軋む音、弾ける金属音が鼓膜を叩く
己の力はすべてのためと信じたあの日
理想は幻と消え虚ろな現実だけが横たわる
同胞の慟哭が我が身を貫いた宵の口
今、真なる理想のために旗を上げる
全ては王のために
『真・魔王伝』序章より
「真仙のいる世界から連絡があってね。ぜひ詳細を聞かせてもらいたい」
暖かな暖炉のほの赤い光と照明を落としシックな色調で整えられた部屋の奥にある重厚な木造りの執務用のデスクで、穏やかな笑みをたたえる真士さんを前にして、ボクはいやが上にも緊張していた。
ボク、如月マトと元勇者の神屋サイトさんは真王の一人、真仙さんが支配する魔法世界ベール・ガンでの任務が失敗し、かといって真士さんの所にも顔を出すのが気まずいので真姫ちゃんが用意した異次元の部屋で二日ほど過ごしてた時、突如呼び出しがきた。
「なぜ呼び出されたのかは知っているね?」
整えられた白髪と口髭、白いスーツ姿の真士さんはあくまで落ち着いた口調で問いただす。
むしろ口元に微かな笑みを浮かべているのがさらに緊張感を煽る。
「あ、その……」
『もう……だらしないな……』
どうにも言葉にできないサイトさんにボクは少し苛立ちを覚える。
「それでベール・ガンでの報告がまだだけど?」
「……任務は失敗しました。報告が遅れてすみません」
ボクがサイトさんに代わり結果を告げると、真士さんは少し気落ちしたように息を吐き、
「そう……実はね、私の所にもすでにその報告は届いていたんだ」
真士さんがデスクの引き出しから二通の手紙を出し、
「いい報せと悪い報せがある。どちらから聴きたい?」
穏やかな態度を崩すことなく選択を促す真士さん。
「じゃ、じゃあ……悪い報せから」
詰まりながらも返答するサイトさん。
返事を聞くと真士さんは、ふぅ、と疲れたような息を吐き、
「こちらの手紙は真仙からだ。内容はとてもではないが君たちに読ませることはできないが、要約すれば、君たちが任務に失敗し、勇者候補が敵方に寝返ったために、現在彼の支配するベール・ガンでは激しい戦いが発生していて、今彼は籠城状態にあると書かれている」
おおよそ予想していたことではあるけど、やっぱり呪姫さんは決起したんだ……
あの時勇者候補のハジメさんをそそのかした光景を思い出し、ああやって次々と勇者候補や元々真仙さんに恨みつらみを抱いていた人たちを説得(?)して一大軍団を築いたんだろうということは容易に想像できる。
「彼は元々かなり過激な行動で我々の中でも知られていたので、内外ともに敵は多かったようだから、それがこの事態を招いたのだろう」
真士さんが眉間にしわを寄せながら少し深刻そうな面持ちで話す。
「そう……ですか……」
沈んだ声で返すサイトさんに目をやると、
『……笑ってる……』
確かに口調と表情は沈鬱な感じだけど、どうにも隠しきれない口元には笑みが浮かび、この事態を招いたであろう真仙さんへの様々な感情がダダ漏れしている。
『マズイよ、この状況ではさすがにマズイ!』
真士さんの沈んだ表情とサイトさんの微妙な面持ちに交互に目をやり心の中で僕は叫ぶが、
「もう一通は是非とも君たちに読んでもらいたいと、差出人からの要請だ」
少し気を取り戻した真士さんが、口元に笑みを浮かべもう一通の手紙を差し出す。
「誰からですか?」
「真仙の娘であり、次期真王の呪姫からだ」
その名前を耳にした途端、サイトさんの口元から笑みが消え、露骨にへの字に曲がるのが見てとれた。
「じゃあ、読ませていただきます」
サイトさんに代わりボクが手紙を受け取り読みはじめると、サイトさんも気になるのか横から顔を突っこんでくる。
「拝啓、真士様……」
『拝啓、真士様。
この度は私の父のしでかしたこととはいえ、あなた様より派遣されたNPCの方々に不要な危害を加えてしまい、心よりお詫び申し上げます。
ですがこのベール・ガンを正常なる状態に戻すため、私は父の不正を正し、より万民が暮らしやすい世界を築くことこそが最善と考え、有志の者とともに活動を続けていく所存です。
もし真士様が私にお力添えをくださり、このベール・ガンを父の悪政より奪還し私が真王になった暁には、恒久的優先パートナーシップを築きたいと考えております。
ですから、是非とも真士様には今後ともお力添え頂けるようお願いいたします。
次期真王・呪姫 敬具
追伸
この前きていただいたNPCの方々には感謝の言葉もありません。真歌様、真姫様とともにお大事にお過ごしくださいませ♡』
文面だけ読めば確かにその通りだけど、色々な部分で肝心なことが抜けていたりするので、事情を知っているボクたちとしては思うところがあるけど、
「呪姫は大層君たちのことを気に入ったようでね。真歌や真姫のことまで知っているなんて、どのくらい親密に話したのかは知らないが、さすが私の姪たちが気に入っただけあって、大した男だよ、サイトくん」
朗らかな笑みを浮かべる真士さんを前に、冷や汗をダラダラ流して硬直した笑顔を浮かべるサイトさん。
『あの追伸は、下手なこと喋ったら色々あるぞ、という脅しだよね』
さすがにサイトさんの外に出せない感情をおもんばかると哀れにも思えてくるけど、優柔不断の末の自業自得なのでボクとしてもどうにもできない。
「そんなわけで、私としては任務は失敗したが、呪姫の真王代替わりという名のクーデターが成功しさえすれば太客がまた一つできることになるので、結果オーライだ。よくやってくれた」
にこやかにボクたちを労う真士さんだけど、
「でも、それでいいんですか?」
真仙さんのことを思い少し気の毒になる。
「確かに内政干渉し過ぎの感はあるが、元々真仙を快く思っていなかった真王も少なくないし、もちろん彼の世界の住民は闘争三昧で傷ついているものも少なくない。ここで呪姫が支配権をとりベール・ガンが安定してくれれば、他の真王の溜飲も下がるというものだ」
真王界でのパワーバランスや政治的状況を淡々と話す真士さん。
「でも今は他の真王が領土獲り放題の“真王の宴”の期間ですし、もしこの混乱に乗じて他の真王がベール・ガンを侵攻しようとしたらどうするんですか?」
