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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

テレビ欄は面白い

2010-03-28 16:34:10 | エッセイ
 当時は白黒だったが、物心ついた頃からテレビというものがあったため、見るのが好きである。大学受験の時、見るのを制限していたこともあり、余計そうである。
 最近は面白い番組がなくなったとはよく言われるものの、それでも楽しみに見ているものはある。思考パターンが読まれそうであるが、恥を忍んでよく見る番組を列記しておく。1日平均して1時間くらいは見ていることになる。

  月 TBS「飛び出せ!科学くん」(4月からは土曜の夜7時からだと)
  火 (特になし)
  水 教育「シャキーン・ザ・ナイト」
    総合「SONGS」
  木 教育「知る楽・仕事学」
  金 教育「新・三銃士」
    教育「美の壺」
  土 総合「新日本紀行ふたたび」
    日テレ「世界一受けたい授業」
    TBS「スーパーサッカー」 
  日 フジ「ドラゴンボール改」
    TBS「THE 世界遺産」
    テレ朝「地球物語」
    総合「龍馬伝」

 こうして見ると、NHKがやたらと多い。(年とったせいか)
 ところで、番組見る見ないはともかく、テレビ欄はとても面白い。世間で何が起きているのか、どういうものが流行っているのか、眺めると何となくわかってしまうから。飽きずに眺めていることが、よくある。
 皆さんも経験ないだろうか、大掃除なんかしてて昔の新聞が出てきて懐かしく眺めたこと。そのテレビ欄、たとえば『連想ゲーム』(これもNHK)や『クイズダービー』が載っていたり、プロレスがありプロ野球を最後まで放送していたりと、時代の流れもわかるもの。

 ところで、今はネットで昔見たかったアニメなどが好きに見られる。『ガッチャマン』なんか受験生のとき見たくても見られなかったのだが、最終回はともかく、今見てもそれほどではない。やはり、見たい年頃、見たい時代、というのはやはりあるのだろう。
(おいしい地酒や料理は、その土地でその季節に味わうのが一番ウマいのと同じ)

 話変わるけれど、先日「劇場への招待・ガス人間第1号」というのを見ていたら、三谷昇という年配の俳優さんが出ていた。どこかで聞いたような声だと思ったら、どうも『新三銃士』のボナシューそしてマンステールのようだ。ついでながら、リシュリュー枢機卿は穂積隆信のような気が。(違ってたらご免なさい)

 番組編成替えにより、そのテレビ欄も明日から変わりそう。これまた楽しみ。

〔カミさんと子供が旅行に出掛けているため何やかやと忙しく、更新遅れました〕
 

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〈ドラゴンボール〉人生論

2010-03-21 08:17:19 | こころ
 
 『ドラゴンボール改』のフリーザ編も、いよいよ佳境である。スーパーサイヤ人となった孫悟空の前に、このあと確か自分の放った光輪に切り裂かれ、フリーザは敗れ去っていく。
 今後、セル編やブウ編もあるのかどうかは知らないが、ピッコロを倒して世界一になったと思ったら宇宙からべジータやフリーザがやって来るし、そのフリーザを倒したと思ったら未来から人造人間セル、その次は異界から魔人ブウである。
 異次元まで行き着いたところで、原作の『ドラゴンボール』は終わった。

 人生もこれに似ているように思う。一つの壁を越えたらまた別の壁、と。子供の時は子供なりの、青年になれば青年なりの、そして大人になればそれなりの苦労というものが次々とやって来るものだ。よけて生きるのもいいけれど、越えて行くのがいいのだろうと。そしてそれは、生きている限り続くのかも。
 何の苦労もない人生というのは、おそらくないだろうと思う。幸不幸は平均すれば、皆だいたい同じとのこと。どんなに有名になっても、いくらお金持ちになっても、痛みを感じる心というのはなくならないものだ。
 いや、有名になればなるほど、偉くなればなるほど、大変になるのだろうと思う(大きな収入は、その〈ご苦労さん代〉なのかもしれない)。悟空だって、あんなに強くならなければ、フリーザと闘わずに済んだはずだ。もの凄い強敵に当たるのは、自分が力を付けたからだと言える。さらには、大変な困難にぶつかるのも修行が進んだから、と言う人さえいる。
 苦難を乗り越えて逞しくなっていくというのは、何も『ドラゴンボール』に限ったことではなく、『巨人の星』でも『リングにかけろ』でも同じこと。アニメだからしゃちほこ張らないけれども、おそらくそういうことを言いたいのだろうと思う。(昔はこんなこと考えもしなかったが、年とると見方も変わるもんだ。同じ本でも、時間空けて読むと全然違った感じを受けるのと同じ)

