ヒゲジイのアル中患者よもやま話

断酒を始めて早7年目。このブログは回復プロセスの記録と脳のリハビリを兼ねて綴っています。やはり、まだチョット変ですかネ?

アルコール急性離脱後症候群(PAWS) ―― 断酒してボケが始まった?

2015-08-28 19:27:27 | PAWS
 断酒を始めて1年10ヵ月が経ち、憑きモノとも言うべき妄想から脱却できて、一過性に襲って来る情動不安定からも解放されて1年経った現在、平常心のままで過ごす毎日を送っています。

 そんな今、日常生活で何が悩ましいかと問われれば、迷わず記憶機能の劣化、特に言葉の想起能力の低化と答えることにしています。モノ忘れの酷さと中々言葉を思い出せない辛さのことです。アルコールが残した毒性の残滓なのか、あるいは加齢が原因なのか、その両者が原因とも考えられるので一層切なくて悩ましいのです。

 専門クリニックの教育プログラムで、断酒を継続中の今の時期にみられる症状として、急性離脱後症候群(Post Acute Withdrawal Syndrome:PAWS)というものがあることを知りました。症候群という名称どおり病状は以下のように多岐にわたるようです。

【急性離脱後症候群】
 症状は、断酒開始後3~6ヵ月目で最も強くなり、6ヵ月~2年で回復する。

 ○思考プロセス障害(脳の働きにムラがある;頑なで諄(くど)い思考、
  因果関係を理解できない)
 ○情動障害(情動の揺れ)
 ○記憶障害(短期記憶の障害)
 ○睡眠障害
 ○身体的協働性に問題
 ○ストレス感受性に変化


 今の私に最も顕著に当て嵌まるのが、3番目の “記憶障害” と1番目の “思考プロセス障害” だと思います。この順番は、私が自覚し始めた順番です。

 断酒を始めて3ヵ月後ぐらいから顕著に自覚し始めたのがモノ忘れの激しさ、つまり “記憶障害” でした。日常生活で自覚するようになった事例を順に挙げると、以下のようになります。掲げた順番は、先に挙げた事例が改善してあまり気にならなくなってから、新たに次の事例がはっきり自覚されるようになったという順番です。


1)名前を告げられても、その端から失念し覚えられない。
2)すぐにメモしようとしても、メモする内容を失念し思い出せない。
3)つい今し方決めたことでも、その場から眼が離れた途端に失念し、
  無意識に習慣的な別の行動に移ってしまう。
4)人前で発表中に、続けて話そうとした次の話題を失念し話が飛ぶ。


 いずれにも共通しているのが短期記憶の障害という点です。この内、1)と2)については、今は大分改善して気にならなくなっています。3)と4)については現在進行形の悩みです。ただし、4)は習慣的飲酒が始まる以前から、大勢の前で発言する緊張のためによくあったことでもあり、アルコール問題とはあまり関係ないのかもしれません。

 私が特に注意すべきと考えているのは3)です。3)はその場から一時的でも(視線が)離れた時にいつでも起こりうることで、無意識に習慣的な別の行動に移っていることが多々あります。無意識に習慣的な別の行動に移ることを私は自動行動と呼ぶことにしていますが、自動行動には危険を伴うことも多々あります。たとえば、別件に気を取られて少しの間ガス・コンロを離れた隙に、ヤカンを掛けていることを忘れてしまい、ヤカンを空焚きしたことがありました。しかも、性懲りもなしに同じことを何回も経験しています。幸い熱センサー付きのガス・コンロだったので事なきを得ましたが、その度に肝を冷やしました。“ガス・コンロでヤカン空焚き” 事件以外にも、次のようなことが始終あります。


 ○自販機でつり銭に気を取られて商品を取り忘れ
 ○受診後、他のことに気を取られて医療費支払(会計)をせずそのまま帰宅
 ○ヴェランダで喫煙する時、喫煙終了後にアルミサッシ戸を開け放つのを
  失念

 火を使う場合などには、意識が途切れないようにその場に付きっ切りでないと危なくて仕方ありません。断酒経験の結構長い人でも無意識のうちに再飲酒していた話などは、長年の飲酒習慣が身体に染みついた自動行動そのものとも見えるので、この短期記憶の障害によるものかもしれません。

 専門クリニックの院長はあまり心配しなくてもよいと言います。これらの記憶障害は飲酒時代にもあったことで、アルコールの作用で隠されていて気付かなかっただけで、断酒したことで顕在化したのだと言うのです。回復するのか聞きそびれてしまいましたが、そこそこ回復するものの、結構長引くのではないかと勝手に解釈しています。