にこやかに笑う真士さんに、想定しうるベール・ガンの危機を伝えるが、
「その時呪姫から防衛目的のNPC派遣要請であれば、私も中立的な立場として優先的に送るようにしよう。なに、売って損する恩ではないし、喧嘩を売るより恩を売れ、と昔からよくいうからね」
邪気のない笑みを浮かべサラッと本音がほとばしる。
「そして売った恩は三日で忘れろともいうし」
ウィンクを投げながらお茶目に語る真士さん。
『真士さんって、真王の中ではやっぱりまともな方なんだなぁ』
今まで会ってきた真王たちを思い浮かべながら、愛想よく笑う真士さんを見て、また思う。
「でもよぉ、そいつらがもしここを襲ってきたらどうするよ、この前の真駆のように」
さすがに出す汗を出しきったのか、ハンカチで顔を吹きながらサイトさんが尋ねると、一瞬真士さんの顔が真顔になり、
「受けた恩を忘れるものは人ではない」
笑っていない目とは相反するにこやかな表情を浮かべながら、真士さんは爽やかな口調で応える。
『割り切りが凄いな……』
心の中でボクは呟くが、あえて口にはしない。
サイトさんも察したのか、軽く息をつくと、
「それでベール・ガンでミャーミャンのいる場所の手がかりをつかんだんだけど」
「そうだった。その情報を得るために君たちを派遣したんだ、聞かせてくれ」
サイトさんの言葉に真士さんも姿勢を正し、
「ミャーミャンは以前ベール・ガンに滞在していたが、一年近く前に消息不明。ただその際、機械部品を多数購入していた痕跡がある」
「もう少し詳しい手がかりはないかな?」
サイトさんの報告に真士さんが詳細を尋ねる。
「ミャーミャンさんは失踪する以前に通っていたお店で、新機体が楽しみだ、と話していたそうです」
「新機体か……」
続けたボクの言葉に真士さんは少し考えこみ、
「ならばメカ世界でもあるメルクドールが有力か」
ミャーミャンさんの行き先がメルクドールではないかという推理をする真士さんに、
「そのメルクドールはどんな世界だ?」
サイトさんが初めて行く世界の説明を求める。
「メルクドールは多数の企業国家と惑星を擁した星系を幾つも持つ世界だ。君たちの感覚だと、ロボットたちが活躍するアニメや漫画、ゲームなどの未来世界を思い浮かべてくれればいい」
真士さんがわかりやすい例えで説明してくれる。
「その企業国家ってなんだよ?」
「文字通り企業が運営する国家だ。物品やサービス、資材の開発生産から、政治、教育、福祉まで企業が担い、当然国民は社員として扱われている」
「ちゃんとした国家とかないんですか?」
真士さんの答にボクが疑問を投げかけると、
「その世界での価値基準ごとに重要なものは変ってくる。さしずめメルクドールで最も価値があるとされるものは金銭だ。そのため多額の政治献金をしてくれる企業を最優遇し、なんとなれば政府機関や権限を肩代わりする国が出てくるのも自然の流れだろう」
淡々と真士さんは話を続ける。
「その結果企業に権限を委譲しすぎた国は力を失い形骸化、やがて消失し、名実ともに国家と呼べる企業が生まれ、それが世界全土に広がっていった。だが」
「だが?」
サイトさんが言葉を挟む。
「国家同様となった企業間で、今度は紛争がはじまった。最初は資源争いやシェア競争だったが、次第にタガが外れ、最後は新開発した機体や製品の実験場のように、争いのための戦いが発生するようになった」
真士さんは、ふぅ、とため息を吐き、
「そんな状況に終止符を打つために企業国家間での休戦協定が結ばれ、当面の争いはなくなった」
「平和になったんならそれでいいんじゃね?」
真士さんの説明にサイトさんが突っこむが、
「だが争いは終わらなかった!」
真士さんの口調が少し興奮気味だが、楽しそうにも聞こえる。
「休戦締結の半年後、今度は企業国家ベーセッドにおいて、真・魔王と名乗るものが現れ、周囲の警備隊と交戦しこれを撃破! シンパと共に社屋でもある浮遊都市の一画を占拠し、今なおシンパを増やしながら都市内での支配領域を広げているという話だ」
悲壮な話の内容とは異なり、何故か目を輝かせながら語る真士さん。
『この人にとっては他人事だしビジネスチャンスなんだろうなぁ……』
どっかで観た社長のかつての姿を思い浮かべながら、冷めた目でボクはそんな感想を抱く。
「それでこの真王が真・魔王をどうにかしたいと?」
サイトさんが落ち着いた声で尋ねる。
「そうだ。メルクドールを管理する真王、真影の要請でね。なんでもこの真・魔王というのはイレギュラーな存在で、真影としても扱いに困っているそうで、ついでに勇者候補をぶつけて少しでも経験を積ませたいという意向だ」
「その真影ってどんな人ですか?」
初め聞く新たな真王についてボクは尋ねるが、
「私も見たことがない」
「は?」
「え?」
真士さんの意外な言葉に素っ頓狂な声を上げるサイトさんとボク。
「いや、会ったことがないのだ。姿を見たこともない。ただ連絡などは取りあってるので、人となりは知ってはいるが、どんな外見でどんな声か、男か女かも知らない」
「そんなぁ、ネット民じゃあるまいし」
「それじゃぁ現地で誰に会えばいいんですか?」
サイトさんのツッコミとボクの疑問に真士さんは、コホンと軽く咳をすると、
「真影の話では、現地にいるゲンバ―という男性が詳細を説明してくれるそうだ。その人物の画像はこれだ」
そう話すと真士さんはデスクの一部を操作し、デスクの上に一人の人物が映し出される。
「背格好からなにからなにまで、街でよく見る少し中年太りでお腹が出た感じの中年男性ですね」
「このオレンジ色の作業着と黄色いヘルメット、それにしょぼついた眼と少し大きめの鷲鼻に二重あごが目印といえば目印か」
ボクたちはその人物を好き勝手に評するが、
「そのゲンバ―が君たちに詳しい事情を話してくれるそうだから、いつものようにNPCとしての仕事を頼む」
「今度は失敗しないよう頑張ります」
真士さんの言葉にボクは決意をこめ宣言するが、真士さんは軽く笑いながら、
