⑰今回のシリーズは、石田三成についてお伝えします。
三成は巨大な豊臣政権の実務を一手に担う、才気あふれる知的な武将です。
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この日の、前々日のことである。
湖岸の佐和山城の奥ノ間で、三成の家老島左近が、三成にしきりと弁じた。
「ご決意あそばせ」
ということである。
家康が東下の旅行を開始している。東海道を用いているため、途中、この近江の南部地方を当然、通過する。
「幸い、水口城は、長束大蔵少輔殿の御城でございます。この水口城を利用し、途中、一挙に家康を刺し殺し、天下の乱のモトをお摘みとりなされませ」
「大蔵少輔は、気の小さな男だ。はたして加担するかどうかわからぬ。たとえ加担しても小心な者はとかく事をしくじるものだ」
「なんの、手前がうまくつかまつる」
「さて、のう」
三成は、煮えきらなかった。
「殿はなお、大合戦をお考えでござりまするか、天下真二つに割る、という」
「それしか考えておらぬ」
三成は、派手好みな男だ。おなじ家康を討つなら、古今にない大合戦の絵巻をくりひろげつつ天下の耳目を聳動(しょうどう:恐れおののかせること)させ、堂々と戦場で家康を討ちとりたい。
「仕掛を大きくすればするほど、世道人心のためになるのだ。義はかならず勝ち、不義はかならず亡びる、という見せしめを、おれはこの無道の世に打ち樹(た)てたい」
「ご無用なことを。戦さは世道人心のためにするものではござりませぬぞ」
(いつまで経ってもこの殿は嘴(くちばし)が黄色い)
左近は、にがい面持ちで思った。三成はむかしから学問が好きで、ちかごろいよいよその傾向がつよくなってきている。物の考え方が観念的にするどくなり優(まさ)っているかわり、それのぶんだけ、現実へそそぐ目がにぶくなっているようだ。
左近は、徹底した現実主義者である。
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
---owari---
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