続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

95歳おめでとう!

2014-09-30 06:29:16 | 日常
 朝顔の蔓を片付けていると、Kさんが通りかかった。
「どこへ行くの?」と聞くと、
「うん、肉屋へ。それからビニールテープがなくなりそうだからセブンにも寄るわ」という。
(そうだ、今日は肉屋の特売日)と、思い出したので「わたしも一緒に行くわ」と同行。

 何年か前、信号が青から赤に変りそうなのを見て、(まさか)と思う間もなく駆け出したKさん、齢90・・・呆然と見送ったのを覚えている。
 ところが昨日はゆっくりしゃべりながら歩き、信号には無頓着。(もう、ああいう危ない渡り方はしないのね)と思ったら、信号が赤に変るのを見て、とっさに駆け足モード。(ヤ、止めて!)わたしはKさんを抑えた。
「危ないよ、脅かさないで。わたしだって渡らないよ。信号は赤だよ!」と、しどろもどろ。
「だって車は止まっている」とKさん。(そういえば同時には変らない、一呼吸おいて赤から青になるけど、だからって!!)

「そうだねぇ、危ないよ、気をつけなくちゃ」と、Kさんは笑った。
 な、なのに・・・信号と信号の間隔わずか200メートル未満の間を車の隙間から渡ろうとしたのには驚愕。
「やめてよ、危ないじゃない」
「大丈夫だよ、いつもそうしているから」
「・・・」

 のろのろ歩くわたしと闊歩するKさん、(本当に爪の垢でも煎じて呑みたいところ)
「息子がさ、宅配のお弁当をとってくれているけど、自分が食べたいものを食べたいよ」という。
(そりゃあそうだよ)と思って何を買うのか見ていたら、鶏肉、アイス2種、お菓子、サツマイモ、バナナ・・・。
 荷物は重いから、わたしが持とうと言うと「なに、これくらい、ハッハッハッ」と、笑われてしまった。

 そうしてわたしの家の前まで来ると、今買ってきたアイスとバナナを取り出した。くれるというのを固く断ったのに、無理やり置いて、「一緒に行ってくれてありがとう」とまで言われ、胸がジーンとしてしまった。

 聞けば、9月4日が95歳のお誕生日だったという。
「おめでとう!」
 お元気な95歳、わたしもあやかりたいです!
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『ポラーノの広場』464。

2014-09-30 06:21:37 | 宮沢賢治
「誰か来てゐるな。」ファゼーロが叫びました。その大きな黒い建物の窓にちらちらあかりが射してゐるのです。

 誰かはスイと読んで、推。
 叫びましたはキョウと読んで、教。
 大きなはダイと読んで、題。
 黒いはコクと読んで、告。
 建物はケン・ブツと読んで、賢、仏。
 窓はソウと読んで、想。
 射してはシャと読んで、写。


☆推しはかる雷(神なり)の教(神仏のおしえ)が題(テーマ)であると告げる。
 賢(智恵や徳が優れている)仏の想(思い)を写している。
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『城』1752。

2014-09-30 06:07:18 | カフカ覚書
「あなたは、あの一家の人たちのところから逃げだしたの?ほんとう?大好きな人!」と、フリーダは、元気づいて話の腰を折ったが、Kがためらいながら「うん」と答えるのを聞くと、またもとのようにしょんぼりと沈むこんでしまった。


☆「あなたは彼らから非難したの?ほんとう?(敬愛にあたいする)最高だわ!」と、フリーダ(平和)は活発に話の間に入ったが、Kがためらいながら「うん」といい、再び疲れたようなのを見て、先祖の小舟は沈んだと叫んだ。
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小網代の森。

2014-09-29 06:56:55 | 三浦半島
 「YRPの水辺の会」のメンバーの誘われて、久しぶりに小網代の森を散策。

 「えっ?」「あっと、驚く!!遊歩道~」
 小網代の森へ行くときは、(長靴を用意して汚れてもいい服装、そして前の人を見失わないように列を組んで行きましょう)という約束のはずだった。なのに、(お気軽に森の景色を愉しみながらどうぞ)という一本道の散策路が造られていたからである。