「今君たちが最重要にするのはミャーミャンを見つけることだ。私の仕事に意欲を見せてくれるのはありがたいが、まずはミャーミャンを確保、または手がかりを見つけ、次には君たちの安全だ。頼んだよ」
真士さんの言葉を受け、旅立ちの準備を始める。
上空には漆黒の宇宙が広がり、大気層を表すように青の色が漆黒と混ざりこみ、微妙なグラデーションが、窓側の席に座るボクの目を楽しませる。
「もうすぐベーセッドに着くそうだ」
隣の席にいる仮面の人が声をかける。
「でも仮面つけないといけないのか?」
目の部分に偏光レンズのようなものがはめこまれた口元を除いた顔全体を覆うようなマスクをつけた人がボヤくが、
「ダメですよ。だってサイトさんって敵とか多いじゃないですか」
「敵っつったって、せいぜいバレたのはガルドとかドラグくらいだろ」
「呪姫さんだって知ってたじゃないですか」
「………………」
ガルドさんや、万歩ゆずってドラグさんならまだしも、もし呪姫クラスの敵に正体がばれようものなら対抗できないことを身をもって知ったサイトさんは黙りこむ。
「今はパイロットのフェニックスなんです、いいですね」
ボクの言葉に無言でうなずくサイトさん。
今ボクたちは企業国家ベーセッドがある浮遊都市へと向かい、大型シャトルに搭乗している。
直接浮遊都市に送ってもらってもよかったけど、サイトさんが周辺確認も兼ねて少し離れたところに転送してもらいたいと言い出し、ボクも興味本位からそれをお願いし、今こうして都市間航行シャトルに乗船している。
このシャトルにはボクたちが使う機体、ベースガンナーと他の数機が搭載されてるけど、真士さんの言葉ではたぶん浮遊都市に着くまで使うことはないだろうという話だった。
そう、そのはずだったけど……
突如船内に警報音が轟き、各部のシャッターが閉鎖される。
「非常事態発生により、各種ハッチをロックします。乗船されているお客様は座席に座り、シートベルトをお締めください。繰り返します……」
船内に流れるガイドに従い乗船している人たちはそれぞれの席に戻りシートベルトを締めるけど、
「いくぞ」
「え?」
逆に立ち上がりサイトさんはすかさず格納庫へと続くハッチへと向かう。
「ちょっ! お客様、困ります!」
「客じゃなくガードだ」
制止するCAの声にサイトさんは手短に応え、
「格納庫に俺たちの機体がある。発進準備を頼む」
「あ、あの……あなたは?」
高い背と居丈高な口調のサイトさんにたじろぎながら、CAがおずおずとした声で尋ねる。
「フェニックス。企業国家ベーセッドに雇われたベースガンナーのパイロットとガンナーだ」
サイトさんの言葉を受け携帯端末から情報を確認したCAは、気丈な面持ちとなり、
「わかりました。では、こちらに」
その言葉を受け、ボクたちはハッチを抜け、客室の下にある格納庫へと降りる。
客室と異なり人工重力が働かない格納庫は、微弱な重力に支配されて空間へと変わり、整備士たちが発進準備のために忙しなく手を動かしている自機、ガンナーベースへと体を浮かせながら近づいた。
大さ15mくらいのベースガンナーは、両腕と胴体はあるけど、脚が凄く貧弱で、まるで鳥の足のような感じ。
以前これを見た時サイトさんは、
『あんなの飾りだよ』
と、笑いながらいってたけど、この細さじゃ本当機体を支えるだけの添え物みたい。
逆に背中から後はすごく大きくて、幾つもの噴射口が背中に在り、横や上や下にも幾つかついてる。
頭はないけど円筒形の光り輝くセンサーの塊のようなものがついていて、ロボットというよりも人に近い戦闘機みたいな感じ。
実際両腕には巨大なマシンガンみたいな銃が持たされてるし、背中には幾つもミサイルが出る箱みたいなものまで付いてる。
「フェニックスだ。開けてくれ、TAMA」
ベースガンナーに取りついたサイトさんが機体に声をかけると、
「音声照合確認、フェニックスと判断し歓迎します。ハッチオープン」
愛らしい女性の声が響き胸部が開く。
そこにはもう一人の人影がいた。いや、人じゃないな。
見かけはピッチリとした白と紺色のボディスーツを着た感じの白髪ショートカットの女の子のだけど、肌の色は真っ白で、表情がなく、まるで……というか文字通り人形だ。
ボクたちはハッチに入り、サイトさんが人形のすぐ後の席に、ボクはサイトさんの後に座りハッチを閉じる。
「TAMA、出撃準備は?」
サイトさんが手前の声をかける。
Tactical Aassist Maneuver Architect
戦術補助機動処理官という感じの意味の頭文字をとった名前らしいけど、ボクにはよくわからない。
ただ非常に不愛想で、むしろこの外見が必要なのかとさえ思えてくる。
「問題ありませんフェニックス。いつでも出撃可能です」
TAMAは愛らしい声で無表情な視線をサイトさんに向けて答える。
その目はカメラのレンズのように無表情で、ボクたちを監視するような冷淡ささえある。
「状況は?」
サイトさんの声にTAMAが、
「船外センサーに所属不明機の反応あり。確認を送るも返答がないため、船長は緊急事態と判断。万が一に備え、警備機体に連絡。格納中の迎撃機にも随時発進を要請しています」
「つまり俺たちが最初ってことだな」
モニターに映る次々と発進準備に取り掛かる他の格納機体を見回しサイトさんが呟く。
「OK! 管制、出撃いいか?」
今度は通信機を介して格納庫の管制に声をかけると、
「こちらは問題ない。ハッチ開くぞ」
声と共にベースガンナーの前にある発着用ハッチの扉が開きはじめる。
「悪いがうちには発進カタパルトはない。機体外までは歩行で移動し、船外に出て安全圏まで出たらブースターを点火してくれ」
「了解」
「健闘を祈る、フェニックス」
手短な通信のあと、ベースガンナーは一歩踏みだした。
重々しい足取りとは違って、ほぼ重力のない空間で床を蹴る感覚で進むベースガンナーは、ハッチを潜り抜け船外へと躍り出る。
上下の感覚が妖しくなる状態だけど、サイトさんは幾つかの操作で機体の態勢を整え、シャトルから距離をとり、十分離れた時にブースターに火を入れる!
