも同じ思いで見上げる。その視線に耐えかねたかのように、
アベはふいと視線を泳がせた。
「……どこでもいいだろ」
「! また、そういう――」
 サカエグチは再び盆を閃かせる。
――半瞬後、振り上げた腕を静かに下ろしていた。
 立ち尽くすミハシの両の瞳からこぼれ出るものに、気づいたからだ。
「よ、良かった、……」
 言葉を詰まらせ、目元を拭う。
「ご、ごめ、また、俺、泣い……」
 涙を流すときでさえ気遣わしげにキョドる主を、
侍女も近衛も黙って見守った。ただひとりアベだけが、
落ち着かない様子で頭をかく。やがて躊躇いがちに言葉が落ちた。
「……泣くなよ」
 ミハシは涙を拭って顔を上げる。
潤んだ瞳で傷だらけの顔を見上げると、
アベはぶっきらぼうに言い放つ。
「おまえウザイけど、泣かれるともっとウザイ」
 ――サカエグチの盆が、すぱーんと後頭部に決まった。


「……くそ、あいつすぱんすぱん殴りやがって……」
 天蓋つきの寝台に腰をおろして頭をさするアベの姿に、
ミハシは思わず笑みを漏らした。
 日は落ちている。サカエグチは、
「心配させた分、しっかりお勤めしなさい」と告げると、
早々に二人を残して下がっていた。
ミハシの笑い声を聞き咎めたのか、
アベは羽毛の寝具の上に乗り上げ、顔を覗き込む。
きゃしゃな顎に指をかけて持ち上げた。
「なんだよ」
 乱暴な仕草なのに、胸がじんと痛くなる。
アベが来てからの自分は、ちょっとおかしい。
媚薬を使ったわけでもないのに、簡単にこんなふうになる。
 見つめられると、以前より簡単に涙で瞳が濡れた。
「アベくん、ぶ、無事で。か、帰ってきてくれ、て、良かっ……」
「――」
 アベは眉根を寄せる。不愉快なのか、
と思う間もなく上衣の前を乱暴にはだけられていた。
「あ……ッ!」
 鎖骨に歯を立てられる。やさしい愛撫にはほど遠いのに、
全身を甘い痺れが貫いた。
アベは音を立てながら、一度も日灼けをしたことがない、
ミハシの陶器のように滑らかな肌に舌を這わせていく。
「んッ……!」
 鎖骨の下辺り。
そんなところ普段自分で触れてみてもなんとも思わないのに、
アベの濡れて熱を持つ唇がきつく押しあてられると、
腰の後ろ側がむずがゆくなる。自然と浮いてしまうと、
そこにアベの力強い腕が回り、ぐっと引き上げられた。
 アベの腰に押しあてられる。
 じっとのぞきこむ瞳に、意地悪な笑みが浮かんだ。
「……もうこんなになってんのか」
「……ッ!」


  
   (続きは4月5日西浦祭3で発刊の「熱砂の青い薔薇」で!)

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2 コメント

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質問です (不尽)
2009-03-24 02:26:50
 「熱砂の青い薔薇」は、西浦祭3に参加しないと、手に入れられないでしょうか?
 日程の都合で、参加できないのですが、通販はしていただけるのでしょうか。
返信する
お問い合わせ有難うございます~ (不尽様)
2009-03-24 07:18:19
ええと、5月17日の「いちばんぼし」(アベミハオンリー)にも持っていきます。
通販はですね、今検討中です。
為替は手数料が上がっちゃってるので、振り込みになると思いますが、どの方法が一番いいのか……。イーバンクとかゆうちょか……むううう。

ご希望がありましたらお聞かせいただけると
幸いですv
(よろしければ他の方も!)
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