本当は、二年ぶりに一時帰国した友人のことを書こうと思ったんだけど、たった今、テレビ番組で号泣してしまったのでこの話題を
NHKのドキュメンタリーセレクション「アジアに生きる子供たち・お母さんに会いたい・フィリピン・ムスリムの兄と妹」という、多分、再放送。多分というのは、前半15分ほど見ていないから。天気予報でも見ようとチャンネルを回したら放送していたのでした。
幾つぐらいなんだろう……。我がインドに住む息子は6歳になって、送られてきた写真とそんなに変わらないような気がしたんで、小学校低学年の兄と妹が、二人で船で二泊三日もかけて親から離れ、出稼ぎに来ている内容でした。市場で、客が買った品物を入れるビニール袋を売ってるんですね。どういう仕組みなのか、同じような境遇の子達が一件の家に住んでいて大人もいるんですが。多分、袋の卸とかそんな感じのところなのかな。
いやもう、まだ本当に小さいんですよ。親から離れるだけでも辛いのに、彼らは働いてるんですね。で、母親が死産の関係で体調を崩して更にお金を稼がなくちゃならない。妹に言うんですよ。もっと、たくさん売らなくっちゃ。
日本の同じ年頃の子供が、言う言葉ですか?ありえないでしょう?20歳過ぎても、自分のしたいことが見つからないだとかほざいて、親のすねをかじっている良い年した大人を、容認している国では。
それでも、彼らは母親に会いたくて本当に頑張って、船賃と送金分を貯めて二泊三日掛けて戻るんですよ。
やっと、会えたときはお兄ちゃんとしてがんばっていた彼も、さすがに泣くしかなくって。凄く、彼は彼なりに妹のためにもがんばっていたんだなと思います。
一緒に暮らしたいという妹の言葉に、母親も承諾して、貧しいながらもめでたしになればいいんですが。
結局、兄は自分の意思で戻ることを決めます。
母親が入院したときに、借りたお金が返せなくって。貸した人間が、返すように押しかけたのを見てしまったからなんですが。それでも、貸した人間も、貧しいから無利子で貸してくれたんですけどね。
兄と妹が頑張って袋を売れば一ヶ月1000ルピー。でも、お父さんが田んぼでがんばっても、米袋2袋。200ルピー。これでは、家族10人が食べてなどいけないんです。
行きたくないと泣きながらも、彼は行くことを決めるんです。号泣する妹を引き連れて。
本当に、つめの垢を煎じて日本の若者に飲ませたい。
憤りさえ感じますね。これが同じ地球という、宇宙から見れば小さな星の出来事ですか。
テーマは、本当はクリスチャンとムスリムの子供たちの対立だったんですけど。911テロ以降、ムスリムの子供たちはそれだけで苛めの対象なわけです。
彼の村にも、過激派の一味がいたためにかなり爆撃とか落とされたみたいです。
まったく、テロってなんですか?罪の無い、親と一緒に暮らすという、唯それだけのことも許されない子供たちを、苦しめるためにあるんですか?
そんなの大人の勝手なエゴでしょう?
貧しさだけでも憤るのに、更にこんな問題まで抱えて地球の未来はあるんでしょうか?自分の子供の幸せ、地域の、近所の。市の県の、国の子供の幸せだけを考えればいいんですか?
国境も人種も言葉も超えて、子供は子供でしかないんです。天使のようでいて、悪魔のようでもある。
全ての子供たちが裕福であれは無理だとしても、お金で買えない幸せを楽しさを平等に持って欲しい。
笑っていて欲しいですよ。子供が純粋に、心から笑える国がきっと幸福な国なんだと思います。
そういう意味では日本は不幸で、100年後には日本という国は無くなっているでしょう。けれどそれで、生きている子供たちが幸せならば、国というカテゴリーの意味なんて無いでしょう?
日本の、世界の未来を考えさせられてしまいました。
最後に、今日は再放送だったわけですが、本放送終了時、義援金が集まり兄と妹は家族の元に帰り、元気で学校に通っているそうです。
けれど、彼らのような境遇の子供たちは、少子化が叫ばれている日本の子供の人口以上に世界には居る訳です。
全ての子供たちを助けることなんて出来ません。けれど、自分が出来るささやかなことを、もう一度足元を見直すことで考えてみませんか?
……憤ったまま、書いてしまったので気分を害された方には、深く謝罪いたしますが撤回は致しませんのでご了承下さい。