「ん!?」
突如かかったGにボクは思わず声を上げる。
「慣れないうちはあまりしゃべるなよ」
事もなげにいうサイトさんにボクは無言で頷く。
「所属不明機に変化あり。機動と発砲を確認。きます」
TAMAの冷淡な声にサイトさんが反応しレバーを引くと、機体が微かに上昇する。
突如今までボクたちがいた場所に光弾の帯が通りすぎ、そのすぐ後に所属不明機が猛スピードで通りすぎる。
「武装は曳光弾系マシンガン。機体の加速はあちらの方が上か」
敵機の情報を分析するサイトさん。
「所属不明機を敵機と確認。これより迎撃行動に移行する」
「わかった。くれぐれもシャトルには近づけないでくれ」
「任せろ」
不安げなシャトルの艦長の声とは裏腹に落ち着いたサイトさんの声。
『こういう時はかっこいいんだけどねぇ』
やりとりを見ていてそんなことを思うけど、サイトさんの普段の体たらくを思うと……
「フェニックス、敵攻撃きます」
「了解!」
レーダーを確認すると敵機はボクたちの後に回りこみ、今まさに攻撃を開始した!
でも、サイトさんが巧みにレバーを操作すると機体が一瞬浮いた感覚と共に減速し、今まさに攻撃してきた敵機の後方に取りつく。
「逃げられるかな?」
背後に憑かれたのを悟った敵機は身じろぎするように動くが、サイトさんが小刻みに機体を動かし、TAMAがそれをアシスト、照準は敵機へとロックされ、マシンガンの発射ボタンが押される!
弾丸は敵機の翼へと吸いこまれ、着弾!
「ヒット!」
サイトさんが声を上げる。確かに当った。でも致命傷じゃない。
「アイツのデーターはないのか?」
サイトさんがTAMAに声をかける。
「照合確認。機体識別番号FA09A、機体名称ガルドナMk5。ベーセッド社の機体です」
「なんだと?」
「ベーセッド社って?」
TAMAの返答にボクたちが声を上げる。
「次弾、きます」
「チッ!」
サイトさんがレバーを倒すが、反応が遅れたせいか微かな振動が機体を揺らし、金属音が響く。
「左後部スラスターに被弾、使用制限」
「多少動きにくくなったか」
冷淡を通り越し冷酷にも聞こえるTAMAの声にサイトさんは毒づく。
「なんでベーセッド社の機体が攻撃を?」
「俺に聞くな!」
思わぬ事態に疑問を口にするボクだけど、しつこく背後については攻撃してくる敵に、サイトさんはそんな余裕もなく、
「とにかくこいつをどうにかしないと……他の奴らはどうしてる?」
同じように迎撃に出撃したはずの僚機をレーダーで確認したサイトさんが、一瞬息を飲む。
「どうしたんですか? ヒッ!」
ボクもレーダーを見て、思わず悲鳴を上げる!
レーダーには無数の輝点が前方に現れたのが見える。
それは徐々に近づいてきて、今にもボクたちとの交戦距離に入ろうとしている。
「こ、これって……」
「敵だとは思いたくない数だな」
震えるボクの声に、少し荒い息をつきながらサイトさんが渇いた声で答える。
「でもこいつらの識別信号も所属不明のまま。味方とは思えんな」
サイトさんが楽しげに言葉を漏らす。
『この状況下で悠長な……』
そんなことをボクは思うけど、もう一つのことにはたと気づく。
『そうだよな、サイトさんは元勇者だもん。こんな事何回だってあったんだから、今度も大丈夫』
目の前の席で敵機化の攻撃を巧みにかわし続けては反撃するサイトさんの姿に、どこか安心感を抱きながら、ボクも自分がやれること、レーダーを確認し随時サイトさんに状況を知らせることをする。
「多数の所属不明機、移動を停止。え? なにこれ?」
「どうした?」
ボクの言葉に不意にサイトさんの手が止まる。すると、
「グッ!」
激しい衝撃音と振動と共に、機体後部の大型スラスターの一機が破壊される!
「TAMA、被害状況は?」
「右後部スラスター破壊。移動自体は可能ですが、戦闘行動は不能と判断」
冷徹なTAMAの声に、サイトさんの歯ぎしりが聞こえる。
「サ、サイトさん、通信回線を広域にして開いて」
「なんでだよ」
「いいから!」
苛立つサイトさんに、ボクも声を荒げる。
サイトさんもボクの様子にただごとではないことを悟ったのか、通信機を広域に切り替え、耳をそばだてる。
『ザ……こ……』
雑音が入り少し聞き取りにくい。激しい移動と戦闘で機体に電波障害でも起きてるのかな?
