<川は流れる>

Reiの好きなこと、ここだけの話

吉田建とともに振り返る『ジュリーをめぐる冒険』②(1990年)

2011年04月29日 | ジュリーインタビュー
ーで、エキゾティクスは5年間続いて、その後、一旦お二人は離れますよね。

沢田「うん、あの頃、ちょうど打ち込みとか出だしてね。スタジオ行っても、みんな何もしないでずっと待ってるだけなんだ。で、その頃から面白くなくなってきちゃって。」

吉田「今と違って機械が良くないわけ。今はマックとかQXとか使うんだけど、あの頃はMC4ってコンピューターで、速度がもの凄く遅いのよ。おまけに音が貧しいからさ。一個の音を選ぶのに一時間も二時間もかかるんだ。」

沢田「それで一日終わったりね。アルバムで言うと「女たちよ」とかあの頃。そのうち、僕がプッツンしちゃってさ(笑)。やーめったっつってね。なんかその機械にばっかりなっちゃってということも一つあったし。それから僕なんかどっちかっていうとヒットシンガーでしょ?流行歌手だから(笑)。で、歌が流行んなくなったら、やっぱ悩むわね。シングルが売れなくなると。“TOKIO”みたいにパラシュートまで背負っちゃたらその後が難しいだろうって言われたけど、結構もった方だと思うのよ。健とかみんな来てくれて、“ストリッパー”でまたギンギラの派手になって。だけどそんなに続くもんじゃないしなと思ってたこともあったから。これからはどうすべえかなと考えてたんだよね。で、ツアーの最後が渋谷であって、その後夏休みが一週間あって、そこでプッツンよ(笑)。人知れず休みたい、みたいな(笑)。で、エキゾティクスも解散、レコード会社も変わるって感じで。それまでとにかく休んだら終わりだと思ってひたすら働いてきたからね。その反動だったのかもしれないけど。」

吉田「だから、うまくいってる時はいいんだけど、ちょっと沈滞すると、どっかズレてんじゃないかと不安が襲ってくるてのはあるじゃない。それまでいろんなことにチャレンジして成功させてきた沢田研二だけに、余計にね。」

沢田「売れなきゃいけなかったからね。で、売れ行きが下がるじゃない?そうするとみんなアタフタするんだ。で、無理に売ろうとして、今度は“化粧やめてください。やめてたらもっと枚数増えてたと思います”って言う人も出てきたりさ(笑)」

ーその時に、そりゃ山もあれば谷もあるさ、って悠然と構えることはできなかったんですか?

沢田「あの時はなれなかったね。今はなってるよ(笑)。まだそれを許してくれないって感じがあったよね。また、考えるよりも“ええい、いいや”って感じでやる仕事の進め方を良くも悪くもしてたからさ。余計悩んじゃってさ。」

ーで、その後”COCOLO”というプロジェクトの3年間を経て、いまに至る経緯というのは?

沢田「しばらくバンドみたいにしてやってきたでしょ。だから今度はソロ・沢田研二ということでやろうと、大輪さんというプロデューサーになって、結構渋いメンバーを集めてもらったの。で、これが本当にオジサンばかりで、全員僕より年齢が上でね。かといって、何でもできる人ばかりかというと、結構我は強いわ、動かないわで(笑)。練習っていっても、ひどい時なんか、3回くらい音出したら、もう後ダべってタバコ吸って、コーヒー飲んで、“終わろうか”って。僕なんかもうパニックよ。“やってよ、俺、身体で覚えないとダメだから”って頼んでも、“いや、体力がついていかないんだよ”って、冗談だか本気だか分かんない答えが返ってくるし。また、最初はホールでやってたんだけど、そのうちメンバーが、もっとちっちゃいとこでやろうよ、その方が俺たち得意なんだよね、とか言いだして(笑)。インクスティックとかでもやったんだけど、何か僕からすると地味なんだよね。目の前で汗が出てるとか、自分はそういうんじゃない気がしてね。それで“そろそろ限界ですかね”って言ってみたら、“そうだねえ”ってこれが簡単なの(笑)」

ーそれでコンビが復活と?

