都月満夫
佐倉淳平、私の父である。デカ(刑事)を退職して三年半、毎日が退屈で堪らない。
私は山本淳一、現職のデカである。
私の両親は、私が小学校に入る前に離婚した。私は母に引き取られ、母の旧姓で育てられた。離婚の原因は、父があまりにも、仕事熱心であった為であった。
母から、警察官にだけはなるな、と言われて育てられた。家に帰ってこない、家庭を顧みない父であった、と言われ続けた。…にも係わらず、私は警察官になった。
そこで、私は父が、洞察力の優れた刑事であったことを知った。父は仲間から尊敬を込めて『鬼の淳平』、『鬼平』と呼ばれていた。
北海道警察の『鬼平』が、私の父であることを知る者は少ない。
やがて、私は結婚し、父と同じ理由で離婚した。子供はいなかった。
母は亡くなり、現在、父と同居している。
「おっ!帰ってきたな。」
父がご機嫌で迎えてくれた。また、退屈の虫が疼いているに違いない。
「また退屈ですか…。駄目ですよ。眠りに帰ってきたんですから…、すぐ寝ます。」
「そんな…、つれないことを、親に向かって言うもんじゃないよ。〝特別失踪者殺人事件〟、調べてんだろ…。事件発生から、何の続報もない。お前は帰って来ない。退屈で、退屈でうずうずしてたんだ。そろそろ帰って来るんじゃあないかと、旨い酒買って待ってたんだ。今日は肉まで買ってよ。ほら…、すき焼きだ。いつもの豚じゃあないぜ。十勝牛だ。聞かせろよ。どうなってんだ、え。」
「駄目ですよ。事件のことは、関係者以外には、話せませんって言ってるでしょう。」
「またそれだ…。関係者以外って…。オレとお前は親子っていう密接な関係じゃないか…。それに元デカと現職デカって関係だ。先輩の意見を伺うってことは大事なことだぜ。」
「またそれだ…。それはこっちの台詞…。」
「どうせお前だって気になって寝られやしないだろ…。だったら旨い酒飲んで、親子で世間話をしたっていいだろ。」
「世間話って…、言ったって…。」
「世間話だろうよ。新聞に載ってた記事について、話をするんだ。ただ…、お前がちょいと事件に詳しいってだけじゃないか、え。」
父はこう言い出したら、後へは引かない。『鬼平』といわれた男だ。
「…。わかりましたよ。事件のあらましは新聞に出ていた通りです。五年前に失踪し、自殺じゃないかってことで、一年後に特別失踪者の宣告を受けた男が、中央公園のベンチで刺殺された…。背後から一突きでした…。」
「マル害(被害者)はホシ(犯人)の顔も見ないで死んだってわけか。そのマル害、確か、殺人事件のホシだったよな。料理屋の婿養子だった板前が、義母とソリが合わなくてイライラしてパチンコ屋通い。そして、路上でゴタ(喧嘩)になった男を突き飛ばした。運が悪く男は歩道の縁石に頭を打って死んじまった。一歳くらいの女の子がいたんじゃなかったか…。そうだったよな、え。」
「そうですよ…、それで板前はそのまま家へ戻って、店の金を鷲掴みにして逃走した、…って事件です。」
「その後、一週間ぐらい経ってから、八十キロほど離れたH町の「海岸で、板前の着衣が発見された…。そうだよな。」
「そうです。その一年後、家族が家庭裁判所に失踪者宣告の申し立てをして、死亡が確定しました。」
「例えば行方不明になったまま、生死不明の状態が何年も続いた場合、残された相続人は、財産の相続ができない。相続税の申告も不可能だ。こんな場合には、民法の失踪宣告をすることによって、失踪者は死亡したものとして、それ以後の手続きが可能となる。普通は失踪から七年で申告が可能となる…。特別失踪は、何らかの危機に遭遇し、死亡しているかどうかわからない場合、危難が去った後、不在者の生死が一年間明らかでない場合に、利害関係人が家庭裁判所に失踪宣告の申立をする。失踪の宣告を受けた者は危難の去りたる時に死亡したるものと見なすってことだ。だから、板前は自殺とみなされ、海岸で着衣が見つかった日が、死亡した日となる。」
「そうですよ。その死んだと思われた男が刺殺されたんです。」
「…で、今回の、ホシのアタリ(見当)はついたのか…。」
「えぇ…、まあ…。」
「何だ、煮え切らないな。」
父は、湯飲みの酒をぐいと飲み込んで、私にも飲めと、一升瓶の口を向けた。
私は酒を飲み干し、湯飲みを差し出した。
「知ってのとおり、板前は五年前の路上殺人のホシじゃあなかった。一ヶ月ほど前にコンビニ強盗で捕まった男が、路上殺人のホシだとゲロ(自白)しましたから…。そいつが当時、瀕死状態で路上に倒れていた男から財布を奪い、逃げる時に足をつかまれたんで、頭を路面に叩き付けた…。そのユミヘン(強盗)が、奪った財布を持っていたんです。」
「馬鹿な野郎だな…。よっぽどいい財布だったんだな…。とんだトンビ(路上強盗)じゃないか、え。」
「そう、ブランド物だったようです。」
「それで…、その板前、自分がホシでないことを知っていたのか。」
