蔵書目録

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「思ひ出 (ハイデベルヒ)」 有楽座 (1913.2)

2012年03月29日 | 演劇 貞奴、松井須磨子他

 表紙には、「第五回公演『思ひ出』筋書及番組 文藝協会 大正二年 〔一九一三年〕 二月一日ヨリ同十四日迄 十四日間午後五時開場有楽座ニ於テ」とある。21.3センチ。

     番組

   思ひ出(ハイデベルヒ) 五幕 マイエル、フェルステル氏作 松居松葉氏訳

  カアル、ハインリッヒ   ザクセン、カアルスブルヒ公国の公子  土肥庸元氏
  ドクトル、ユットナア   公子の侍師          ……  東儀季治氏
  フォン、ハウク      国務卿            ……  佐々木積氏
  フォン、パッサージ    侍従長            ……  森英治郎氏
  フォン、メッチング    侍従             ……  西原勝彦氏
  フォン、ブライテンベルヒ 侍従             ……  戸田猿仁氏
  ルッツ          式部官            ……  加藤精一氏
  グランツ         舎人             ……  横川唯治氏
  ロイタア         舎人             ……  河野伸●氏
  シエーラァーマン     舎人             ……  小野太郎氏
  伯爵デトレーブ      ハイデルベルヒ大学々生    ……  森英治郎氏
  カアル、ビルツ      同              ……  佐々木積氏
  クルト、エンゲルブレヒト 同              ……  小串敏樹氏
  フォン、ウエデル     同              ……  戸田猿仁氏
  フォン、バンジン     同              ……  金井謹之助氏
  フォン、ライニケ     同              ……  澤田正二郎氏
  ハイデルベルヒ(シュアーベン組)大学生         ……  河野伸●氏
  同        同                  ……  鎌野誠一氏
  同      (ヴアンダル組)大学生          ……  横川唯治氏
  同        同                  ……  宮島文雄氏
  同      (ラインランド組)大学生         ……  川井源蔵氏
  同        同                  ……  上田榮氏
  同        同                  ……  田岡桂二氏
  楽手                          ……  淺井房次氏
  ケラーマン        学生小使           ……  倉橋仙太郎氏
  リユウダア        酒屋の亭主          ……  西原勝彦氏
  フラウ、リユウダア    其妻             ……  廣田濱子氏
  フラウ、デルフェル    其叔母            ……  都郷道子氏
  ケティイ         其姪             ……  松井須磨子氏
      其他大学生楽手等数十名
          以上

   

  問題の女優須磨子

  先頃まで文芸協会の花形として名ありし松井須磨子嬢の素顔の写真です。下は、ハイデルベルヒのケテーに扮した同嬢。

  The upper : Miss Suma Matsui, who was until recently connected with the Bungei kyokwai and was regarded as its star actress
  The lower : The same girl playing the part of Keto of Heidelburug.  

