「それをお金で買いますか 市場主義の限界」 マイケル・サンデル著
第2章 インセンティブ
第2章インセンティブでは、冒頭からインセンティブについて、サンデル教授から具体的な
言及が続く。最後の言及「インセンティブと道徳的混乱」では、サンデル教授は、インセン
ティブとは新しい用語であることを説明している。アダム・スミスを始めとする古典派経済
学の著作には「インセンティブ」という単語は、登場しないそうである。
Incentive(名詞)の動詞Incentivize(Incentivise)に言及し、主要新聞に記載されたその使用回数
調査では、1980年代48回、1990年代449回、2000年代6,159回、2001~2002年5,885回。年々
増えているそうである。
インセンティブ(名詞)と言う単語は、英語中級から上級の必修単語として取り上げられる
が、通常、動機・刺激と通常翻訳されている。TOIEC等の必須学習単語でもある。日本の企業
では、「社員の意欲向上のために、売り上げに応じて、インセンティブとして(「動機づけ」
として)報奨金を出す」というパターンで、2000年代より広く使用されており、社会人には
馴染みのフレーズでもある。
サンデル教授が言及するインセンティブを列挙してみる。
・不妊への現金
薬物中毒の女性が、避妊手術を受けることで、US$300を手にする。
・人生への経済学的アプローチ
結婚を決めるのは、結婚に期待される効用が、他の効用より上回る場合。
離婚を決めるのは、離婚に予期される効用の損失が、他の効用より低い場合。
・成績の良い子供にお金を払う
お金には表現効果がある。良い成績を収めるために、学業成績と学校文化に対
する姿勢を変えることができる。
・保険賄賂
喫煙は健康保険を提供する会社に多大なコストを課す。お金を支給し煙草を止め
させる申し出をした。
・よこしまなインセンティブ
国際機関によって、各国の難民受け入れ義務数を決める。金銭によって受け入れ
義務を各国で売買できるようにする。
・罰金VS料金
罰金は道徳的非難を表し、料金は道徳的判断を含まない。
・二一万七〇〇〇ドルのスピード違反
フィンランドでは、違反者の収入に応じて、スピード違反の罰金額が決まる。
・地下鉄の不正行為とビデオレンタル
パリの地下鉄では、2ドルの運賃を払わなければ、60ドルの罰金が課せられる。
共済運動のメンバー(月8.5ドル)になると、捕まった場合の罰金がカバーされる。
レンタルビデオの延滞料は、罰金ではなく料金として扱っているようだ。
・中国の一人っ子政策
一人っ子政策に違反した場合、罰金は富裕層によってもう一人持つ代価とみなされ
る傾向がある。
・取引可能な出産許可証
1964年経済学者ケネス・ボールディングは、人口過剰への対処法として市場に出せる
出産免許システムを提案した。女性に出産権を与える証明書を1枚~2枚発行する。
女性は販売しても良いし、自分で使用しても良い。
・問引き可能な汚染許
各国に環境汚染権の売買を認めることは、責任ある環境倫理に求められる自制や犠牲
の共有を難しくしている。
・カーボンオフセット
炭素相殺(カーボンオフセット)の活用は推奨すべきである。エネルギーを使用する
ことで地球に与える損害に値段を付け、その代価を途上国のグリーンエネルギー・プ
ロジェクト等に寄付することは意義がある。
・お金をはらってサイを狩る
南アフリカでは、絶滅危惧種のクロサイの保護目的に、クロサイを狩猟する権利を販売
し、市場的インセンティブを用いて絶滅危惧種を保護している。
・お金を払ってセイウチを撃つ
イヌイットがカナダ政府から割り当てられたセイウチの狩猟権利を、ハンターに販売
(ハンティング料金を取る)して、狩猟ツアー後にイヌイットが、セイウチの胴体を切
り分け、従来通り肉・皮等を保存する。
・インセンティブと道徳的混乱
経済学は価値判断をしない学問であり、道徳哲学とも政治哲学とも無関係であると言う考
え方を正当化するのは難しいという議論がある。この章の冒頭から、インセンティブにつ
いての具体的な提示を振り返えると、サンデル教授が主張するように、経済学者が世界を
説明するにあたり、道徳に関する心理学や、文化人類学の領域にも入り込み、市場の論理
は、道徳の論理にならざるを得ない。
経済学者は、「道徳を売買」しなければならないのであろう。