勉強を教えていて、生徒のヤル気に繋がるものの一つとして『成果』があると思います。
勉強をまじめにやっている限り何かしら実っていくのですが、それが成果となって見えるには、個人差や内容の差があります。
自分を信じ、見えないものに向かっていける子は良いのですが 自分に自信の無い子はどうしても実りの遅い成果には焦りと不信を抱いてしまいます。
『やっても無駄じゃないか?』
こう思ってしまうわけです。そうなったとき続けさせられるのは親への、教師への信頼感でしょう。
私にしても、ずっと教えている生徒は私の能力を解ってもらっていると思いますが、最近入ってくれた子、特に女の子はまだ私を信じきっていない気がします。
大人の力を十分に解らせられない私の至らなさですね。
塾長として、一講師として、先生の言うこと聞けば大丈夫と信じてもらえるように精進しなくては、と思う今日この頃です。
勉強をまじめにやっている限り何かしら実っていくのですが、それが成果となって見えるには、個人差や内容の差があります。
自分を信じ、見えないものに向かっていける子は良いのですが 自分に自信の無い子はどうしても実りの遅い成果には焦りと不信を抱いてしまいます。
『やっても無駄じゃないか?』
こう思ってしまうわけです。そうなったとき続けさせられるのは親への、教師への信頼感でしょう。
私にしても、ずっと教えている生徒は私の能力を解ってもらっていると思いますが、最近入ってくれた子、特に女の子はまだ私を信じきっていない気がします。
大人の力を十分に解らせられない私の至らなさですね。
塾長として、一講師として、先生の言うこと聞けば大丈夫と信じてもらえるように精進しなくては、と思う今日この頃です。