蔵書目録

明治・大正・昭和:音楽、演劇、舞踊、軍事、医学、教習、中共、文化大革命、目録:蓄音器、風琴、煙火、音譜、絵葉書

歌劇 「釋迦」 帝国劇場 (1912.6)

2020年05月13日 | 声楽家 三浦環、関谷敏子他
   

 明治四十五年六月狂言

     ピヨルソン原作
     小山内薫譯
 第一 現代劇 新夫婦 二幕 
     近松門左衛門原作
     岡本綺堂脚色
 第二 世話劇 萬年草 ニ幕
 第三 歌劇  釋迦
     太郎冠者新作
 第四 喜劇  出来ない相談 ニ幕
 第五 新作所作事 風俗名所合 三場

 第三

   迦毘羅城庭園の夜
   佛陀迦耶
   迦毘羅城庭園の朝

 一 耶輸陀羅  柴田環
 一 羅睺羅   松本銀杏
 一 提婆達多  清水金太郎
 一 釋迦    柏木敏
 一 浄阪王   南部國彦
 一 烏陀夷   菅雪郎
 一 車匿    不二正容
 一 浄阪王侍臣 石井林郎
 一 同     坂東鶴丸
 一 同     服部曙光
 一 同     倭良一
 一 同     澤村國十郎
 一 同     澤村宗右衛門
 一 釋迦の弟子 伊藤聴光
 一 同     松本麗重
 一 同     小島洋々
 一 同     澤村澤右衛門
 一 同     澤村澤次
 一 舞  姫  大和田國子
 一 同     上山浦路
 一 同     川窪津溜
 一 同     河合磯代
 一 同     筧こま子
 一 同     中山歌子
 一 同     澤美千代
 一 同     夢野千草

 帝國劇場洋樂部員

 第一 ヴアイオリン 吉本孝三  
 同         山崎榮二郎 
 同         小松三樹三 
 同         荻田十八三
 第二 ヴアイオリン 遠藤和一  
 同         吉田盛孝  
 同         三浦行敏
 ヴイオラ      蛯子正純  
 同         粋川藤喜知
 セロ        小林武彦  
 同         中村權三  
 同         内藤常吉
 ダブルベース    荒木茂次郎 
 同         内藤彦太郎
 フリユート     横山國太郎
 オーボエ      八尾五郎
 クラリネツト    横須賀薫三 
 同         奥山貞一
 ホルン       松戸重雄
 トロンペット    小田越男  
 同         吉田民雄
 トロンボーン    木村仙吾
 ドラム       渡邊金治     
  
 第三 歌劇 釋迦

   役割  浄阪王 (低音  ベース)
       羅睺羅 (中音  アルト)
       提婆達多(次低音 バリトン)
       烏陀夷 (次低音)
       耶輸陀羅(高音  ソプラノ)
       車匿  (次低音)
       其他は凡て合唱

 序楽 オプアテユーブ

 靜なる月夜を形容する主題 テーム は緩漫流暢なる絃楽四部に初まりフリユード、クラリネツト、ホルン、オーボーエ、順次に加はりて遂に全管絃楽 フルオーケストラ となり、大空の彼方僅に微点の黒雲生ずると見るや雲は次第々々に群り来り遂には磨ける如き月影も はれて果ては恰も人の運命もかくやと気遣はるゝも暫し管絃楽はもとの滑なる弦楽四部に返り何時しか黒雲も飛び去り拭ふが如き気分にて幕徐に上る。
 こゝは天竺 薩位国迦毘羅城の庭園の一部右手には、五色の紋様ある大理石もてたゝめる楼あり遥にヒマラヤ山を望み、ロヒス河は近く城外を流る、釋迦の妻耶輸陀羅夫人その子羅睺羅と相対して月下に語る。

   紀元前五百年代
   印度迦毘羅城
  人物
釈迦、浄阪王(釈迦の父)羅睺羅(釈迦の子)提婆達多(釈迦の従妹)烏陀夷(浄阪王の侍臣)魔王の聲、耶輸陀羅(釈迦の夫人)車匿(釈迦の馭者)欲妃(魔王の女)悦波(同上)快観(同上)見従(同上)舞姫大勢、浄阪王の侍臣大勢、釈迦の弟子数人

