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小説『郭公の家』

2016-11-01 06:46:49 | 短編小説

都月満夫

 

郭公は新緑が芽生えるころ、南方からやってくる渡り鳥です。その鳴き声は、爽やかな春の風に乗り、草原に響き渡ります。昔から農家では、郭公が鳴いたら、大豆を撒けと言われています。

そんな爽やかな季節の日のことでした。私は、札幌から帯広へ向かう列車の中にいました。札幌発二一時四分、帯広着二三時四一分の「スーパーとかち九号」です。この一五七分を、とても長い時間に感じていました。

私は帯広市内の、石油販売会社の仕入れ担当をしています。元売りの札幌支店に、仕入れ価格の交渉に行った日のことでした。

交渉を終え、元売りの担当者と食事をし、スナックにいた時でした。妻の克子が、交通事故にあったという知らせが入りました

会社の同僚から携帯に電話があり、すぐに帰れと言われました。彼に聞いても、詳しいことはよく分からないが、とにかく帰れと言う。事故の状況も、克子の容態も分からないが、重傷らしいという。K病院に搬送されたので、駅から真直ぐ向かえと言われました。

午後八時近くでしたが、すぐにホテルに戻り、何とかこの列車に間に合いました。

私がどんなに焦っていても、列車は急いではくれません。私にできることは、ただ座って、時間が経過するのを待つだけでした。

克子は、私にとっては出来過ぎた妻です。まさか、克子と結婚できるとは思ってもいませんでした。

 

私は社長が卒業した、市内のN商業高校の後輩です。高卒で入社し、三年ほどスタンド勤務を経験した後、経理に配属されました。

私が二三歳の時、克子が入社しました。彼女も同じ高校の後輩です。

彼女は、請求書担当の事務員として、採用されました。高校卒業したばかりとは思えないほどの美人でした。

「森野克子です。N商業高校の出身です。この会社は先輩が多いので選びました。よろしくお願いします」

新入社員挨拶の時に、彼女を見た男性社員からは、溜息とともに騒めきが起きました。

肩までの黒い髪と、まだ幼さが残る化粧気のない顔と、白い肌が印象的でした。

そんな彼女の仕事ぶりは、テキパキと手際が良く、その面でも注目を浴びました。こういうタイプの女性は、女性からは嫌われがちですが、そんなこともありませんでした。

美人で仕事ができると言えば、クールな女性を想像しがちですが、彼女はとても気さくでした。

彼女に好意を寄せた男性は、すぐにわかります。翌朝や週明けの朝、彼女は必ずお礼を言います。

「○○さん、昨夜はご馳走になりましてありがとうございます。とても楽しかったです。今度はみなさんで遊びに行きたいですね」

 彼女には、まったく悪気はないのですが、こんなことを言われたのでは、こっそり誘うことはできません。

 それでも、何人か誘った男性はいたようです。しかし、いずれも同様に扱われました。

 そのため、次第に彼女を誘う男性はいなくなりました。

 私は、そんな美人を誘うなどという、身の程知らずのことはしませんでした。私はまったく容姿に自信はありませんし、気の効いたことも言えません。こんな平凡な男が見向きもされないことは、自分がよく分かっていました。私にできることは、遠くから憧れることだけでした。

 

 彼女は、入社して二年目になって、社長のスケジュール管理をするようになりました。秘書という部署はありませんが、事実上の秘書と言える仕事でした。

 社長は商工会議所や、市内の商業団体、組合などの役職や理事長などを、たくさん兼務していました。スケジュール管理をする人間が、必要になったのです。

 それと同時期に、私は仕入れを担当する部署に配置転換になり、出張も増えました。元売りとの価格交渉や、特約店の会合に出席するためです。経理では出張はありませんでしたから、慣れるまでは緊張しました。ホテルでは熟睡できなかったのです。でも、それも次第に慣れました。慣れたと言っても、自宅のベッドというわけにはいきませんが…。

 克子は、社長のスケジュールが空いている時は、出張する社員を駅まで送ることもありました。私が札幌出張の時も、克子が送ってくれたことがありました。その時のことは生涯忘れないでしょう。