吉田「漫才じゃないんだから(笑)。また電話がかかってきたんですよ。で会って、今に至ると。」

ーで、前作『彼は眠れない』があって、今度のアルバムが2度目のプロデュースになるわけですけど、プロデューサー吉田建の満足度というのは前作と比べてどうだったんですか?

吉田「やっぱり前作は、1枚目ということもあってプレッシャーが大きかったのね。それまでプロデュースしたのは氷室くんとか、山下久美子とか、年下が多かったけど、今度は年上で、尚且つ長い時間の中で自分の位置も確固としてある人でしょ。で、ジュリーがこうしたいという思いと、僕の思いが・・・言葉は悪いけど、ある程度妥協しつつ作ったという面があったと思う。今回のアルバムはその点お互いに合点がいって仕上がった感じがずっとありますね。1枚目はまだ往年のポップスというのになってなかったとこあったりしたけど。」

ー作曲陣はどういう基準で選ばれたんですか?

吉田「発注の仕方は、同世代の作曲家とメチャクチャ新人と、あと、わりと過激に突っ張ってる人とか、3つぐらいに絞って。今回だと新人はDualDreamがいて、同世代にNOBODY、あと鮎川君とかデルジベットの光君が突っ張ってるロッカーということで。抜け目なく自分の曲も入れてますけど(笑)」

ー沢田さんのボーカルの許容範囲って、ロックンロールからバラードから歌謡曲まで凄く広いわけですよね。でも逆に何でもこなしてしまうが故に、プロデュースするのが難しいってとこありませんか?

吉田「やっぱり声だけが最後のオリジナルだからね、そこが最大の武器であり、また敵であったりするわけですよ。すると1曲目の「a.b.c・・i love you」とかこういうタイプのロックンロールに、ジュリーの声は本当に“良い”っていうか。自分でプロデュースして言うのも何だけど、これがジュリーの本道だと思うんだ。」

沢田「一応、ありがとう、と言っておこうかな(笑)」


<完>


おまけ^^@

LOVES:①自宅②YOKOHAMA③海、山、空、風、雲、雨④酒⑤魚⑥野菜
HATES:①ミリン干し②炭酸飲料③繊維飲料④食塩水にさらしたリンゴ⑤ホラー映画⑥ディナーショー⑦ドリンク剤⑧選挙⑨ファッション⑩流行
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吉田建とともに振り返る『ジュリーをめぐる冒険』①(1990年)

2011年04月28日 | ジュリーインタビュー


ーお二人のそもそものなれそめというのは?

吉田「知り合ってから、足かけ10年目ですよね。79年の暮れあたりだから。で、前のバンドが解散するってことで、新しいバッキングのミュージシャンを探していたと。そうでしょう?」

沢田「そう、井上尭之バンドのあとのね。」

吉田「で、そんなつもりじゃなかったんだけど、呼ばれて行ったらオーディションだったの(笑)」

沢田「ほとんど君で決まりだけど、一応形式だから、とか言われて(笑)」

吉田「そうなの。それでいきなり、”勝手にしやがれ”を譜面で、それも初見でやらされちゃって。ストーンズが好きだって聞いてたから、きっと本人も交えて、みんなで“ブラウン・シュガー”とかやるのかな、フェイセスのオーディションもそうだったらしいからなあ、とか思ってたら、とんでもハップン、朝まで9分でした。」

ー沢田さんは建さんのどこが一番気に入られたんですか?

