愚公、山を移す

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それでも日本人は「戦争」を選んだ  加藤陽子著  朝日出版社

2024-10-25 22:00:18 | 日記

それでも日本人は「戦争」を選んだ  加藤陽子著  朝日出版社

「 序章 日本近現代史を考える」

 この著作(それでも日本人は「戦争」を選んだ」)は、2009年7月に発行されている。今から15年前の著作である。栄光学園中学校・高校の歴史研究部の中学1年生から高校2年生計17名の生徒を対象にした2007年年末から2008年年始 5日間の集中講義をベースにした著作である。 

 序章では、歴史を学ぶ意義・歴史を学ぶことの難しさ・そしてその価値・重要性を説明している。名門校の中学生・高校生、それも歴史を学ぶことに興味をもつ生徒に対しての講義であるが、現在の情勢から将来を展望することに対して重要なポイントを学ぶことが出来る。以下、機微に触れた点を列挙してみた。

  序章は、2001年9・11テロ後のアメリカと日中戦争期の日本に共通する対外認識についての考察から始まる。9・11テロに対する米国の意識は、国内にいる無法者が、罪のない市民を皆殺しにした事件であり、国家権力で鎮圧して良い事例とみなされ、邪悪な犯罪者を取り締まる感覚であり、戦いの相手を戦争の相手、当事者として認めないような感覚に陥った事をあげている。

 一方、1937年(昭和12年)に始まった日本と中国との戦争(日中戦争)は、日本政府が発した声明では「国民政府を相手とせず」、日本軍の言い分は、「報償」であり中国が条約を守らなかったから守らせるために戦闘行為をおこなっていると主張したのであった。当時の近衛内閣のブレインの記述資料からも「討匪戦」、すなわち 悪人(ギャング)を討つというような感覚であったことを述べている。9・11テロに対する米国の意識・行動との共通性を指摘している。

  次に、リンカーン大統領のゲティスバーグでの演説の一節 「of the people, by the people, for the people」と演説した背景を述べている。南北戦争中、北軍の戦意を高揚するため、国民は「人民の人民による人民のための政治を絶滅させないため」身を投げなければならないと、リンカーン大統領は述べた。この演説の一節は日本国憲法前文にも書かれている。日本国憲法で、日本は天皇制から主権は在民国家であることを定義している事を説明している。

  また「歴史は数だ」と断言した政治家レーニンを紹介している。このレーニンの言葉は、戦争の犠牲者数が圧倒的になった際、そのインパクトが歴史を変えることがあると教えていることを述べている。

 E・H・カー(1892-1982、イギリスの歴史・政治学者)を紹介している。第1次世界大戦後(1919年)から1939年迄の20年しか平和が続かなかったことを分析する。日独伊に対する大国の軍事的抑止力を構築できなかったことを問題視している。更に、E・H・カーは、科学が一般化できるように歴史も一般化出来る、即ち、歴史は科学であることを説明している。歴史から学ぶことの意義を提示する。過去の歴史が現在に影響をあたえた事例について、ロシア革命後、レーニンの後継者にスターリンを選んだ事例、すなわち後継者候補のトロツキーがフランス革命の帰結から第2のナポレオンになる事を知った上で、軍事的カリスマを警戒することでグルシアから来た田舎者のスターリンを選んだ結果、スターリンの大粛清の歴史に繋がることになった。明治期、西郷隆盛という人物がいた。ナポレオンとトロツキーと西郷隆盛に共通するのはカリスマ性を持つ軍事的リーダーであった。西南戦争後、政治から軍隊を切り離し統帥権の独立がはかられたことで、日中戦争・太平洋戦争の局面で外交・政治・軍事の連携が取れず、戦争による大量犠牲者を出した。

 アメリカの政治学者・歴史学者 アーネスト・メイ(1928 – 2009) の著作「歴史の教訓」を紹介する。その著作では、ベトナム戦争に関する政策を立てていた政府機関の中で最も優秀な補佐官が立案した政策が大きな誤りを生んだことに対し、3つの命題をまとめた。①外交政策の形成者は、歴史が教えたり予告したりしていると自ら信じているものの影響を受ける事。②政策形成者は、通常、歴史を誤用すること。③政策形成者は歴史を選択して用いることが出来る事。

 アーネスト・メイは、第2次世界大戦の終結政策に於いて、アメリカ国民の犠牲という点だけではなく、冷戦時代を考慮すれば、ソ連を牽制するためにも、ドイツ・日本の降伏条件を緩和すべきであったとアメリカの政策を非難している。スターリンの発言から、戦後ソ連が東欧・東アジアへの影響力の行使を予知出来たはずと言っている。