 

「柚木さん、今度私と食事をしませんか?」

 克子が突然、私に話しかけました。私は、何のことか一瞬理解できませんでした。

「え、何ですか?」

「もう…、二度も言わせないでください。柚木さんと、一度お話がしたいんです」

「森野君、そんな冗談は面白くないですよ。やめてください」

「冗談ではありません。柚木さんは、私に全く興味を示してくれませんよね。どうしてですか? 私、柚木さんに興味が湧きました」

「興味って…、ただそれだけですよね」

「ごめんなさい。興味って、そんなつもりじゃありません。もっと、柚木さんのことが知りたいってことです」

「それは光栄ですが…。自分で言うのも可笑しいけど、つまらない男ですよ」

「それは、私が決めます」

「しかし、君のような女性を連れていくような、洒落た店は知りませんし…」

「そんなこと、男の人はどうして気にするのかしら…。どこでもいいのに…。私だって、同じ会社で働いているんですから、そんな高級なところへ連れていかれても困ります。給料は想像がつきますから…」

 

「こんな居酒屋で良かったですか?」

「十分ですよ。私だって、高級なレストランで食事をするのは苦手ですから…。食べた気がしませんもの…。それに、美味しいかどうかの味もよく分かりませんし…」

「そういってくれるとありがたいよ。とりあえず、ビールでいいですか?」

「私はレモンサワーにします。それと、唐揚げとサラダを…」

「ボクは、カツオのたたきと、山菜の天ぷら盛り合わせを頼もうかな」

「あら、和食好みなんですね」

「いや、年寄りくさいでしょう」

「そんなことはありませんわ」

 私は、美人と食事をしていながら、冷静でした。デートという実感がなかったのです。

「柚木さん、女性に興味はないんですか?」

 いきなりの、ストレートな質問でした。

「そんなことはありませんよ。女性に興味がない男はいませんよ。正常な男性であればですが…。ただ、自信がないだけです」

「そうなんですか。仕事はとても真面目で、一所懸命なさるじゃないですか。そういう男の人って魅力的ですのに…。もっと自信を持ってもいいと思いますよ」

「また…、そういう冗談は嫌いだって言ったじゃないですか」

「冗談じゃありません。真直ぐに仕事に向かい合っている姿は素敵ですよ」

「素敵って…。ボクは未だかって、そんなこと言われたことがありませんよ」

「よかった。ほかの女性は、柚木さんの魅力に気づいていないってことですね」

「ちょっ、ちょっと待ってください」

 私は、慌ててビールを飲んで一息ついた。

「森野君。キミ、本当にそう思ってるの?」

「思っちゃいけませんか?」

「いけませんってことはありませんが…。ボクは、どうしていいかわかりませんよ。ボクは、今勘違いをしそうになっています」

「勘違いじゃないかもしれませんわよ。柚木さんの、そういう正直なところもいいですわね。私、社長に付くようになってから、いろいろな方とお会いするようになりました。それで思うんですよ」

