てつりう美術随想録

美術に寄せる思いを随想で綴ります。「てつりう」は「テツ流」、ぼく自身の感受性に忠実に。

小さな居場所(2)

2006年04月05日 | その他の随想
 ときどき、ぼくの記憶の中から頭をもたげてくる人物像がある。それはぼくが就職して間もないころ、通勤電車の地獄の中に何とか居場所を見つけ出そうと努力していた時期のことだ。

 学歴のないぼくは、ある工場のようなところに勤めていた。そこは古ぼけた会社で、地鳴りのような機械音がうなりつづけ、ゴムのような臭いが立ち込めていて、おまけに空調がこわれていた。


 昼になると、皆はてんでに弁当箱をかかえて集まるか、社員食堂に列を作るかして、がやがやと昼休みを過ごすらしかった。しかしぼくは彼らから逃れるように、作業服の上にジャケットを羽織った姿で、ひとり外に出た。近所に名曲喫茶があるのを見つけたからである。ぼくは毎日欠かさず、昼休みにそこへかよった。クラシック音楽に耳を傾けながらサンドイッチを頬張り、ゆったりとコーヒーをすすっていると、ぼくの渇いた心はにわかに潤い、本来の自分を取り戻すことができたのだ。

 その店の常連客は、ぼくだけではなかった。ぼくが小さなベルのついたドアを押し開けて入っていくと、カウンターのいつも決まった席にひとりの女性が座っていて、やはりサンドイッチを食べているのだった。その人はぼくと同じく、会社の昼休みを利用してここにかよっているらしいことは、地味な制服を身につけていることからも知れた。事務服というよりも作業服に近いような服だった。

 見たところ決して若くはなく、特に美しい人でもなかったが、ぼくと似たような境遇ではないかと思うと、共感を覚えずにはいられなかった。彼女もやはりクラシックが好きで、雑然たる職場をひとり抜け出し、ここで心の洗濯をしているのだろう。彼女はいつもサンドイッチを食べ終わると、空いた皿をカウンターの中にいるマスターのほうへ黙って差し出した。

   *

 ある日、いつものように喫茶店のドアを開けて中へ入ってみると、カウンターにはその女性を囲んで3人ほどのグループが座っていた。全員が女性で、似たような制服を着ているように見えた。ぼくは自分の席に着きながら、ちょっと意外なことだったな、と考えた。この女性は、会社の中でひとり孤立していたわけではなかったようである。クラシックの流れる素敵な店があるからと、同僚を連れてきたのかもしれない。

 まあ、そんなことはどうでもよかった。ぼくは右手でサンドイッチをつまみ、コーヒーを口に運びながら、左手で本のページをめくり、つかの間の自由な時間を楽しんだ(ぼくは昼休みも読書の時間にあてているのである)。


 ふと、例の女性たちのグループのことが気になり、カウンターのほうを見た。なぜなら、彼女たちはあまりにも静かだったからだ。友達を連れてきたにしては、先ほどから何の会話も聞こえてこないのである。

 その女性たちは、みんなそろって音楽に耳を傾けているのだろうか? そうではなかった。彼女たちは、胸の前に差し出した両手をさかんに動かして、実に活発に会話していたのである。いったい何を話し合っているのか、手話を理解できないぼくには知りようがないが、ずいぶん熱の入った話しぶりで、ときどき言葉にならない声がもれたりした。どうやら単なる世間話ではないようだった。ぼくが店を立ち去る時間になっても、彼女たちの論議はつづいていた。

   *

 それにしても、あの女性もきっとクラシックが好きなのにちがいない、というぼくの想像ははずれていたことになる。だとすれば、彼女はなぜあの店に毎日かよっているのだろう? いや、こんな詮索も、またどうでもいいことだ。

 翌日、その女性はまたひとりでカウンターの席に座っていた。まるで、昨日の嵐のような話し合いは何でもなかったといわんばかりだ。彼女はいつものようにおとなしくサンドイッチを食べ終わると、空いた皿をマスターのほうへ黙って差し出した。マスターは、どうもありがとうございます、と声に出して礼をいった。

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2 コメント

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Unknown (遊行七恵)
2006-04-06 22:44:33
こんばんは



一編の上質な短編小説を読んだような心持ちです。

特にラストの一文が全体を締めているなと感じました。



こういう気持ちよさは言葉にしたくない感じですね。

しばらく余韻に浸りたいと思います・・・
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ありがとうございます (テツ)
2006-04-07 20:34:55
書き手の真意を汲んでいただいて、本当に感謝いたします。
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