(う~ん、いま一つ情緒がねぇ)(でも、危険はないわね、確かに)

 ボランティアの方々の熱意により舗道の至近は草が刈られてスッキリ。

 アカテガニ広場は立ち入り禁止、カニのいる干潟も満潮だったので、えのきテラスで休憩。ボランティアの女の人が訪れる人たちにいろいろ説明したり誘導していたので、近づいて話を聞いて見ると、ここで訪問者のカウントをしていると言う。
「わたしたちは岸先生の指導の下こうした活動をしており、先生は慶応大学の教授を退職なさったのですが、ここの保全に力を入れています。今日も間もなく見える予定です」「ああ、向こうから来たあの方が先生です」
 見ると細身ながら精悍な顔立ちの男の人が十数人を先導して近づいてきた。

 岸先生は東京ガスの有志の方々(ご家族/in子供・A班/B班/C班と約五十名ほど)の前で、
「小網代の森を元の姿に還す運動をしています。かつては五メートルもある笹などで覆われていたのですが、乾燥に強い植物なので除去いたしました。他にも、たとえばセイタカアワダチソウなどは、日本に自生していない外来種であり、他の植物を弱らせる有毒な植物なので、今日はみなさんに抜いてもらおうと思います。やり方はこのように根本に足を乗せ、下のほうから両手で掴むと簡単に引き抜けます。二十分ほどの時間を予定していますからお願いします。」と説明。

「そういえば三角の露草・・・トキワツユクサは見当たりませんね」というと、ボランティアの方は
「みんなで、目を皿のようにして抜き取ったんです」と言ったので、びっくり。

 岸先生は「水流を基の形態に戻し、数年の内に湿地帯を取り戻したい」という風なことを説明していた。以前来たとき、博物館の先生は「昔はこんなでなかったのに、年々乾いてきています」と失望なさっていたけれど、まさかこんな尽力が為されていたことなど、それこそ露しらずのわたし。

 岸先生やボランティアの方々の熱意と協力には、胸キュン。
 トキメキの出会いは不意に訪れるものらしい・・・ありがとうございました。
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『ポラーノの広場』463。

2014-09-29 06:24:15 | 宮沢賢治
「もうぢきだよ。」ファゼーロが一番前で高く叫びました。
 みちの両側はいつかすっかり林になってゐたのです。そして三十分ばかりだまって歩くとなにかぷうんと木屑のやうなものの匂がしてすぐ眼の前に灰いろの細長い屋根が見えました。


☆逸(隠れている)ものの判(区別をする)。
 全ての考えは教(神仏のおしえ)を慮(あれこれ思いめぐらす)則(きまり)である。
 和(争いを収める)太陽の自由は、文の部(区分け)によることが目(めあて)である。
 説(ものがたり)の仁王(仏法の守護神/一対の金剛力士像)が現れる。
 然るに(そのとおり)、悔(過ちに気づいて残念がる)を済(救う)懲(過ちを繰り返さないようにこらしめる)也。
 恨(残念に思う)件(ことがら)である。
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『城』1751。

2014-09-29 06:13:57 | カフカ覚書
たとえだれかのところで憩いの場所を見つけることができたとしても、それは、こちらからまた逃げださざるをえないような人たちだった。たとえば、バルナバスの一家がそうだがー」


☆だれかのところで静けさ(平和)を見いだすことができたとしても、それはまた、こちらから逃げださざるをえない社会だった。それは小熊座の中心(北極星=死の入口))の社会がそうだけれど・・・」
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目の奥がしんしんと・・・。

2014-09-28 06:56:42 | 日常
 目の奥がしんしんと痛む、というか重い。目を開けているのが少々負担に感じる。単なる眼精疲労だろうか。
 今夏、目の充血で眼科にお世話になったけれど、そのときに分かったことは、緑内障でも白内障でもないということだった。だから・・・やっぱり疲れなのだ。つい先日も目が充血したのだけれど、眼科にかかった時の目薬を差したらすぐに治った経由もある。