「敵機はどうしてる?」
「所属不明機の所に向ってます」
「やっぱり奴らの仲間か。まずはもう戦闘がないようだから、TAMA、通信機に出力回せ」
「了解しました」
ベースガンナーのスラスターから火が消え、ボクたちは再度耳をそばだてた。
「こちらは真・魔王軍。貴殿たちは我等が支配領域に侵入している。後退し領域外へと出れば危害を加えないが、これ以上侵入すれば撃破する。再度通告する。こちらは……」
通信機から流れる男性らしい太い声。
そこで語られている新・魔王軍という名前と、明らかになんらかの集団活動が行われている事実。そして……
「これって……」
「真・魔王軍があの機体を使っていたのか? ベーセッド社の機体を?」
ベーセッド社の敵であるはずの真・魔王軍が、明らかにボクたちのベースガンナーよりも優れているガルドナMk5を使っているという現実。
その時ボクは、事態は思っていたよりも複雑で根深いものがあるように思っていた。
己の力はすべてのためと信じたあの日
理想は幻と消え虚ろな現実だけが横たわる
同胞の慟哭が我が身を貫いた宵の口
今、真なる理想のために旗を上げる
全ては王のために
『真・魔王伝』序章より
「真仙のいる世界から連絡があってね。ぜひ詳細を聞かせてもらいたい」
暖かな暖炉のほの赤い光と照明を落としシックな色調で整えられた部屋の奥にある重厚な木造りの執務用のデスクで、穏やかな笑みをたたえる真士さんを前にして、ボクはいやが上にも緊張していた。
ボク、如月マトと元勇者の神屋サイトさんは真王の一人、真仙さんが支配する魔法世界ベール・ガンでの任務が失敗し、かといって真士さんの所にも顔を出すのが気まずいので真姫ちゃんが用意した異次元の部屋で二日ほど過ごしてた時、突如呼び出しがきた。
「なぜ呼び出されたのかは知っているね?」
整えられた白髪と口髭、白いスーツ姿の真士さんはあくまで落ち着いた口調で問いただす。
むしろ口元に微かな笑みを浮かべているのがさらに緊張感を煽る。
「あ、その……」
『もう……だらしないな……』
どうにも言葉にできないサイトさんにボクは少し苛立ちを覚える。
「それでベール・ガンでの報告がまだだけど?」
「……任務は失敗しました。報告が遅れてすみません」
ボクがサイトさんに代わり結果を告げると、真士さんは少し気落ちしたように息を吐き、
「そう……実はね、私の所にもすでにその報告は届いていたんだ」
真士さんがデスクの引き出しから二通の手紙を出し、
「いい報せと悪い報せがある。どちらから聴きたい?」
穏やかな態度を崩すことなく選択を促す真士さん。
「じゃ、じゃあ……悪い報せから」
詰まりながらも返答するサイトさん。
返事を聞くと真士さんは、ふぅ、と疲れたような息を吐き、
「こちらの手紙は真仙からだ。内容はとてもではないが君たちに読ませることはできないが、要約すれば、君たちが任務に失敗し、勇者候補が敵方に寝返ったために、現在彼の支配するベール・ガンでは激しい戦いが発生していて、今彼は籠城状態にあると書かれている」
おおよそ予想していたことではあるけど、やっぱり呪姫さんは決起したんだ……
あの時勇者候補のハジメさんをそそのかした光景を思い出し、ああやって次々と勇者候補や元々真仙さんに恨みつらみを抱いていた人たちを説得(?)して一大軍団を築いたんだろうということは容易に想像できる。
「彼は元々かなり過激な行動で我々の中でも知られていたので、内外ともに敵は多かったようだから、それがこの事態を招いたのだろう」
真士さんが眉間にしわを寄せながら少し深刻そうな面持ちで話す。
「そう……ですか……」
沈んだ声で返すサイトさんに目をやると、
『……笑ってる……』
確かに口調と表情は沈鬱な感じだけど、どうにも隠しきれない口元には笑みが浮かび、この事態を招いたであろう真仙さんへの様々な感情がダダ漏れしている。
『マズイよ、この状況ではさすがにマズイ!』
真士さんの沈んだ表情とサイトさんの微妙な面持ちに交互に目をやり心の中で僕は叫ぶが、
「もう一通は是非とも君たちに読んでもらいたいと、差出人からの要請だ」
少し気を取り戻した真士さんが、口元に笑みを浮かべもう一通の手紙を差し出す。
「誰からですか?」
「真仙の娘であり、次期真王の呪姫からだ」
その名前を耳にした途端、サイトさんの口元から笑みが消え、露骨にへの字に曲がるのが見てとれた。
「じゃあ、読ませていただきます」
サイトさんに代わりボクが手紙を受け取り読みはじめると、サイトさんも気になるのか横から顔を突っこんでくる。
「拝啓、真士様……」
『拝啓、真士様。
この度は私の父のしでかしたこととはいえ、あなた様より派遣されたNPCの方々に不要な危害を加えてしまい、心よりお詫び申し上げます。
ですがこのベール・ガンを正常なる状態に戻すため、私は父の不正を正し、より万民が暮らしやすい世界を築くことこそが最善と考え、有志の者とともに活動を続けていく所存です。
もし真士様が私にお力添えをくださり、このベール・ガンを父の悪政より奪還し私が真王になった暁には、恒久的優先パートナーシップを築きたいと考えております。
ですから、是非とも真士様には今後ともお力添え頂けるようお願いいたします。
次期真王・呪姫 敬具
追伸
この前きていただいたNPCの方々には感謝の言葉もありません。真歌様、真姫様とともにお大事にお過ごしくださいませ♡』
文面だけ読めば確かにその通りだけど、色々な部分で肝心なことが抜けていたりするので、事情を知っているボクたちとしては思うところがあるけど、
「呪姫は大層君たちのことを気に入ったようでね。真歌や真姫のことまで知っているなんて、どのくらい親密に話したのかは知らないが、さすが私の姪たちが気に入っただけあって、大した男だよ、サイトくん」
朗らかな笑みを浮かべる真士さんを前に、冷や汗をダラダラ流して硬直した笑顔を浮かべるサイトさん。
『あの追伸は、下手なこと喋ったら色々あるぞ、という脅しだよね』
さすがにサイトさんの外に出せない感情をおもんばかると哀れにも思えてくるけど、優柔不断の末の自業自得なのでボクとしてもどうにもできない。
「そんなわけで、私としては任務は失敗したが、呪姫の真王代替わりという名のクーデターが成功しさえすれば太客がまた一つできることになるので、結果オーライだ。よくやってくれた」
