黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

授業料が10年間で約2倍!? 米国ロースクールの恐怖

2013-04-29 15:38:55 | 法科大学院関係
 昨日,『アメリカ・ロースクールの凋落』(花伝社)という本が届き,熱にうなされながらも少しずつ読んでいましたが,アメリカのロースクール事情は,想像以上にひどくなっているようです。
 この本は,ワシントン大学ロースクールのブライアン・タマナハ教授が執筆した,アメリカのロースクール事情に関する内部告発本であり,樋口和彦弁護士と高崎経済大学の大河原眞美教授が日本語に翻訳したものですが,その内容については,とても一回の記事で紹介しきれるものではありません。今回は,この本に取り上げられているアメリカ・ロースクールの学費問題について,日本の現状と比較しながら御紹介して行きたいと思います。
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1 ロースクールの授業料高騰
 同書139頁によると,アメリカの代表的なロースクールの一つであるイェール校の授業料は,1987年には12,450ドル,1999年には26,950ドルであったものが,2010年には50,750ドルにまで上昇しています。
 それ以外のロースクールについても,州立ロースクールの州民学生向け平均授業料は1999年に7,367ドル,これが2009年には18,472ドルと,10年間で2倍以上に上昇しており,私立ロースクールの平均授業料も1999年の20,709ドルから,2009年に35,743ドルへと大幅に上昇しています。
 上記はいずれも1年間の授業料であり,仮に1ドル=100円と考えれば,イェール大学で法務博士の学位を取得するには,3年間で日本円にして1,500万円以上の学費がかかることになります。公立平均でも3年間で500万円以上,私立平均で1,000万円以上というのですから,日本の法科大学院と比較しても尋常な金額ではないことが分かります。
 アメリカのロースクールにおける授業料高騰の要因については,同書157~159頁で7つの一般的要因と3つの補足的要因が挙げられているのですが,日本では見られない授業料高騰現象を読み解く鍵となっているのは,どうやらロースクールの「認証評価制度」と「USニュースの格付け制度」のようです。

2 ロースクールの認証評価制度
 アメリカでは,司法試験が州ごとに実施され,受験資格等も州ごとに異なっていますが,アメリカ全50州のうち45州では,各州の最高裁判所の命令により,アメリカ法曹協会(ABA)が認証したロースクールの修了を州の法曹会加入の要件としています。形骸化の著しい日本の認証評価制度と異なり,アメリカではABAの認証評価を受けたロースクールでなければ司法試験の受験資格を認められず,また認証後も7年おきに認証委員会の評価を受けなければならないのですが,この認証評価は教育の質よりも法学教員の待遇確保に重点が置かれており,ひたすらお金のかかることばかり要求されるようです。
 同書26頁に書かれている主なものを挙げると,
① 終身在職権を持つ教授を基準にして,教授対学生の比率を一定以下に抑えること(言い換えれば,学生数に応じた一定以上の教授を終身雇用すること)
② ロースクールの教員に対し,一定水準以上の報酬を保障すること(同レベルのロースクールと比較して報酬が低いロースクールは,報酬が低い理由について説明を求められることがある)
③ 講義担当は半期8時間を上限とする(実際にはさらなる削減圧力が働いており,今では半期6時間(年12単位)前後が標準になっている)
④ ロースクールの専任教員に対し,有給の研究休暇,夏季休暇中の給与,その他研究関連の報酬などを保障すること
⑤ 司法試験対策講座を単位認定講座として開講しないこと
⑥ ロースクールの施設や,図書館の蔵書を充実させること
⑦ 認証を受けていないロースクールの卒業生には,法務博士(JD)・法学修士(LLM)のいずれにも入学させないこと