沢田「それはやっぱりテクニックですよ。テクニシャンだったよね、当時から(笑)、みんなも一番いいって言ってたし、あとのことは、一緒にやり出してから、だんだん知っていくという感じだったから。」

吉田「だって分かんないでしょ。沢田研二っていえば、スーパースターで・・・僕が関わる前のプロジェクトが、ちょうど例の“TOKIO”っていうヤツで、渋谷の東急パンテオンに、レコードジャケット複製したでっかい看板がかかっててね。で、パッと書いてあるの、“ジュリー・TOKIO”って。俺も、いいなあ、ロックンロールやるんだったら、いつかあれくらいのプロジェクトに加わりたいなと思ってたら、本当にそうなっちゃって(笑)」

沢田「ただ建が入って一年くらいは、メンバーも重複する人がいて、前の井上バンドの延長戦って感じが強かったんだけど、それから建がリーダーになって、メンバーも全員が新しくなって、状況的にも、ストレイキャッツとか出たり、ロンドン、ロンドンって言いだした頃で、そこから本当に始まったって感じだよね。」

吉田「アルバムでいうと“ストリッパー”ね。それでバンドにエキゾティクスという名前をつけて始動したと。そこから新たな方向に進みだしたわけね。」

沢田「エキゾティクスになるまではバックバンドと沢田研二って感じだったのが、今度は後ろのメンバーも負けず劣らずの衣装を着るっつうね(笑)そういうコンセプトになってきちゃって(笑)」

吉田「それまでは、やっぱりソロシンガーである沢田研二をいかにデコレイトしていくかというのがサウンドや舞台装置含めて、全体のプロジェクトの核になってたんだけど、今度はエキゾティクスという形の中でできる範囲の表現に変わってきた。いわゆるバンド・サウンドの作りですね。実は、ここに今のバンドブームの石器時代があるといってもいいわけですね(笑)。・・・だけど、やっぱりそれまでの世界と違うから、面食らったことも多かったよね。今と違って、ジュリーは1日に2回公演してたもんね。渋谷公会堂なんか、昼の1時からロックンロールしてるんですから(笑)」

沢田「マチネが毎日あるっていう(笑)。ほら、それまでは、どちらかというと興業の世界だから(笑)」

吉田「そう、ロックとかニューミュージックとかとも全然システムが違うんだよね。ツアーに行くと、地元の凄い人が迎えに来たりね(笑)。やり始めた最初の頃は、追っかけのファンの人も一杯いるしさ。でも、いわゆるアゴアシ、マクラって言うんですけど、それはちゃんとしてて、ツアーの移動の電車もグリーン車だし、ホテルもいいとこ泊まらせてくれるし。それまでのミュージシャンの生活じゃ、そんなことまずなかったしさ。結構“へえ~”とか思って、それで逆に距離感じちゃったですよね。ステージの時間は共有するけど、それ以外では全然僕らの世界と違うんだなっていうのはよく思ってたね。」

沢田「環境っていうのは、自分たちがそうしていると、そういうもんだと思いこんじゃうとこがあるからね。グリーン車だわ、一流ホテルだわ、メシもみんなで食うわ、量が足らないっていえば増えるわ、みたいな(笑)、そういうことやってると、それがあたりまえだと思っちゃう。で、みんなで一緒に行動して、ホテルの裏口から入って、従業員エレベーターで上がって、人目に触れずに部屋に入る、とかいう世界でしょ。そりゃ“こりゃ大変だな”って思われたところもいっぱいあると思う。」

吉田「あの頃はバスの中で着替えとか年中でしたね。で、俺もハッと気がついたら芸能人っぽくなっていると(笑)」

ーエキゾティクスが始まってからは、吉田さんはプロデュース指向はもうあったんですか?

吉田「そんなこと、おこがましくて思ったことない(笑)。いまこうなったからアレだけど、当時はそんな大それたことは全然考えたことがなかった、ちゃんと木崎さんというプロデューサーがいたしね。」

沢田「でも、時々、僕が作った曲を、建に“これアレンジして”とか言ってね(笑)」

吉田「“ラ・セゾン”をパッとお当てになったから(笑)。曲の発注が相次いだんですよ、あの頃(笑)。高樹澪さんとか、そういうのをやってて、それは“はいはい”ってやりましたけど。あの頃は正月から12月までジュリーでした。はい(笑)」