にこやかにボクたちを労う真士さんだけど、
「でも、それでいいんですか?」
真仙さんのことを思い少し気の毒になる。
「確かに内政干渉し過ぎの感はあるが、元々真仙を快く思っていなかった真王も少なくないし、もちろん彼の世界の住民は闘争三昧で傷ついているものも少なくない。ここで呪姫が支配権をとりベール・ガンが安定してくれれば、他の真王の溜飲も下がるというものだ」
真王界でのパワーバランスや政治的状況を淡々と話す真士さん。
「でも今は他の真王が領土獲り放題の“真王の宴”の期間ですし、もしこの混乱に乗じて他の真王がベール・ガンを侵攻しようとしたらどうするんですか?」
にこやかに笑う真士さんに、想定しうるベール・ガンの危機を伝えるが、
「その時呪姫から防衛目的のNPC派遣要請であれば、私も中立的な立場として優先的に送るようにしよう。なに、売って損する恩ではないし、喧嘩を売るより恩を売れ、と昔からよくいうからね」
邪気のない笑みを浮かべサラッと本音がほとばしる。
「そして売った恩は三日で忘れろともいうし」
ウィンクを投げながらお茶目に語る真士さん。
『真士さんって、真王の中ではやっぱりまともな方なんだなぁ』
今まで会ってきた真王たちを思い浮かべながら、愛想よく笑う真士さんを見て、また思う。
「でもよぉ、そいつらがもしここを襲ってきたらどうするよ、この前の真駆のように」
さすがに出す汗を出しきったのか、ハンカチで顔を吹きながらサイトさんが尋ねると、一瞬真士さんの顔が真顔になり、
「受けた恩を忘れるものは人ではない」
笑っていない目とは相反するにこやかな表情を浮かべながら、真士さんは爽やかな口調で応える。
『割り切りが凄いな……』
心の中でボクは呟くが、あえて口にはしない。
サイトさんも察したのか、軽く息をつくと、
「それでベール・ガンでミャーミャンのいる場所の手がかりをつかんだんだけど」
「そうだった。その情報を得るために君たちを派遣したんだ、聞かせてくれ」
サイトさんの言葉に真士さんも姿勢を正し、
「ミャーミャンは以前ベール・ガンに滞在していたが、一年近く前に消息不明。ただその際、機械部品を多数購入していた痕跡がある」
「もう少し詳しい手がかりはないかな?」
サイトさんの報告に真士さんが詳細を尋ねる。
「ミャーミャンさんは失踪する以前に通っていたお店で、新機体が楽しみだ、と話していたそうです」
「新機体か……」
続けたボクの言葉に真士さんは少し考えこみ、
「ならばメカ世界でもあるメルクドールが有力か」
ミャーミャンさんの行き先がメルクドールではないかという推理をする真士さんに、
「そのメルクドールはどんな世界だ?」
サイトさんが初めて行く世界の説明を求める。
「メルクドールは多数の企業国家と惑星を擁した星系を幾つも持つ世界だ。君たちの感覚だと、ロボットたちが活躍するアニメや漫画、ゲームなどの未来世界を思い浮かべてくれればいい」
真士さんがわかりやすい例えで説明してくれる。
「その企業国家ってなんだよ?」
「文字通り企業が運営する国家だ。物品やサービス、資材の開発生産から、政治、教育、福祉まで企業が担い、当然国民は社員として扱われている」
「ちゃんとした国家とかないんですか?」
真士さんの答にボクが疑問を投げかけると、
「その世界での価値基準ごとに重要なものは変ってくる。さしずめメルクドールで最も価値があるとされるものは金銭だ。そのため多額の政治献金をしてくれる企業を最優遇し、なんとなれば政府機関や権限を肩代わりする国が出てくるのも自然の流れだろう」
淡々と真士さんは話を続ける。
「その結果企業に権限を委譲しすぎた国は力を失い形骸化、やがて消失し、名実ともに国家と呼べる企業が生まれ、それが世界全土に広がっていった。だが」
「だが?」
サイトさんが言葉を挟む。
「国家同様となった企業間で、今度は紛争がはじまった。最初は資源争いやシェア競争だったが、次第にタガが外れ、最後は新開発した機体や製品の実験場のように、争いのための戦いが発生するようになった」
真士さんは、ふぅ、とため息を吐き、
「そんな状況に終止符を打つために企業国家間での休戦協定が結ばれ、当面の争いはなくなった」
「平和になったんならそれでいいんじゃね?」
真士さんの説明にサイトさんが突っこむが、
「だが争いは終わらなかった!」
真士さんの口調が少し興奮気味だが、楽しそうにも聞こえる。
「休戦締結の半年後、今度は企業国家ベーセッドにおいて、真・魔王と名乗るものが現れ、周囲の警備隊と交戦しこれを撃破! シンパと共に社屋でもある浮遊都市の一画を占拠し、今なおシンパを増やしながら都市内での支配領域を広げているという話だ」
悲壮な話の内容とは異なり、何故か目を輝かせながら語る真士さん。
『この人にとっては他人事だしビジネスチャンスなんだろうなぁ……』
どっかで観た社長のかつての姿を思い浮かべながら、冷めた目でボクはそんな感想を抱く。
「それでこの真王が真・魔王をどうにかしたいと?」
サイトさんが落ち着いた声で尋ねる。
「そうだ。メルクドールを管理する真王、真影の要請でね。なんでもこの真・魔王というのはイレギュラーな存在で、真影としても扱いに困っているそうで、ついでに勇者候補をぶつけて少しでも経験を積ませたいという意向だ」
「その真影ってどんな人ですか?」
初め聞く新たな真王についてボクは尋ねるが、
「私も見たことがない」
「は?」
「え?」
真士さんの意外な言葉に素っ頓狂な声を上げるサイトさんとボク。
「いや、会ったことがないのだ。姿を見たこともない。ただ連絡などは取りあってるので、人となりは知ってはいるが、どんな外見でどんな声か、男か女かも知らない」
「そんなぁ、ネット民じゃあるまいし」
「それじゃぁ現地で誰に会えばいいんですか?」
サイトさんのツッコミとボクの疑問に真士さんは、コホンと軽く咳をすると、
「真影の話では、現地にいるゲンバ―という男性が詳細を説明してくれるそうだ。その人物の画像はこれだ」
そう話すと真士さんはデスクの一部を操作し、デスクの上に一人の人物が映し出される。
「背格好からなにからなにまで、街でよく見る少し中年太りでお腹が出た感じの中年男性ですね」
「このオレンジ色の作業着と黄色いヘルメット、それにしょぼついた眼と少し大きめの鷲鼻に二重あごが目印といえば目印か」
ボクたちはその人物を好き勝手に評するが、
