ぶきっちょハンドメイド 改 セキララ造影CT

ほぼ毎週、主に大人の童話を書いています。それは私にとってストリップよりストリップ。そして造影剤の排出にも似ています。

楽園ーFの物語ー カナライの都

2020-11-21 21:50:41 | 大人の童話
高い壁に挟まれた検問所を通ると、カナライの都には、レンガと木造の建物が並んでいた。
「どうしよう」
キョロキョロ辺りを見回しながら、歩いていたセランが呟く。
「なにをですか?」
ルージュサンが尋ねた。
「髪の色も目の色も、みんな、黒か茶だ」
「ほとんどその民族ですからね。どうして困るんですか?」
「見分けをつけるのが大変です。耳が三つあるとか、口がないとか、目印があればいいのに」
ルージュサンが驚いて立ち止まる。
「いつも色で見分けてたんですか?」
「声と雰囲気です。それを覚えるまでの目印になるんです」
普通にセランが答える。
「大丈夫です。貴女は一瞬で覚えました。そして死んでも忘れません」
ルージュサンは少し目を細めて、セランを見つめた。
見つめる返すセランの微笑みは、いつも以上に甘く、蕩けていく。
ルージュサンは右腕を上げ、セランの左頬に手を当て、ずに、自分の後ろを指差した。
「そこの角を曲がれば、ナザルお勧めの宿です」



夜露に濡れたレンガの道は、もう乾いていた。
大通りに面した建物は、夫々に意匠を凝らし、かつ堅牢だ。
「今日もよく晴れていますね」
ゆっくりと宿を出て、歩きながらルージュサンが言った。
連泊で部屋を取ったので、斜め掛けの布袋はほぼ空だ。
セランも今日は、とても身軽だ。愛用のリュートも背負っていない。
「私はこれから行きたいお店があります。それから観光でもして、昼食をとったら宿に帰ります。セランはどうしますか?」
「貴女のいる場所が、僕の行きたい場所です」
「では何処を観るかを、任せていいですか?」
セランが破顔する。
「はい。どんな所をお望みですか?」
話しながらの歩く二人を、道行く人が振り返る。
黒髪が多い町中で、銀髪と赤毛というだけで人目を引く。
そこにセランの極端な美貌と、ルージュサンに漲るパワーのハレーションだ。
質素な旅姿で、覆い隠せるものではなかった。
二人は全くお構いなしですたすた進み、直ぐに目当ての店に着いた。
レンガを組んだ赤い壁が、長く続いている。
大店だ。
王室御用達の印が焼かれた、重厚な木の扉だ。
「服屋、ですか」
セランが入り口の前で立ち尽くす。
「やっと、ペアルックを着る決心がついたんですね!」
「何でそうなるんですか」
「いえいえ、照れることはありません。ここは旅先、誰も見ていませんよ。大丈夫。何事にも始まりはあるものです。直ぐに慣れますとも!」
「慣れる必要を感じません。折角なので、この国の衣装で観光しませんか?」
「はい!この国のペアルックで!」
目を瞑り、うっとりとしているセランを見捨て、ルージュサンは店に入っていった。
その姿に、店の女が息を呑む。
そして慌てて笑みを作った。
「いらっしゃいませ。ご購入ですか?お仕立てですか?」
艶のある黒髪、手入れされた指先、地味だが上質な生地の服。
店主の妻だった。
「こんにちは。この町の平均的な外出着を二組づつ購入したいのです。見繕っていただけますか?」
「二組づつ?」
女が首を傾げた時、セランが扉を勢いよく開けた。
「置いて行かないで下さい!」 
女がまた、目を見張る。
「いらっしゃいませ。これはまた、選び甲斐のあるお連れ様ですね」
「こんにちは。彼女の美しさを引き立てるものを、お願いします。勿論、僕の服もです」
セランが注文をつける。
「それは、お幸せですこと」
女が心からの笑みを浮かべた。


服屋から出てくると、ルージュサンがセランに聞いた。
「もう一件、お店に寄っていいですか?」
「今お店で聞いた、そこの宝飾店ですか?」
セランの顔が喜びに輝く。
「そうですね!。アクセサリーなら、いつでも着けられますからね。ペアのアクセサリー。なんて、素敵なんでしょう」
「セラン。貴方は完璧に美しい。きっと、足の爪まで美しいのでしょう。宝飾品などいっそ邪魔です」
ルージュサンが言い聞かせるように話すと、セランが眉をしかめた。
「足の爪?足の爪・・・見た覚えがありません」
「足を洗う時も、靴を履く時も、見ていないんですか?」
「え?。見てます。見てるはずです。気にしてないので記憶にないだけです。今、確認します」
セランは道端に座り込み、靴紐を解き始めた。
ルージュサンが畳み掛ける。
「爪は勿論、指夫々の美しさと甲の高さ、土踏まずの深さに踵の丸み、細かく、そして全体の調和も、とにかく足の全てです。左右の足が、対称かどうかも忘れずに」
「分かりました」
セランが力強く頷く。 
通る人がじろじろと見ていく。
いつもと違う、好奇の目だ。
それをかけらも気にすることなく、セランは足の粗捜しに熱中した。
そのお陰でルージュサンは、一人でアクセサリー選びを楽しめたのだった。



