「資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか」
ナンシー・フレイザー著 -ちくま新書-
第5章 民主主義を解体する
― なぜ資本主義は政治的危機が大好物なのか
「民主主義の危機」というフレーズからこの章は始まる。この章では、今日の民主主義が
直面する困難な状況を、政治的矛盾が現在の金融資本主義の全般的な危機を位置付けること
を指摘している。3章で議論した資本主義社会の社会的ものとの矛盾、4章で議論した資本
主義の生態学的矛盾である。
そして、公的権力は、持続的な資本蓄積を成り立たせることを可能にした条件であるが、
際限ない蓄積という資本の衝動は、公的権力を不安定にしてしまう傾向がある。資本主義に
おいて、経済的なものは非政治的で、政治的なものは非経済的である。資本主義の本質を
制度化された社会秩序と捉えれば、政治的なものと経済的なものとを分離することは、秩序
の中の政治的範囲を著しく制限してしまう。
もっとも、資本主義社会はたいてい最良の状態ではない。政治的矛盾が資本主義社会の制度
構造の奥に深く巣喰っているのである。いかなる体制の資本主義社会に政治的危機を起こす
可能性がある。現在の金融資本主義は、経済と政体との関係を再構築したが、経済の権威者
の地位に就いたのは、中央銀行とグローバルな金融機関であった。
このことは、市民に責任を負っていた国家制度が市民の問題を解決しニーズを満たすことが
出来なくなり、中央銀行とグローバルな金融機関が政治的に独立し投資家や債権者の利益に対
して自由に行動ができるようになったことを意味している。一方、地球温暖化問題等、大規模
な問題になると公的機関では手に負えなくなっている。
1980年代より、米国を中心として、発展途上国・グローバルサウスの多くに対し債務を負わせ
る体制が始まる。この時点より製造拠点を半周辺国に移転したことで、資本家を勢い付かせること
になる。金融資本主義は「政府なき統治の時代」となった。資本主義体制下の大企業(巨大フルー
ツ企業、大手製薬会社、巨大エネルギー企業、巨大防衛関連企業、世界的IT企業)は、世界各地で
権威主義、抑圧、帝国主義を促進し、戦争を誘発して来た。
現在の民主主義の危機は、金融資本主義の重要な構成要素なのである。環境正義を求める活動家は、
グローバルもしくは国境を越えた公的権力を思い描く。大企業集団が、他の国家や他の集団に対して
政治的、経済的、文化的な支配権や影響力を持つ、ヘゲモニー状況なのである。次章で、この共食い
資本主義に代わる可能性の高いシナリオを言及することになる。