「そのゲンバ―が君たちに詳しい事情を話してくれるそうだから、いつものようにNPCとしての仕事を頼む」
「今度は失敗しないよう頑張ります」
真士さんの言葉にボクは決意をこめ宣言するが、真士さんは軽く笑いながら、
「今君たちが最重要にするのはミャーミャンを見つけることだ。私の仕事に意欲を見せてくれるのはありがたいが、まずはミャーミャンを確保、または手がかりを見つけ、次には君たちの安全だ。頼んだよ」
真士さんの言葉を受け、旅立ちの準備を始める。
上空には漆黒の宇宙が広がり、大気層を表すように青の色が漆黒と混ざりこみ、微妙なグラデーションが、窓側の席に座るボクの目を楽しませる。
「もうすぐベーセッドに着くそうだ」
隣の席にいる仮面の人が声をかける。
「でも仮面つけないといけないのか?」
目の部分に偏光レンズのようなものがはめこまれた口元を除いた顔全体を覆うようなマスクをつけた人がボヤくが、
「ダメですよ。だってサイトさんって敵とか多いじゃないですか」
「敵っつったって、せいぜいバレたのはガルドとかドラグくらいだろ」
「呪姫さんだって知ってたじゃないですか」
「………………」
ガルドさんや、万歩ゆずってドラグさんならまだしも、もし呪姫クラスの敵に正体がばれようものなら対抗できないことを身をもって知ったサイトさんは黙りこむ。
「今はパイロットのフェニックスなんです、いいですね」
ボクの言葉に無言でうなずくサイトさん。
今ボクたちは企業国家ベーセッドがある浮遊都市へと向かい、大型シャトルに搭乗している。
直接浮遊都市に送ってもらってもよかったけど、サイトさんが周辺確認も兼ねて少し離れたところに転送してもらいたいと言い出し、ボクも興味本位からそれをお願いし、今こうして都市間航行シャトルに乗船している。
このシャトルにはボクたちが使う機体、ベースガンナーと他の数機が搭載されてるけど、真士さんの言葉ではたぶん浮遊都市に着くまで使うことはないだろうという話だった。
そう、そのはずだったけど……
突如船内に警報音が轟き、各部のシャッターが閉鎖される。
「非常事態発生により、各種ハッチをロックします。乗船されているお客様は座席に座り、シートベルトをお締めください。繰り返します……」
船内に流れるガイドに従い乗船している人たちはそれぞれの席に戻りシートベルトを締めるけど、
「いくぞ」
「え?」
逆に立ち上がりサイトさんはすかさず格納庫へと続くハッチへと向かう。
「ちょっ! お客様、困ります!」
「客じゃなくガードだ」
制止するCAの声にサイトさんは手短に応え、
「格納庫に俺たちの機体がある。発進準備を頼む」
「あ、あの……あなたは?」
高い背と居丈高な口調のサイトさんにたじろぎながら、CAがおずおずとした声で尋ねる。
「フェニックス。企業国家ベーセッドに雇われたベースガンナーのパイロットとガンナーだ」
サイトさんの言葉を受け携帯端末から情報を確認したCAは、気丈な面持ちとなり、
「わかりました。では、こちらに」
その言葉を受け、ボクたちはハッチを抜け、客室の下にある格納庫へと降りる。
客室と異なり人工重力が働かない格納庫は、微弱な重力に支配されて空間へと変わり、整備士たちが発進準備のために忙しなく手を動かしている自機、ガンナーベースへと体を浮かせながら近づいた。
大さ15mくらいのベースガンナーは、両腕と胴体はあるけど、脚が凄く貧弱で、まるで鳥の足のような感じ。
以前これを見た時サイトさんは、
『あんなの飾りだよ』
と、笑いながらいってたけど、この細さじゃ本当機体を支えるだけの添え物みたい。
逆に背中から後はすごく大きくて、幾つもの噴射口が背中に在り、横や上や下にも幾つかついてる。
頭はないけど円筒形の光り輝くセンサーの塊のようなものがついていて、ロボットというよりも人に近い戦闘機みたいな感じ。
実際両腕には巨大なマシンガンみたいな銃が持たされてるし、背中には幾つもミサイルが出る箱みたいなものまで付いてる。
「フェニックスだ。開けてくれ、TAMA」
ベースガンナーに取りついたサイトさんが機体に声をかけると、
「音声照合確認、フェニックスと判断し歓迎します。ハッチオープン」
愛らしい女性の声が響き胸部が開く。
そこにはもう一人の人影がいた。いや、人じゃないな。
見かけはピッチリとした白と紺色のボディスーツを着た感じの白髪ショートカットの女の子のだけど、肌の色は真っ白で、表情がなく、まるで……というか文字通り人形だ。
ボクたちはハッチに入り、サイトさんが人形のすぐ後の席に、ボクはサイトさんの後に座りハッチを閉じる。
「TAMA、出撃準備は?」
サイトさんが手前の声をかける。
Tactical Aassist Maneuver Architect
戦術補助機動処理官という感じの意味の頭文字をとった名前らしいけど、ボクにはよくわからない。
ただ非常に不愛想で、むしろこの外見が必要なのかとさえ思えてくる。
「問題ありませんフェニックス。いつでも出撃可能です」
TAMAは愛らしい声で無表情な視線をサイトさんに向けて答える。
その目はカメラのレンズのように無表情で、ボクたちを監視するような冷淡ささえある。
「状況は?」
サイトさんの声にTAMAが、
「船外センサーに所属不明機の反応あり。確認を送るも返答がないため、船長は緊急事態と判断。万が一に備え、警備機体に連絡。格納中の迎撃機にも随時発進を要請しています」
「つまり俺たちが最初ってことだな」
モニターに映る次々と発進準備に取り掛かる他の格納機体を見回しサイトさんが呟く。
「OK! 管制、出撃いいか?」
今度は通信機を介して格納庫の管制に声をかけると、
「こちらは問題ない。ハッチ開くぞ」
声と共にベースガンナーの前にある発着用ハッチの扉が開きはじめる。
「悪いがうちには発進カタパルトはない。機体外までは歩行で移動し、船外に出て安全圏まで出たらブースターを点火してくれ」
「了解」
「健闘を祈る、フェニックス」
手短な通信のあと、ベースガンナーは一歩踏みだした。
重々しい足取りとは違って、ほぼ重力のない空間で床を蹴る感覚で進むベースガンナーは、ハッチを潜り抜け船外へと躍り出る。
上下の感覚が妖しくなる状態だけど、サイトさんは幾つかの操作で機体の態勢を整え、シャトルから距離をとり、十分離れた時にブースターに火を入れる!
