ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語ー 金狼と山賊

2020-11-07 22:00:00 | 大人の童話
その日の道中は静かだった。
濃い緑を切り分ける細い道を、黙々と歩いて行く。
道のきつさではなく、なるべく山賊に会わない為だ。
ルージュサンが持っている火薬の匂いで、狼が避けてくれることも期待した。
最初に反応したのはナザルだった。
すぐにルージュサンも気付く。
聞き耳をたてながら、そのまま通り過ぎようとした。
だが。
二人が振り返るのとほぼ同時に、何かが藪から飛び出してきた。
ルージュサンが身を交わすと、反転して着地する。
汚れた金色の毛が、ふわりと浮き上がった。
ルージュサンは目を逸らさずに、刀を抜く。
大きさは大人ほどもある。『金狼』だ。
鼻に皺を寄せて睨み付けている。
『金狼』が再び飛び掛かろうとした時、太い針がその胴に刺さった。
ルージュサンが又、身を交わす。
『金狼』も、反転して着地する。
睨んだまま後退ろうとし、よろけてそのまま踞った。
「どんな毒ですか?」
ルージュサンがセランに聞く。
「半日位、体がよく動かない筈です」
「この毛は狼じゃなくて犬ですね」
ナザルが毛を摘まんで言う。
「私は目が合いました」
ルージュサンが向かいに屈んだ。
「あれは怒りです。あの怒りは哀しみ。その底にあるのは、多分」
「失われた信頼と愛情」
ナザルが後を引き取った。
「この辺りには、小さながいくつかあった。配給が行き渡らなかったの所のだろう。皆、村を捨てた。最悪な形で裏切られたんだ。きっと」
三人は痛まし気に犬を見た。
ルージュサンがナザルに聞く。
「預けられる方をご存じないですか?」
「従兄弟が軍用犬の訓練をしています。都のすぐ外だ。俺が預けに行こう」
ナザルが犬を抱き上げた。



「吹き矢とは珍しい。どうして始めたんですか?」
ナザルがセランに尋ねた。
「ルージュサンと出会った時、僕は無力でした。だから僕でも出来そうな、吹き矢を練習したんです」
今度は遠慮がちに聞いた。
「『タコバの毒』を複製出来たと聞きましたが、まさかあれは」
「似たようなものです」
セランがあっさりと答える。
「国家機密じゃないんですか?持ち出していいんですか?」
「ルージュサンは全てに優先します」
セランはにこやかだ。
「知っていたんですか?」
ナザルはルージュサンに助けを求めた。
「推測はしていました」
しれっと返される。
ナザルは黙って犬を見つめ、歩きに集中することにした。


「伏せろ!」
ルージュサンが叫んだ。
犬を抱いていたセランが、滑るように一歩下がる。
ナザルとルージュサンが庇う形だ。
足元に矢が三本突き刺さる。
全てがほぼ、同時だった。
すぐにナザルが立ち上がる。
「争えば怪我人が出る!。どちらが勝つにせよ、得策ではなかろう!。このまま通してくれ!」
返事は再び飛んで来た矢だった。
それをナザルが剣でなぎ払うと、ルージュサンが立て続けにナイフを放つ。
呻き声がいくつか聞こえ、矢が止まった。
犬を下ろし、セランは後ろを伺う。
前の茂みから、男が七人飛び出してきた。
男達が振りかぶった剣を、ナザルは剣で弾き、蹴りで鳩尾を狙う。
ルージュサンは峰打ちで、確実に倒していく。
男達が全て地に這うのに、二十秒とかからなかった。
すぐに又、五人の男達が出てくる。
前の男達とは明らかに違う、凄みがある。
ルージュサンが刀を順手に持ち替えた。
「後ろに気配はない」
ルージュサンの囁きに、セランも前を向いた。
真ん中の、少し背が低い男が口を開く。
「確かに得策じゃないな。十人殺されるところだった」
「そう思ったら、通してくれ」
「手ぶらでは面子が立たない。下に置いたのは獲物か?」
「いや、動けないだけだ。連れて行く」
男が目を細めて、犬を見た。
「もうちょと、よく見せてくれ」
男が剣を置いた。
緊張感が高まる。
ゆっくりと犬に近づいき、くまなく視線を走らせる。 
大人二人分の距離で目を合わせ、腰を落として小さく呟いた。
「フィオーレ」
そして視線をナザルに移した。
「義理の兄が飼っていた犬だ。飢饉の時、助けに来るのが遅かったばっかりに、可哀想なことをした」
今度はルージュサンを見る。
「幸せにしてやってくれ。俺はこの手で引導を渡すことしか、思い付かなかった」
「信頼できる人間に預けます」
ナザルが頷く。 
男が無造作に、地面から三本矢を引き抜いた。
そしてルージュサンの前に差し出す。
「この矢はなかなか丈夫でね。狙いが狂わない。あんたの小刀も同じだろう。これで五分。どうだ?」
「いいでしょう」
ルージュサンが左手で受け取った。
「交渉成立だ。俺の名はミンガ。あんたは?」
「私の名はルージュサン」
そう言って振り向くと、ナザルとセランが頷いた。
「黒髪の男はナザル、銀髪の男はセラン、金髪はフィオーレです」
男が破顔した。
「俺達は、今後お前達を客として遇する。勿論、襲うことは無い」
「宜しくお願い致します」
ルージュサンが優雅な笑みを浮かべた。
「では、先を急ぐので」
セランがフィオーレを抱き上げ、三人は歩きだした。
四人の男と擦れ違う、少し手前で、背後の樹上から、小刀が飛んで来た。
ルージュサンが振り向きもせず、手に持っていた矢で跳ね上げる。
そしてその手で受け止めた。
「ケフラッ!」
ミンバの怒声が響く。
「要らないのなら、頂いて行きます」
「済まなかった」
ミンバが声を掛ける。
ルージュサンがゆっくりと振り向いた。
「ナザルの国はカナライです。よく、覚えておいて下さい」
じわりと笑みを浮かべる。
ミンガの背中が、総毛立った。


峠を越え、カナライ側に入ると、道が少し広くなる。
暫く下ると、フィオーレの首が少し動いた。
ルージュサンがフィオーレを下ろし、胸で交差させ縄を掛けた。
固く結んでその端を、自分の手に持つ。
もう一度抱き上げた時には、脚も動き出していた。
直ぐに暴れだしたので、再び下ろす。
フィオーレは逃れようと、四方八方に動く。
ルージュサンは縄を短く持ち、それを許さない。
フィオーレの動きが鈍くなるのを待ち、その耳元でルージュサンが何かを囁き始める。
フィオーレはじっと聞き入っていた。
数秒後、すっと四肢を伸ばす。
そして、引かれるようにしながらも、三人に従って歩き始めた。 
「良い子だ」
ルージュサンがフィオーレに声を掛ける。
ナザルとセランも、微笑んでフィオーレを見つめた。
「この子は賢いし、きっと美しい」
セランの言葉にナザルも同意する。
「そうだな、身体能力も高そうだ」
「べた褒めされてますよ。フィオーレ」
そこからは、楽し気に話しながらの道中になった。
明日、都の手前でナザルはフィオーレを連れて別の道を行く。
セランはいつも以上に賑やかだった。
セランがついに踊り出したところで、視界が開けた。
下には木造の家が立ち並んでいる。
ジャナは石の文化だったが、カナライはレンガと木の文化だ。
ナザルは国に戻ったことを、実感した。