  〔上は、『婦人画報』 大正二年八月号 第八十五号 の口絵とその説明。〕

          思ひ出(ハイデルベルヒ)梗概 すぢがき

  第一幕
 
 ザクセン・カアルスブルヒといふ独逸 ドイツ 連邦の一公国の宮殿は、沈滞と因襲の空気に罩 こめ られて、まるで牢獄の感がある、大公殿下は頽齢 たいれい の人で、奥殿ふかく垂籠 たれこ めてばかり居る、その後を嗣 つ ぐべき公子は、大公の甥で、夙 はや く両親を失つた孤独の身であるのを、自分に子の無い大公は深く憐 あはれ んで、此公国の太子と定めたのである。八年前からユツトナアといふ博士をその家庭教師に頼んだが、万事古い型と規則づくめで束縛する此朝廷の習慣のために、温かい情を胸に蓄へて居る老博士も、冷たい意味のない教育をする外は無かつたのだ。併 しか し公子は試験の結果大学へ入学の資格が美事に獲 え られたので、一年の間ハイデルブルヒの大学へ留学する事となつた。其随行は老博士と式部官のルツツと、それから舎人のシエラーアマンと極つた。ルツツは有頂天になつて先発のシエラーアマンに自分の勝手な事のみ云ひつける。老博士も昔ハイデルベルヒに三年間在学して、そこの大学の陽気な愉快な空気に憧憬 あこ がれて居るのではあるが、国務卿が大公の旨 むね を受けて作つた教育の規則を、そこでも励行させようとするので、老博士は自分はもうそんな処へ行きたくないとすね出す。公子は是非博士に一緒に行つてくれと哀願する。博士もとうゝ折れてしまつて、「あゝ、ハイデルベルヒ、あなたもそこへ行つて目を御開きなさい!」と云つて、自分も終 つひ に勇み立つ。青年の喜びを味 あじは つた事のない神経質な沈鬱な公子は、かくして世間を見るべく旅立つ事となつた。

  第二幕

 ネッカァ河に枕 のぞ むハイデルベルヒは、其風光の明媚と歴史的旧蹟の多いのとで、南独逸の勝地と目 めざ されて居る。そこの大学の学生は書籍に親しむ暇に、麦酒を呑み、大きな声で笑ひ、歌をうたひ、決闘をやつて、飽 あく まで青年の喜びを擅 ほしい まゝにして居る。けふしもリュウダァといふ酒屋の庭で、学生団の集会をやるといふので、多数の学生はこゝへやつて来て、此酒屋の姪で、美人の聞え高いケティイといふ娘を中心に、盛んに騒ぎ廻る。ところが此酒屋の二階は、カアルスブルヒの公子が下宿と定まつたので、式部官のルッツは此有様を見て吃驚 びつくり してしまい、やがて停車場からこゝへ来た公子殿下に宿換を勧めるに至つた。が、老博士はそれを耳にもかけぬ、公子もこゝでよいといふ。かくて日は対岸の古城趾にしづむ五月の夕暮、公子と博士とはネツカアの河水の音を聞きつゝ、庭に置棄てられた椅子にかけて、世のしづけさを味つて居る。学生等が「生活の喜び」をうたふ唱歌の声は遠くから起こつて来て、公子は新生涯の喜びと美しさとに酔つてしまふ。新らしい刺戟に疲れ切つた博士は、椅子によつたまゝ眠つてしまふ、そこへ麦酒をもつて来た無邪気なケティイは種々 いろゝ な話を公子にしかけるが、公子は歯にかんで居て、碌々 ろくろく 返事もしない。併し美しい娘の愛らしさに心の目の開きかゝつた公子は、恥かしさも次第に消えて、娘の手をとらふとする、娘はそれを振払つて、自分には許婚 いゝなづけ の男がある。いやな男だが自分は孤児 みなしご で、叔父が結婚しろといふから結婚するのだといふ。かゝる話の間に、二人の心は次第に一つに融け合つて来る。そこへ学生連がやつて来て、公子を新入生扱ひにして、自分たちの組合 コーア に入れてしまふ。公子はかくして初恋の味 あぢはひ を知り、陽気な愉快な学生生活の味を知りはじめた。

