黒猫のつぶやき

法科大学院問題やその他の法律問題,資格,時事問題などについて日々つぶやいています。かなりの辛口ブログです。

適性試験をめぐる議論に「相関係数」は有用か?

2012-12-21 22:28:17 | 法曹養成関係(H25.1まで)
 法曹養成制度検討会議の第5回会議における事務局提出資料(http://www.moj.go.jp/content/000105143.pdf)の19頁以下に,『適性試験スコアと法科大学院成績・司法試験合否との関連』という資料(資料3-2)があります。
 この資料は,法科大学院の適性試験について「適性試験の成績が良くても授業に付いて行けない者が相当数いるなど,適性試験の成績と入学後の成績との間に大した関連性は見られず,適性試験は無意味である」といった強い批判があることを踏まえ,要するに統計学的手法を用いて適性試験のスコアと入学後の成績・司法試験の成績との相関関係を分析し,なおも「適性試験には意味があるんだ」と強弁する根拠として作成されたものと考えられます。
 今回の記事は,適性試験制度の合理性の有無を議論するにあたって,このような資料の数字にどの程度の意義を見出せるか,という問題を議論するものです。法科大学院問題の中でも非常に細かい話であり,法科大学院制度自体に反対だから適性試験制度の当否などは論ずるまでもないと考える人には無意味な話なので,興味のない方は読み飛ばして頂いて結構です。

1 適性試験成績と法科大学院学業成績の相関係数
 法科大学院協会の調査研究結果によれば,適性試験と1年次必修科目成績との相関係数は0.480,全必修科目成績との相関係数は0.534だそうです。さらに未修者と既修者を分けると,未修者については適性試験と1年次必修科目成績との相関係数が0.657,全必修科目成績との相関係数が0.688。既修者については適性試験と1年次必修科目成績との相関係数が0.361,全必修科目成績との相関係数が0.234とされています。ちなみに,適性試験のモデルとなったアメリカ合衆国適性試験(LSAT)の成績と1年次成績との相関係数は0.39ということです。
 この「相関係数」という数字の意味についてネットで調べたところ,相関係数は-1から1までの数字で示され,数字が1に近いほどプラスの相関性が強く,数字が-1に近いほどマイナスの相関性が強い,ということのようです。これを踏まえて上記の数字を見ると,未修者についてはある程度の相関性が認められるものの,既修者については相関性がやや低く,特に既修者コースについて入学志望者全員に適性試験の受験を義務づけるのは合理性がないのではないか,という疑問が生じてきます。
 ちなみに,適性試験の仕組み自体をよく知らないという人に向けて若干説明すると,アメリカでは大学に法学部が置かれていないのが一般的であり,ロースクールの入学試験で法律学の問題を出題することができないので,LSATはその代わりに文章読解力や表現力などを試す試験として実施されているものです。
 日本の適性試験は基本的にアメリカのLSATを模倣したものですが,試験自体の有用性にも疑問が呈されているほか,入試に法律学の問題を課さない未修者コースの入試に適性試験を使うのならともかく,入試に法律学の問題が課される既修者コースについても適性試験の受験を義務づけるのはおかしいという議論が以前からなされています。

2 大学入試と医学部成績との相関と「選抜効果」
 相関係数という数字の有用性を議論するにあたっては,これに関して行われている類似事例の議論を参考にする必要があるでしょう。
 同じ資料には,日本の医学部入学試験各科目と学業成績の相関係数(平成7年度)というデータが掲載されていますが,これによるとセンター試験の各科目と医学部成績の相関係数は,英語が0.252,国語が0.336,社会が0.138,数学合計が-0.268,理科合計がが-0.108,物理が-0.091,化学が-0.091,生物が-0.060とされています。
 この数字を素直に解釈すると,英語や国語については概ね「入試の成績が良いほど医学部での成績も良い」という結果が示されたものの,数学や理科については逆に「入試の成績が良いほど医学部での成績は悪い」という結果が示されたことになり,それなら医学部の入試に数学や理科系の科目は不要なのではないか,という議論が起こってしまいます。
 このような問題について,統計学上認められている概念に「選抜効果」というものがあります。本来,大学入試と医学部成績の相関関係を調べるためには,医学部の入試に不合格となった者を含めた全員について「入学後の成績」のデータが必要になるものの,入学後の成績について実際のデータが存在するのは当然ながら医学部の入試に合格した者だけであり,これによって相関係数が不当に低く評価されてしまうというものです。
 この「選抜効果」という議論は,要するに医学部で勉強するにあたっては専門に近い数学や理科系科目の知識が不可欠なはずであり,入試で落ちた人(入試で数学や理科の成績が低かった人)に医学部の授業を受けさせても,当然授業に付いて行けない人が多いだろうと考えられるが,実際の統計ではそのような問題を考慮できず入試で合格した者についてのみ統計が取られている,だから相関係数がマイナスだからと言って,医学部の入試に数学や理系科目が不要だという結論にはならないんだという趣旨のようですが,いずれにせよ大学入試の試験科目のあり方を議論するにあたり,この「相関係数」という数字はあまり当てにならないと考えた方がよいでしょう。
 ただ,数字の信用性については若干割り引いて考えるとしても,理系である医学部について,理系科目である数学や理科よりも英語や国語の方が入学後の成績との相関係数が高いというのは興味深い結果ですが,これについては受験科目の特性を理由にする見解があります。
 すなわち,数学や理系の科目は短期の受験勉強で大幅に偏差値を上げることができる(逆に一旦実力が付いても勉強を怠るとすぐに偏差値は下がる)が,英語などの偏差値は子どもの頃からの勉強の積み重ねに左右される,医学部の勉強は6年間の長丁場であり,勉強に付いて行けるかは数学や理科よりも英語の成績の方が参考になる(実際にそのような考え方を採用している大学もある)というのです。