 アーネスト・メイはベトナム戦争に深入れしてしまった理由について、アメリカの「中国喪失」の体験をあげる。第2次世界大戦の米英と共に戦勝国となった、蒋介石が率いる中華民国であったが、中国内戦の結果、米国は多額の支援を中華民国にしていたにも関わらず、中国は1949年共産党による中華人民共和国となり共産化してしまった。あくまで介入してアメリカの望む体制を作り上げなくてはならなかったのである。人口10数億の中国の共産化を、ソ連に接して誕生するのを見過ごした中国喪失体験がベトナム介入にアメリカを縛ってしまった。

 

 この序章での一連の講義の概要を念頭に、第1章日清戦争に読み進めたい。

 

  

 

 

 

  


「資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか ナンシー・フレイザー著 -ちくま新書-

2024-10-06 12:43:59 | 日記

「資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか」

       ナンシー・フレイザー著 -ちくま新書-

 ・第6章 思考の糧  ―  二十一世紀社会主義はどんな意味を持つか 

 ・終章 マクロファージ   ―  共食い資本主義の乱痴気騒ぎ

 

6章 思考の糧 社会主義の復活

 資本主義を制度化された社会秩序と捉え直し、資本主義経済の成立を可能にする4つの非経済的条件を本書で明らかにした。

  • 被征服民や人種差別される人々から搾取した巨大な富。
  • 社会的再生産に費やされる無償もしくは、低賃金の膨大な量の労働。の労働の担い手は殆どが女性である。
  • 自然から収奪する無料ないし安価な投入物。資本主義の土台となる不可欠な物質である。
  • 国家や公的権力が提供するさまざまの公共財。法秩序、反乱鎮圧力、インフラ、マネーサプライ、システムの危機に対応するメカニズム等である。

 資本主義とは経済ではなく社会のタイプであるとフレイザー氏は言う。その資本主義に対し3つの批判を挙げる。第一に資本主義に組み込まれた 資産を持たない自由な労働者階級を資本が搾取する不正義、第二に経済危機の傾向があるという不条理、第三に資本主義に深く根付いた本質的に非民主的な社会的不平等・不自由である。更に、この批判は本質的に非経済的な不正義、不条理、不自由を見落としていることを主張する。

 経済的生産と社会的再生産の分離の問題、即ち経済的生産は男性の労働、社会的再生産は女性の労働として扱われる。更に、資本主義社会は自由な労働者と従属する他者を構造的に分離する。自由な労働者は労働力を引き換えに再生産費用を受け取るが、従属する他者は肉体・土地を強引に奪われる。構造的不正義が固定されている。そして、生態学的危機と社会的再生産の危機を引き起こす。巨大企業は地元の公的権力をものともせず、グローバル金融は国家の規律を支配する。

 資本主義は生産を再生産から、搾取を収奪から、経済を政治から、人間社会を自然から切り離した。社会主義者は、資本主義のゼロサム・ゲームの傾向を克服すべきである。そして、現在の資本主義の優先順位を入れ替えなければならない。資本主義社会の優先順位は、貯蓄を目的とする商品生産が市場命令であり、社会的、政治的、生態学的再生産は至上命令ではない。社会主義者はこれを正しく入れ替えるべきである。教育、自然保護、民主的自治を社会の優先順位とすべきである。21世紀の社会主義は制度設計のプロセスを民主主義化すべきである。

 余剰をめぐる決定に関しても、資本主義システムは所有者(企業)に再投資を強制する。社会主義では余剰は民主的に再分配しなければならない。資本主義に組み込まれた成長という至上命令を非制度化する必要があるのである。

 克服すべき課題として、社会主義の長所の一つは経済であること。二つ目の長所は社会主義は現在の様々な問題、社会的再生産、構造的人種差別、帝国主義、脱民主化、地球温暖化と深い関係にあること。三つ目の長所は、制度の境界、社会的余剰、市場の役割等に新たな光を投げかけられることである。資本主義システムに変わる選択肢として、社会主義プロジェクトはその代替を行わなければならない。

 

終章 マクロファージ

 新型コロナウィルス感染症によるパンデミックが発生した。社会的再生産労働は女性に押し付けられ、資本主義社会に組み込まれた人種的・帝国主義的略奪は現代の危機のあらゆる面に及ぶ。多くの国家では、人種差別を受ける人々は貧困と粗末な医療で命を落とす割合が圧倒的に高い。米国でも肌の色による人種差別は、コロナ禍のエッセンシャルワーカー、ギガワークで働く人々等、低賃金で組合もなく給付金や労働保護もなない。新型コロナウイルス感染症は、資本主義における不正義と不条理が爆発的に吹き出した。

 資本主義という野獣をどうやって飢えさせるのか。共食い資本主義をどうやって葬り去るのか。方法を考え直す時期が来たと結ぶ。

 

*この著作の主文はコロナ禍以前に記述されている。その後、加速するAI革命、中国・インド等を始めとした新興勢力の台頭、度重なる中東危機、ロシアの動向、米国を中心とした巨大企業のグローバル化等々、目まぐるしく世界情勢は動く。