②に続く
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「告白」

2011年04月27日 |  映画
松たか子主演、昨年いい意味でも悪い意味でも話題になった作品です。

娘を殺された女教師の復讐劇だと単純に考えて観てましたが・・・。
結局、タイトルどおり、彼女を始め、いろんな登場人物の告白が綴られていきます。

この映画は深くないです。
小説の映画化で、監督も相当の苦労をしたようですが、
作ってよかったのか、悪かったのか、賛否両論ですね。

内容がショッキングなのではなく、
教師や子供たちの描写が、リアルさに程遠く
これをエンターテイメントとして軽く見るのか、
それとも考えさせられる内容として見るのか
どちらかによって感想が分かれると思います。

私の場合は、こんな非人道的な復讐劇を
軽く見ることはできません。
けれど、あまりにリアルさに欠ける為、どういうふうに見たらいいのか
見終わった後も混乱したので
結局「観るべき映画ではなかった」という感想です。
あのラストを「胸がすっとした」と見る人もいるんだろうなと思うと
少し怖ろしいですね。

そしてHIV感染者についても、取り扱いが雑すぎます。

同じような社会的問題を取り扱った映画「誰も守ってくれない」(2009年佐藤浩市主演)とは
随分違う印象を受けました。
「誰も守ってくれない」は本当に素晴らしい映画でしたが・・・。

「告白」私の☆は、なし~





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暑い?寒い?

2011年04月26日 |  ブログ
今日の最高気温 25℃
最低気温 9℃

なんだ~、この気温差は・・。
昼間、車に乗ると酸素が薄くなっていて息苦しいです。
暑くてたまりません。

でも外に出ると風が冷たいんです・・。
日差しは暑いんです・・。

春ってややこしいですね。

屋内は寒くって、ファンヒーターつけたりして。

東北の方はまだ寒いんでしょうね。
南国の太陽を少し分けて持っていきたいです。
ちょうどよくならないもんですかね~^^;

毎年ゴールデンウイークごろには
真夏のような太陽が照り付けます。
行楽にいかれる方は日焼け止めをお忘れなく、
5月の紫外線が一番厳しいって言いますからね~。
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「私たちの幸せな時間」

2011年04月25日 |  映画
最近観た映画の感想をひとつ

2006年、韓国映画

死刑囚を扱ったこの映画は、あまりにもせつな過ぎるラブストーリー。
死刑執行という重いテーマを背負った映画ではありますが、

情緒あふれる映像と、数人しか出ない役者の演技力が
最高のレベルです。

小説の映画化ですが、韓国でも2006年もっとも愛された映画に入っています。
死刑執行という問題提議より、ラブストーリーに重点を置いた映画。
だから共感をよび、ストーリーに入り込み
主人公と同じ傷みを分け合う。

そういった映画です。

15歳のときに深い心の傷を負い、自殺未遂を繰り返す元歌手の女性と、
不幸な生い立ちから事件に巻き込まれ、殺人を犯し死刑囚になった男性の
木曜日の面会時間だけが彼らに許された幸せな時間。
「一日も早く死にたい」と願っていた彼らに起こった変化、
幸せな時間を過ごした二人が
初めて心から「生きたい!」と願う。

号泣必至の映画です。
哀しみと喜びが同時に湧き上がる
観終わったときに不思議な感情を呼び起こす映画でした。

心を揺さぶられたい人にお薦め!
私の☆は4つ半(最高ってこと^^v)


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週末

2011年04月23日 | ジュリー
相変わらずの忙しい毎日(仕事でね)ですが
ジュリー情報を求めてさまようこともあまりなく
ちょっぴり淋しい日常ですね。

今、ジュリーは東京公演でがんばってますからね~。
全力投球の舞台が終わったら、次は何を?