3 適性試験に当てはめた場合の問題点
 このような「相関係数」という概念を適性試験の評価に用いることについては,以下のような問題が考えられます。

○ 「相関係数」という概念そのものが信用できるのか。
 上記のように,概念そのものがいい加減なものではないかという気がするほか,相関関係は因果関係を表すものではないため,例えば変数Aと変数Bの相関係数は高くても,第3の変数CがAとBを発生させているという場合,AとBとの間に因果関係はないと一般的に説明されており,適性試験と法科大学院との成績との間に,このような関係(擬似相関関係)が存在するか否かは,慎重に検討する必要があるでしょう。
 また,データが平成16年・平成17年の入学者に関するものであり,しかも全73校中6校のデータしか使用されていないので,母集団が少なすぎるという意味で統計学上の有意性にも疑問の余地があります。

○ 法科大学院協会が示した相関係数は,上記の「選抜効果」を考慮して修正を加えたものとされているが,修正の方法は適切なのか。
 資料では具体的な修正の方法が明示されていないため,「選抜効果」を過剰に言い立てて相関係数を水増ししている可能性も拭えないほか,「選抜効果」は競争率がかなり高い場合でないと出にくいとも言われており,適性試験に関しては「選抜効果」を考慮した修正を行うことの当否自体にも疑問の余地があります。
(注:資料に掲載されている医学部の入試成績と学業成績との相関係数は修正前の数字であり,適性試験の成績と法科大学院成績との相関係数は修正後の数字であるため,両者を対等な比較の対象とすることはできません。)

○ 適性試験の特性をどのように考えるのか。
 医学部の受験科目については,たとえ入学後の成績と統計上の相関関係は低くても,大学生として必要な一般教養であり安易に外すのは相当でないの議論もあり得ますが,適性試験の問題は日本語能力と受験テクニックがものを言う世界であり,適性試験の成績が良くてもそれ自体は世の中で何の役にも立ちません。
 また,適性試験は前年度の5~6月に行われ,高得点を取るためにはそれなりの対策も必要となるため,法科大学院を受験する者は入学の1年以上前から適性試験対策を含む受験準備が必要となり,現役の大学生にとっては就職活動等との両立も困難と考えられることから,適性試験の存在が法科大学院の入学志望者を大幅に減少させている可能性も否定できません。
 適性試験と司法試験の択一とは問題の形式に若干通じるものがあるため,相関係数がマイナスになることはおそらく無いと思いますが,適性試験制度の当否を論じるにあたっては,現実に指摘されている制度のメリット・デメリットのほか,制度施行当初より適性試験の配点を減らしている法科大学院が多数にのぼっている事実など,数値化しにくい定性的な情報を考慮せざるを得ないと考えられます。

 結論だけを言えば,黒猫としては事務局の出してきた「相関係数」の数字はいまいち信用できず,これによって適性試験が有用なものであると認めることはできないし,仮にその数字を前提としても,特に相関係数が低い既修者についてまで入学志望者全員に適性試験の受験を義務づけることは到底正当化できないだろう,ということです。
 先に結論ありきで,その結論を正当化するために読み方のよく分からない資料を次々と出してくるというのは,法科大学院問題に限らず官僚政治の典型的な悪弊だと思いますが,貴重な国の税金を使って議論をするからには,あれこれと詭弁を垂れ流して結論を先送りするのではなく,きちんと国家と国民の利益を考えた建設的な議論をしてもらいたいところです。

1 コメント

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Unknown (甲南ロー出身の弁護士)
2012-12-22 00:25:29
適性試験は、一部と二部を合わせて、38点でしたが、新司法試験と二回試験に合格し、今、弁護士になりました。

相関関係はないと思います。

私のデータをサンプルに役立ててください。
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