 実は、今最も悩ましく感じているのは “思考プロセス障害” です。“思考プロセス障害” の特徴は、頑なで諄(くど)い思考や、因果関係を理解できないことにあるそうです。いずれもこのブログを記述する作業でしばしば痛感させられているところです。“話しことば” を使う会話でなら、障害を強く自覚することはなかったと思いますが、“書きことば” を使うブログならではの悩みだと考えています。会話では、目当ての言葉が出て来なくても、チョット変(!?)ぐらいで済ませられますが、書いたものは後から読み返すことが出来るので、異常だと分かるのです。

 頭の中で考えている時は “話しことば” を使います。考えを “書きことば” に変換するには、“書きことば” 特有のルールに合わせる必要があります。“書きことば” には、漢語的表現を優先使用するとか、修飾語の順序や読点の打ち方などに特有のルールがあり、会話とは異なる別の思考回路が必要です。この思考回路の変換にもアルコールが障害を残しているとも考えられます。そんな大袈裟なものではなく、単なる注意力散漫のせいなのかもしれませんが・・・

 実のところ、“思考プロセス障害” には記憶障害の一部、“想起障害” が間違いなく絡んでいると考えています。“想起障害” とは目当ての言葉を思い出すのに時間がかかることを言います。いわば、旧式 “蛍光灯” 状態のことです。“意気投合” などはありきたりの四文字熟語ですが、意味が分かっていながら目当てのこの熟語が思い浮かばず、もどかしい思いのまま2~3日苦しんだこともありました。

 記述しているときに、“思考プロセス障害” によると思われる次のような事例がよくあります。


 ○目当ての言葉とは別の、(意味が)近似な言葉だけがランダム(無秩序)
  に複数想起
 ○慣用的な言い回しを近似な言葉の代用で表現
  (例:当然の帰結→当然の結末)
 ○的確な言葉が思い浮かばないので近似な表現の繰り返しで代用
 ○翻訳調のぎくしゃくしたぎごちない表現(諄い言い回し)
 ○直近に使用した(近似な)言葉に引き摺られ、不自然な表現や論理から
  ズレた論旨展開
 ○不自然な助詞の使い方
 ○“書きことば” 特有のルールから外れた記述(失念からか?)


 “書きことば” 特有の思考回路が鈍くなっていることに加え、“想起障害” も絡んでいるので、回復過程にある私には二重に高いハードルが設定されているようなものです。私は “思考プロセス障害” のことを、上記のように理解しています。実例を見ないことには、お分かりいただけないと思います。次回は、過去の投稿文から “思考プロセス障害” によると思われる実例をお見せする予定です。


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自助会AAは科学的?―回復への12のステップ―

2015-08-21 20:09:18 | 自助会
 私は文科系の学部卒で、本格的な自然科学の教育を受けた経験がありません。私の言う本格的な自然科学の教育とは、本格的な科学的実験の実習を受けたことがないという意味においてです。

 科学的実験は次のように実施されるものと理解しています。仮説に基づいて実験計画を立て、計画書通りに実験を実行して、その結果を総括報告書にまとめる。これが実験の全体像で、立案から総括報告書までの記録すべてを文書で残していることが必須条件です。公表された論文は厖大な記録文書の主要な一部分でしかありません。

 記録文書に残された記録通りに、第三者が実験方法をなぞって実施すれば、全く同じ結果が得られる、これが実験の再現性です。科学的とは、すべての記録を残し、それらの記録によって再現性を担保すること。このように臨床開発業務を通じて教わりました。言い換えると、再現性こそが実証的自然科学の要なのだと知らされました。

 「実験の失敗が偶然の新発見につながった」ノーベル賞受賞者からよく聞く言葉です。どのような点で失敗したのか、そのすべてが記録に残っているからこそ失敗を再現でき、新発見はその延長線上に見つかったものなのだろうと思います。同様に記録と再現性の観点からみると、理研のSTAP細胞事件の問題点は明らかです。報道によれば、すべてを記録しているはずの実験ノートが貧弱で杜撰だったといいます。これは科学的にみて致命傷であり、とても科学者の仕事とは思えません。STAP細胞を再現できなかったのは、むしろ当然の帰結と言えるでしょう。野心に駆られた末のお粗末な犯罪とも噂される所以です。

 臨床試験で方法と手順が書かれた計画書のことをプロトコール(protocol)と呼びます。また、試験実施後に全記録を成果として残したものを総括報告書と言います。初めてAlcoholics Anonymous(AA)の回復プログラム “12のステップ” を読んだとき、これは総括報告書中のプロトコール部分ではないかと思いました。つまり、プロトコールにある規定通りに100%すべて完璧に実施した場合の記述の仕方だったのです。結果の記述ですから、書かれている手順と方法は過去形の時制となりますし、事実過去形で書かれているのです。