やっぱりこの一点に興味は集中してるわけで。

毎年決まって行ってるツアーをやめるとは考えにくい。
そしてツアーのためのCD発売もなくならないと思う。
鉄人バンドのセッションを早く見たい。

音楽をやる人間は、音楽は仕事だけれど
キライな人はできない仕事なので
きっと、身体の中に音楽が沁み込んでいる。
ジュリーはライブが命。

ジュリーはライブが本分。

もちろん、お芝居も大好きな私ですが
何より、歌ってるジュリーが世界で一番かっこいいね。
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コント

2011年04月21日 | ジュリー
東京の方で「探偵」が今日から始まりますね。
進化したお芝居が又観れるのですね~^^。

行かれる方、楽しんできてくださいね。

さて、今、他にジュリー情報がない今、
昔のDVDなどの鑑賞ってことになるのですが、
最近、ドリフ大爆笑の録画を見せてもらいました。

ほんとに、ジュリーってコントの「間」が上手ですよね。

私の好きなコントは
長さんが健康器具の訪問セールスマンで
ジュリーが部屋に布団をしいて横になってて
なんでも寝て済ませられるように、工夫して暮らしてるっていうものです。

あれには感心。
だって水道も部屋の真ん中に引いてあるし、
窓もカーテンも紐を引っ張れば開くようになってるし、
すごいなー、ジュリーって。

なんて思ってしまう(あはは、そんな訳ない)

あの怠惰な関西弁もツボです~。

今はあんまりおもしろいことやってくれないけど、
又、志村さんとのコント見たいですね^^。
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「海洋天堂」

2011年04月19日 |  映画
『海洋天堂』

待ちに待っていた映画がとうとう今年の夏、日本で上映されることになりました。
「HERO」のときにめくるめくカメラワークを魅せてくれたカメラマン「クリストファー・ドイル」
「SPIRIT」で素敵なエンドロールの曲を聴かせてくれた「ジェイ・チョウ」のテーマ曲。
そしてなんと全編に流れる音楽は日本の「久石譲」
など、世界で一流のスタッフが揃った映画です。

主演は「ジェット・リー」「ウェン・ジャン」

もう随分前に中国では公開されていましたが、ようやく日本でも観られます。
しかし、九州では福岡しか上映が決まっていないため、
早く日程を知りたいと思ってるこの頃です。

「ジェット・リー」を知らない人は、
この映画が私たちファンにとってどれくらいの意味を持つのか
ちょっとわからないと思いますが、
アクションスターは演技力は二の次、アクション映画でなければ受けない、儲からない、
と思われている映画界。
でも、ジェット・リーはそれだけの俳優ではない!と世界に知らしめるチャンスなのであります。

2007年「ウォーロード・男たちの戦い」で確かな演技力を認められましたが
今回は一切アクションのない大きなテーマを扱った切ない人間ドラマです。
本当に楽しみ!

たくさんの方に見てもらって、上映館を増やして欲しいっていうのが
今の願いです。





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『希望』

2011年04月11日 | 
希望!
希望!
希望!
必要なのは希望!

どんなに嘆いても、どんなに悲しんでも
時は過ぎて
未来へつながっている

今を生きることができる人は
明日も生きられる

希望があるから

明日は家に帰ろう
明日は会いたい人に会おう
明日は美味しいものを食べよう
明日はお風呂に入ろう
明日はぐっすり眠ろう
明日は思い切り笑おう

必ず来る明日を信じて

希望があるから


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昨日の夜は

2011年04月08日 |  ブログ
ふと気がつくと外は強い風が吹いておりました。
生暖かい風は「春一番」かな、と思いながらネットを見ていると
「最大余震!」のニュース。

もう、驚きました。
被災地の皆さんはどんなに恐かったことでしょう。
お見舞い申しあげます。

4月は入学のシーズン、
新しい学期、
新社会人、

桜の花ビラが舞い踊る晴れた日に、
晴れやかに未来を祝う会があるはずなのに。

今は恐いことだらけの世の中だけど
明るく力強く生きる人間を信じてます。
自分もそんな仲間になれたらなと思ってます。

北海道へ元気を届けにいく「探偵」ご一行。
全国の「探偵」ファンが護りますから!
よろしくお願いします!
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