     羅睺羅
 母君! 母君
     耶輸陀羅
 夜は深し
 はや臥床靜 ふしど に入 い れ
     羅睺羅
 さるにても母上は
 何故 など 床の上に直寝 ひたね せらるゝ。
 乞食の為ならん如く。
     耶輸陀羅
 父君は今かくなすと聞く
 乞食の如く身を苦めて。
 ……さ、夜は深し、
 はや寝れよ。
     羅
 父君は迦毘羅しろし召す王の身ぞ、
 など乞食の如く身を苦しむる
     耶
 新らしき王国を打建 うちた て給はんとて、
     羅
 さらば父上はその国の王になり給ふか。
     耶
 父上の打建て給ふ王国は、
 真理の王国ぞ、
 心の王国よ、魂の王国よ。
 ……はや眠れ、時は遅し。
 翌日 あす また父君の物語せん。
     羅
 さらば母上よ!
 翌日はひねもす父上の話し聞かん。
     耶
 よき子よ早う寝よ。
    耶輸陀羅、羅睺羅を伴ひて楼の裏に入る夜気陰々たる気分管弦楽 オーケストラ にてあらはれ遠く響く玉笛の音はクラリネットの独奏となる。
 ヒマラヤの山に雪は消ゆとも
 ロヒニの河に水は涸 か るとも
 君をしたふわがこゝろ
 とことはに消えじ、涸れじ!
    提婆達多 だいばだつた 、無憂樹 ばるざ の茂みより現はる、
    黄色の僧衣より半ばもるヽ面には、凄まじき如き月光浮かぶ
    しばらく耶輸陀羅が歌の聲に聞き惚れて居りしが、やがて心を決して扉をたヽく
    提婆達多作り聲して
 耶輸陀羅!
     耶
 誰ぞ、かヽる夜陰に
 妾を呼ぶは?
     提(尚作り聲して)
 そなたが夫ぞ、
 われは悉達多 しつたつた ぞ。
     耶
 なに、わが夫とや!
    扉を排して、耶輸陀羅躍り出て提婆達多が手に抱きつく。提婆僧衣をかき退 の け、耶輸陀羅月光に提婆を認めて、身を飛びすさる。
     耶
 やつ、卿 おんみ は提婆達多!
     提
 卿が夫を思ふよりも
 百倍ふかく卿を思ふ提婆達多ぞ!
     耶
 汚らはし!夫ある身ぞ
 夜ふかく他男 あだしをとこ に語 ことば かはさんも口惜し、
     提
 その夫 つま は早や此の世の人ならで!
     耶
 何と?
     提
 空しき望みは空しく消ゆ。
 悉達多が出家の願ひも、
 まことは他 あだ し女 をうな が色香に迷ひ、
 卿が羈 きづな を絶つためなりしを。

 世を欺ける解脱の本願
 後には却つてその身を縛 いまし め
 六歳 むとせ に餘れる難行苦行に
 心まづつかれ身また委 な へたり。

 されば、身をそヽぎたる尼連爾河 ニラジかは の波に打勝つ
 力も消えて
 ながく求めし涅槃 ねはん の徳をばたゞ一朝に得しとぞ
 聞ゆる。
     耶
 妄語 いつはり ぞ、たくみ言 ごと ぞ!
 わが夫 つま は今迦耶の里
 畢波羅 ヒツパラ 樹下の金剛座にて
 無爲成道の悲願を立て
 靜慮 じやうりよ 三昧に入りてをはせり。
     提
 縦令 よし そを姑らく眞實 まこと となすとも悉達多は理を愛して人を愛さず、とこしへを契るべき卿をだに、

