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小説『恋愛詐欺師』

2010-05-01 08:47:24 | 短編小説

『恋愛詐欺師』

          都月満夫作

 男は冬の夕陽が沈んだ街角にいた。街路樹に隠れ寒さを我慢し、一点を凝視していた。

 そこは信用金庫の職員通用口。男はそこから出てくる女性職員を、食い入るように見ている。もう、一週間になる。

 三十五歳以上、独身、地味な服装、出来る事なら美人の女。そんな女を探している…。

 男は、ついにカモを決定した。あの女だ。男はそう呟いて、女の後をつけた。女は背筋を立て、大股で歩いていく。いい女だ。

女はパン屋に入った。パン屋の中で時間を潰し、パンを買って出てきた。

 ぶらぶらとバッグ振りながら歩き、本通りのバス停で止まった。女はバスに乗った。

 それから一週間、男はバス停を見張っていた。女は毎日同じ時刻にバスに乗る。

 手に持っているのは、パン屋の袋か、スーパーの袋だ。スーパーの袋は弁当か少しの食材だ。たまに本も買っているようだ。

 …間違いない。今までの調査で、女に家族はいない。男もいない。

 男は次の週、女が乗る一つ前のバス停からバスに乗った。女が乗るバス停が見えた。バスが停止し、女が乗った。女は郊外のバス停で降りた。男は次のバス停で降りた。

 次の日の夕方、男は女が降りたバス停近くにいた。バスが停車し、女が降りた。男は女を見送った。橋があり、見通しが良くて尾行できない。女は橋を渡り、右に曲がった。

 次の日、男は昨日女が曲がった先で待っていた。女はパン屋の袋を下げて歩いてきた。女が通り過ぎた。女はアパートの階段を上がって、二階東側の部屋に入った。四戸建てのアパートだ。古くはないが、新しくもない。

 ついに、女の部屋を探し当てた。後は、男が来るか、女が出かけるかの確認だ。

 男は一週間、女の部屋を見張っていた。二月末、夜の寒さはかなり身に凍みる。それでも男は、肩をすぼめて、女の部屋を見つめていた。来ない、誰も来ない。そして女は出かけない。毎日十一時には消灯される。

 男は先ず、女のアパートの周辺調査から始めた。周辺の状況を把握しておかなければ、計画に綻びを作ることになる。そして男は、女のアパートの脇に立っている街灯に、目を付けた。水銀灯の青白い光を見て、とんでもない出合いを思いついた。

男は赤詐欺(あかさぎ)と呼ばれる異性専門の詐欺師である。その手口は詐話師(さわし)ともいわれる。詐話師とは、作り話を主体に、数人で相手を騙す詐欺師集団である。

男は一人詐話師、仲間はいない。赤詐欺はいい男である必要はない。余計な警戒心を持たれる。服もブランド品である必要はない。同じ理由だ。小奇麗であればいい。

 後は、どうやってカモを捕らえるか…。カモとは簡単に捕獲できる鳥だったので、騙しやすい対象者の隠語である。接触から女を落とすまで、男は小説家のように筋書きを組み立てる。男にとって至福の時間だ。

 女は毎朝定時に部屋を出て、コインランドリーの前でバスに乗る。街の本通りのバス停で降りて、信用金庫に出勤する。毎日、同じ時刻に出勤し、同じ時刻に退社する。

 昔は、こうではなかった。市内の二条高校を卒業し、札幌の藤花女子大学に進んだ。学生時代は華やかだった。女の噂はたちまち札幌中の大学に知れ渡り、ミス藤花、コンパの女王として君臨するようになった。

 そんな学生たちを、女は特別な目では見なかった。学生の身で、まだ海の物とも山の物とも分からない相手に夢中になるほど、女は情熱的ではなかった。

 女は大学を卒業し、出身地に戻った。そして、地元最大手の信用金庫に入社した。

 女の最初の勤務は、鉄南支店だった。本店や各支店の若手社員たちが、噂の美人を一目見ようと、用もないのにやってきた。

 男たちは、競って合コンを開き、女を誘った。女は男たちの下心など、総て無視した。

 毎夜のように開催される合コンは、女にとって、ただの食事会に過ぎない。

 個人的な交際を望む男たちもいたが、女は丁寧に断った。合コンのどさくさ紛れに、交際を申し込む男など、相手にする気はない。

 それほど女は、女としての自分に自信を持っていた。子供の頃から可愛いと言われ、綺麗とか美人とか言われ続けてきた。男たちが自分を見る目など、飽きあきしていた。

 ある時、合コンで、女に全く興味を示さない男がいた。女は自尊心を傷つけられた。憎しみと、怒りのような感情に陥った。

 女は二次会で男に、何故合コンに来たのか聞いた。男は員数合わせで無理に頼まれたと言った。女は更に聞いた。誰か気になる女はいたかと…。男は別にと言い、皆は、君に夢中だけど、自分には高嶺の花だと言った。高嶺の花より、可憐なジャガ芋の花が好きだと言った。ジャガ芋は飽きないと言った。