「どんなこと…、ですか?」

「男の人って大変だなって…。自分の会社では、社長だとか部長だとかいわれている人たちが、ウチの社長の前では、平社員みたいな態度になるんですもの…」

「それは、理事長だったり、会長だったりしますからね」

「そういうのって、可哀想だなって思うんですよ。柚木さんはそんなこと関係なしに、黙々と仕事をなさっています」

「関係なくはありません。ただ、そういうことが出来ないだけですよ。サラリーマンとしてはダメですよね」

「あら、この唐揚げ、美味しい。柚木さんもどうぞ…」

「ゴメン、ボクは鶏肉が苦手なんです」

「あら、そうなんですか。好き嫌いは多いんですか?」

「いえ、鶏くらいですよ。その皮のボツボツと、皮と身の間の脂を齧った時の、グシャっとした感触がダメなんです。山菜の天ぷら、良かったらどうぞ」

「それじゃあ、タラの芽をいただくわ。私の父が、よく山菜を採ってくるんです。私の父も、あんまり付き合いは上手ではないみたいです。でも、とても真面目です」

「そうですか…」

「ですから…、私はチャラチャラした男の人が嫌いなんです」

「ま、確かにボクは、チャラチャラはしていませんね。できませんから…」

「私、もう一杯飲んでもいいかしら?」

「どうぞ、どうぞ…」

「今度は、ウーロンハイをいただくは…。柚木さんも何かお頼みになりますか?」

「ボクはウーロン茶でいいですよ。もうビールは飲めないですよ。お酒は弱いんです」

「タバコも吸いませんよね?」

「ええ、吸いませんよ」

「私の父も吸いませんの…。ですから、私タバコの臭いが苦手なんです」

「酒もタバコもダメ。女性にも持てない。情けない男ですよ」

「あら、そんなことは、男性の価値判断の材料にはなりませんわよ」

「そうですか…。それはよかった。あ、そんなことで、キミがボクのことを好きだとは思いませんからね。安心して下さい」

「あら…、私の中では好材料ですわよ」

「もう、本当に、そういうことを言うのは、やめてください。困りますから…」

 

 それから数日後のことでした。私は社長室に呼ばれました。

「柚木君、森野君のことをどう思う。率直に聞こう。好きかね?」

「え、そんなことを急に言われましても…」

「森野君は、君のことが気に入っているそうなんだよ。君はどう思ってるんだね」

「あ、いや…、そうなんですか?」

「彼女は嫌いかね?」

 克子が、一度会っただけで、社長に私のことを話していたとは思いもしませんでした。どう答えていいのかわかりませんでした。

「社長、あの…、その…。」

「嫌いじゃないようだな」

「嫌いだなんて…。とても美人だし…。しかし、彼女のような人は私には…」

「そんなことはないよ。男と女なんて、分からないもんだからな。分かった。彼女にそう伝えるよ。いいね」

 ということで、あれよあれよという間に、克子との話が進んでしまい、結婚することになりました。仲人は社長が引き受けてくれました。結婚式の時の克子は、それは綺麗でした。自分の妻をこういうのも変ですが、あんなに綺麗な花嫁は見たことがありませんでした。同僚からは、嫉まれてしまい、なんであんな奴がと思われました。当然のことです。当の本人が、一番驚いていたのですから…。

 一年後、娘が生まれ、陽菜(ひな)と名付けました。夢のような幸せな毎日でした。

私は毎日がとても充実していて、以前にも増して、一所懸命働きました。克子も一年半の休職後、社長に頼まれて復職しました。

私たちは、実家の近くのマンションで暮らしていました。マンションは仮の棲み家と決めていました。いつかは自分たちの家を持つのが夢でした。克子も私も遅くなるときは、母が陽菜の面倒を見てくれていました。

働きながらも、克子は料理の手を抜くことはありませんでした。いつも心のこもった美味しい料理が食べられました。料理の腕前も最高で、みそ汁は母の味と同じでした。

休みの日は、私の両親を招いて、食事をすることもありました。まったく、申し分のない嫁でした。そんな嫁ですから、母も喜んで陽菜の面倒を見てくれました。陽菜は成長すると、「奥さん似で美人になりそうですね」と周囲から言われました。小さな子に美人とは変ですが、親の私が見てもそう思います。

私には全く似ているところがありません。それはそれで、良かったと思っています。そして、陽菜は今年小学校に入学しました。

 

「間もなく終着帯広です。どちら様も…」車内アナウンスが流れました。私は直ぐに立ちあがり、出口に移動しました。一刻も早く降りたかったのです。列車がスピードを落としていく。それがたまらなく遅く感じました。列車が停車し、ドアが開くと、私は飛び降りてホームを走りました。改札を通り抜け、タクシーに飛び乗り、K病院へ向かいました。

 

