プロ野球 OB投手資料ブログ

昔の投手の情報を書きたいと思ってます

渋谷誠司

2016-10-01 11:14:34 | 日記
1962年

「まだまだ一人前じゃない。コントロールが全然だめ。せっかくいいリストをしていながら、これが活用されていない。投球する時に目が離れてしまうからコントロールがつかない。それに重心が乗っていないから速球が生きない。本当なら二軍でみっちり鍛えてこなくてはならないのだが、ここまできてしまってはネ・・・」と砂押監督の渋谷評はなかなか辛い。しかし言葉のはしには大器渋谷の成長を願う気持がくみとれた。キャンプ中渋谷の評判は余り良くなかった。「投手の体をなしていない」「夏ごろ第一線に出てくれば上出来だ」「いや一年はかかるだろう」などなど、林マネジャーにいわせれば「キャンプ中別に悪かったわけではない。秘密兵器として、そっとしておいたのさ。だからオープン戦にもあまり使わなかった」そうだが・・・。このように評価まちまちの渋谷だったが、公式戦にはいると、さっそく投手のローテーションの中に組まれた。秘密兵器であったかどうかは別として、なかなかの活躍だ。巽不振の国鉄左投手陣にあっては金田に次ぐ存在。古いファンならご存じだろうが、小林恒夫(松竹、大洋)を思わせるギクシャクしたフォーム。おせじにもいいフォームとはいえないが、球は滅法に速い。これが彼の特徴。伊藤一人だけの左投手不足に悩む巨人の川上監督はいつか「国鉄の渋谷は球が速くていい投手だ。ウチで取っておけばよかったな」とほめていた。渋谷は三十三年に弘前市立商業を出て、すぐに土地の日通に勤めた。ここでは軟式チームの投手。日通には毎年軟式の全国大会があり、渋谷もこれに出場。その力を見込まれて、三十五年浦和の日通本社に転任。硬式の投手として再出発した。大毎にはいった毒島とエースの座を争ったが、昨年あたりは完全に毒島を抜いていたといわれる。ストーブ・リーグでは国鉄と東映が激しい奪合いをやり、渋谷株はかなり上がった。渋谷の身上は根性があることだそうだ。徳永球団営業部長も林マネジャーもこのことを強調していた。「早くから父親に死なれ、苦労しているからでしょうね」と彼らはいう。東北人特有のねばりある根性が、今日の渋谷を支えているといって過言ではないだろう。内には評判の良い渋谷だが、こういう話もある。彼は物事に至っては無とん着だ。いつか洗たく物をたくさんほうりっ放しにしておいた。それを飯田コーチに見つかり「そんな不潔にしておくから、お前の水虫はなおらないのではないか」と油をしぼられたという。林マネジャーは「良くいえば物にこだわらない大人物、悪くいえばルーズ」と彼を評していた。十七日現在、十六試合に出場、五勝四敗、完封は二度。七十八回投げて、奪った三振四十、与えた四球二十四、自責点二十二、防御率二・五四の成績。未完の大器といわれる渋谷にとっては、むしろこれからが大変だ。

渋谷投手の話 どうもコントロールが悪くていけない、シュートを投げられないわけではないが、何しろいつも悪いカウントになってしまうので、投げる機会がないだけだ。何勝するかどうとか別に考えたことはない。ただ無我夢中でやっているというのが本当のところだ。少しでもチームに役立てば幸い。

巨人長島選手の話 いかにも単調な感じだ。球質も軽い。だけどスピードはかなりあるし、試合を重ねて、いろいろな欠点をなおし、相手打者を読めるようになれば、いい投手になると思う。いまのところ未完の大器といった感じだ。
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