確かにその男は美形ではない。自分の身を心得ている。だからこそ、その男は営業成績のトップクラスにいる。性格は温和に見えるが、筋は一本通っている。女は男に自分からメルアドを教えた。男は戸惑っていた。

 しかし、何日待っても、男からメールは来ない。女は苛々した。何故…、男はメールをよこさないのか。そんなことは許せない。

 女は待ちきれなくて、自分からメールを送った。何故自分から誘ったのか…。

 男は誘いに乗ってくれた。女は何故誘いに乗ったか聞いた。高嶺の花が折角降りて来たので、それを掴んでみたくなった。男は、こんな美人と付き合ったことが無いので、どうしていいか分からないと言った。

 女はからかわれているようで、ムキになった。こんな男に侮辱されるようなことは、堪らなかった。三回目のデートで女は体を許した。男はこんな綺麗な人と、こんな関係になっていいのかと言った。女は自分が嫌いなのかと聞いた。男は、嫌いとか好きではなく、とても光栄であると言った。沢山の男たちが女にアタックして散っていったのに、何故自分が選ばれたのか…。女が自分の腕の中にいることが信じられないと言った。

 男からメールが来たことはない。いつも女からメールを送った。男はいつも何故自分なのだと女に聞く。女は好きだからと答える。自分を無視した男だからとは言えなかった。

 男は食事をして、スナックで飲んで、女を抱いて帰る。そんな関係が半年ほど続いた。

ある日、初めて男からメールが来た。

 男にとって女は高嶺の花だった。逢うたびに自分を失っていく。高嶺の花は、高嶺の花にしておくべきだった。ジャガイモの花を探す。最後に謝罪の言葉が書かれていた。

 メールを読みながら、男を好きになっていた自分に気づいた。女は今まで男を好きになったことはない。男は財布代わりだった。

 女は知らぬ間に恋に落ちた。知らぬ間に憎しみが愛情となった。涙が溢れた。大粒の涙が頬を伝い、携帯の画面で砕け散った。

 男と付き合っている間、合コンを断り続けてきた女に、もう誘いは来ない。女は三十歳を過ぎていた。

 あれから十年近くなる。昨日と同じ今日が終わり、今日と同じ明日が始まる日々…。

 女はいつもの様に、コインランドリー前のバス停でバスを降り、アパートへ向かった。いつもと同じ今日が終わろうとしていた。

 女は住宅街の角を曲がった。男が街灯の下でうずくまっているのが見えた。近づくにつれ、男が苦しがっているのが分かった。女は通り過ぎるわけにも行かず、声を掛けた。

 男は、急な腹痛で困っている。近所にコンビニか公衆トイレがないか、と聞いた。

 男の顔は水銀灯に照らされ青白く見えた。ひどい汗もかいている。男の脇の雪の中に、飲料水の空ボトルが突き刺さっている。近所にはコンビニも公衆トイレもない。

女は、見知らぬ男を自分の部屋に招きいれた。考える余地はなかった。

 女は玄関でトイレを指差した。男は部屋に入るなり、トイレに飛び込んだ。

 女は考えた。これは緊急避難だ。あのまま放って置く訳には行かない。誰だってそうする。これは、男を招き入れたことにはならない。どうせ直ぐに出て行く男だ。気にすることはない。女は自分の部屋に、男が居るだけで、いつになく心が乱れた。

 男は何度も水を流し、十五分ほどで出てきた。そして、落ち着かないのでもう少し居させてくれと言った。

 女は今更断れず、タオルを差し出した。

男は顔にかけた飲料水を拭いた。再び、トイレに戻り、十五分ほどして出てきた。

男はバスで帰るつもりだったが、とても我慢できそうもない。申し訳ないが、タクシーで帰るので、二千円ほど貸してくれないかと言った。そう言いながら男は運転免許証を差し出した。これは男が事前に用意した、偽造免許証だ。生年月日、名前も違う。名前だけは本名と同じ音にしてある。万が一、銀行が女に電話で、自分の名前を確認するかもしれないからだ。住所は今いるアパートになっている。パソコンで作成した稚拙な物である。こんな時、まじまじと確認する女はいない。