 日本の認証評価でも,②⑦を除いては概ね似たようなことが要求されていますが,ABAのこのような認証基準により,研究より教育に重点を置いた低コスト運営型のロースクールは事実上閉め出されてしまい,そのようなロースクールがABAの認証評価を受けようとすると,学費が大幅値上げになってしまうのです。
 同書34頁に挙げられているアトランタのジョン・マーシャル・ロースクールは,労働者階級の学生を対象に1933年から開講されている,ABAの認証を受けていないロースクールでしたが,1987年からジョージア州の最高裁は,法曹として認証される条件としてABAの認証を受けたロースクールの修了を義務づけたため,上記ロースクールもABAの認証を受けることを余儀なくされました。
 同ロースクールに対する1998年の視察報告では,ABAの認証に反対する勧告がなされましたが,その理由は「週8時間の講義担当数は多すぎる」というものでした。その後,同ロースクールは利潤追求の企業に買収されて認証基準を満たすための改革を行い,2009年にようやくABAの認証を得たそうですが,2010年には授業料が32,350ドルになり,学生は平均で12万ドル以上の借金を背負って卒業していくそうです。序列最下位のロースクールなので,卒業しても就職の機会は限られているにもかかわらず。
 なお,同ロースクールの学生は,今では認証に伴う割増料金を支払わなければならないとされています。割増料金は,認証されたロースクールの運営に資金がかかるからではなく,単に認証されたロースクールの授業料相場が,認証を受けていないロースクールの相場より少なくとも1万ドルは高いという理由で設定されているそうです。
 このような認証評価体制は,アメリカ国内でも問題視されているらしく,1995年に司法省はABAに対し独占禁止法違反で民事訴訟を起こし,ABAは同意判決(日本の同意審決に相当)を受け容れたものの,その後同意判決の効果が及ぶ10年間で6件の違反行為があり,弁護士費用や裁判費用の支払いを命じられたそうです。

3 USニュースの格付け制度
 同書105頁以下によると,アメリカのロースクールについては,USニュースが1990年から体系的な年間ランキングを発表するようになり,このランキングが支配的な影響力を及ぼすようになっているそうです。格付けの順位がちょっと低下しただけで入学志望者は質量ともに低下し,それを防ぐために奨学金予算の拡大や入学者数抑制といった政策を採らざるを得なくなり,ロースクールの長(日本で言う法務研究科長)は辞任に追い込まれる・・・・・・。日本ではちょっと信じがたい話ですが,アメリカでは現実にこういうことが起こっているらしいです。
 そして,この格付け制度により,具体的には以下のような弊害が起きているそうです。
① 格付けでは,研究者(25%)と実務家(15%)による評判調査が最も重視されるため,各校は評判を上げるために有名教授を好待遇(高給かつ担当授業数が少ない)で招聘したり,多額の設備投資を行ったりした。そのため,教授の給料相場は平均で年収20万ドル(約2000万円)以上にまで高騰し,運営費の増加は授業料の高騰につながった。
② 格付けの25%を占める学生選抜では,LSAT(日本でいう適性試験)の成績やGPA,入試合格率によって評価されるが,特に比重の高いLSATの中央値を上げるため,どこのロースクールでも(USニュースでは中央値の算定時に考慮されない)定時制入学者や転入学者の比重が異様に増加した(同書113頁以下)。もっと単純に,LSATの得点についてABAとUSニュースに対し虚偽の報告をする事例も現れた(同書100頁)。
 また,ハーバード,イェール,スタンフォードといった超一流校以外のロースクールでは,LSATの得点を基準にした成績で奨学金が配分されるようになり,いわば成績下位の貧しい学生が多額の授業料を支払って,成績上位の裕福な学生を支えるという『逆ロビン・フッド現象』を作り出した(同書126~129頁)。
③ 格付けの20%を占める就職状況については,露骨な統計数字の操作が行われるようになった。スーパーの事務員になった卒業生を「実業・産業界」に就職したものとしてカウントする,見かけの就職率を上げるために就職希望のない卒業生や進学希望の卒業生を母数から落とす,USニュースでは進路不明者の25%を就職者として扱うことから,就職できていないと思われる卒業生から回答を得る努力をしないなど。極めつけは,就職できていない学生に調査期間中だけ時給10ドルの研究補助またはインターンとして臨時の仕事を提供し,これを就職組にカウントするという手法も採られた(同書97~98頁)。
 2011年5月には,トーマス・ジェファーソンロースクールが,このように誤った就職率の表示により詐欺的商法を実行したとして卒業生からクラス・アクション(団体訴訟)を提起され,このような訴訟を起こす動きは全米各地のロースクールに広がっている(同書102頁)。
④ 格付けの残り15%を占めるのは学生向け資源であり,これには図書館の充実にかける費用,学生数と教授数の割合,その他の学生向け支出,蔵書数などが含まれるが,この点数を高めるため,ロースクールでは学生1人あたりにより多くのお金を使うようになり,法教育費が急上昇する結果となっている(同書109頁)。

