『ブルックリンの部屋』
フォーカスは人物の描かれた絵であればそこにあるのが普通であるが、この絵の場合、人物は画面の左下に、しかも後ろ向きである。タイトルが「部屋」であれば肯けるところであるが、部屋と言ってもほんの一角にすぎない。
まず目に入るのは濃い茶色の柱二本(三本)と窓枠の横木の線である。そして左右両端の薄いブルーの壁、下部の矩形…窓外のビルの屋上。
線で構成されていると言っても過言でないほどである。ディテールの省略は、外の空気を鮮明に見せており、室内と窓外の空気は一体化しているような錯覚を抱く。
強い線描の構成ながら《開放》されている。にもかかわらず、ここは地上遥かに高いビルの一室であり、容易には外へ出られない《閉塞》がある。
画面中央を少し外した位置に花を生けた花瓶がある。華やかさを添えるが、少しの揺れでバランスを崩す恐れが無いではない。つまり《不安》が潜んでいる。
左下の彼女の背後には布に被われた不審物が置かれている。精神的な力関係で言えば、この重さが椅子に腰かけた女の後ろ姿と共に、凛と立つかに見える花瓶に揺らぎを与えている。
物質量ではなく精神の比重がこの絵のバランスを危うくし、動じない静かな景色に妖しい影を漂わせている。
見えることで、見えない空気を醸し出しているのである。
写真は、岩波 世界の巨匠『HOPPER』より
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