このゆびと~まれ!

「日々の暮らしの中から感動や発見を伝えたい」

「まがたま」の象徴するもの(前編)

2022年03月12日 | 日本
ヒスイやメノウなどに穴をあけて糸でつなげた「まがたま」に秘められた宗教的・政治的理想とは何でしょうか。

(魏の使いが見た古代日本)
我々の先祖は、どのように神々を信じ、祀(まつ)っていたのでしょう。
美しい絵と文章で日本神話の素晴らしさを説かれている日本画家・作家の出雲井晶先生の御著書「今、なぜ日本神話なのか」には、次のような興味深い話が紹介されています。

西暦280年から89年に書かれたと言われる中国の『三国志』の「魏志東夷伝ぎしとういでん」の中に、古代日本にやってきた魏の使いが見て帰った日本見聞記が載っているという(『建国の正史』森清人著、錦正社)。 

それによると当時の日本は、家はひろびろとして、父母や兄弟は、それぞれ自分の部屋でやすんでいた。人々は物ごしがやわらかで、人をみると手を搏(う)って拝んであいさつをした。古代の日本人は、ことばを伝え、事を説くにも、踏(うづく)まったり脆(ひざま)づいて恭敬(きょうけい:つつしみうやまう)な態度であった。

当時の目本人は長生きで、普通百歳、あるいは八、九十歳だった。心が豊かに楽しく暮らしていれば、人々は長生きで君子不死の国だ。婦人は淫(いん)せず男女の道も正しく行われ、盗みをする人もいない。だから争いも少ない。[原文は略]

(日子[ひこ]と日女[ひめ])
三国志と言えば、魏の曹操、呉の孫権、蜀の劉備と名軍師・諸葛亮孔明の三者が鼎立(ていりつ)して、激しい戦いを繰り広げる時代です。そのような戦乱止む事なき中国からやってきた魏の使いから見れば、当時の日本はまことにのどかな、平和な国であったのでしょう。

ここで「人を見ると手を搏って拝んであいさつをした」とありますが、これは現在の我々が神社の社頭で、柏手を打って拝むのと同じです。古代の日本人は、それをお互いの挨拶としていたのです。なぜでしょうか。

すべての人は神のいのちの分けいのちであるから、命(いのち)とかいて命(みこと)と呼びあった。男は日子(ひこ)=彦であり、女は日女(ひめ)=姫であった。つまり、太陽神である天照大神(あまてらすおおみかみ)のむすこであり、むすめであるとみたのである。

天照大神は天上の神々の世界、高天原の主神であり、かつ皇室の祖神として伊勢神宮に祀られています。古代の我々の先祖は、お互いに柏手を打って、相手の命の中に生きる天照大神の「分けいのち」を拝んでいたというのです。言葉を聞くのにも「踏(うづく)まったり脆(ひざま)づいて恭敬な態度であった」というのも、お互いの言うことを神様の言葉として聴いていたからでしょう。

共に天照大神の「分けいのち」ということから、お互いのいのちのつながりも、当然意識されたでしょう。未成年がゲーム感覚で殺人をしたりする現代日本に比べれば、なんとも荘厳な人間観です。「争いも少なく」、「心が豊かに楽しく暮らし」というのも当然でしょう。

(すべては神のいのちの表れ)
これは非科学的な迷信でしょうか? 現代の分子生物学では、人間の遺伝子情報は30億もの配列を持つDNAによって保持され、それが子々孫々に伝えられ、その情報に従って人体が形成されていく、とされています。DNAを「分けいのち」の表現、あるいは媒体とすれば、日本神話の人間観は現代の最先端の科学とも非常に親和性の高いものなのです。

しかもDNAと同じく、神の分け命は人間だけはありません。すべての生きとし生けるものに共有されています。

古代人は、ものをただの物体とは見なかった。そして、すべてを神のいのちの表れ、神の恵みとみた。すべてのものに神の命を見たからこそ、ありとあらゆるものに神の名をつけた。

例えば、小さな砂粒にさえ石巣比売神(いわすひめのかみ)、木は久久能智神(くくちのかみ)、山の神は大山津見神(おおやまつみのかみ)というように。それぞれにふさわしい名がつけられている。それがのちに、「神話」の中でも、ありとあらゆるものが生き生きとした神の名をつけられて出てくるのだ。

朝になれば太陽が上がって万物を照らし、鳥がさえずり始める。春になれば山の雪が解けて、草木が芽生え、動物たちも動き出す。我々の祖先は、すべての生きとし生けるものは、神の「分け命」として、その無限の恵み、慈しみによって生かされている。それを実感し、そこから湧き上がる畏敬と感謝、喜びが我々の先祖の信仰の中心にあったのでしょう。

(ハーンの見た「神々の国の首都」)
この感謝と喜びの心は、近代の日本人にまで脈々と伝えられてきました。明治23(1890)年、今から110年前に来日したラフカディオ・ハーンは、出雲の地に1年余り住み、そこで次のような光景を記録しています。

それから今度は私のところの庭に面した川岸から柏手を打つ音が聞こえて来る。一つ、二つ、三つ、四つ。四回聞こえたが、手を打つ人の姿は潅木の植え込みにさえぎられて見えない。しかし、それと時を同じゅうして大橋川の対岸の船着き場の石段を降りて来る人たちが見える。男女入り混じったその人たちは皆、青い色をした小さな手拭を帯にはさんでいる。

彼等は手と顔を洗い、口をすすぐ。これは神式のお祈りをする前に人々が決まってする清めの手続きである。それから彼等は日の昇る方向に顔をむけて柏手を四たび打ち、続いて祈る。

長く架け渡された白くて丈の高い橋から別の柏手の音がこだまのようにやって来る。また別の柏手がずっと向こうの三日月のようにそり上がった華奢(きゃしゃ)な軽舟からも聞こえて来る。それはとても風変りな小舟で、乗り込んでいるのは手足をむき出しにした漁師たちで、突っ立ったまま黄金色に輝く東方にむかって何度も額(ぬか)ずく。

今や柏手の音はますます数を加える。パンパンと鳴るその音はまるで一続きの一斉射撃かと思われるほどに激しさを増す。と言うのは、人々は皆お日様、光の女君であられる天照大神にご挨拶申し上げているのである。
「こんにちさま。日の神様、今日も御機嫌麗しくあられませ。世の中を美しくなさいますお光り千万有難う存じまする」

たとえ口には出さずとも数えきれない人々の心がそんな祈りの言葉をささげているのを私は疑わない。

ハーンのこの文章は「神々の国の首都」と題されています。ハーンは、母国ギリシャの神殿がすでに廃墟になっているのに対し、八百万(やおよろず)の神々が庶民の生活の中に生きている日本の光景に驚かされ、深く心を奪われたのでしょう。

---owari---
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