女は、二千円で男が出ていってくれるならと思い、承諾した。

男は礼を言い、必ずお金を返却するので、連絡先のメールアドレスを教えて欲しいと言った。

女は、男が返すと言っているのに、断るわけにもいかず、アドレスを交換した。今は赤外線で簡単にアドレスの交換が出来る。

男は女にタクシーを呼んで貰い、礼を言って帰っていった。これで女の名前、住所、メルアドをゲットできた。第一段階の接触は大成功といって良いだろう。後は、再会と別れだ。時間は掛けないほうがいい。考える余地を与えてはいけない。

男は週間天気予報を見ながら、次の接触日を考えていた。人間も動物である以上、気分も天候に左右される。晴れの日は気分がいいので、集中力が分散する。反対に雨の日は気持ちが沈む分、集中力がアップする。次の接触は晴の続く日がいい。仕事で疲れた金曜日がいい。

女は男が来た次の日、いつものバス停の一つ前、衣料スーパーのバス停で降りた。

女性用下着売場、ランジェリーのコーナーに居た。こんなところに来るのは何年ぶりだろう。可愛いランジェリーが、沢山ならんでいるのを見ながら、女はため息をついた。昨日自分の部屋に男が来たことで、自分が女を忘れていたことに気づいたのだ。

久しぶりで下着を買っただけなのに、女の心は弾んでいた。

男は、あれから三日後、女にメールを打った。詐欺師にとって、メールの出現は画期的であった。電話のように演技の必要がなく、要点を的確に伝えられる。微妙なニュアンスを相手が勘違いすることもある。メールの最後に、翌日が休みだという確認を入れた。

女はその日、指定された場所で男を待っていた。男は時間より少し送れて現れた。その笑顔はいい男ではないが、いい人に見える。

男は女を居酒屋に案内した。女はもう少し洒落た場所を想像していたので、少しガッカリした。でも、考えてみれば、二千円のお礼には相応だ…。男は「角2」の封筒を大事そうに持っている。中にはA4用紙に書かれた事業設立の計画書が入っている。その計画書の最後は資金不足だ。勿論架空の計画書だ。

居酒屋を出てから、男は女をスナックに誘った。女は誘いに乗ってくれた。第二段階は成功した。男はスナックで女の手相を見た。これは常套手段だ。助平親父のやる手相見とは目的が違う。親父は手を握るため。男は次の段階へ進むため…。女は手を出した。

男は女の指先に微かに触れた。指先は神経が集中している場所だ。これだけで落ちる女が居る。手相も我流であるが勉強している。

小指の下に出来る横皺が恋愛線である。男は女に言った。二十歳前後には随分細かい皺があるが、深い付き合いになっていない。三十前後に一人付き合った男がいたが別れた。

次の男は四十前後だから、あと四、五年待たなければならないと…。勿論、男は女が四十歳前後だと当たりをつけている。

女は喜んで、四十歳だと年齢を明かした。

それでは、この線は私かもしれないと、男は言い、大人の関係にならないかと、間髪をいれずに、女に言った。明日は休みだ。

この、大人の関係というのは赤詐欺師にとって便利な言葉で、結婚を匂わせてはいるがそうではない。赤詐欺師にしてみれば、ただの肉体関係である。

二人はホテルにいた。女は、あそこで大人の関係と言われて、断るのも子供じみていると意地になった。それこそ、男の策略にはまってしまったのだ。

男は風呂にいる。あの「角2」の封筒は置いたままだ。女は気になった。

暫くして男が出てきた。女は服を脱ぎ、真新しい赤い下着で風呂に向かった。

二人は並んでベッドの中にいた。男は今事業の計画を立てていると言った。最近、親が死んで、遺品の整理に困って思いついたと言う。同じ経験をした友人と、遺族に代わり、遺品の整理や不用品の処理をする会社だ。社名は「愛心」と決めた。場合によっては廃品回収になるので、所轄警察の公安委員会に届け出て許可も取った。今は必要な事務機器、車、当面の事業資金を集めていると言った。まだ役所の届出書に忙しいと言った。

