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エッセイとショートショートと―あちこち話が飛びますが

里中李生氏のこと

2005-06-26 08:43:40 | エッセイ
 40過ぎてモテるもモテないもないとは思ったが、面白そうだったので、『ちょっと硬派な もてる男もてない男』(王様文庫)という本を買って読んだ。
 里中李生。知る人ぞ知る、競馬ジャーナリストであり写真家でもあり、本も出している作家だ。まだ若いのに、なかなかしっかりした考えを持っている。
 本の内容を詳しく紹介するのはやめておくが、人生論としても非常にいい。特にパソコンやアニメに齧り付いている若者たちには、いい教科書になるだろう。要は、頭と体と鍛えて、いい女が振り向くような男になろうぜ、というもの。モテたい青年のために書かれたものだが、もう若くない男性や、あるいは女の子が読んでも、面白いかもしれない。
 公式のウェブサイトもあるから覗いてみるといい。このgooでも何でもいいから「里中李生」で検索すればすぐに出てくる。エッセイ、そして写真もたくさん載っている。きれいな女の子たちを、いやらしくない程度に魅力的に撮っており、氏が女性を大事に扱っていることが窺える。こういう男の言うことだったら、信用してもいいと思う。
 本やサイトの感想などを送ると、丁寧な返事が来るはずだから、気に入った人は是非。

(PS.尾崎豊に関するエッセイがトラックバックされたようだ。トラックバックの意味がイマイチよく分かっていないので、ちょっとドギマギしている。何かしないといけないのだろうか。現在勉強中。)
コメント (3)
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ボン・キュッ・ボンッ!

2005-06-19 15:10:43 | 女の子
 もうひと昔前になろうか、梅宮アンナが何かのCMで「ボン・キュッ・ボンッ」というのをやっていた。女性の魅力的な体型のことを言っているのだが、これはこれで、生物として生き残るために必要な戦略なんだそうだ。
 もちろん、これは一般的な話であり、個人差等によりそうでない場合もあることは重々承知している。

 キュッ。おなかのくびれは、見る男性に対し、「あなたの子供を孕む余裕が充分あります」ということを示している。
 ボンッ。腰まわりのふくらみは、「あなたの子供を育てて産める充分な骨盤を持っています」ということを示している。
 そしてボン。胸のふくらみは、「あなたの子供を育てるのに充分な母乳を供給できます」ということを示している。

 男は意識するしないに関わらず、凹凸のはっきりした女性に惹かれやすい。これは、オスとしての本能とでもいったもの。自分の、ひいては人類の子孫を残しやすくするためである。
 しかし「考える」人間であるから、それ以外の、たとえば女性の人柄や性格の方を重視するのも当然である。僕もどちらかと言えば、中身の方を大事にしたい。体ばっかり見事でもねえ。
 ただ、気持ちの緩みが体の緩みになっているような人も、男女関係なくどうかと思う。

 それから、子供を産んでいくと体型が崩れるそうだが、それはもう、男性にアピールする必要性がなくなってくるからで、当たり前といえば当たり前の話である。
 ついでに言うと、男性に比べ骨盤が横に広いため、女性は内股になりやすく、また歩くとおしりがプリプリと振られることになる。それがまた、セックスアピールになるのだが。
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「すり抜ける男」

2005-06-12 08:38:08 | ショートショート
「お帰りなさい。ご飯にする? お風呂にする?」
 疲れて帰ってきた俺に、家内が声をかける。緊張をほぐしたくて、まずは風呂に入る。
 あーあ、しかし何でこんなに毎日毎日忙しいんだろう。机の上は書類の山、それをこなしている内にまた新たな仕事が持ち込まれ、山が小さくなることはない。その上、どうでもいいようなことで会議だ打ち合わせだと呼び出され、落ち着いて取り組むことさえできない。いっそのこと雲隠れでもしたいくらいだ。
 そういえば、小さい頃、俺には特殊な才能があったらしい。いつの間にか姿が消えてしまう、といったような。かくれんぼをしている時、裏山の向こうにまで行ってしまっていた、というのを聞いたことがある。越えるのに、子供の足ではかなりの時間を要する山だ。それがほんの短い間に、向こう側に“すり抜けて”いた…。俺自身はよく覚えていないのだが、暗い所をさまよっている夢を、何度か見たような記憶がかすかにある。
 たとえばこの風呂場から消えるとすれば、壁をすり抜けるしかない。俺は湯船の水―というかお湯だが―に両手をつけ、その表面張力を感じながら、少し押してみた。当たり前だが、両の手はお湯の中に沈んでいく。
 そんなことを何回か繰り返すうち、体が、水っぽくなるというのか、少しずつうすくなっていくような気がしてきた。よしよし、ひょっとしたらうまく壁抜けができそうだぞ。
 と、思った瞬間、俺の身体はお湯の中、どころか湯船さえもすり抜けて下の方へ下の方へ…。
「あなたー、そろそろ出ないとご飯冷めちゃうわよ」

 Copyright(c) shinob_2005
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技術の進歩

2005-06-05 09:16:03 | 科学/考察
 去年の紅白で、紅組のイ・ジョンヒョンが小指に小さなマイクを付けて歌っていた。感心して見ていたが、あれだけマイクが小さくなったのなら、ヘアサポートのCMで辺見えみりがやっていたような「デンワしてね」の手の形で使えるケータイも、そのうちできるのではないかと思った。
 つまり、手のひらに貼り付けた本体から、小指に小さなマイクロフォンが、親指には小さなスピーカーが伸び、例のポーズで電話できるという…。シート状のディスプレイも開発されているというし、ケータイの小型化が進めば可能であろう。あるいは、もうすでにどこかで開発中なのかもしれない。

 中学の頃、田んぼが立体的になれば場所取らなくていいだろうな、と考えたことがある。もちろんその建物は防水でないといけないが、何より、光をどうするかで悩んだものだ。壁をすべて透明にしても、太陽が当たる部分というのは限られているし、照明代はかかるだろう。
 今は光ファイバーというものが出来ているので、それを屋根から各階に引っぱれば解決しそうだ(光ファイバーとは、中学の頃は考えもつかなかった)。コスト高になるため光ファイバーはまだ使われていないようだが、建物の中で、土を用いず、野菜を栄養液だけで育てる技術というのは、すでにあるらしい。
 とはいっても、この時期、水をたたえた田んぼがなくなってしまうとなると、気候に何らかの変動をもたらしそうなのだが。

 ところで、ケータイの着メロというのは、どんなにいい曲であってもどうも耳障りである。スピーカーが小さいせいもあろうが、聞きほれるようであったら、本来の「電話に出てもらう」という目的が果たせなくなってしまうため、わざと耳障りにしているのではなかろうか。技術はあるんだけれどあえて使わない、というか。
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