 自分史などで私自身の酒害体験の叙述を続けていくにつれ、AAのミーティングで “12のステップ” を読む度に、やはりプロトコール部分だという感を一層深くしました。最初、“12のステップ” をさして意識しないまま叙述し始めたのですが、しばらくして私が実行した手順と、その結果として体験したことが “12のステップ” にほぼそのまま書かれていることに気付いたからです。特に、ステップ5の解説に書かれている「長年溜まりに溜まったものが弾けて消え、平穏となって心の落ち着きが分かったとき、『神』を身近に感じた」という心境は、私が体験した “憑き物が落ちた” ときの神秘的感覚に近かったのです。私が叙述を通じて得られた “憑き物が落ちた” 体験のことを、精神医学では言語化による効用と呼ぶそうです。AAではこれを “霊的な目覚めspiritual awakening” とも表現しています。その他にも叙述作業の過程で共有できた体験がいくつもありました。「同様の方法を辿って、同様の結果を得た」、これを再現性と言わずに何と言うのでしょう。しかも、AAには膨大な数のアルコール依存症者を回復に導いた実績もあるのです。いよいよ私は回復プログラムの “12のステップ” が科学的なプロトコールであると確信するに至りました。

 ただし、AAでは “心の落ち着き(serenity)” を体得するという肝腎要の部分を “霊的な目覚め” としており、そこでは “自分なりに理解した『神』” という表現で『神』の概念を打ち出しています。『神』による奇蹟として、宗教色を出した方が得策だと判断したのだろうと理解しました。

 私は新薬の臨床開発責任者として治験プロトコールを何10本も立案した経験があります。そこで、回復プログラム “12のステップ” にプロトコール風の体裁を採らせてみることにしました。“12のステップ” の原文の時制は過去形ですが、プロトコールらしく現在形に改めました。自分史を叙述した体験も加味し、実際には同時進行で起こりうることを想定して現実的な手順となるように改め、具体的な留意点も加えてみました。“12のステップ” の中では、ステップ4と5が特に重要だと思います。アルコール依存症の方には、被験者として “12のステップ” の再現性確認に是非挑んでいただきたいものです。科学的な用語としては不適当なものもあるとは思いますが、切にお許し下さい。


