続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『セロ弾きのゴーシュ』13。

2013-02-28 06:36:13 | 宮沢賢治
 みんなはおじぎをして、それからたばこをくわえてマッチをすったりどこかへ出て行ったりしました。
 ゴーシュはそのそまつな箱みたいなセロをかかえて壁の方へ向いて口をまげてぼろぼろ泪をこぼしましたが、気をとり直して自分だけたったひとり、いまやったところをはじめからしずかに、もいちど弾きはじめました。

☆推しはかる講(はなし)は双(ふたつ)に闢(ひらくこと)を、包んだ考えの講(はなし)である。
 縷(細く連なる)奇(風変わり)な談(はなし)である。
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『城』1198。

2013-02-28 06:04:43 | カフカ覚書
だが、それだけでなく、あなたをクラムのもとにみちびいた幸運の星ーむろん、それが幸運の星だったとしての話ですが、あなたのお説によると、幸運の星だったということになります。とにかく、この幸運の星はあなたのものであり、したがって、何時までもあなたについてまわるにちがいない、そして、クラムがあなたを棄てたようにすばやく、しかも突然にあなたを見すてるようなことはあるまい・・・ハンスの一族はこう期待したのだろうとおもいます」

 幸運/gute→Getto/ゲットー。
 すばやく/Schnell→Schnurre/馬鹿話。
 突然/plotzlich→Plot/筋書き。
 星/stern→sterben/死ぬこと。

☆それだけでなく、あなたをクラム(氏族)のもとにみちびいたゲットーでの死、むろんそれがゲットーでの死だったとしての話ですが、あなたの説によるとゲットーでの死ということになります。とにかくこの死はあなたのものであり、従っていつまでもあなたについてまわるにちがいない。そしてクラム(氏族)があなたを人の住まない(荒地)へという馬鹿話を、しかし筋書きであるこの死があなたをそのままにすることはあるまいと、ハンス(一族)はこう希望し、信じたのです。
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秘密の楽しみ。

2013-02-27 06:59:36 | 日常
 歌う自由、夢想し、酔い心地になる自由・・・カラオケ熱は静かにも熱い。
 近所でも誘い合わせて行く様子に「どちらへ」と声を掛けると「カラオケ」という返事が返ってくることもしばしば。
「あなたもどう?」
「いえ、いえわたしは・・・超音痴で」と逃げ腰。(まったくの音痴で大笑いの態)

 それにしてもOさん、衣笠・中央あたりのカラオケ店は総て網羅した様子で「あそこがお得で感じがいい」とかいう情報をもらした。
「誰の歌を歌うの?」
「○○△△さんの□□」
「???」聞いているメンバーは誰も知らない歌手の聴いたことのない歌。

「どこで聞くの、TVではやらないわね。」
「ラジオよ。チャンネル回すのが面倒だからラジカセを三つ並べて、朝から・・・カセットはもう五百本もあるかしら」
「・・・」

「で、お店では何曲くらい歌うの?」
「そうね、一時間半で18曲くらい。一人で行って誰とも話さないからね」
「・・・」

「すごいわ!」とわたし。
「そうでもないわよ、一週間に二度くらいしかお店には行かないもの。旦那には内緒だからカセットも隠してあるの」

「・・・」
 誰にも秘密はある!!
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『セロ弾きのゴーシュ』12。

2013-02-27 06:27:47 | 宮沢賢治
困るよ、しっかりしてくれないとねえ。光輝あるわが金星音楽団がきみ一人のために悪評をとるようなことでは、みんなへもまったくきのどくだからな。では今日は練習はここまで、休んで六時にはかっきりボックスへはいってくれたまへ」

☆魂の講(はなし)を記している。
 魂の招く因に愕くような談(はなし)があるけれど、逸(かくれている)神は和(争いを収める)。
 平(平等)は、経/常に変わらない。
 連(つらなる)衆(人々)を救う夢(実在しないもの)の慈(いつくしみ)である。

*第六交響楽、六時・・・無、無(夢)の話である。
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『城』1197。

2013-02-27 06:11:17 | カフカ覚書
さて、あとにのこる唯一の問題は、どうしてハンスの一族がこの問題にこれほど執着したのかということだけです。さきほどあなたは、クラムの愛人になるということは無上の出世であるという意味のことをおっしゃいましたね。だとすると、このことがハンスの一族の人たちの気持ちを惹きつけたのかもしれませんね。

 愛人/Geliebte→Gerieben/ずるい。
 出世/Rangerhohung→Langhohlung/空洞。
 かもしれない/mag→Macht/権力。

☆戦死の問題は、ハンス(一族)の血縁が救世主に巻き込まれた先祖の痕(傷痕)は、妄想であるとおっしゃいました。クラム(氏族)のずるさは先祖の失われることのない空洞(欠落)であるとおっしゃいましたね。権力に巻き込まれたのです。
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桜木町駅周辺の変貌。

2013-02-26 06:52:45 | 日常
 もうとっくに変貌を遂げていたと思われる桜木町駅周辺に今さら驚くのも間が抜けているけれど、川はどこ?ぽんぽん船は?駅に隣接していた日通の景色は?
 十年一昔というけれど、五十年近く前の景色が今在ろうはずがない。

 まったくどこがどこだかさっぱりわからない。

 駅の向こうにあんな高いビル(マリンタワー)があるなんて、だって向こうは・・・。
 電車の窓から見て、とっくに知っている街の変貌。

 あの観覧車だって、子供たちと乗ったのに・・・すっかり忘れている。


 99才で亡くなった叔母は自慢の息子の名前を忘れても、とっくの昔に他界した両親の名前だけは覚えていたらしい。わたしも中間の記憶が抜け落ちて、若かった頃の足繁く通った桜木町の印象だけが脳裏に焼き付いているのかもしれない。
 いつまでも昔の記憶にしがみついているから「年寄りは昔のことばかり言う」と叱られる。(そう、忘れよう!さよなら初恋。。)
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『セロ弾きのゴーシュ』11。

