蔵書目録

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『銜恤録』 馬伯援 (1925.10)

2011年09月15日 | 宣教、関係学校
表紙には、『銜恤録』とある。内表紙の題辞には、「范皕誨題」とある。線装本、26.2センチ。

 写真

 ・先父東周公之遺像   伯援〔馬伯援
 ・先父與契友郭正青先生 伯援
 ・家慈脱難到滬後小影  伯援
 ・家慈與四姊号影    伯援
 ・〔日本基督教青年会職員協議会各員からの手紙〕
 ・上海東亜同文書院基督教青年会来函
 ・胡公笠僧 〔胡笠僧:胡景翼〕遺像
 ・胡公笠僧遺墨
 ・胡公笠僧遺像

  序            范皕誨
  自序           伯援
  湖北棗陽鹿頭鎮馬氏族譜略 伯援 〔「馬氏世系表」あり〕

   馬氏為伯益後裔。得姓於戦国時代之馬服君。両漢以下而益顕。惜散居各省。莫可攷察。〔以下省略〕

  馬東周傳         郭正青   
  永憶文          伯援 〔下は、その一部〕

十四年元月十日晩。得滬電。言豫匪陥鹿頭。吾父被殺。母被擄。堂弟仲援。正謀囘贖云云。時在夜間。疑信参半。卒以電報已至想属事実。乃分電豫省当局。及張垣馮君。請其設法。一方面料理会務。準備帰国。旋於十九日抵滬盧斉再戦。電信不通。家中真相。無従調査。所有消息。仍不過一簡単電報。焦急萬分。莫可如何不得巳於旧暦除夕返鄂。知我父於臘月十四日卯時。豫匪陥鎮。抱病在牀。於吾家屋被焚時。死於非命。享年六十有一。嗚呼惨矣。痛何如之。
   
  救贖難母日記       伯援 〔下は、その最初の部分〕

民国十四年一月十日晩。上海来電云。(Your Home Town Attacted Father killed Mother Captured Brother Working on Ransom)訳為故里為匪攻陥。父死母擄。令弟従事囘贖。読後当即拍両電。一電北京馮玉祥先生云。
 北京馮玉祥先生鑒得滬転電。悉家父母於湖北棗陽地方被匪殺擄。請電鄂援救馬伯援叩。
(一)電開封胡景翼督辨其詞曰。
 河南開封胡督辨釣観得滬転電。悉家父母於豫辺棗陽故里。被匪殺擄。請就近飭地方官設法営救。並懇鄂当道。馬伯援叩。   

   附録
   (一)対於胡督之報告
   (二)吾所記憶胡公言行録
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