ブログ書きを再開してから、 私の苛立ちは鎮まり、心安らかに病院での日々を送っている 。
少し前 、入院して3ヶ月を過ぎた頃だったか 、早期の退院を強く激しく望み、 苛立ちを 募らせていた時のことを思い起こすと、私は 同時にヘーゲルの 『法哲学』の中にあるイソップ寓話の 一節を思い出す。
「ここがロドスだ 、ここで跳べ」
退院した後で 私が身をおくはずの「病院の外」の世界が、 私には素晴らしい夢の世界、 ロドス島 のように思えて仕方がなかった。
だが、どうなのだろう。 ロドス島に身をおいたとき、私は何をするのか 。何をしたら満足できるのか。
答えは明らかだった 。入院前のこれまでがそうだったように 、ブログの文章を書き綴る時間に、 私は充足を見出すに違いない。
そして思ったのである。同じようにブログを書くのなら、この 病室でもできるのではないか 。そう 、この病室こそが ロドス島なのだ。
さあ、ここで跳ぼう 。 この病床のロドス島でブログを書こう !そう思ったのである。
少し前 、入院して3ヶ月を過ぎた頃だったか 、早期の退院を強く激しく望み、 苛立ちを 募らせていた時のことを思い起こすと、私は 同時にヘーゲルの 『法哲学』の中にあるイソップ寓話の 一節を思い出す。
「ここがロドスだ 、ここで跳べ」
退院した後で 私が身をおくはずの「病院の外」の世界が、 私には素晴らしい夢の世界、 ロドス島 のように思えて仕方がなかった。
だが、どうなのだろう。 ロドス島に身をおいたとき、私は何をするのか 。何をしたら満足できるのか。
答えは明らかだった 。入院前のこれまでがそうだったように 、ブログの文章を書き綴る時間に、 私は充足を見出すに違いない。
そして思ったのである。同じようにブログを書くのなら、この 病室でもできるのではないか 。そう 、この病室こそが ロドス島なのだ。
さあ、ここで跳ぼう 。 この病床のロドス島でブログを書こう !そう思ったのである。
たまたま、アプリを開いたタイミングよくで、そちらのブログをチラ見ささて頂きました。
書かれていた内容、正に、その通りだと思います。
自分で"コレ"と思う事を、おやりになれば良いと思います。
だから、答えは人それぞれ。
後悔の無いように、かつ、感謝の気持ちを忘れずに、楽しまれて下さい。
時節柄、ご自愛下さい。