「多分…、分かっていたと思います。」
「死んだはずの男が殺された。二回も死ぬなんて運の悪い男だ…。」
父は首をひねった。
「で、死亡推定時刻は何時なんだ。発見されたのは、月曜の早朝だったよな。」
「解剖の結果、日曜の夜十時から十一時ってことになっています。」
「日曜の夜といえば、その頃から雪が降って来た日だ。ゲソ痕(靴跡)は…。」
「あいにく、その日は地面が凍結状態だった上、雪が降りましたから…。」
「そうか…。ゲソ痕はとれなかったか…。」
「発見したのは、犬の散歩をしていた主婦なんですが…。」
「そんなことは聞いちゃいないよ。もっとマシなネタ(情報)はないのか。」
「ええ、はい…。元の妻ですがね。男の失踪宣告から一年後に再婚して、今も料理屋をやっていますよ。それがチョイと、ややこしいことになってまして…。」
「早く言えよ。気を持たせないでよ、え。」
「ええ…、板前が生きているんじゃないかってことになって、保険金の問題がでてきたんですよ。二千万ほど受け取って、店を改装したんですがね。生きているってことになったら、当然返還しなくちゃなりません。」
「しかし、その時点で、ホシじゃないってことは割れて(分かって)も、生死は…。」
「それが、二週間ほど前に、家の中を覗いて、娘の様子を見ていたって言うんです。そして、あの日の夜、又、訪ねてきた。自分がホシでないとわかったからでしょうね。」
「誰のゲン(証言)だ、え。」
「元の妻です。その時、今さら現れたって困るから、もう二度とこないでくれって、追い返したそうです。」
「そいつは信用できるのか、え。」
「ええ…、感情がすぐに顔に出る女なので…。雪降りの公園ですから、マルモク(目撃者)がいないんでなんともいえませんが…。」
「ああ、思い出した。そのカミサン、美人だが気の強そうな女だった。それで…、元ダンナはおとなしく帰ったのか。」
「そう…、言ってますがね。」
「他には…、なんかないのか、え。」
「ちょっと、待ってくださいよ。次から次と、まるで尋問みたいじゃないですか。」
私はそう言って、肉を口に入れ、酒を飲んだ。父もつられて、酒を飲んだ。
「板前は、その後どうしていたんだ。」
「ええ、事件後は青森や弘前などの東北あたりにいたらしいんですが、一年ほど前に帰ってきたらしいんです。」
「ん…、何でそんなことがわかるんだ。誰のゲンだ、え。」
「半年ほど前から、一緒に暮らしていた女がいましてね。」
「なんで、そういう大事なことを早く言わないんだよ、お前は…。」
「順番ってものがあるでしょう…。一年ほど前から、男はスーパーで、魚を捌く仕事をしていたそうです。腕がいいので重宝されていたそうです。」
「そうだろうよ。包丁を持たせりゃ、元板前だ。重宝だろうよ。」
「それで、一緒に暮らしていたって女と知り合ったそうです。当然偽名だったので、事件のホシだとは気づかなかったそうです。」
「で…、その女、美人なのか、え。」
「いつもそれだ。美人かどうかが、事件と関係あるんですか…。」
「大有りだ。だからおまえは、ダメだっちゅうんだよ。事件の陰に女あり。昔から言うだろ…。女は事件を解く鍵だ…。」
「まあ、見た目から言うと、美人と言っていいでしょうが…。なんか、あんまり美人って感じがしないんですよね。暗いんです。」
「それで、その女、幾つだ。」
「三十八です。男の二歳、年下ってことになります。」
…。父は腕組みをして、考え込んだ。
「その女、結婚は…。」
「結婚はしたことがないそうです。」
「美人なのに…、か。」
「ええ、男に言い寄られたことも…、ないそうです。」
「で、今回は、言い寄られた。」
「いいえ、女から言ったそうです。」
「え、そんな女が…。本当か…。」
「でも、結婚は出来ないって言われた…。それでもいいって、女が言ったそうです。口数の少ない男で、昔のことは言いたがらなかったって…。東北にいたってことぐらいで、出身地も知らなかったそうです。でも、そんな男と、暮らしたいんですかね。女って…。」
「そういうもんだよ…。暮したいんだ。」
…。父は再び腕組みをして、考え込んだ。
「そうだ。肝心なことを聞いてなかった。凶器は何だ。分かってんだろ…。」
「鑑識の話では、身卸し包丁だろうって言ってます。こいつは、特に魚を下ろすことに特化した出刃包丁だそうです。刀身の幅も狭くて、板厚も薄く、出刃に比べ三枚下ろしなどもやりやすく、そのまま刺身を仕上げる場合もあるそうです。業務用ですね。」
「業務用ですねって…、料理屋の包丁、調べたんだろうな。」
「そんな当たり前のこと聞かないでください。ちゃんとありました。血痕も付着していません。新品でもありませんでした。」
「そうか、そうだよな…。」
そういうと、父は湯飲みの酒をちびちび飲みながら、考え始めた。
「当然だが…、そのスーパーにも、その何とかって包丁あるんだよな。」