町で一番ソーセージが旨いと評判の食堂は、昼食を取りに来た住民と、おしゃべり好きな常連客で、賑わっていた。
店お勧めの料理と酒を頼みながら、ルージュサンとセランは席に着いた。
隣の男が、まじまじと二人を見つめ、嘆息して言った。
「いやはや、目の保養だな。どっから来たんだ?」
ルージュサンはにこやかだ。
「ずっと、西です。カナライはどんな国なんですか?」
「どんな?」
初老の男は、時々黒目を上に寄せ、考え考え答えた。
「住みやすい所だよ。旨いソーセージと強い酒があるしね。昔は隣の国といざこざがあったり、赤ん坊だった王女様を人質に寄越せって言ってきたり、物騒だったが」
斜め向かいの男が、口を挟む。
「あの国が分裂してから三十年、ずっと平和だ」
「前の王様が賢かったんだよ。今の王様は今一つだけどな」
他の男達も口を出す。
「女好きの上、夫婦揃って癇癪持ちだって聞いたぞ」
「そりゃいつの話だよ。ラウル様が生まれてから、ぴたっと治まったってよ」
「でも、跡取りは王女様なんだろ?聡明で快活な方だし」
「いや、あれはラウル様を守ってらっしゃるんだろう。ダコタ様が王座を狙ってるっていうし。もう少ししたら、どっかに嫁ぐよ」
「まあ、二人とも赤毛だから、どっちにしろ国は安泰だ」
「赤毛だと安泰なんですか?」
セランが隣の男に聞いた。
「ああ、この国は殆ど黒髪なんだが、たまぁに赤毛が生まれるんだ。その子が継いだ家は栄えるし、国を継げば国が栄える」
初老の男がまた、上を見た。
「王様の兄上も赤かったんだが、耳が不自由になってな、王位継承権を奪われて、独り身のまま四十前にお亡くなりになった」
「お気の毒だったな。次の年、ラウル様が生まれた時は、生まれ変わりなら良いと思った」
「皆さん、お詳しいんですね」
ルージュサンの言葉に、向かいの男が答える。
「そうだよ。小さい国だから、皆、本家を見守る分家の様に気を揉んで、使徒の様にその血筋を崇めているのさ・・・あんた本当に、ここの生まれじゃないのか?」
ルージュサンが面白そうに聞き返した。
「そう思われますか?」
男が八の字眉になった。
「だってよ・・・おい、ハッサのじいさん。珍しく黙ってるじゃないか。あんたも、そう思っただろ?」
訊かれたのは、ルージュサンをじっと見ていた老人だった。
「うん?うん」
曖昧に答えて視線を外す。
「親が、こちらの出身なんです」
ルージュサンが小さく笑った。



「今から蒸し風呂に行ってきます」
宿に戻るなり、ルージュサンが言った。
「確か蒸し風呂専門店があるんですよね。僕も行きます」
いそいそと支度をしようとするセランを見て、ルージュサンが意外そうに言った。
「カナライの蒸し風呂は混浴ですが?」
「ええっ!」
セランが真っ赤になって、両手を頬に当てた。
「ヴェヴェッ!?」
次は青くなり、目が宙を見据える。
「分かりました。すぐ支度をするので待って下さい。交替で入りましょう。お先にどうぞ。遠慮なく、ゆっくりと」



その日、町一番の蒸し風呂屋の主は、困惑していた。
何故か見たこともない美麗な男が、開店前から、店先に立っているのだ。
そして道行く女性達に、愛想を振りまいている。
「そこの青いドレスのお嬢様、美しい髪をなさってますね。こちらの蒸し風呂にお入りになれば、尚一層、艶やかになりますよ」
そう言って、優雅に入り口を指し示すと、あまりの美貌に見惚れる女性が、導かれるまま入店する。
「そこの白いドレスも清楚なお嬢様、今蒸し風呂にお入りになれば、桜色の頬となり、尚一層、可憐な美しさを増すでしょう」
そう言って右手を差し出し、思わず手を乗せた女性を、中へとエスコートする。
入ろうとする男がいれば、にじり寄って行く。
「お入りになるのですか?今、こちらに?どうしても?他のお風呂ではなく?後からでもなく?」
穏やかな笑顔を崩さないまま良い募り、男が不気味がって立ち去るまで、張り付き続ける。
ーまあ、いいかー
蒸し風呂屋は見なかったことにした。
風呂があっという間に、女性客でいっぱいになったからだ。