 ***********************************************************************
        AAの回復プログラム・12のステップを実践する試験計画書

  1. 目的
   断酒を決意したアルコール依存症者を対象に、Alcoholics Anonymous(AA)の回復の
   プログラム「12のステップ」のうちステップ4~10を(順に)実行してもらい、酒害体
   験を叙述(言語化)することによって“心の落ち着き”を体得してもらうことを目的と
   する。
  2. 対象
   アルコール依存症者
  2.1 選択基準
   ○もはやアルコールには抗えない、断酒しかないと観念している人
    (つまり、ステップ1~3を満たす人)
   ○“底着き体験”を経験したと固く信じている人
   ○年齢、性別は不問とする。
   [参考]
    ステップ1:私たちはアルコールに対し無力であり、思い通りに生きていけなくなっ
     ていたことを認めた(人)。
     “We admitted we ware powerless over alcohol―that our lives had become
      unmanageable.”
    ステップ2:自分を越えた大きな力が、私たちを健康な心に戻してくれると信じる
     ようになった(人)。
     “Came to believe that a power greater than ourselves could restore us to sanity.”
    ステップ3:私たちの意志と生き方を、自分なりに理解した神の配慮にゆだねる決心
     をした(人)。
     “Made a decision to turn our will and our lives over to the care of God as we
      understood Him.”
  2.2 除外基準
   ○再び酒を飲めるようになれる(かもしれない)と考えている人
  3. 試験デザイン
   対照群を設定せず、非盲検とする。
   本試験のエンド・ポイント(達成目標)が被験者の“心の落ち着き”という主観的な心理
   状態であり、被験者本人の申告によるものでもあるので、申告後の被験者の認知行動を
   観察することが何よりも重視される。
  4. 手順及び方法
   被験者は以下の手順に従って自身の過去の思い出を叙述する。なお、ステップ4と5は
   同時進行で行ってもよいし、むしろ普通は同時進行で実行される。
  4.1 ステップ4を実践
   ステップ4:恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸しを行い、それを表に作る。
    “Made a searching and fearless moral inventory of ourselves.”
  4.1.1 個人年表を作成
   被験者はアルコールに親しみ始めた時期以降の自身の個人年表を作成する。
  4.1.2 出来事ごとの叙述
   1)出来事を叙述する順番は年表にある年代順でなくてもよく、重要なものから始めて
     よい。
   2)個人年表中の思い出の中で、被験者自身の酒にまつわるすべての出来事それぞれに
     ついて叙述する。
   3)飲酒した誘因を他者の所為と責任転嫁している場合は、なぜ責任転嫁するような
     心理状態(マイナス感情)になったのか、被験者自身の性格が起因してないか、
     を被験者はよく省察する。
   4)被験者は思い出を叙述する作業の中で、自身が犯した酒害の原因を省察し、酒害を
     誘発したと思われる自身の性格上の欠点(思考の歪み)を特定する。
   【叙述する際の留意点
   ○被験者は的確な言葉と適切な表現に徹底してこだわり、誤魔化すことなく、
    ありのままを正直に
叙述すること。
   ○思い出ごとに、因果関係や繋がりに重点を置くこと。“どのような時に(when)”、
    “誰が(に)(who)”、“何処で(where)”、“何を(what)”、“なぜ(why)”、
    “どうした(how)”、の5W1Hを意識的に叙述すること。
    特に“なぜ(why)”については必ず言及すること
  4.2 ステップ5~7を実践
   ステップ5:神に対し、自分に対し、そしてもう一人の人に対して、自分の過ちの本質
    をありのままに認める。
    “Admitted to God, to ourselves, and to another human being the exact of our
     wrongs.”
   ステップ6:こうした性格上の欠点全部を、神に取り除いてもらう準備をすべて整え
    る。
    “Were entirely ready to have God remove all these defects of character.”
   ステップ7:私たちの短所(性格上の欠点)を取り除いてくださいと、謙虚に神に求
    める。
    “Humbly asked Him to remove our shortcomings.”
  4.2.1 スポンサーを選定
   被験者は本試験開始後ステップ5を実行するまでの間にスポンサーを選定し、就任を
    依頼する。
   【スポンサー選択の際の留意点
    スポンサーは、被験者とは個人的に利害関係のない第三者であり、専門職のソーシャ
    ルワーカーや医師など、被験者の相談に乗ってくれる人物で、被験者の体験を分かち
    合ってくれ、被験者を助言や指導できる人物が望ましい。
  4.2.2 叙述文書をスポンサーへ提示
   1)被験者は4.1で実行した叙述文書をスポンサーに提示する。
   2)被験者自身が、酒害を誘発したと思われる自身の性格上の欠点(思考の歪み)を
     未だ暴き切れていない気分が残っている場合は、被験者はその旨をスポンサーに
     相談する。
   3)相談結果に基づいたスポンサーの助言に従い、被験者は自身の思い出を再省察し、
     自身の性格上の欠点(思考の歪み)を含め叙述内容を改訂する。
   4)被験者は、酒害を引き起こした自身の性格上の欠点(思考の歪み)を認め、ありの
     ままに受け入れる。
  4.3 ステップ8~9を実践
   ステップ8:私たちが傷つけたすべての人の表を作り、その人たち全員に進んで埋め合
    わせをしようとする気持ちになる。
    “Made a list of all persons we had harmed, and became willing to make amends
     to them all.”
   ステップ9:その人たちやほかの人を傷つけない限り、機会あるたびに、その人たちに
    直接埋め合わせをする。
    “Made direct amends to such people wherever possible, except when to do so would
     injure them or others.”
  4.3.1 埋め合わせ(謝罪)対象者の特定
   ステップ4で作成した叙述文書に基づいて、謝罪が必要と思われる人物を特定する。
  4.3.2 埋め合わせ(謝罪)を実行
   客観的に状況を判断し、被験者による酒害を謝罪しても差し支えないと判断した対象
   者に直接謝罪する。実施に際し、言葉によるよりも行動や態度による贖罪の方が適切
   な場合があり、慎重に考慮すること。
  4.4 ステップ10を実践
   ステップ10:自分自身の棚卸しを続け、間違ったときは直ちにそれを認める。
    “Continued to take personal inventory and when we were wrong promptly admitted
     it.”
  4.4.1 不断に実践する省察
   心に思い当たる出来事ごとに、その都度省察を実践し、過ちがあれば、ありのままに
   受け入れる。開始時期はステップ5以降の何時でもよい。
  5. スポンサーからの助言・指導
   本試験中、スポンサーは被験者の求めに応じて助言や指導ができるものとする。
   ただし、スポンサーの方から積極的に助言や指導はしないものとする。
  6. 中止基準
   再飲酒した時点で本試験を中止する。
   中止後、改めて本試験を初めから開始してもよいものとする。
  7. 主要評価項目
   本試験のエンド・ポイント(達成目標)は、被験者が“心の落ち着き”を体得することで
   ある。本試験期間中、“心の落ち着き”を体得できた時点で被験者はスポンサーにこの旨
   を申告する。
   通常、ステップ4~5を実行中に“憑きモノが落ちた”感覚を実感するものである。
   “憑きモノが落ちた”感覚とは、何かに執着したり、固執したりして、雁字搦めの状態に
   自分を追い込んでいた“思い込み”の原因を悟り、解放された感覚のことである。
   “憑きモノが落ちた”ことにより情緒(情動)不安定から解放された状態の続くことが、
   “心の落ち着き”を体得できたことである。
  8. 安全性の評価
   本試験では何ら介入がないので、有害事象の調査は行わない。
  9. 試験計画立案責任者
   Alcoholics Anonymous(AA)
  (参考)
   ステップ11:祈りと黙想を通して、自分なりに理解した神との意識的な触れ合いを
    深め、神の意志を知ることと、それを実践する力だけを求めた。
    “Sought through prayer and meditation to improve our conscious contact with God
     as we understood Him, praying only for knowledge of His will for us and the
     power to carry that out.”
   ステップ12:これらのステップを経た結果、私たちは霊的に目覚め、このメッセージ
    をアルコホーリクに伝え、そして私たちのすべてのことにこの原理を実行しようと
    努力した。
    “Having had spiritual awakening as the result of these steps, we tried to carry this
     message to alcoholics, and to practice these principles in all our affairs.”
 *************************************************************************