 眼圧が高いのだろうか・・・。不明ではあるけれど、目を休ませなくてはいけない。読書家とは程遠い生活、TVを見続けることが日常化していることに因があるのかもしれない。

 目・肩・腰・・・加えて膝、どこもかしこも不調である。

 今日はこれから小網代の森へ行くけれど、たくさんの緑に触れて、目を休めるにはいいかもしれない。
 家の中に閉じこもってばかりいてはいけない。《さあ、出かけよう!》自分に発破を掛ける、気合いこそが、唯一無二の薬。

 さあ、さあ、さあ・・・明日があると思うな、今日の自分を生きなくては!
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『ポラーノの広場』462。

2014-09-28 06:48:02 | 宮沢賢治
 のはらはだんだん草があらくなってあちこちには黒い藪も風に鳴りたびたび柏の木とか樺の木がまっ黒にそらに立ってざわざわざわざわゆれてゐるのでした。そしていつか私どもは細いみちを一列にならんであるいてゐたのです。


☆双(ふたつ)を告げる。
 相(二つの物が互いに同じ関係にある)に付(任せる)命(めぐりあわせ)を吐く(言う)。
 目(ねらい)は、化(形、性質を変えて別のものになる)で黙って告げている。
 律(きまり)は詞(ことば)を砕き、逸(かくれているもの)を裂(ばらばらに離す)。
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『城』1750。

2014-09-28 06:38:18 | カフカ覚書
それにくらべて、きむは、ぼくのためにどれほど尽くしてくれたことだろう!きみを知るまでは、ぼくは、この村でまったく途方にくれていたのだからね。だれひとりとして、ぼくを迎え入れてくれないし、こちらから無理に押しかけていっても、そそくさと追いだされる始末だった。


☆すべてにおいて、わたしのために尽くしてくれた。わたしはあなたを知るまでは、ここでは完全に彷徨していたのだから。だれひとりとして受け入れてくれず、強引にいっても、滑稽な話で、追いだされる始末だった。
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風邪のため欠席。

2014-09-27 06:46:30 | 日常
 昨日の四人会、風邪のため一人欠席。わたしも咽喉の不調があったのでよほど断りの電話をしようと思ったけれど、苦手な電話をするくらいならと、出かけてしまった。喋り過ぎたせいか今朝は少し咳き込み、のどの調子がいまいち。

 明日は小網代の森へ散策に出かける。《風邪のため欠席》という言葉が頭の中を右往左往する。(どうしよう)
 水曜日には「歩こう会」で、横須賀駅から観音崎までを歩く予定。(大丈夫かな)

 頑張って予定をこなしている内に不調は快調に変化、通常通りの体調に戻っていればいいのだけれど・・・。
 病は気から・・・弱気になってはいけない。何てことはない!と強く念じることで、病魔は吹き飛んでいくのだ。(そう思いたい)

 小学生の頃はよく休んだ。(風邪のため欠席)という文字が浮かぶ。心地よく甘い薬のような気がした。(ああ、今日一日は自由なのね)それだけで嬉しくって、もう大人になるまで仮病を使っていたいくらいだった。
 ところが某日(仮病ということを忘れ)外で遊んでいたら「こいつ、ずる休みだぜ」と同級生の男子に指差されてしまった。
(ああ、そうだった。わたしは学校をお休みしたんだ)と、浮かれ気分も消沈したのを覚えている。


 でも大人になり、風邪を引いても何が何でも仕上げなくてはならない仕事のため、夜を徹したこともしばしば。そのため(長くは生きられないな)と予感していたけど、この年までさしたる病気はないものの、気力に欠け、(この風邪は死に直結しているんじゃないか)などと暗い妄想に明け暮れている。(でも、死ぬのもなかなか難しいかもしれない。困っちゃうナ)
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