ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーPの物語ー覚悟

2021-09-03 21:35:53 | 大人の童話
「構いませんよ。何分割ですか?」
 事も無げに言われて、バスは勢いよく椅子の背に体を預けた。
「あ、有難うございます。あまりにあっさり承諾して下さったので、拍子抜けしてしまいました」
 老人が破顔した。
「先日の花嫁行列を拝見しまして。あれは見事でした。艶やかさで人を惹き付ける力は商売人としての才覚を、布の素晴らしさは仕立て屋としての資質を、石の輝きは豊かな財力を、知らしめていました。堅実だという評判は元々うかがってますし、信用しないわけがない。大事な従業員達ごとお願いするんですから、そういう方にお譲りしたいんです」
「それは・・・恐縮です」
 バスは花嫁行列へのサキシアの対応が、やっと腑に落ちた。
 贅沢や派手なことなど、避けて通ってきたようなサキシアが、花嫁行列の話を快諾していたのだ。
 それどころか、使う布を鮮やかに染め上げ、ギャンが花嫁石に貯金をはたくのも、止めなかった。
 ここまで考えてのことだったと思い至って、バスは覚悟を決めた。
 この話も子供の預かり所も、ギャンとアルムに半ば押し切られる形だった。
 地道に続けることこそが、商売の心得だと思っていたからだ。
 けれど、次の世代には次の世代なりのやり方があるのだ。
 それを精一杯、後押ししてやろう、と。

「ただいま、サキシア」
「お帰りなさい、ギャン」
 実感のこもった「会いたかった」と、愛が溢れたいつものハグ。
 ただいつもと違うのは、ギャンが顎を埋めたのが、サキシアの左肩だったことだ。
 サキシアのベストには、頑丈な肩当てが付けられていて、右肩には昨日の鳥が止まっていたのだ。
「五年払いにしてもらえることになったんだ」
 問われるよりも先に、ギャンが報告した。
「花嫁行列を見て、信用したんだって。そこまで考えてたの?」
「そうよ」
 サキシアが当然の様に言った。 
 花嫁姿を見た者は、後にサキシアのアザを見て、口さがなかった。
 花嫁化粧でアザが隠れなかったとしても、色々と言われただろう。
 嫁ぐからには精一杯尽くす。
 それがサキシアの覚悟だったのだ。
 ギャンは真珠を思い浮かべた。
 その痛みを美しい真珠に変える。
「俺、名前を思い付いた」
 ギャンが飛び上がって叫ぶ。
「パールだ!パール!パール!」
―バサバサバサッ―
 鳥も飛び上がった。
「パール!ぴったりね。確かに黒真珠みたいに光るわ。良かったわね、鳥さん。貴女は今日から、パールよ、パール」
「パール」
 鳥が鳴いた。
「話せるの?凄いわ!」
 サキシアの目が輝く。
「うん、凄いね」
 ギャンは赤ん坊の名前のつもりだったと言うのを止めた。
 サキシアが喜んでいる。
 それだけで良かった。

 工場は広かった。
 機を並び変えると、染色に十分なスペースも作れた。
 糸染めは、メイが昔馴染みを呼び寄せてくれ、彼のつてで、中古の設備も格安で手に入れた。
 トントン拍子で全てが進み、試し織りの第一号が織り上がった日、サキシアは赤ん坊を産んだ。
 
「元気ですか?アザはありませんか?」
 咳き込むように、サキシアが聞いた。
「元気ですよ。アザどころか黒子一つありません。凄く綺麗な女の子です」
 取り上げ女が微笑んでみせる。
 サキシアは深い安堵の溜め息をついた。
「サキシア!」
 産声を聞いてギャンが飛び込んできた。
「無事で良かった。有難う!!」
 そう言ってサキシアの右手を握る。
「お母さんも赤ちゃんも元気ですよ。私が取り上げた中で、一番整った顔をしている。きっとファナ王女のような美人になるよ」
 手際よく臍の緒の始末をしながら、取り上げ女が答える。
「ファナ王女?」
 赤ん坊を覗き込みながら、ギャンが聞き返した。
「そう。これでもあたしは神話にゃ詳しいんだ」
 取り上げ女は、赤ん坊を桶に移した。
「王を殺されて戦に出ようとする王妃を、止めた王女さ。そのせいで隣の国に囚われたんだけど、彼女の美しさを神が惜しんでね。王を甦らせて、一族を美の国に導いたんだ。皆そこで幸福に暮らしたんだって」
「ファナ。良い名前じゃない。ね、この子の名前はファナにしよう」
 ギャンがサキシアに視線を移す。 
「でも、父王は殺されるのよ」
 サキシアが眉をひそめる。
「生き返るんだからいいじゃない。俺達はここで幸福の国を作ろう。ファナ!ファナかあ。良い響きだ。ファナ!君の名前はファナだよ、ファナ!」
「ファナ、ファナ」
 隣の部屋で、パールが鳴いた。
「この子はその名前に見合った美人になる。あたしが保証するよ」
 赤ん坊に湯をつかいながら、取り上げ女が言う。
「ね、二人とも良いってさ」
 三人を順に見ながら、ギャンが言う。
「ピールとぺルルも、バールが鳴いて決めたしね。いいわ。優しい響きだし。貴方が長生きしてくれるって、約束するなら」
「当たり前だよ。俺はサキシアと幸せになるって、決めてるんだから」
 ギャンがサキシアの両肩をガシッと掴む。
 取り上げ女が、赤ん坊を拭き終えた。
「よく頑張ったわね」
 少し紫斑があるものの、文字通りの『赤ん坊』が、サキシアの前に乗せられた。