 ステップ11~12については、“心の落ち着き(serenity)” を体得した各人に対して、社会的な運動としてAA活動をさらに広めるための心構えを述べた部分と解釈し、参考として掲示するに止めました。
                *      *      *    
 この記事を書いた当時は私の考えも生煮え状態で、回復の達成目標が “心の落ち着き(serenity)” にあると考えていました。時が経つにつれ、 “心の落ち着き(serenity)” は常時あり得る状態ではなく、むしろどんな時でも “平常心” を保っていられることこそ回復の意味するところ、と考えを改めました。多少のストレスを受けても柳に風と受け流す心のことです。「思考の歪み」という言葉も、可笑しな「思い込み」に代表される “認知のゆがみ” とした方がより適切だろうと思っています。
 “憑きモノが落ちた” 感覚は、誰にでも味わえるものではないとしても、恐らく誰もがAAのミーティングで経験できる “気づき” と置き換えれば当てはまります。体験談でよく語られる “気づき” とは専門家がいう自己洞察のことで、悩みを一瞬浄化してくれるカタルシスのことでもあります。これを繰り返し体験することで、早めにアルコールの残渣が抜けることも期待できると考えています。
(2016.12.12追記)


以下もご参照ください。
AA Twelve Steps and Twelve Traditions
“心の落ち着き(serenity)”が分かる


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在庫明細が“棚卸し”?(自助会AAのステップ4)

2015-08-14 22:16:38 | 病状
 “棚卸し” というのは手持ちの在庫を調べて明細表を作り、在庫の価値を把握することだそうです。負債の明細作りも “棚卸し” というのでしょうか?

 酒浸りになるずっと以前から、お酒類の在庫管理には長けていました。サイドボードにはウイスキーかブランディー、冷蔵庫にはビール、以前は自宅でお酒類を切らしたことがありません。残り少なくなった瓶や缶があると、すかさず新品を補充していました。たまに空瓶が見えて切らしたと知ると、別に飲みたいわけでもないのに、妙に落ち着かなかったものです。退職が間近になる頃からは、専ら低アルコールの発泡酒を飲んでいました。アルコールで荒らしていた胃へ少しでも負担をかけたくなったからでした。冷蔵庫には発泡酒の缶がいつも半ダース以上は確保していました。マメマメしくやっていた在庫管理は病的でもありました。

 いつでも品物を切らさないよう買い置きするクセは、断酒後の今も意外なところに残っています。すっかり甘党に変身してしまったので、対象が酒から菓子類に代わりましたが・・・。初めは “どら焼き”、次いで小振りの “チーズ・ケーキ”、再び “どら焼き” に戻り、今は “フルーツ・サンド” に移りつつあります。糖尿病を抱えているので、菓子1個当たりのカロリー含量は200 kcalまでを目途としています。カロリー制限から1個だけ、せいぜい2個までしか食べられないにもかかわらず、いつも余剰在庫を抱え続けています。お酒のときと同じで、買い置きが切れそうになると不安になるのです。意識・無意識にかかわらず、身に染みついたクセはなかなか変わるものではありません。