 彼若 も し今に至つては正覺 さとり を聞かば、
 ますゝ妻子を敵 かたき と見るらん

 あヽ、目 ま のあたりなる靑春 はる の夢かな!
 拘利 コーリ の城領花さきみだれて、
 人も獸も血は沸きかへりぬ、

 その時われ卿にまみえて
 戀のさつ矢に心を射られつ、

 それよりこヽに十有餘年
 人の妻、人の母となりしに卿を
 今宵の今まで思ひつゞけぬ。
 中空の月の光、わが心の底をも照 てら せ!
     耶
 色界の惡魔、煩惱の犬!
 わが夫 つま の法 のり の力にたよりて
 汚濁 をじよく の罪をばのがれ出 い でよ。
 恆河 ごうが に流れも洗ふを厭ふ汚 きたな き心よ!
    提婆達多夫人が語の裡にも進み寄りて其手を握らんとす耶輸陀羅手をふり放ちざま
 無禮なり提婆達多!
 善覺長者が女 むすめ 耶輸陀羅ぞ
 操を守る劔 つるぎ はこヽにぞ
 いらぬ生命 いのち の血の色見む!
    懐劒を抜いて切かヽらんとす、提婆達多巌を小楯にとり嘲笑ひつヽ
     提
 いらぬ生命 いのち はこの城にこそ滿ちたれ、
 舎衞城のあるじ毗盧擇迦王 ビルバカわう 
 迦毘羅城をば攻め落とさんと、
 われ幾たびか語らはれぬ、
 われたゞ卿を思ふがために
 今日まで心を決 さだ めかねしも
 いまは早や情 なさけ を仇に心せかる、  
 いで、屍の山血の池をば目前 めのまへ に作りて見む。
     提婆達多退場耶輸陀羅號泣して地に倒れ、管弦樂にはかに急調となりて天地晦瞑するや、しばし はか
     忽然三千歳を經たる菩提樹下の金剛座に吉祥の浄●艸を敷きて結伽跌坐せる釋迦牟尼佛現し來る、魔王の聲天外の彼方より洩れ聞ゆ
     魔王
 わが子等よ、何故 など さは遲き
 釋迦、今佛 ほとけ と化 な りなんとす。
 彼が心とろかせよ!
 彼が心まどわせよ!
     純印度風の旋律 メロデイー よりなる輕快なる二拍子の舞
 戯曲に連れて四妖女現はれ踏り且つ歌ふ
     四妖女合唱
 ゆかし、たのもし
 悉達の君!
 われらは今し
 汝がものぞ。
 いざ靑春の歡樂に
 あくまでもゝ  
 耽りふけりて
 世をばおくらん!
     釋迦わづかに半眼を開き釋迦
 外面 げめん 如菩薩 内心如夜叉
    四妖女、釋迦の一唱に五體すくみて、恐怖の色を現はし、先を争ふて退場す。天地再び晦冥して、雷鳴電光天地を撼動せんとす。しばらくは電光の裡に端然として跌坐する釋迦と、そを守護する如く巍然として屹立する菩提樹とを見るのみ。大鳴動に達せる時、闇黑の裡に怪面奇眼の諸妖鬼雲の如く釋迦を襲ふを見る。しかも釋迦は顔色自若毫も恐怖の容 かたち なし、さしもの鳴動何時しか止みて、天地再びもとの光明界に歸り釋迦は依然として菩提樹下に端坐す。魔王の聲はまた天外より響き
     魔王
 見ずや、太子悉達多!
 卿が二世を契りてし
 耶輸陀羅夫人が彼のさまを!

