プロ野球 OB投手資料ブログ

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戸口天従

2017-05-14 10:34:14 | 日記
1966年

若手重点主義の前に、ベテランの大半が、ユニホームを脱いだ。厳しい師走の嵐、河野、衆樹、戸口、柿本、昨年までチームの主力だったこれらのベテランも、時の流れ、若さの前には無上の姿をさらけ出した。西本監督がブレーブスの監督になって今年で4年目。その間、年、一年と選手に対する厳しさは深まっていった。監督二年目でチームを二位に引き揚げた実績が、一層監督の自信に拍車をかけたのだろう。ところが、昨年四位。今シーズンは五位に終わった。監督のチームに対する考え方が大きく変化したのは、今年の春先から。昨年の四位で改めてチームの方向をはっきりと打ち出したのだ。今シーズンはじめ、監督は若手重点主義をほのめかし、将来チームの行くべき方向をはっきりとさせた。「ベテランにはベテランとしてのよさもあるが、その力を借りるより、若手の力を伸ばすのが得策だ。古い選手には気の毒だが、チームのためには根本的な姿勢を保つべきだ」この言葉通りのことを実行した。やっと開幕してから一ケ月が過ぎた五月。西本監督は戸口と衆樹の両選手をファームに落としている。「あのとき監督は、二軍と一軍の交流を活発にするためファームで調整してこい、というので、その気で二軍にいったら、それが最後だった。もっともファームに行けといわれたとき薄々そんな感じもしたのだが」と戸口はこう語る。おとなしい者ばかりのベンチの中にひとり相手チームをやじり、ナインにハッパをかけていた戸口も、西本監督の目には老醜しきった選手にしかうつらなかったのだろう。貴重な代打者、使うチャンスさえ考えれば、まだまだ戦力となると思われた戸口も、ことしの五月上旬を最後としてとうとう一軍にはカムバックしてこなかった、社長(戸口のニックネーム)がベンチにいれば活気があったのが・・・。戸口は今シーズン限りで任意引退選手。こうして、ほうり出された戸口に、他の球団から声はかからなかった。近鉄の小玉新監督と親しいところから、一時近鉄入りというウワサもあったが、近鉄としても、一度トレードした戸口を、再度迎えるほどの余裕もなく、このウワサはウワサのままで終わってしまった。本人は知人を頼ってどこかマスコミ関係で仕事がしたい希望をもっているが、いまだにはっきりした就職も決まっていない。現役時代から酒好きだったし、かなりの浪費家だっただけに、それほどの貯えもないという。寂しいかぎりだ。「第三者からみればのん気に構えているようにみえるが、内心はワラでもつかみたい心境や。どこでもええから就職口はないかいな」いつもは、陽気な太っ腹の戸口も、さすがに憂鬱な今日このごろである。
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