 手術室の表示は、赤く点灯していました。まだ手術中のようです。私は控室に入りました。両親が陽菜を連れて来ていました。克子の両親と会社の役員連中まで来ていました。

「どうなんですか?」

 私は、誰に聞くともなく言いました。「まだわからない」と父が言いました。待つしかないようです。私は陽菜を抱きしめました。

「ママは大丈夫だから心配しないで…。大丈夫、きっと大丈夫だから…」

 自分に言い聞かせるように言いました。少し気持ちが落ち着いた時、変だと気づきました。何故役員達が勢揃いしているんだ。

「専務や部長まで来ていただいて、ご心配をおかけします。申し訳ありません」

 皆黙っている。澱んだ空気が気になる。

「どうしたんですか?」

「実は…、社長も一緒だったんだ」

 専務が答えました。

「どう言うことですか? 勤務時間外だったんですよね?」

 その時、看護師が入って来ました。

「柚木克子様の手術が先ほど終わりました。医師から説明がありますので、ご身内の方はこちらへどうぞ…」

 案内された部屋に、医師がパソコンにレントゲン写真を写し出して座っていました。

「股関節の複雑骨折でしたので、人工関節を入れました。他は異常ありません。ご安心ください。一ヶ月程度の入院で、退院できると思います。まだ麻酔が効いていますが、お会いになりますか?」

 私たちは、集中治療室に案内されました。克子が眠っています。顔には傷がないようでした。ベッドの頭のところのネーム札に、『柚木克子・血液型O』と書いてありました。

「先生、妻の血液型はO型ですか? A型の間違いじゃないですか? 私もO型で、娘はA型なんですよ…」

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14 コメント

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Unknown (みゆきん)
2016-11-01 12:18:55
夢中で読んだ
・・・で
あっ・・・
早く続きをば
返信する
こんにちは^^ (きままなマーシャ)
2016-11-01 12:28:32
なんて言ったらいいんでしょう^^
ありえない血液型なんですもん。
郭公。
自分で巣を作らないで他の鳥の巣に産卵するんですね。
ひなはその巣の親に養われる。
柚木さんは巣の役目?
ちょっと切なくなりました^^

PS.都月さん、鶏肉食べられたことあるんですか^^?
返信する
★みゆきんさん★ (都月満夫)
2016-11-01 13:17:53
続きはないよ。
続きは読んだ人が想像して^^
したっけ。
返信する
★きままなマーシャさん★ (都月満夫)
2016-11-01 13:21:23
この話は、インターネット上で托卵女子という言葉を見つけて書きました。
男としては受取難い話ですが・・・。
鶏肉はほとんど食べません。
何かの会合でやむなくということはありますが・・・^^
したっけ。
返信する
Unknown (柴犬ケイ)
2016-11-01 15:48:42
都月さん   こんにちは♪

いつもありがとうございます♪
血液型が違い柚木さんが幸せと
思って暮らしていたのにショック
は大きいでしょうね。
女性は怖いですね。
返信する
面白かったです。 (まる)
2016-11-01 16:22:07
不倫はアカンね。
嘘もダメ。
不幸のもと・・・^^;

つづきは・・・想像できます。
あ~あ・・・、嘘はバレます^^;
なんとかハッピーエンドにしてみませんか?

返信する
★柴犬ケイさん★ (都月満夫)
2016-11-01 16:59:51
そうですね。
男にはわかりませんからね。
女性は怖い。
悪魔にも天使にもなりますね^^
したっけ。
返信する
★まるさん★ (都月満夫)
2016-11-01 17:01:09
ありがとうございます。
嘘はいつかバレますね。
たまにはハッピーエンドでないのもいいかなって・・・^^
したっけ。
返信する
Unknown (甘姫)
2016-11-02 22:29:50
都月さん今晩は~♪

いやぁ~奥様にぞっこんの幸せ男の生活を垣間見ながら読んで行って、平凡な幸せな夫婦の生活ぶりを書いていってるのかなぁ~っ・・・まさかの結末・・見事面白かった~この“どんでんがえし”
でも、こんな事は、実際には起きて欲しくないですよね~
返信する
★甘姫さん★ (都月満夫)
2016-11-03 07:01:15
そうですね。
こんなことは起きてほしくない。
けど、増えてるそうです。托卵女子というのだそうです。
女性は怖い^^
したっけ。
返信する

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