 ところで、『ドラゴンボールZ』では1話中の絵のタッチは同じだったのだが、編集しなおした『改』は、1話の中でもそれが混在していることがある。それはそれで楽しんではいるが。あと、「レッテッテー」という効果音がなくなっているのは少々物足りないところ。
 余談ながら、サイヤ人てのは「野菜」を逆に読んだものだし、べジータは「ベジタブル」から来ているそうだ。(知ってる人は知ってる)

 そうそう、牛魔王や閻魔大王、そしてミスター・サタン役の声優・郷里大輔さんがこの1月に亡くなられた。「あわわわわ、トッ、トリックだ!」と僕らを楽しませてくれた。ご冥福を祈ります。
 

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似てるこの2人(第4弾)

2010-03-14 08:47:06 | 言葉/ナンセンス
 
 ここんとこまた小難しい話が続いたんで、息抜きをば。

・設楽統(バナナマンのボケ役)と
  ブレンダン・フレイザー(映画『ハムナプトラ』の主人公役)
・松嶋尚美(オセロの小さい方)と
  今いくよ(今いくよ・くるよ の細い方)
・鈴々舎馬風(落語家)と
  西川のりお(タレント)
・クリス松村(振付師)と
  宮本亜門(演出家)
・反町隆史(俳優)と
  岩城滉一(俳優)
・前田健(タレント)と
  比嘉栄昇(BEGINのボーカル)
・比嘉愛未(女優)と
  昔の石野真子(歌手)
・赤西仁(KAT-TUNのメンバー)と
  ともさかりえ(女優)
・本村健太郎(弁護士)と
  仲本工事(元ドリフターズのメンバー)
・三崎亜記(作家)と
  藤原竜也(俳優)
・廣川三憲(へーベルハウスのCM「担当の馬場」役)と
  原口一博(総務大臣)

 どうでしょう。

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お金にまつわるエトセトラ

2010-03-07 09:33:40 | エッセイ
 
 断わっておきますが、こうすれば儲かるとか、こうしたら儲かったとかいう類の話ではありませんので。

 民主党・小沢幹事長の献金疑惑も、だいぶ下火になったようだ。
 4億円はどっから来たかと検察も調査し、国会でも問題にされているけれど、そんなのどうでもいいと思っている。不正な金なのかもしれないが、それが解決したところで、現在最大の懸念である景気は良くなるのか? 年金は大丈夫なのか? 地球温暖化は食い止められるのか?
 ハイチやチリで起きたような大地震でもあれば、あるいは強力な新型インフルエンザが発生すれば、多くの人名含め、何百億いやそれ以上の損失が出るわけだから、それらの対策に力を注ぐべきだと思うんだけどね。「政治とおカネ」なんて、小せえ小せえ。
 田中角栄氏、金丸信氏からつらなる別の意味での〈金脈〉は、おそらくなくなることはないだろうし、必要悪だろうとも思う。まあ検察も、市民団体からの告発を受けて動いたのだろうが、2回も事情聴取やったからいいでしょ、なんてところあるのかも。
 政治家とお金の関係と言うより、これは人間の性(サガ)みたいなもんだから、触れない方がいいような気もする。

 税金も使われているんだ、けしからん、という言い方もあるけれど、10億でも国民1人当たり10円ぽっち。それくらい、よきに計らえって感じ。
 でもそうすると、国民みんなから数円ずつでも集めれば、数億円になるってこと。(実際は、それを集めるための手間の方がはるかに掛かってしまうのだが)
 宝くじやtotoで2億とか6億とか言うけれど、当たったら当たったで、寄付やら配分やらヤッカミやらで、大変であるに違いない。何より心の平安が乱されるのなら、大金なんか、ない方がいい。

 話変わって。
 「無駄使いした」とか「ボラれた」という思いは誰しもしたことがあると思う。でも商品なりサービスは提供されたわけだから、それはそれでとりあえずは満足しないと。
 さらにはこういう考え方もある。お金は、支払った分の何万倍にもなって戻ってくるものだ、という。「僕のとこ来てくれてありがとね。行く先々でも、みんなを幸せにしてあげてね」と、そういう気持ちで“送り出して”あげれば、お金もそれに応えてくれるような気もする。少なくとも、精神衛生上はいいに違いない。

 五木寛之さんの『生きるヒント』という本には、こんな話が紹介されている。
 インドの物乞いにお金を恵んでも、お礼も言わずにプイッと立ち去るのだという。あれだけ「お恵みを」という態度をとっておきながら、それは呆気ないほどだという。でもそれは彼らにとっては当然のようで、「お金を恵んだことで陰徳を積んだはずだから、お礼まで受け取らなくていいはずだ」ということらしい。なるほどねえ。
 なお、ここでも「損した」と思うのではなく、「何万倍にもなって戻って来るんだ」と考えればいいのだろう、と。

 〔写真は「開運通販の福福」より勝手ながら拝借〕

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