 さて、本題の “棚卸し” のことです。買い置きのクセはまだ残っていますが、もう一方で飲酒問題が原因での心の負債も残っていて、その整理にも取り組んでいます。自分自身も苦しみ、周りの人々をも傷つけた負の資産です。

 “棚卸し” という言葉をここに出したのは、自助会Alcoholics Anonymous(AA)の回復のプログラム・ステップ4にある次の一節が思い浮んだからです。
「恐れずに、徹底して、自分自身の棚卸しを行い、それを表に作った Made a searching and fearless moral inventory of ourselves.」

 AAの発祥の地は米国で、キリスト教圏です。AAでは、本能の赴くままに欲望を駆り立てる性格上の欠点として、カトリックの七つの罪源を挙げています。七つの罪源とは傲慢(pride)、強欲(greed)、色欲(lust)、憤怒(anger)、暴食(gluttony)、嫉妬(envy)、怠惰(sloth)の七つです。その中でも特に傲慢(pride)が最も御しがたく手強いとしています。

 私はキリスト教徒ではありませんが、これらのどれにも腑に落ちるところがあり、傲慢(pride)が最悪ということには全面的に同意します。ただ傲慢(pride)については、完全に日本語化した観のあるプライドとした方がより分かりやすいと思います。プライド、言い換えると他人よりも上になりたいという自尊心/我欲が、上昇志向となって私を駆り立てていたのだと納得できたのです。上昇志向が煽ったのは、金銭欲、名誉欲、権力欲という月並みな欲望でした。

 想えば在職時代、先輩社員に “嫉妬” し反発したのも、私のプライドが許さなかったからだと思い当たりました。マイナス感情の “嫉妬” に思い当たったのは、“他罰(責)的” と “人付き合い” という二つの言葉の出会いがキッカケでした。

 “他罰(責)的” というのは、飲酒が止められない理由(動機)を自分以外の他者の所為とする、アルコール依存症者に顕著な心の障害のことで、専門クリニックの教育プログラムで教わりました。もう一方の “人付き合い” は、AAのある日のミーティングで出されたテーマでした。

 これら二つの言葉を耳にしたのは別々の日です。さして意識しないままに何日か経った後、両者が熟成されて融合し、渾然となった結果、思いがけず浮かんできたのが先輩社員に “嫉妬” した在職時代の思い出でした。“嫉妬” は、年齢で3歳しか違わず、学歴でも決して劣っていない、にもかかわらず若くして見事な実績を上げ、遥か上級の幹部まで昇進・昇格した先輩社員の傲慢な態度に向けられたものです。私としては、あまり触れたくない記憶でした。この出来事がキッカケとなり、自分史を綴ることになったのです。

 自分の半生の記憶を辿り、過去の自分自身に何故(なぜ?)と問いかけ、時間軸に沿って互いに関連する出来事を物語風に叙述しました。こうした対話を続けることによって、心の反応パターンが把握できるようになりました。心の反応パターン――どのような状況に置かれたら、どのような感情が湧いて来るのか、その際の心の動き方です。嫉妬や怒り、悔しさなどのマイナス感情には手こずってばかりで、その都度飲酒で紛らわせていたのですが、マイナス感情に襲われるときのパターンもしっかり理解できるようになりました。

 正体がはっきりせずにモヤモヤしていたことが、言語化することによってはっきりとし、その正体が見えるようになったのです。ものごとを客観的に見ることができ、ありのままに受け入れられるようになりました。この作業を続けたことで、思わぬオマケもありました。自分のしたことが、決して捨てたものではなく、むしろ誇れるものもあったと見直しできたことです。私はこれで心の落ち着きが得られ、平常心を保つことができるようになりました。「ありのままを、ありのままに受け入れる」いつもこの心構えでいることが大切だと分かりました。

 私は酒害体験を綴った自分史( “アルコール依存症へ辿った道筋” 35回シリーズ)をこのブログに公開してきました。人間の欲求の中でも最も強いとされるのが承認欲求だといいます。この承認欲求がプライドをけしかけているからこそ、プライドが最も御しがたく手強いとされるのだと思います。ブログに公開することで多くの方に読んでもらうことができ、私の承認欲求は満たされています。とても幸せなことです。

 叙述するのではなく、箇条書きや表中への書き込みだけにし、因果関係や相互の繋がりを書かずに済ましていたら、これらの成果は決して得られなかったものと考えています。ですから、ステップ4の訳文の “・・・それを表に作った” の翻訳部分には疑問を感じています。“Made a searching and fearless moral inventory of ourselves.” は、次のように言っているように思えて仕方ありません。
「心にある道徳的な負い目(負債)の仔細を叙述しなさい。恐れずに、その道徳的な負い目(負債)の正体を暴きなさい。」

