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No1097-2『うたうひと』~トンネルを出ると……嘘のない真実の姿~

やはり、あのトンネルのシーンは白眉だと思った。
濱口竜介監督の『うたうひと』。
民話の聞き手の小野和子さんが、
移動の車中で、濱口・酒井監督の質問に答えて、しゃべっている。

「やめようと思ったことはないのですか」という問いに
「ないんです。
教科書に墨をぬった世代だから、
自分で確かめたものを信じようとする気持ちが強い。
自分の信ずるに足る根っこみたいなものを、田舎に見つけたい、
そこには、何か本当のものがあるのではないか」
と語る。

「きれいごとばかり言って、
農村なんてみにくい争いばかり、と言ってくれる人もいる。
確かにそういう面もあるとは思うが、
いいところだけでつきあうことができたら、こんな幸せなことはない。
いいところだけでつきあっていきたいと思うし、そうしてきた。
もし、きたないものをみたとしても、それで傷ついてどうしようもなくなるほど
弱くはないと思う」

それまで、ずっとおだやかな笑顔で、
おばあちゃんやおじいちゃんから、民話の語りをたっぷり聞きだしていた小野さんが、
ここではじめて、
ご自分のやってきた、民話の聞き集めみたいなことへの
批判的な意見や視線があると語る。
そして、その批判に対するご自分の考えを話してくれる。
観客としては、少しどきりとして、
そういうまわりからの厳しい見方もあるのだと思わず肩に力が入るシーン。

車は、そうしてトンネルに入って、真っ暗になる。
数秒の闇を経て、
段々と明るくなって、トンネルの向こうに光が見えつつある時だろうか、
再び語りだした小野さんは、この映画の中で、もっとも印象的な言葉を放つ。

「わたしにとって聞くことは、自分を生きていくこと、自分を変えていくことです。
自分を前に進めていくこと、方向もわからないけれどただ歩くことによってだけ、何かをもらえる」

トンネルを出て、明るくなって、気がついたのだが、トンネルの前後で、
監督が運転する普通車から、バスの最後尾へと、乗り物が変わっている。
つまり、違う車中でのインタビューを、
数秒のトンネルの中の闇をはさんで、つなげたと思われる。
このつなぎの、なんとすばらしいこと。

東北という自然条件も厳しい農村なら、それこそ多くの苦しみや悲しさが山ほどあるだろう。
映画の中で、民話を語るばあちゃん個人にしても、
舅にいびられた、悔しくて、悲しい思い出は、きっと語りきれないくらい。
でも、それも、数十年も前のこと。今は、思い出として語れるほどに、相当の時間が経過している。

そういった語られることのない、どろどろした思い、苦しみも悲しみも憎しみも、
みにくいものも何もかも、清濁すべてあわせのんだ、混沌とした深淵から
長い時間をかけて、
ろ過し、浮き上がってきたのが、
いわば民話の世界ともいえる。

映画で語られる民話は、悲しい話もあるが、
大半は、明るく、さっぱりとした気持ちいお話ばかりだった。

ちょうどトンネルで真っ暗闇になった世界が、少しずつ明るみを取り戻していくように、
民話の世界は明るさを保っている。

この光の明暗の変化で、濱口監督と酒井監督は、民話について、直接的には描かなかったことを
示そうとしたのではないか。

しかも、そういった民話の背景をわかったうえで、
聞き手としてどうあったらいいのか、という小野さんの姿を、トンネルを出た後にとらえるなんて、すごい。
そこには、まさに、小野さんの、嘘のない真実の姿が映っていたような気がする。

そんなことを考えていたところ、
今日、木曜の晩、京都シネマで『はじまり』という濱口監督の初期の短編作品を観た。

女の子が延々とひとりでしゃべりながら歩いていく。
途中、友達の男の子と会って、しゃべったりもして、別れて、トンネルに入る。
真っ暗になって、出てきた時には、
ほぼ同じような服装だが、
マフラーが違ったり、ヘッドホンしてたり、少し変わっている。
なんと、トンネルに入る前は年末だったが、
出た時には、年始になっていると、
時間がとんでいることが、会話からわかり、おもしろい。

トンネルを出て、歩いていくと、
年末に会った男の子が、再びここでも現れる。
しかも、年末話題にのぼった男の子と二人連れ。
今度は、3人でのおしゃべりが始まるが・・
というおはなし。

フィクションですでに試していた方法を
見事、ドキュメンタリーのみせどころで、絶妙な形でつかわれるなんて、
さすが、濱口監督だなあと、
あらためて、なにげないシーンのすごさ、作家性に圧倒されました。

参考:『うたうひと』サイト プロダクションノート(小野さんのお話)
    聞くことについてのとても味わい深い文章が、下のほうに掲載あります。

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