  第三幕

 公子の学生生活もゝう四ヶ月になつた。折々彼は其友人と共に徹夜近郊を暴れ廻る事がある。ルッツはひとり終夜寝もやらで公子の室で公子の帰りを待つて居る。博士は公子と共に何処へでも行くが、その為めに身体は疲れはてゝ綿の様になつてる。今朝も公子は午前五時に、学生仲間と共に帰つて来る。いづれも徹宵 てつしよう の疲労に堪へかねて家はかへる中に、学生たちの小使をしてケラアマンといふのは、特に疲れ切つて、公子の室の一隅に眠り倒れて居る。ケティイから其の身の上を聞いた公子は、惻隠の情を起して、自分が大公の位に陞 のぼ つたら任用してやるから、是非ハイデルベルヒへ来いといふ。而 そして若干の金を呉れて帰してやる。その後で公子とケティイとは、一緒に馬車で郊外を散歩しやうといふ約束をする。ケティイは大喜びで、着物を換へに下りて行く間に、ハイデルベルヒから国務卿が来る。彼は老大公殿下危急の報を齎 もた らして、公子を迎へに来たのだ。公子は再びかの牢獄いひとしい自由なき生活に入る事を嫌つて、一年の猶予をたのむ。が、国務卿は公国に対する義務を説いて、是非御連れ申すといふ。老博士も已 や みがたい事情を見て、公子をすかしてハイデルベルヒへ還らせやうとする。公子も詮方なく、承知はしたが、博士が身体の衰弱してるのを見て、自分がまたこゝへ来るまで、自分の室で静養して居ろと勧める。博士は公子の親切に泣く。そこへケティイは散歩の着物に換へて来て、公子の帰国を聞いて一度は失望する。併し娘はやがて、自分の悲しみを押へて、甲斐々々しく公子の旅立の手つだひをする。かくして公子は、あらゆる幸福を棄てゝ、涙の中に牢獄の宮殿へ赴く事となつた。

  第四幕

 二年の後のザクセン・カアルスブルヒの宮殿は、更に荒涼たるものとなつた。大公薨去の後の公子は、新たに其公国の主権者になつたが、其挙動は憐れなほど沈鬱になつた。朝廷の官人はみな生色がない。たゞ二週間の後に起る、公子の結婚が彼等の唯一の期望であるのだが、それとて政略上の結婚であるから、多くの期待をもつ事は出来ぬ。新らしい大公はハイデルベルヒ時代の不羈奔放な青年生活を追懐して、目下の千篇一律な生活を呪ふ計 ばか りだ。そこへ其時代に小使をして居たケラアマンが、当時の約束を頼みにして訪ねて来る。新しき大公は喜んで彼を迎へ、ハイデルベルヒの生活の変つた有様を聞く。而して愛らしきケティイが、公子去つて後快々として楽 たのし まず、その為めにリユウダアの酒屋の衰へ行くといふ話を聞くに至つて、若き大公の心は恠 あや しく騒ぐ。彼は当時伴つてそこへ行つた式部官のルッツを随へて、行李怱々 さうさう ハイデルベルヒへと微行しやうと決心する。新らしき大公は恋なき結婚をする前に、初恋のケティイを見ずには居られなくなつたのだ。

  第五幕

 大公が再びおとづれたハイデルベルヒの山川草木はもとの儘 まま であるが、そこに住む人の多数はもとの人でない。老博士はこゝで客死して、こゝに埋められた。学生の多数も四散して、大公の昔馴染は幾人も居ない。大公が、曾遊の蹤 あと をその儘に見たいと願つたリュウダアが庭の小宴に招かれて来た学生の大多数は顔がゝはつて居る。もとの友人も燕尾服をつけて来て、当年の客気は更になく、大公に対してはたゞ儀式的の挨拶をするに過ぎぬ。大公は自分の予期に欺かれて来た事を悔恨して居る処へ、ケティイが町の買物から帰つて来る。幸ひに此娘のみは当年の温かい心を変へては居ない。大公を見るや喜びの叫び声をあげて抱きつき、其胸に懐旧の涙をそゝいで居る。両人は初めて恋を知つた其同じ庭で、人間の運命のまゝならぬを嘆く。併し健気 けなげ な小さい娘は、わがまことの恋人をなぐさめて、「妾は従兄と結婚します、あなたも美しい妃殿下と結婚なさい。たゞ二人が愛して居た事は、いつまでも忘れますまい」といふ。斯 か くして大公は恋なき王座にかへり、ケティイは恋なき結婚に赴くべく袂 たもと を分 わか つ。



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