ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語ー 歌の夜 光の朝 ・・フィオーレ・・

2020-11-14 19:58:08 | 大人の童話
ナザルが何度か泊まった宿に入ると、女将が愛想よく出迎えた。
「ようこそナザルさん。これはまた美しいお連れ様方ですね」
途端にセランが前に出る。
「そうでしょう。素晴らしいでしょう!彼女の美しさを異国で語り合えるなんて!僕は幸せです」
満面の笑みに、女将が笑顔で返す。ベテランだ。
「私は犬と一緒に、厩で寝たいんですが」
ルージュサンの希望に、ナザルが慌てた。
「止めて下さい!フィオーレが心配なら俺るが一緒に寝ます!」
セランも口を出す。
「ルージュサンが厩で寝るなら、僕も一緒に寝ます!」
「「それは駄目です」」
二人の声が揃った。
「セランの寝相では、馬も犬もびくびくして寝ていられません」
「え?船の上だけじゃないんですか?」
「残念だが違う。あれは酷い」
「ですから私が」
「貴女一人、馬小屋に寝かせられますか」
「まさか、二人で寝るつもりじゃないでしょうね!?」
女将がパンパンと手を叩いた。 
「厩を二区切り、続きで用意しましょう。片方には大きな木箱を一つ、縄付きで。それでよろしいですか?」
三人に異存は無かった。



フィオーレは厩に入れられ、主が餌を持ってきた。
ルージュサンは屈み込み、フィオーレに何かを囁いた。
そして肉を少し噛み千切り、その残りと水をフィオーレの前に置いた。
「フィオーレ。食べなさい」
そして静かにその場を離れた。
夕食を終えて厩に戻ると、水が少し減っていた。
「水を飲みましたか。良い子だ!フィオーレ」
「それは凄い!頑張ったな。フィオーレ」
「やっぱり賢い。凄いです!フィオーレ」
三人で誉めそやし、隣の仕切りに入る。
そこには清潔な藁が、山程積み上げられていた。
中央には棺より少し幅広い木箱も、藁が詰められ、置いてあった。
「良い宿ですね」
ルージュサンが感心する。
「お気に召して良かったです」
「僕は棺に入る前に」
セランが藁の山に飛び込む。
ルージュサンもその横に飛び乗る。
「ああ、良い匂い」
太陽と藁の匂いを胸一杯に吸い込んで、仰向けになった。
「サンという友人に聞いてから、憧れていたんです。彼のお供は牛でしたが」
ナザルがクスクス笑い出す。
「二人とも、子供のようです」
「大人だから子供になれるんです」
「そうです、そうです。ナザルさんもどうぞ」
二人がニコニコナザル誘う。
「じゃあ俺は、仰向けで」
ナザルが腰を下ろし、躊躇いながら仰向けになる。
「勢いが足りません」
セランが笑いながら顔を出し、リュートを抱えた。
柔らかな声に乗せられ、旋律は辺りを風のように揺らす。
子供時代の、幸せで懐かしい歌だ。
人も馬も、犬も。ゆったりと身を任せるばかりだ。
引く波を惜しむように、歌の余韻を味わいながら、ナザルが言った。
「なんて心地よい。いつまでも聞いていたい」
「聞きながらの昼寝は、最高でした」
ルージュサンが請け負う。
「そうだろうね。でも残念ながら」
ナザルが木箱を見る。
「はい。入ります」
セランがさっさと木箱に入り、胸で手を組む。
「お願いします。ルージュサン」
「はい」
ルージュサンが、慣れた手付きで縄を渡す。
「僕は今、貴女の愛で・・・・あ、そうだ!」
セランが起き上がろうとして、縄に当たり、頭が藁に沈んだ。
「ああっ、痛くない!。ナザルさん、本当に素敵な宿ですね」
「そうでしょう。ところで何か思い付かれたんですか?」
「そうでした。そうでした。ルージュサンが『船乗りの子守唄』を船で歌ってくれたんです。ナザルさんにも歌ってあげたらどうですか?」
「それは、ぜひ聞きたいですが・・・」
「では、違う子守唄を」
一瞬戸惑ったルージュサンを、ナザルが少し面白そうに見た。
ルージュサンの歌が、低く、静かに滑り出す。
そして高く、また低く、眩い光の粒子の河が、悠然と、豊かに広がり、全てを慰撫し、また、降り注ぐ。
光の粒が、産み出されることを止めても、その輝きは当たり一面に、そして身体中に残っているようだった。
その日、馬小屋にいた者達は、皆、豊かな眠りに着いた。
穏やかな希望に、満ち満ちて。



こんな朝は、久しぶりだ。
体が軽く、力に満ちている。
馬は起きているが、人間は眠っている。
不思議な人間達だった。
優しく強い腕と、不思議な声を持っていた。
そのうち人間達が起き出し、一番小さな人間が、また、耳慣れない言葉を囁くと、水と肉を替えていった。
飲んでいい。食らっていい。
もう良いのだと、体が知らせる。
けれど腸は怒りに焼かれたままだ。
水だけ飲んだ。
また、人間達がやって来て、私を褒めた。
そして歩かされ、やがて一番大きな人間に、私は任された。
明るい日射しの中、私は広い草地に着いた。
沢山の馬達と、私と同じ種のもの達が、走っていた。
指示する人間を、信頼している。
かつての私のように。
その人間に、私は引き渡された。
私はここで暮らすのだろうか。
そして自由になるのだろうか。私を苛むこの炎から。
あのもの達と同じように。かつての私と同じように。
人間を信じて。