 長者が娘、王者が妃 きさき
 榮華は名のみに止まりて
 乞食にだも劣れる生活 たつき ぞ!
 やつれたる夫人 かれ が姿よ!
 あはれなる夫人 かれ が心よ!
 慈悲知らば太子悉達多
 など、此人に還るを憚 はば かる。
    耶輸陀羅われ知らず身を起しわれならなくに悲鳴を擧ぐ 
     耶
 わが夫 つま !一大事の時ぞ!
 この身の爲めに動じ給ふな
    天地三度晦冥して耶輸陀羅は倒れしまヽ前後も辨へず、舞臺再びもとに返れば旭日の影まばゆく、弦樂器は顫音 トレモロ となりトロンペットの鮮かなる獨奏となりて國王浄阪王の到着を報ず、王は侍臣烏陀夷と共に入る、
     國王
 耶輸陀羅はいづこぞ?
 わが嫁はいづこぞ?
    耶輸陀羅われに返りて
     耶
 父上か、はや夜は明けしか。  
     國王
 夜の明けしが如き吉報 しらせ こそあれ!
 わが子はつひに還り來りぬ。
     耶
 わが子とや?
 わが夫 つま か?
     國王
 そなたが夫 つま 、羅睺羅 ラユラ が父、
 年老ひしわが愛子 まなご よ!
     耶
 如何して、何時 いつ 、何処に?
     烏陀夷
 太子は成道し給ひぬ。
 太子は圓位の修業を終り
 今こそ人天救濟 にんてんぐぜい の大恩主ぞ
 あヽ無上尊世界の王、
     耶
 わが夫 つま が御佛に!
 恥かしや此の身の不信
 さる聖 ひじり に逢ひまつらんは恐れあり、
 たゞ物蔭よりぞ拜 をが みまつらん。
    耶輸陀羅慌てヽ扉の裡に入る
     車匿走り登場
     車匿 シヤノク
 太子はや城門を入り給ひぬ
 年老ひたれども駿馬 しゅんめ 健陟 ハンカタ
 君を迎へて高く嘶く。
     國王
 舞姫よ、舞まへ、
 歌姫よ、歌うたへ。
 太子が膝を沒 かく すまで
 薔薇 バラ 、鳳仙花路に敷け!
    行進曲につれて舞姫數十人手にゝ種々 さまゞ なる樂器と花環とを持ちて登場、歌ひ且つ舞ふ
     舞姫合唱
 山の端のぼる朝日影
 十方界に光り滿つ。
 池の蓮に花さきて、
 三千世界に匂ひ滿つ。
     此の時釋迦諸弟子を伴ひ來る、國王は喜びて、
     國王
 嬉しくも還り來しわが愛子 あなご
 死したる者の蘇 よみかへ りしにも増 まさ る嬉しさぞ。
 さはれ太子など賤しきものヽ惠みを受けて。
 好んで貧しく世をばおくるぞ?
     釋迦
 父王 ちヽぎみ よ!
 こはわが種族 やから の習慣 ならはし ぞ!
     國王
 なが種族とは?
     釋迦
 人間の種 たね ならぬ
 三世諸佛の法統ぞ。
 わが王國は天を極め、
 地を極めて遍 あまね し。
    國王驚き惑ひて思はず禮拜 らいはい する、此時樓 うてな の裡より羅喉羅薔薇の花を手折り來り、
     羅
 鶯の來鳴し花の一輪
 わが父上に棄捨しまいらす。
     釋迦
 げに、わが子ぞ、羅喉羅ぞ
 さても成人なしつるぞ。
 して汝が母は?
    耶輸陀羅、涙に咽びつヽ樓を出つ釋迦を見て、われにも非ず抱きつく。
     耶
 わが夫よ!
 あヽ、永かりし六歳 むとせ よ!
     釋迦
 永久 とこしへ の生命は更に永し
 現世 うつしよ の悲哀はたゞ幻ぞ
 到來の快樂 けらく こそ現 うつヽ なれ。
 あヽ正しき人の妻、愛 いと しき人の母!
     耶
 尊としや慈尊の教へ!
 わが心全く無明の闇を離れぬ、
 いざ、その教への王統を
 いとし羅喉羅 ラコラ につがしめ給へ!
     國王
 尊ときわが子よ!
 われもまた汝が教子 をしへご の一人たらん!
     耶
 げに、三千世界の諸王の王!
     國王
 げに天上の佛 ほとけ の佛!
     一同合唱
 たゞ唄としや、釋迦牟尼佛!
 たゞ尊としや、釋迦牟尼佛!
     山川草木新たなる生色を呈し、最初の主題 テーム 全管弦樂 フルオーケストラ にて繰返され幕下る。

 なお、この『絵本筋書』には、次の記載もある。
 
 管絃楽 オーケストラ 幕間演奏曲目

 一、グロース、ヴイーンワルツ    ヨセフ、ベイヤー作
    ワルツハ三拍子ノ舞踏曲ナリ
 一、クシコスの郵便脚夫(ガロツプ) ネツケ作
    ガロツプ二拍子ノ舞踏曲ナリ
    茲ニ演ズルガロツプハ『クシコス』ニ於テ郵便物ヲ馬車ニ積ミテ配達ニ行ク有様ヲ現シタルモノナリ
 一、セライルノ序楽         モザート作
    序楽トハ歌劇ノ幕間ニ奏スル楽ナリ
    茲ニ演ズルハ楽聖モザートノ作レル歌劇「セライル」ノ幕間ニ用フルモノナリ

 マチネー筋書
  (第三の筋書は本興行の第四に同じ)

  第一 時代劇 偽紫 にせむらさき 田舎源氏 一幕
  第二 時代劇  こもち 山媼 やまうば   一幕


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