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conscience

my diary

自分らしく生きる

2023年07月16日 | 日記
 現在の急速な少子化(政府の予想よりも加速度的に進行する可能性がある)の原因の一つは、自分らしく生きることが、日本的要因によって制限されていることにあると考えている。例えば、シングルマザーの多くは、経済的な困窮と育児に伴う困難に直面している。サービス残業などは少し昔までは当たり前で、定時で帰っていると白い目で見られたものだ。一生懸命努力しても、過ぎ去ってみると、果たしてそれが幸福につながっていたのだろうかとの疑問が残る。
 少子高齢化が進んでいくということは、1970年代には統計的に推定されていたが、政府の子育て支援制度などは悉く失敗の連続であり、結果として現在のような人口減少時代を招いている。これを政府(与野党を問わず)の失敗と言う。
 タレントのりゅーちぇるが自死したが、LGBTqの人々の権利尊重などと言っても、結局は、自分らしく生きようとする人に対して、依然として一部の人々は攻撃的であり、昭和の時代の家族観から一歩たりとも出ようとはしない。そこにあるのは、クラスの中で変わった者や目立つ者に対するいじめの構造の延長でしかない。社会的多数に迎合しなければ生きていけない社会とは、なんて不自由で不幸なものだろうか。人と違っていても良いという社会こそ望ましいのではないか。少子化は、経済的な問題だけではなく、人が自分らしく生きられない社会構造にあると言っても間違いではなかろう。したがって、我が国の少子化は、益々加速し、数十年後には、田舎での居住は放棄され、都市への集住化が進むだろうが、その都市でも高齢化の進行により、社会福祉資源は減少化し、国民の基本的幸福追求権すら与えられないようになるかもしれない。

 我が国には、貴族制度は無くなったが、親がハイクラスの地位にあることでその子供も優遇的地位を占めることが多いというロイヤルファミリー的なものもあり、東大などへの進学者も、親が経済・学歴で恵まれている者が多い。今話題の木原官房副長官もそうであるらしい。安倍元首相や岸田首相も同様だろう。国会議員に二世が多いということもある。しかし、本当にそのような日本で良いのだろうか。多様性の尊重とは、様々な意見・立場にある者を尊重することで、社会の進歩性を確保することにあると思う。例えば、進化というものは、変わった個体がいて、それが生き残って環境の変化に適応していったことだと思う。多様性ということが大切であるという理由だと思う。

 今朝は、晴天、抜けるような青空である。今夕には花火大会もあるようだが、コロナ感染が怖いので行かない。そういえば、伊東四朗さんも感染したそうだ。高齢なので心配だ。
 ジャニーズ問題では、服部氏の子息などが70年前の幼少期に喜多川氏から性加害を受けたということをメディアのインタビューで明らかにしたということが一斉に新聞報道された。これも、国連の人権理事会の聞き取りがあるということで、ジャニーズ問題に対するマスコミの封印が解かれたということだろうか。一方、木原氏の妻に関する問題では、大手マスコミを中心に未だに報道規制があるようだ。警察庁も、「捜査はつくされている」などと大言を発しても良かったのだろうか。国民は、警察が、政府・与党幹部である同氏に忖度して、かかる捜査を縮小したのではないかと疑っている。警察に対する不信感を払しょくすることなく、「捜査の結果、容疑は無いことがわかった。」などと言っても良いんだろうか。また、マスコミも記者クラブ制度があることから、警察見解に反する報道は出来ないのだろうか。これで、権力を監視するマスメディアとはちゃんちゃらおかしい。
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