271828の滑り台Log

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頭部障害基準HIC1000って何?(その6)

2008-02-06 06:57:29 | 遊具
頭部耐性曲線(WSTC)を調べていて、名古屋大学の水野幸治さんの「バイオメカニクス概論」という資料に出会いました。そしてこれまで数回に亙ってHIC1000について書いて来たタイトルも今回から「頭部障害基準HIC1000って何?」と改めました。元々HIC(Head Injury Criterion)には「防止」という意味が含まれていないからです。しかし従前のタイトルを変更することはしません。
この資料は口頭発表をするための補助として作られたパワーポイントをPDF化したので、詳しい説明にはなっていませんが、図版が多くて理解が容易です。加速度の合成も私が推測したことが誤っていなかったことが確認できました。
Wayne State 耐性曲線が「頭部に打撃を与えたときの頭蓋骨線状骨折・脳震盪の発生と頭部加速度の関係」ということも分かり(26ページ)、後で述べるSIやHICの定義に現れる2.5乗もここにルーツがあったことが判明しました。

さて、WSTCに続いて提案されたのがSI(Severity Index)で、1966年GM社のC.W.Gaddがこれを発表しました。SIは以下の式で定義され加速度を評価する指標でありGSI(GADD Severity Index)とも呼ばれます。

この関数自体には脳障害を説明する物理的・医学的根拠は無く、計測された加速度の波形がWSTCに当てはまるか否かを評価するだけです。この評価式は1000という区切りの良さ(分かりやすさ)から、アメリカの野球ヘルメットの安全基準として採用されますが、ノイズの影響を受けやすいなどの問題が指摘され、HICが提案されます。

1971年、フォード社のJ.Versaceによって、WSTCには平均加速度を当てはめることが提言され、それに基づきNHSA(National Highway Traffic Safty Addministration)から修正された評価基準です。有名な定義式を以下に示します。

これまで説明してきたように元になっているのはWSTCとSIです。この関数はSIの不都合を修正したものとしてアメリカにおける自動車安全基準として受け入れられてきました。同式は加速度波形の生じている間の「任意の」時間で、どの時間領域においても、HICの値が1000を超えなければその加速度は安全であると評価するのです。
{}の中身は、加速度を時間について積分して速度を計算し、それを経過時間で割っているので、平均加速度を計算しているのです。

長野で作られたHIC1000の測定器が演算に時間がかかる理由はここにあります。xyz方向の加速度データがそれぞれ10000個あるとします。これを合成して10000個にします。任意の時間領域の個数は、1001の時刻から任意に二つを選び出す組み合わせの個数なので、10000x10001/2通りあるのです。これらについて前掲の演算を行い、その最大値を求めているはずです。ソフトウェアを実装するに当たっては演算を合理化する何らかの手法が使われたはずですが、数学的には大変な演算量ですね。
「HIC1000」について日本語のサイトを検索すると、この点の理解が不十分な記事が多く見られます。残念です。

私はHIC1000について色々調べましたが、この基準に諸手をあげて賛成か問われれば、そうでもありません。人が外部の対象を測定して様々な量を獲たとします。これらの諸量から人間にとって有用な、分かりやすい判断基準を求めたくなります。卑近な例で言えば、肥満度を表す指数BMI(ボディマス指数 Body Mass Index)などがこれに当たります。身長をt[m]、体重をw[kg]としたとき、BMIは
BMI=w/t^2
で定義されます。因みに私のBMIは24でやや肥満でしょうか。
しかしBMIの定義式は、例えばニュートンの運動方程式
f=mdv/dt
とは大きく性格を異にしてしています。運動方程式では両辺の次元は揃っていて、この式を変形することによって様々な有用な結果が導き出せます。しかしBMIはそうではありません。いわば"ad hocな式"と言えましょう。HIC1000の定義も同様だと素人考えをしていますが、間違いでしょうか?

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2 コメント

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Unknown (ゆっけ)
2008-02-09 03:31:18
お久しぶりです。

リンク先の試料見てみました。
大学院探しをしているとき、このような研究をしている機械系の研究室をよく見かけました。ヒトをモデルに物理的なことを考えることに結構興味があります。先日、地震が専門の先生が「人間は1Hzぐらいの地震を最も不快に感じます。体内にぶら下がっている内臓の固有振動数が1Hzくらいだからです。」と言ったのを聞いて感動してました。

HIC1000のことはこのページで初めて知りましたが、授業ではよく”評価関数”として似たような手法を習いました。機械設計で表面粗さの評価をするには何種類かの評価関数が使われますが、別に「表面粗さ」と言う次元を持った物理量があるわけではないんですよね。改めて考えさせられました。
返信する
評価関数 (271828)
2008-02-09 18:45:51
ゆっけさん こんばんは

少し前(1/15)に書いた記事でもベアリングの寿命を見積もりました。色んなパラメータを入れると「定格寿命」を返す関数がカタログに書いてあります。これも「寿命」という物理量があるのではなくて、人が便宜的に導入したに過ぎません。
でもこのような指標無しには機械を設計することは出来ないでしょう。これらの評価関数が何故必要になったか、大体当たる条件は何かを知った上で使う、ということでしょう。

一番いけないのは妄信すること、言い換えれば「黄門様の印籠」にしてはいけないのだと思います。
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