天下太平のやせ我慢日記

近くの孫達
男の子は中二で受験戦争を控えその下は修学旅行で胸躍らせ、一番下は苦労しましたが3年生、ピアノを習い始めた

これは注目です。

2011年04月29日 | Weblog

睡眠不足の脳、覚醒時に居眠り? - goo ニュース

私も以前遠距離ドライブのとき、ふぅと気が付いたらセンターラインを越えていた、ハッとしてもとにもどした、居眠りした感覚は無い、よく新聞などで居眠り運転で事故のニュースを聞くととんでもない運転手だ、と憤慨したことがたまにあった。

居眠り運転というとウトウト寝てしまう事だと考えていたが、そうでなく、一瞬の事で、本人もその自覚が無い状態だと今ではわかる。疲れているとき、長距離ドライブするときは必ず停車して仮眠をとろう。

一瞬がが本人と他者の命を奪う。先日クレーン車だったかが学童の列に突っ込み6人もの児童の命を奪った事故が報道された。取り返しのつかない一瞬の油断


お別れ遠足 文殊

2011年04月26日 | Weblog

寒ーい遠足だったが、楽しい思い出を造りました。文殊近くの公民館で保護者会の造っていただいた昼食、ご飯は峰山幼稚園で田植えして育てたお米、豚汁の野菜は園で育てたもの、色々学ばせてもらった、夢佳は今大宮小の新一年生として、こうした経験を生かして、成長してくれると思う、今元気に兄妹3人で通園しています。私の役目もそろそろ終盤に差し掛かっている。あとは彼たちの成長を眺めるのみか、さて、色々考える今日この頃、

 

お別れ遠足 文殊


2011 葵祭り 溝尻

2011年04月24日 | Weblog

 

2011年葵祭りが開催、太刀ふりは、中野地区 江尻地区 溝尻地区が行いますが、始めに露払いとして溝尻地区 仲立ちで 江尻地区 納めが太刀ふり発祥の地区といわれる中野地区の順に開催

この動画は露払いの溝尻地区の青年の最後に力強く演じる勇壮な太刀で重要な役目です。元気で一番腕に自信があるものが指名され演じます。

当日は風が強いものの雨は何とか降らず比較的いい天気で溝尻の太刀は終了しましたが、後の地区は雨に見舞われたものと思います。

2011 葵祭り 溝尻


【地震】上海からも激励 応援メッセージを展示(11/04/23)

2011年04月23日 | Weblog

【地震】上海からも激励 世界各国より応援が毎日のように届いている、私達はこうした暖かい励ましを決して忘れてはならない、

世界で万一の時はこれまでもしてきたが、さらにいっそう心の輪を携え広げることが、世界の平和へとつながっていく、

 

 

 

応援メッセージを展示(11/04/23)


丹後風土記残欠

2011年04月22日 | Weblog

今日籠神社の海部宮司さんから丹後風土記残欠の復刻版を送付していただいた。宮司さんの朱印で送呈とあり、大変感激しました。以前から探し求めていたもので、仰天同地の歴史観を覆すものである、

これを知ったのは舞鶴の方が造っているHPから知ったものでそこには、冠島まで陸続きであった凡海郷(おおしまのさと)が西暦701年(大宝元年)大地震で海中の没し、その頂が残ったのが冠島だという。仰天するような事が書かれているらしい、また海部氏の一族が巨大な力を丹後一帯に持っていたこと

凡海郷とは海部直(あまべあたい)海部氏の一族でこの一帯を支配していたらしい、

 

、興味津津で機会があればじっくりと調べてみたいと思っていたことで、読解力には程遠い身なれど生涯のライフワークにでもしたいと考えてきたこと、その貴重な資料を私のもとに送付頂いた海部宮司に深く感謝する。残欠というだけあってところどころ虫食い状態で判読するのは難く困難を深めるがネットにはそれを解説してくれる貴重な資料が数多く存在する。

それらを観ながら理解を深めたい、

冠島

 


今日はついてない

2011年04月22日 | Weblog

今朝フクヤに買い物に行こうとしたとき、フロントガラスにヒビが入っていた。結構深くまいった、昨夜ビシーという音がしたが気がつかず今朝になってハネ石が当たったのだと気がついた、行きつけのスタンドで聞くと最低でも5万円以上するという。(交換したら、)当分金が無いし、いつバシッと割れるかヒヤヒヤものだ、コメリでボンドを買って塗りつけておいたが、何時までもつか? 

少しの衝撃で粉みじんになりそうだ、ついてないときは全く駄目だ、(;一_一)

 

 


小沢先生?

2011年04月20日 | Weblog

「菅内閣は国民救えぬ」 小沢氏系中堅議員、倒閣で一致(朝日新聞) - goo ニュース

もうあなたは過去の栄光を忘れ、余生を静かに過ごしてください。そんな難しい、しかめつらを止めて持病の心臓病の治療に専念し愛犬の散歩などして優雅に過ごされた方がいいのですが、そうすればもっと穏やかな顔になれるのに、

 


修学旅行

2011年04月19日 | Weblog

21日修学旅行へ孫が出発、小学6年生で本人はワクワクしている。私の小学校修学旅行は半世紀以上前で準備が大変だったのを覚えている。家のそばから汽船がでていて文殊まで汽船で、近所のおばさん達が見送りに来てくれ、選別までもらった。

汽車は蒸気機関車でトンネルに入る前に窓を閉めないと真っ黒にシャツが汚れる、しかしシュッシュッポポと蒸気を吐き出し力強く進も機関車に頼もしさを覚えたものだ。

今はスマートになって当時のような物々しさは無い、時の流れを感じる、でも、記念イベントなんかで蒸気機関車みると郷愁を覚える、たしか、山口県に弁慶号とか保存されていたが、また、舞鶴の自衛隊前の公園にも陳列

当地方の加悦地区にSL広場に数台あったのを想い出した。