「ん!?」
突如かかったGにボクは思わず声を上げる。
「慣れないうちはあまりしゃべるなよ」
事もなげにいうサイトさんにボクは無言で頷く。
「所属不明機に変化あり。機動と発砲を確認。きます」
TAMAの冷淡な声にサイトさんが反応しレバーを引くと、機体が微かに上昇する。
突如今までボクたちがいた場所に光弾の帯が通りすぎ、そのすぐ後に所属不明機が猛スピードで通りすぎる。
「武装は曳光弾系マシンガン。機体の加速はあちらの方が上か」
敵機の情報を分析するサイトさん。
「所属不明機を敵機と確認。これより迎撃行動に移行する」
「わかった。くれぐれもシャトルには近づけないでくれ」
「任せろ」
不安げなシャトルの艦長の声とは裏腹に落ち着いたサイトさんの声。
『こういう時はかっこいいんだけどねぇ』
やりとりを見ていてそんなことを思うけど、サイトさんの普段の体たらくを思うと……
「フェニックス、敵攻撃きます」
「了解!」
レーダーを確認すると敵機はボクたちの後に回りこみ、今まさに攻撃を開始した!
でも、サイトさんが巧みにレバーを操作すると機体が一瞬浮いた感覚と共に減速し、今まさに攻撃してきた敵機の後方に取りつく。
「逃げられるかな?」
背後に憑かれたのを悟った敵機は身じろぎするように動くが、サイトさんが小刻みに機体を動かし、TAMAがそれをアシスト、照準は敵機へとロックされ、マシンガンの発射ボタンが押される!
弾丸は敵機の翼へと吸いこまれ、着弾!
「ヒット!」
サイトさんが声を上げる。確かに当った。でも致命傷じゃない。
「アイツのデーターはないのか?」
サイトさんがTAMAに声をかける。
「照合確認。機体識別番号FA09A、機体名称ガルドナMk5。ベーセッド社の機体です」
「なんだと?」
「ベーセッド社って?」
TAMAの返答にボクたちが声を上げる。
「次弾、きます」
「チッ!」
サイトさんがレバーを倒すが、反応が遅れたせいか微かな振動が機体を揺らし、金属音が響く。
「左後部スラスターに被弾、使用制限」
「多少動きにくくなったか」
冷淡を通り越し冷酷にも聞こえるTAMAの声にサイトさんは毒づく。
「なんでベーセッド社の機体が攻撃を?」
「俺に聞くな!」
思わぬ事態に疑問を口にするボクだけど、しつこく背後については攻撃してくる敵に、サイトさんはそんな余裕もなく、
「とにかくこいつをどうにかしないと……他の奴らはどうしてる?」
同じように迎撃に出撃したはずの僚機をレーダーで確認したサイトさんが、一瞬息を飲む。
「どうしたんですか? ヒッ!」
ボクもレーダーを見て、思わず悲鳴を上げる!
レーダーには無数の輝点が前方に現れたのが見える。
それは徐々に近づいてきて、今にもボクたちとの交戦距離に入ろうとしている。
「こ、これって……」
「敵だとは思いたくない数だな」
震えるボクの声に、少し荒い息をつきながらサイトさんが渇いた声で答える。
「でもこいつらの識別信号も所属不明のまま。味方とは思えんな」
サイトさんが楽しげに言葉を漏らす。
『この状況下で悠長な……』
そんなことをボクは思うけど、もう一つのことにはたと気づく。
『そうだよな、サイトさんは元勇者だもん。こんな事何回だってあったんだから、今度も大丈夫』
目の前の席で敵機化の攻撃を巧みにかわし続けては反撃するサイトさんの姿に、どこか安心感を抱きながら、ボクも自分がやれること、レーダーを確認し随時サイトさんに状況を知らせることをする。
「多数の所属不明機、移動を停止。え? なにこれ?」
「どうした?」
ボクの言葉に不意にサイトさんの手が止まる。すると、
「グッ!」
激しい衝撃音と振動と共に、機体後部の大型スラスターの一機が破壊される!
「TAMA、被害状況は?」
「右後部スラスター破壊。移動自体は可能ですが、戦闘行動は不能と判断」
冷徹なTAMAの声に、サイトさんの歯ぎしりが聞こえる。
「サ、サイトさん、通信回線を広域にして開いて」
「なんでだよ」
「いいから!」
苛立つサイトさんに、ボクも声を荒げる。
サイトさんもボクの様子にただごとではないことを悟ったのか、通信機を広域に切り替え、耳をそばだてる。
『ザ……こ……』
雑音が入り少し聞き取りにくい。激しい移動と戦闘で機体に電波障害でも起きてるのかな?
「敵機はどうしてる?」
「所属不明機の所に向ってます」
「やっぱり奴らの仲間か。まずはもう戦闘がないようだから、TAMA、通信機に出力回せ」
「了解しました」
ベースガンナーのスラスターから火が消え、ボクたちは再度耳をそばだてた。
「こちらは真・魔王軍。貴殿たちは我等が支配領域に侵入している。後退し領域外へと出れば危害を加えないが、これ以上侵入すれば撃破する。再度通告する。こちらは……」
通信機から流れる男性らしい太い声。
そこで語られている新・魔王軍という名前と、明らかになんらかの集団活動が行われている事実。そして……
「これって……」
「真・魔王軍があの機体を使っていたのか? ベーセッド社の機体を?」
ベーセッド社の敵であるはずの真・魔王軍が、明らかにボクたちのベースガンナーよりも優れているガルドナMk5を使っているという現実。
その時ボクは、事態は思っていたよりも複雑で根深いものがあるように思っていた。
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