 さらに、私はこのステップ4を、次のように折り紙作りに譬えるのも、考え方をより分かりやすくするのではないかと思っています。
「心の奥で泥に埋まっている過去の記憶をすべて掘り出しなさい。泥をきれいに拭き取って、それぞれの本来の形の折り紙に畳みなさい。そのあとで、ありのままの姿の思い出として再び心の引き出しにキチンとしまいなさい。」



“心の落ち着き(serenity)”が分かる』と『回復へ―アル中の前頭葉を醒まさせる』も併せてご参照ください。


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自分で始末をつけられる生き方

2015-08-07 21:21:05 | 世相
 “路上のゴミ拾い” 大切な公共の道を快適にでき、身体を絞って体力増進も図れる。さらに自分で人生に始末をつける算段ともなる。“路上のゴミ拾い” は一石二鳥どころかまさに一石三鳥です。

 「自分で自分の始末をつける」 他人に迷惑をかけず自分のことは自分で決まりをつけたい、人生に終止符が打たれるまでに少なくともその道筋だけはつけておきたい。高齢者の仲間入りにさしかかって、このような思いが募るようになりました。始末というと面倒なモノを処分するニュアンスがあり、陰でコッソリという感じがします。面倒でもやるのが当たり前で、表立って大ぴらに言うのも憚られます。始まりがあったら、終わりの締めも当然あります。“始末” は一連の物事にきちんとした終止符を打つ、ごく当たり前の行為のはずです。

 道に落ちているゴミを拾うようになって、5ヵ月目に入っています。初めはタバコの吸い殻だけ拾うつもりでした。所構わず路上に散らばっている吸い殻が気になりだし、若い頃の罪滅ぼしのつもりで始めました。人生に終止符が打たれるまでは出来るだけ “自分で始末をつける”、その一環としてです。私も若い頃、25年ほど前まではポイ捨てをやっていました。映画やテレビでは、刑事だろうが、ブンヤだろうが、チンピラだろうが、ポイ捨て場面はよく見かけたものです。道でタバコを吸うたびに、俳優の仕草を気取って(?)は、何の違和感もなくやっていました。世間の謙煙志向はまだ弱く、ポイ捨てへの罪悪感などもちろんありませんでした。

 通院のため毎日通う道で、ポイ捨て放置されたままの吸い殻を見ていると、日を追うごとにその付近一帯の吸い殻の数が増えていくばかりです。見るに見かねて吸い殻を素手で拾い始めたのがキッカケでした。始めてすぐに吸い殻以外のゴミまで対象が広がりましたが・・・。今では通院時に素手でつい拾ってしまうことがクセになり、加えて週に1~2回は、軍手に火バサミ、レジ袋といういでたちでやっています。

 始めてみると、吸い殻が捨てられている状況から、捨てた人の意識が透けて見えることに気付きました。信号待ちなどの特定の場所に集中しているとか、ほぼ毎日欠かさず同じ場所に落ちているとかです。場所が集中しているのは他人の吸い殻につられての模倣行為が多いと見えますし、同じ場所たとえば階段の4段目に決まって落ちているという例などは喫煙者個人の癖(習慣的行為)とはっきり分かります。どちらも無意識のままやっているのでしょう。

 路上にゴミを捨てる人の意識は、捨てられている場所柄によって次の3つに大別できそうです。


 a)歩道や路上の中央部・道端:
       ほぼ無意識のまま(罪悪感なし?)
 b)植え込み陰やベンチ下、排水溝付近:
       マナー違反の後ろめたさも(罪悪感あり)
 c)植え込み・塀・欄干などの上:
       他人任せの依存心による大甘意識で(罪悪感なし)


これらは実態からみて私が独断で下した分類です。公共の場と分かっていながら、そこにゴミを捨てる心理はこんなものかと考えています。

 参考までに、捨てられているゴミは以下のようなモノです。


 a)の場合:吸い殻、タバコ空箱、レシート、駐輪場整理券、串棒・割り
       ばし、ストロー、マスク、菓子(小分け)空ポリ袋、
       おにぎり包殻、紙フキン、イヌの糞etc
 b)の場合:ペットボトル・飲料缶・ビン、蓋付きコップ、レジ袋・
       紙袋(ゴミ入り)、弁当箱殻、タバコ空箱、菓子空ポリ袋、
       ビニール傘、商品包装ポリ殻etc
 c)の場合:ペットボトル・飲料缶・紙パック・ビン(飲料入り)、蓋付き
       コップ(飲料入り)、タバコ空箱、ビニール傘、幼児靴・
       靴下(片方)、襟巻、手袋(片方)etc