2013-02-26 06:37:43 | 宮沢賢治
おいゴーシュ君。君には困るんだがなあ。表情ということがまるでできてない。怒るも喜ぶも感情というものがさっぱり出ないんだ。それにどうしてもぴたっとほかの楽器と合わないもなあ。いつでもきみだけとけた靴のひもを引きずってみんなのあとをついてあるくようなんだ。

☆薫(自然に感化を与える)訓(字句の解釈)。
 魂の平(平等)は常(いつまでも変わらない)度(きまり)である。
 記/書き留めることで、換(入れ替わる)状(ありさま)を推しはかる。
 学ぶ基(根本)は業(身、口、意による善悪すべての行為。またそれが将来に及ぼす影響)であり、果(原因があって生じるもの)が隠れている。

*いつでもとけた靴のひもを引きずって・・・天空の音楽界は光の饗宴である、ゴーシュ(地球)は雷によって光を出すけれど、いつでもとけた靴のひもを引きずったような光の線を残す。
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『城』1196。

2013-02-26 06:24:34 | カフカ覚書
してみると、この点でも、クラムとのことが尾を引いているわけです。しかし、その点は度外視しても、クラムは、さらにあなたのご病気の原因でもあるのです。と言いますのは、あなたの心臓は、結婚なさるまえからすでに不幸な情熱のために疲れはてていたのですから。

 病気/Krankheit・・・不快。
 結婚/Heirat→Heiland/救世主。

☆してみると、この点でもクラム(氏族)のことです。しかし、クラム(氏族)は別としても、クラム(氏族)は、あなたの不快の原因でもあります。あなたの心は救世主が現れる前から不運な苦悩のために疲労困憊していたのです。
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『ロバート・キャパ/ゲルダ・タロー二人の写真家』展。

2013-02-25 07:11:53 | 美術ノート
 横浜美術館で開催されている写真展。
 
 戦場カメラマンの仕事・・・ニュースになりうる写真の始まりは、人々を驚愕させたに違いない。撃たれて倒れこむ現場などに遭遇することは先ずあり得ない。そういう実写を目の当たりにする驚異。その必然を身体を張って戦場に赴きその一枚を撮ってくる勇気は震えるような感動を読者に与えたことは想像に難くない。(ちなみに撃たれて倒れこむ兵士の写真は、その後、足を滑らせただけに過ぎないらしいことが発覚している)

 それにしても死んだ兵士を激写するなんてことは普通では出来ないけれど、《これこそが戦争の動かぬ真実である》という証拠写真でもある。(ただ、写真はものを言わない。「死」というコメントがない限り、眠っているのか気絶しているのかの判定は難しい。夜の戦火が花火と映ることもありうる)報道写真は、解説と一体であれば、十万の死者を五十万の死者という誤報になり、写真の内実を膨らませる結果を作るという二重の虚偽を生じさせることもママあるかもしれない。虚偽は精神に火をつけ煽り立てる作用を有している)

 しかし、戦争の最中でも、滑稽(ユーモア)もあるし、談笑シーンの穏やかさもある。
 一つ間違えれば、自身の命も危ない危機的状況(現にタロー女史は亡くなっている)に身を晒しての仕事である。平和になれば失業するけれどむしろその日を夢想して、今ある現実に責務と糧を得る手段として立ち向かった二人。

 
「アナログの写真には目的の対象ばかりか思いがけない(意に反した)映り込みがある」そして「後世、作り上げられる(捏造)伝説もまた可能である」とは天野学芸員の話。

 確かに、写真(動かぬ現場の証拠)には意図しない偶然が潜んでいる。むしろそのことの方がトピックスになる得る場合もあるかもしれない。写真の寓意性の確率は少ないが、求められるものでもある。

「写真にはジャンルがあるばかりである」と聞いたけれど、必ずしもそうとばかりは言えない。見ることと見られることと、見ていることの観念的な眼差しとの差異と・・・。伝達の手段は奥が深く「この一枚」への期待は永遠かもしれない。

 非現実のような現実である戦場に、自らの眼差しをもって挑んだ二人の功績は歴史の動かぬ証言と化して、その写真群にある。
(ちなみに、以上は「アートテラーさんのイベント」に参加しての感想です)
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『セロ弾きのゴーシュ』10。

2013-02-25 06:51:37 | 宮沢賢治
「だめだ。まるでなってゐない。このへんは曲の心臓なんだ。それがこんながさがさしたことで。諸君。演奏までもうあと十日しかないんだよ。音楽を専門にやってゐるぼくらがあの金沓鍛冶だの砂糖屋の丁稚なんかの寄り集まりに負けてしまったらいったいわれわれの面目はどうなるんだ。

☆極まる真(真実)に造(ゆきつく)。
 庶(もろもろ)の訓(教え導くこと)を掩(かくしている)。
 総て等(平等)である。
 化(形、性質を変えて別のものになる)が隠れている。
 絡みつく千(たくさん)の悶(思い悩み)も、均(ひとしく)等(平等)にする譚(はなし)である。
 千(たくさん)の赦(罪や過ちをゆるす)も等(平等)也。
 死んだ千(たくさん)の鬼(死者の魂)の衆(人々)を普く免(許し)、睦(仲良くする)。

*金沓鍛冶は、Shoe man(shoemaker)→シューマンの暗示。
 砂糖屋の丁稚は、Beet vender/ベートーベンの暗示。
 つまり、「音楽を専門にやっているぼくらがあのシューマンやベートーベンに負けてどうするんだ」というジョーク。」
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