女は黙って聞いている。普通は資金のことが気になって聞いてくるはずだ。女は計画書を見たと確信した。

男は女の唇を、処女を抱くように吸った。真綿で包むように乳房に触れた。女の乾いた心が濡れていく。泉が湧きオアシスになる。

男は、女の濡れた心の割れ目から、女の中に滑り込んだ。カモは既に網に中に入った。

数日後、女は男にメールを打った。逢いたいと…。男は、カモを捕獲したと確信した。

男は、例の封筒を持ってあらわれた。二人は食事を終え、酒を飲んで、ホテルにいた。

大人の関係が緩やかに終わり、オアシスを出ようとしたとき、女は男に「長3」の封筒を渡した。封筒の中には貯金通帳と印鑑が入っていた。

男は何の金だと驚いた。女は前回、封筒の中を見てしまったことを謝り、これを使って欲しいと言った。男は例の封筒の中から計画書を取り出して、女に見せた。勿論、前回とは数字が違っている。女はそれを見て、この事業は素晴らしい、人のためになる。自分も協力したいと言った。男は一千三百万円もの通帳に礼を言い、素直に受け取った。この場合、躊躇してはならない。疑われる隙を与えず、計画書と女の封筒をしまいこんだ。

数日後、女は帰宅時間丁度に届いた宅急便を開けた。中には通帳と印鑑と借用書が入っていた。女は八百万円の残高を、乾いた目で見ていた。残高など欲しくなかった。濡れた時間が渇いていく。砂を濡らした泉が枯れていく。オアシスが砂塵の中に消えていく。

赤詐欺が仕事中は、真剣に女に惚れる。しかし、五百万円しか頂けなかった。何故…。

男は携帯を替えた。春間近、温まりかけた心に、また、冷たい風が吹き抜ける。

男は、結婚詐欺にカモられた過去がある。

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3 コメント

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詐欺師は詐欺師 (みゆきママちゃん)
2010-05-01 15:54:32
詐欺師は詐欺師
傲慢な人間は傲慢を突かれる
詐欺師が結婚詐欺にあってたとは
面白い展開だわ~
深夜に帰宅してブログを作成投稿したので誤字脱字だらけで一人で自分のブログを見て爆笑してました~
頭に入ってる内に作成しないと次の日に忘れちゃうの
でも凄い意味不明な自分の文章に
(_≧Д≦)ノ彡☆ばんばんだった
返信する
おじゃましま~す! (ももぴん)
2010-05-01 22:29:59
おじゃましま~す!
あっ、ママちゃんだ。

いろんな記事を見てみましたよ。
ジャンルは、だいたい理解しました(笑)

詐欺師のお話おもしろかったです。
またきますね~
競馬は、どこじゃ?
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40才のこの女性は、独身で責任ある職について仕事... (maririn)
2010-05-05 01:00:35
40才のこの女性は、独身で責任ある職について仕事は充実していると思うし、信用金庫の内務職で規則正しい生活のリズムの中で、どこか出会いを期待していたのかもしれない・・・

年を重ねる毎に、社会は確かに自分よりも若くて、綺麗な女性は必ず増えていく。
若い頃からかわいいね、綺麗ねとちやほやされると、自然に自分の内面がおろそかになり、益々外見に磨きをかけ、何故か自分に冷たくする男性になびいてしまうのです。

自分に都合のいい結果が出てしまうとつまらないし、なぜこの男は自分に振り向かないのかと第一印象で疑問を持ってしまうと、その男性に興味を持ち、冷たくされればされるほど、訳がわからないままのめり込んでしまう・・

40歳と言う年齢は、ぎりぎり最新のファッションを取り入れ、おしゃれにも頑張れている年代でもあるし、内面の強さも若い頃とは違って、騙されたからと言って、大騒ぎできる年齢ではなくなるのも、悲しい・・・

赤詐欺男は、自ら結婚詐欺にあって女性の見方を勉強せざるを得なかったのであろう。よほどの女性研究熱心である。

そしてこの女性がのめり込む程、テクのある男性だったんでしょうね。

この偶然を装った出会いで、この女性は男性を恨むのではなく、500万円は高額だが、ひとときの幸せを買ったと思い、割り切れば、もっといい女になれる気がする・・・

この男性は、この女性から授業料をもらっただけである。
そう思っているとしたら、この赤詐欺男は精神的にも楽に生活しているでしょうね。

心の隙ができる事は、だれでもありうることだが、この隙に入り込んで悪い方に事が運ぶベクトルには、必ず原因が潜んでいます。
日頃、もっと生き生きとした生活習慣を身に付けることでも、ベクトルを変える事も出来るので、心をもっと、大人に近づける内面を成長させる努力がこの女性に必要な事のような気がしました。
それでこの女性の授業料の500万円が高いか安いかは個人の判断ですけどね。
(^^ゞ
都月さん、こんばんは。
ちょっといろんな想像を考えさせられる、小説でしたね。
楽しかったですよ。maririn[E:virgo]






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