「いえ…。使っていないそうです。」
「そうか…。使ってない。で…、おまえのアタリ(心証)は、どっちだ。」
「分かりません。なんせ、男が死んでしまってますから…。」
「ん、何で板前が五年前のホシじゃないと知ってると思った。なんか持ってたとか…。」
「ああ、持ってました。婚姻届を持ってましたよ。男の名前だけ書いてありました。本名でしたから…。もう本名が使えると…。」
「なんで、そういう大事なことを忘れるんだよ。それでも、お前はデカか…。」
「まあ…。世間話じゃないですか…。」
「で、その相手はどっちなんだ。」
「それが…、二人とも知らないそうで…。」
「…ん、こいつは、おかしい。しっくりこない…。…ん。」
そう言うと、父はぶつぶつと何か言いながら、考え始めた。これは、父の勘が働き始めたときの癖である。
「二人とも知らないって、どう知らないんだ、え。」
「料理屋の方は、知らないし、もし復縁を迫られても、今さらどうにもならないって、言ってました。」
「で、未練はありそうだったか。」
「ありそうには見えませんでした。本当に迷惑がっていましたから…。」
「で、もう一人は…。」
「スーパーの方は、ちょっとわかりませんでした。あまり、表情がないっていうか…。」
「失踪者の生存すること又は死亡したることの証明あるときは、家庭裁判所は本人又は利害関係人の請求により失踪の宣告を取消すことを要す、…だったよな。」
「そうです。」
「それだよ。取り消しの請求が出たら、困るのは料理屋の方だ。そうだろ…。」
「でも、女は、そんなこと気にしてませんでしたよ。改装してから結構繁盛しているようだし…。保険金は返すって言ってましたから…。」
「聞いてなかったが、当然、二人ともアリバイ(不在証明)はないんだな。」
「ありません。料理屋の方は、男が来たときに娘は寝ていたし、今のダンナも帰宅していなかったと言ってます。スーパーの方は、一人で部屋にいたと…。近所づきあいもしていなかったようで…。隣近所に訊いても、普段からいるのか、いないのかわからない…。」
「そうだろうよ。男は逃亡犯だった。目立つ暮らしはするわけがない。」
「ああ、それと…、事件のニ、三日前から女がいつもにも増して、口数が少なかったって…、同僚のゲンがありました。」
「ん…、それだ。女は悩んでたんだ。女ってのは、ややこしい生き物だぜ。女は婚姻届を見たんだ。そいつは男のジャンパーかなんかのポケットに入ってたんじゃないのか。」
「ええ…、そうですよ。」
「そいつを見たに違いない。それで、男が復縁をするのではないかと不安になった。直接、訊けばいいのによ。男にとって、女は地獄で仏だっただろうよ。そんな相手を裏切るほど男ってヤツは残酷ではないのによ。男を信用できなかったんだ。それで、あの日、男の後をつけた。案の定、男は元のカミサンと会った。女は確信した。とんでもない勘違いだ。男は元のカミサンに伝えておきたかったんだろうよ。自分が結婚して、二度と、ここへは来ないってよ。凶器の身卸し包丁は男が持っていたんだ。板前にとっては、包丁は命だ。包丁を持って渡り歩く板前もいる…。」
「ちょっと、お父さん…。ダメですよ。それはただの推測じゃあないですか…。」
「そう考えれば、全てが、納得がいく。」
人の話しなど聞かず、父は得意そうに、私の顔を見た。
「その女の部屋に…、包丁はあったか?」
「いいえ…。文化包丁だけで…。」
「なかっただろう。そいつが何よりの証拠だ。女が隠した包丁を探すんだな。ここから先は、お前たちの仕事だ。明日から、また忙しくなるぞ。今夜はシバレル…。早く寝ろ。」
父は、旨そうに湯飲みの酒を飲み干し、にやりと笑って…、立ち上がった。
もう少し続きを知りたいような気がします。[E:coldsweats01]
犯人が捕まるまで知りたいような気になるのは性格かな?
また続編を期待してます。
本格的な刑事物語。
でも「退屈刑事」なんですね。。。(^-^)
無事に逮捕されたと思ってください^^
したっけ。
一人は元刑事ですがね・・・。
したっけ。
想像していたよりも、ずっと本格的なのですね。
すごいっ!!
続編、気になります(^^)/
ついつい見入ってしまいました。
一緒に住んでる女性の勘違いで
元の奥さんとの婚姻届けと思ったんですね。
どこかで見たような気がします。
父と息子のほのぼのとした会話の中で
事件の真相をひも解いていくお話、
堪能させていただきました。
冊子になると素敵でしょうね!
都月満夫 作
【退屈刑事(たいくつでか)2『特別失踪者殺人事件』】
私、買います!(^^)!
ありがとうございます。
あんまり言うとその気になるので・・・。
したっけ。
ありがとうございます。続編?
また何か思いついたら・・・。
したっけ。
だいたいは、どこかで見たような話です(笑)
したっけ。