4 アメリカのロースクールを支えてきた「不当表示」
 これほどまでに学費負担が膨れあがっているのに,なぜ多くの学生がロースクール進学を希望するのか。その答えは,卒業生の就職状況に関するデータがウソだらけだった,という点にあるようです。
 具体的には,上位100校の97%及び下位100校の大多数は,90%以上の卒業生が卒業後9ヶ月の間に就職できたとする数字を掲げており,また100校近くが,最近の卒業生の年間給与の中位は年収16万ドル(約1600万円)などと発表しており,たしかにこのような数字を盲信するのであれば,高い学費を払ってでもロースクールに進学したいと考える学生は多いかも知れません。
 しかし,詳細は同書に書かれているとおり,就職状況に関する「不当表示」はロースクールの悪しき業界慣行となっており,ここ10年間におけるロースクール卒業生の約3分の1は法曹としての職を得られず,しかも法律職の大部分はパートタイムに過ぎない,というのが実態です。2011年1月,ニューヨーク・タイムズ紙が「ロースクール,負け組?」と題して,このような実態を暴露する扇情的な記事を発表したことで,ようやく市民にもロースクールの実態が広く知られるようになった,ということのようです。
 詐欺商法と言われるのは日本の法科大学院も似たようなものですが,アメリカのロースクールでは,日本以上に大規模な情報操作が行われ,長く続いてきた制度であるため法曹界にもこれを是正しようとする人がほとんどいない,ということなのでしょう。

5 日本への示唆
 このようなアメリカの事情を説明しても,あるいは「日本の法科大学院制度は,アメリカのロースクール制度と異なり既に崩壊途上にあるので,日本ではこんな馬鹿げたことは起こらない」などと考える人もいるかも知れません。
 しかし,少なくとも日本の法科大学院擁護派が,アメリカのロースクール制度を一種の理想とみなしていることは確かであり,そのことは法曹養成制度検討会議第8回会議の井上委員発言にも垣間見ることができます。

「もう一つ,丸島委員が言われた諸外国では資格を取れば収入が保証されているということですが,例えばアメリカなどの実情に照らすと全く違います。4万人ぐらい毎年合格しますが,その大半が即独であり,収入の保証はありません。しかも,ロースクールに行くために学生は日本のロースクールの数倍の負債を負うのが普通です。また,これは必要ならば後で資料を提出しますけれども,ウォールストリートジャーナル(2012年6月25日)に載った記事によりますと,初めての調査らしいのですが,全米のロースクール修了者について調べたところ,法曹資格を取ってから9か月後の就職率は50%を少し超えるくらいでしかないということです。さらに数か月するとある程度埋まっていくようですが,そういう状況でやっているところもあるわけです。私はそのようなアメリカのような状況がよいとは思っているわけではないのですが,そういうことも視野に入れてお考えくださればと思います。」

 井上委員のような法学界の大御所から見れば,自分のような人間が好待遇で引っ張りだこになるアメリカの制度は,さぞかし魅力的なものに映ることでしょう。現在のところ,日本の法曹志望者は予備試験の方に流れ,法科大学院は社会的に全く評価されていないので,井上委員の思惑通りに事が運んでいるわけではありませんが,彼らは自分たちの目的を達成するためであれば,どんな非道なことでもやります。
 例えば井上委員は,法学部の学生が法科大学院ではなく予備試験に流れていることについて,早急に対処しなければならない切迫した状況だと強く訴えています。このような人に法曹養成制度のあり方を決めさせていたら,そのうち本当に予備試験の受験資格を制限するような政策をやりかねません。この先数十年にわたり法科大学院制度の存続を黙認していれば,そのうち法科大学院制度に批判的な旧試験合格者はほとんどいなくなり,法科大学院がどれほど詐欺的な手段で学生集めをしていても司法関係者は誰も見て見ぬ振りをする,まさしくアメリカと同じような状況になる可能性も否定できないのです。
 そして,アメリカではロースクールに関する奨学金が国庫負担で賄われており,授業料の高騰はもちろん国庫負担の増大につながります。ロースクール制度は強大な司法権によって守られているため,費用を削減したくてもできません。世界の弁護士の7割はアメリカで作られており,ロースクールを含めた司法に関する国庫及び社会の負担は,日本人には想像も出来ないほどに膨れあがっており,このような司法の負担は将来的にアメリカの国際競争力を弱め,アメリカを凋落させる一因になるのではないかとも指摘されています。
 日本が真似しようとしているのは,そのようなアメリカの司法制度であり,そのような政策を推進しようとしている法曹養成制度検討会議の委員(特に井上委員と鎌田委員)は,要するに日本を滅ぼそうとしているのです。