 植え込みの陰などに隠されているゴミは、火バサミがなければ対処する手段がなく、拾い集めるのにとても難義します。


 a)の場合についてはコメントする気にもなりません。b)の場合は、ゴミ捨て場代わりとしている意図がアリアリで、隠蔽を図るなど本人は明らかに犯罪行為と意識しています。c)の場合は、他人任せの甘えで、責任感の欠片も見えません。完璧な幼児行動です。ただし、c)の一部は落し物か忘れ物かもしれません。私の住む地域では、落し物を誰からも見えるようにして知らせてあげる習慣があります。共通しているのは公共心が全く無いか薄く、公共の場所では何をやっても許されるという我儘(無法?)意識です。

 ご覧のように道に捨てられているゴミは、口にするモノに関する容器などがほとんどです。動物にとってモノを口にする行為は本能です。締めである排泄行為ももちろん本能です。本来、食べ物や飲み物を口にするということは、関連する一切のモノ、もちろん排泄物も含めての諸々を、しっかり始末するのが動物として当たり前の本能のはずです。イヌもネコも排泄した跡には必ず土を掛けます。タバコも口にするものですから、始末をつけるのは当たり前のことです。

 無造作に道に捨てられているゴミを見ていると、人間としての躾がされていず、本能までもが劣化しているとしか思えません。物陰にゴミを隠すのはまだ本能の名残とも見えますが、人間としては恥ずべき行為です。文明化が進んだために便利なものに馴れすぎて、少しでも面倒なことを嫌う風潮が蔓延しています。親が子供に躾るべきことを、つい代わりに親がやってあげる風潮もあります。これらの風潮が不躾なゴミ捨てを増長させているのだと思います。

 ボヤキとも義憤ともつかない嘆き節になってしまいました。何か打つ手はあるのでしょうか? 打つ手に繋がるヒントの事例が2つあります。戸建て持家住宅の多い街区では、吸い殻は意外にも道に放置されたままで、住民が自宅門口の掃き掃除をこまめにやっている気配がしませんでした。それらの町内で吸い殻を拾い集めたところ、人通りが少ないこともあってでしょうが、その後の1~2日は吸い殻を見ないで済むようになったのです。また、タクシーが休憩場所として駐車する公園脇の道は吸い殻だらけで、タクシー運転手の喫煙場所になっていました。私は運転手たちの見ている前で吸い殻拾いを無言でやりました。公園脇の道は依然としてタクシーの休憩場所のままですが、落ちている吸い殻の数は劇的に減りました。吸い殻がキレイに片付けられて1本も落ちていない道では、さすがに捨てるのを躊躇わせるのでしょう。

 “他人の眼が光っている” という無言の圧力が抑止力として効いているとしか思えません。私のひいき目でしょうか? 躾のできていない大人には言葉で訴えても期待うすです。やはり、お手本を見せるしか打つ手はないと考えています。実地にゴミ拾いをして、道をきれいにして見せることです。排水溝が吸い殻で詰る心配もなくなりますし、何よりも清潔で秩序ある環境は防犯にも役立つはずです。ゴミの落ちていない住い環境は価値の高い資産にもなります。狙いは不特定多数の通行人のマナー向上です。無言の抑止力による躾を狙っていますから、少し時間が掛るかもしれません。吸い殻ばかりでなく、人工物のゴミ一切が落ちていない道ならば、さすがにゴミを散らかす無神経な人はいないだろうという心理作戦です。

 これからが私の提案です。あなたもご近所の道でゴミ拾いをやってもらえませんか? 私などは退職した身ですから、週1~2回の割で1回2時間程度なら路上のゴミ拾いなど雑作もないことです。無理をせず2時間程度で出来る範囲でよいと思います。拾い集めたゴミの処分を考えると、ゴミ収集日の早朝にやるのがお勧めです。志を同じにする方が、それぞれ勝手に地域と日時を分担してできれば、それで十分と思います。自分で始末をつけられる生き方、その実地演習として是非ご賛同ください。


 禁煙ゾーンに設置されている灰皿では次の標語をよく見かけます。
「捨てるのは指の動き、拾うのは全身の動き」
 “It only takes fingers to throw it away. It takes the whole body
   to clean it up.”
「吸い殻を排水溝に捨てた。というか隠した」
 “I threw my cigarette butt into the drain. That is to say, I hid
  it in the drain.”
特に “拾うのは全身の動き” という言葉には実感がこもっているので気に入っています。今の暑い季節なら、身体をかがめて吸い殻を拾おうとすると、10回もしない内に汗ビッショリになります。大切な公共の道を快適にできる社会貢献ばかりでなく、身体を絞って体力増進も図れる、まさに一石二鳥ですよ。


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