笹の葉さらさら(その3)

2013-07-07 21:54:57 | 日記
暑いなぁ、本当に暑いなぁ。空は曇り、涼をとりに外に行く気分ではありません。クーラーかけた部屋の中で、天を思います。こんなに、七夕の日は暑かったかな?今夜の暑い。夏の夜のどこか、近所の家の前、花火をして遊んだ火薬のにおいが風に混じる、そんな夜がまた来る。今夜は曇っているが、天では、カササギが橋を作っているだろう。一年たって会った牽牛(けんぎゅう)は、一年前と同じなのか?天では、歳はとらず変わらないのだろうか?心も何も変わらずか?一年、共に時を分かち合うことなく過ごし、互いの一年の間の喜びも苦しみも、何も知らずに、ただ愛しいという感情は存在するのだろうか?一年、互いに会えないという哀しみだけで、人は人を愛せるのだろうか。平々凡々な毎日を、平々凡々に共に過ごすとき、静かな感情だけがある。けれども、決して失いたくない日々がある。

笹の葉さらさら(その2)

2013-07-07 01:56:19 | 日記
七夕の日、織り姫は何を思うのだろう。一年たち、やっと会えるよろこびか?天の川の世界では、天帝が絶対的なのだろうか?天帝の命令を守り、牽牛と会えないことを悲しむのみで、それを恨んだりはしないのだろうか?千年、万年、ただ一年一度の逢瀬で、それを運命と受け入れできるものなのだろうか。七夕の日、織り姫は美しく身を整えて出かけて行く。いつもの、機をいそしむ姿ではなく、心うれしく綺麗に着飾り、出かけるだろう。牽牛は、着飾り来る織り姫に何を思うだろう、一年一度の逢瀬に。心が変わらず、愛し合えるので、七夕はロマンチックなのだろう。でも、思う、それは天上だけの話ではないかと。人は一年たてば、ひとつ、歳をとる。こころは変わらない?しかし、身体は歳をとる。命がいつかはついえる。いつかはわからずとも、限りがある生ならば、一年一度を待たず、川を渡るだろう、共に川の中に消えたとしても。