7 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-04-29 17:55:15
予備試験の受験資格は制限すべきでしょう。
はっきり言って法科大学院生、修了者、司法試験合格者の予備試験受験は刑罰をもって禁止すべきです。
もちろん、死刑または無期懲役が妥当でしょう。
問題は井上鎌田が予備試験合格者数を減らしたり、旧司法試験末期のようなおかしなことをしないかです。
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Unknown (Unknown)
2013-04-29 23:32:46
井上委員のフォーラムでの発言は苦肉の策でしょう。世界中から留学者が来るアメリカのロースクールと日本のそれを同列に論じられないことぐらいは、流石に学士助手になれた人間ですから、分かっているはずですよ(もっとも井上先生の授業を聞いて、こいつアホちゃうか?とは思いましたが)。

ただロースクールでの授業の質を高めようとすると、その負担が学費に転化されて学生にのしかかる、と言うアメリカの状況は、色々と考えさせますね。
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Unknown (Unknown)
2013-04-29 23:35:14
法科大学院を作るかわりに、その補助金分の予算で、医師でいうところの、防衛医科大学校みたいな、法務省立の法科大学校でも作って、卒業すれば副検事になれるとかして、才能があれば法曹を目指せるようにするほうがよっぽど良い改革だったと思う。
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Unknown (ろん)
2013-04-30 00:03:16
>法科大学院を作るかわりに、その補助金分の予算で、医師でいうところの、防衛医科大学校みたいな、法務省立の法科大学校でも作って、卒業すれば副検事になれるとかして、才能があれば法曹を目指せるようにするほうがよっぽど良い改革だったと思う。
?マークがつく意見です。
旧試験制度であれば修習生の中から判事検事は裁判所及び検察庁が才能豊かな者を選別できる制度だったのでそんな特典必要無いですよね?
上記は法曹養成制度として60年近く続いていたのですから、これを壊す必要など何処にも無かった⇒法科大学院を作ることよりも旧試験の復活で事足りる=改革など必要なかった、という結論になるのは自明だと思うのですが・・・
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Unknown (Unknown)
2013-04-30 00:42:11
>改革など必要なかった、という結論になるのは自明~には100%は賛成できない。
法科大学院が無用害悪なものであることは認めるが、
弁護士法5条あたりルート(司法試験+法制局参事官とか)の弁護士のレベルを考えると、旧試験の形で合格者はある程度増加させて、修習の希望者の再選抜をかけるなどの改革はあり得た。
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司法試験を原点に、弁護士改革を進めよ (今は(廃業中の?何の?)会社員です)
2013-04-30 05:13:43
この司法制度の改革は、平成30年に終了する目処とされています。目玉であったのは法曹人口の大増員、大学教育の質の相対的高度化と少子化高齢化対策、また日米構造協議の結果を受け、国際強調と司法制度の大幅な見直しでした。

宮沢内閣の頃から、とにかく頻繁にアメリカ政府から日本の経済資本の自由競争と、あらゆる市場開放を求められてアメリカ弁護士をそのまま日本に法律事務所を置かせ、訴訟代理を認めてもらいたいとの、当時の合衆国政府の通商代表から日本政府とのやり取りが行われていた。アメリカと対等になるように日本の弁護士をロースクールから養成できるように強くアメリカ側からの圧力が
あったことは今を持ってしても言うまでもないことで、法曹養成を抜本的に改革する旨、当時の内閣で閣議決定されていたことはご承知の通りです。

こんな移民の国をなぜ?モデルにしなければいけないのか勘ぐってみたくもなりますが、日本政府が恐れていたのは外国企業などによる企業買収です。大胆な規制緩和や国際資本の自由取引を推進していけば、やがては国土面積の一部を買い取られ、外国資本に乗っ取られる可能性が危惧されていたからです。最も立法、司法などの3権が強力に発達しすぎたアメリカに対して日本政府は何一つ言い返せなかった事実が皮肉な結果を招
いてしまいました。引きも切らさぬこの国の経済の行く末と足元も見られ、今や見限られた日米関係の破綻のきっかけは正に司法制度の失敗から始まっていたのです。

途中で断念する者がもしいれば、ロースクールの授業料を返すべきで、だれでも受けられる司法試験だからこそ最も公平で、競争原理に太刀打ちができる高度の能力を担保できるのですから。
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Unknown (Unknown)
2013-04-30 05:55:10
アメリカの強力な圧力という点は否定できない事実でしょうね。弁護士のための弁護士による政治を行っているアメリカですから、弁護士の職域を広げるための活動を海外に向けて積極的に行っています。

倍率が尋常でない司法試験に合格した日本の弁護士に対しては太刀打ちできなかったアメリカの弁護士も、ロースクールを出た質の落ちた弁護士に対しては、圧倒的に優位な立場を保てます。
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