ヒゲジイのアル中よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

挑発する言葉

2017-07-14 07:57:06 | 病状
 「(自分は)他人を挑発する天性のアル中みたいだ」と言われたことがあると告白した人がいました。このような言い方で、自分の性格上の欠点を指摘されたそうなのです。まだ酒を飲んでいなかった若い頃の話だと聞きました。薄々察しがついたので以前読んだ次の言葉を思い出しました。ちょっと場違いのような言葉なのですが・・・。

― 知的でない人は異なる意見を「自分への攻撃」とみなす。
― 知的でない人はわからないことがあることを恥だと思う。
  その結果、それを隠し学ばない。

 これらの言葉にドキリとしない人がいるでしょうか? 私は痛いところを突かれた思いでした。上の言葉はFBからの孫引きなのですが、人を挑発しようとする際に使う言葉の本質をズバリ突いたものと思います。

 「知的でありたい。人から知的でないとは見られたくない」というのは誰にも共通する思いです。自分と異なる意見を敵対していると見做すことも、自分が知らないことを恥だと思うことも、程度に差はあれ誰もが懐いている思いです。これらの言葉を書いた人も、自分自身にもある性格と認めていたから書けたのだと思います。

 人は誰でも “自分は絶対” と無意識のうちに考えているものです。自己愛(自我?)の為せる業なのですが、他者との関わりの中で懐く優越感や劣等感、さらには慢心や嫉妬心に至るまで、疚しい心の源です。そのどれもが胸の奥底に秘めているもので、人前には晒したくないものです。

 挑発する言葉はこの秘めた部分をやんわり刺激して来るのです。天性のアル中と言われた人は、恐らく自分の気に入らないことの腹いせに、相手の秘めた部分をストレートに言葉で口にしたのでしょう。そんな言葉を受け取った側はどうすればいいのでしょうか?

 それには人の言葉に容易く動揺しないよう心を鍛錬するしかありません。そんな鍛錬には、黙って人の話を聞けるようになるまで場数を踏むことが一番と考えています。その点、アル症の自助会ミーティングは恰好の場となり得ます。

 自助会ミーティングでは、自分を正直に語ろうとしていますから、核心を突く言葉がよく出て来ます。そんな場では、聞き手からすれば話し手が鏡となり、聞き手自身をも相対化した客体とみることができます。

 冷静に聞ける耳を養った後は、発憤材料とするか挑発に乗るかは聞く側に立った者の自由です。選択肢が増える分だけお得です。



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