隊長のブログ

中国上海に2003年12月から2008年1月まで駐在。趣味はヒップホップダンス、ジャズダンス、旅行、映画、スポーツ観戦。

旅行記 第3回 『秋の能登半島一人旅』 (その1)

2013年10月27日 | 旅行記

           =写真をクリック・タップすると拡大画像が表示されます=

 

10月23日(水)~24日(木)の一泊二日で『秋の能登半島一人旅』に行って来ました。

 

 

Kankoumap

 


そもそも能登に行こうと思い立ったのは、ANA(全日空)のマイレージの一部が期限切れになりそうだったからです。

 

溜まっていたマイルは、12,700マイル程で、12,00マイルの無料航空券で羽田から行けるのは、仙台・小松など12空港で、最も遠くて大阪までです。

 

その12空港の中に、能登の名前を見つけた時に、金沢には行っていますが、能登半島には一度も行ったことがなく、さらに「能登空港」に就航しているのは、全日空が1日2往復のみと言うローカル空港に行ってみたくなりました。

 

無料航空券の座席数には限りがあるので、早めに飛行機を予約してから、「能登空港利用促進協議会」から観光パンフレットを送ってもらい、具体的な旅のスケジュールを計画しました。

 

さらには、テレビで放映された『木之元亮の能登半島港町めぐり旅』⇒ http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/d/20130901 や、「旅サラダ」で放送された松本明子の『能登の旅』を観て情報を収集しました。

 

又、『石川さゆりの能登半島』⇒ http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/d/20131022 を聴いて、旅のイメージを膨らませました。

 

出発前には、台風27号の本土接近で、欠航等を心配しましたが、無事に行って来ることが出来ました。

 

【1日目:10月23日(水)】

 

予約したANA747便の出発時刻は午前9:55でしたが、8:20には羽田空港に到着しました。

 

クレジットカードのゴールドカードで無料で利用できる「エアポート・ラウンジ」に着いたのは、8:30です。

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ラウンジには行列が出来ていましたが、10分程待って席に座ることが出来ました。

 

ここで頂いたのは、トマトジュース、コーヒーにベーグルです。


Dsc_0003



出発15分前にゲートに着くと、この日の機種B-737-800への搭乗が開始されたところでした。

 

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ANA747便は、定刻の9:55に出発 しました。

 

747便の機材は、プレミアムクラスがあるので座席数は167ですが、満席でした。

 

台風の影響なのか、上空は厚い雲で覆われて、地上の様子が分かりません。

 

長野県上空あたりで、雲が切れ、北アルプスの山々の頂上附近は、既に紅葉しているのが、ハッキリと見えました。

 

しばらくすると、富山湾の前方に『能登半島』が見えて来ました。これから行こうとしている「禄剛崎(ろっこうさき)」も右端に見えます。

 

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ほぼ定刻通りの9:55に能登空港に到着。

 

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小さな空港で、乗客の荷物が出てくるターンテーブルも1台で、長さも短い!

 

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ターミナルビルを出ると、方面別に「ふるさとタクシー」が何台か並んでいます。

 

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「ふるさとタクシー」は、能登空港利用客の利便性の為に、地元の各タクシー会社が、方面別に運行している予約制の“乗合いタクシー”です。

 

料金は一律で、珠洲(すず)方面は1人1,300円。

 

珠洲方面に運行している「スズ交通」の車に乗り込みましたが、乗客は隊長ともう一人の2名のみでした。

 

車は、11:05には出発 して、珠洲道路を走ります。

 

東京は、今にも雨が降りそうな天気で肌寒かったですが、この日の能登は曇り空で、時々太陽 が顔を出し、気温も21℃でした。

 

車内で、着ていたブルゾンとセーターを脱いでしまい、長袖シャツ1枚でも、汗ばむ位いの気候です。

 

珠洲市の手前で、他の乗客の方は下車され、乗客は隊長のみになってしまいました。

 

目的地の能登半島最先端『禄剛崎(ろっこうさき)灯台』に近い、「道の駅 狼煙(のろし)」に到着したのは12:10。

 

さいはての地 狼煙”と書かれた看板もあります。

 

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ここから、急な坂道を約7~8分登ると、灯台が見えてきました。

 

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禄剛崎灯台』は、明治16年(1833年)にイギリス人技師の設計により建築されました。

 

当時は、灯油で発行されていましたが、昭和15年(1940年)に電化され、その光は海上34kmまで達します。

 

昭和38年(1963年)までは、灯台守(とうだいもり)が常駐していましたが、その後は無人灯台となっています。

 

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高台には、東京まで302km、上海(中国)まで1598km、釜山(韓国)まで783kmと書かれた標識が立っています。

 

目の前に広がる日本海は、この日は波も穏やかで「狼煙漁港」に帰って行く漁船も見えます。

 

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この時の動画は、こちらでご覧いただけます⇒ http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/e99c9fbae3c316ad8d76296cb89c45c6

 

隊長が居た約40分の間、他の観光客は一人も来ませんでした。

 

そこで、日本海に向い、スマホから石川さゆりの『能登半島』の曲を最大音量で流し、持参した歌詞カードを見ながら、大声で歌いました。

 

その後、芝生に寝転び、流れる雲を見ながら、午後のひと時を過ごしました。

 


===続きは『秋の能登半島一人旅』(その2)で===

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