1日1話・話題の燃料

これを読めば今日の話題は準備OK。
著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

2/20・小説の神様、志賀直哉

2013-02-20 | 文学
2月20日は、「はたらけど はたらけど 猶(なお)わが生活(くらし) 楽にならざり ぢつと手を見る」と歌った石川啄木(1886年)や、「ミスター野球」長嶋茂雄(1936年)の生まれた日だが、小説家、志賀直哉の誕生日でもある。
自分は二十代のころに志賀直哉全集を買って以来、ときどき開いては読んでいる。志賀直哉は大好きで、子どものころからかなり読んできたつもりだけれど、まだまだ読んでいないものも多く、あまり熱心な読者とはいえない。
自分の本棚には、芥川龍之介全集と、志賀直哉全集が仲良く並んでおいてある。芥川と志賀は同時代に生きた作家で、芥川のほうが九つだけ年下である。芥川は、志賀より後で生まれて先に死んでいった。二人とも人気作家で、短編の名手で、どちらの作家も、読んでおもしろくない作品が皆無である。
この両雄のちがいを、谷崎潤一郎はこう述べている。
「同じ短編作家でも芥川君と志賀君との相違は、肉体的力量の感じの有無にある。深き呼吸、逞しき腕、ネバリ強き腰、――短編であつても、優れたものには何かさう云ふ感じがある」(谷崎潤一郎『饒舌録』)
さすが谷崎、的確な指摘である。自分もまったく同感で、志賀直哉の文章を読むと、そこに志賀直哉のからだつきなど説明してないのにもかかわらず、この文章を書いた人はきっと、骨の太い、腕力の強い、ひきしまった筋肉質の、たくましい肉体をもっているにちがいないと感じる。読む者をして、そう思わせる「肉体的力量の感じ」が、志賀直哉の文章にはある。こんな文章を書く人は、大昔から現代までを通して、ほかにいなかったように思う。

志賀直哉は、1883年、宮城県石巻町に生まれた。父親は銀行マンで、後、高校や鉄道会社などに勤務した。直哉は2歳のとき東京へ引っ越し、祖父母のもとで育った。小学校から高校まで学習院に通った。スポーツと歌舞伎、女義太夫にいれこみ、東大の英文科に入学。大学にはほとんど行かず、小説を書き、遊び、旅をしてすごし、やがて退学している。
武者小路実篤、里見、有島武郎らと、同人誌「白樺」を創刊。この雑誌に『網走まで』『剃刀』『老人』『濁った頭』など、名作を次々と発表。作品はほかに『城の崎にて』『和解』『焚火』『暗夜行路』など。「小説の神様」と言われ、日本ペンクラブ会長を務め、文化勲章を受賞し、1971年、88歳で亡くなっている。葬儀は、青山で無宗教の式が営まれた。

やはり好きな作家について書こうとすると、いろいろなことが頭の底からわきあがってくる。善きにつけ悪しきにつけ志賀直哉と、なんらかの関係があったいろいろな人たち、芥川のほか、泉鏡花、武者小路、小林多喜二、太宰治、織田作之助、菊池寛、川端康成、横光利一、小林秀雄、中島敦、三島由紀夫、サイデンステッカーなどなど、いろいろな作家たちの顔が思い浮かんできて、収拾がつかなくなり、結局、何も書けなくなってしまう。
困ったものだ。

志賀直哉の作品に「沓掛にて」という短い文章がある。これは、長野県の沓掛にいたときに、芥川龍之介が自殺した報せを聞いて書いたもので、「芥川君のこと」という副題がついている。
生前の芥川龍之介と会って話した思い出を、いつもながらの簡潔で、力のこもった文体でつづったものだけれど、心打たれる名文である。
川端康成は、この文章を読むと、芥川のことを思って涙する、と言った。
志賀自身も、べつのところで、「沓掛にて」を書いたときは、そうとうに強い気持ちがあった、ということを書いていた。噴きだしてきそうになる情緒的なものを、あえて押し殺し、強い気持ちで書いた、そういう文章である。
機会があったら、ぜひ一読をおすすめします。

志賀直哉にはまた、「泉鏡花の思い出」という随筆がある。こちらは、生前の泉鏡花に会ったときの記憶を書いたもので、そのなかに、訪ねていった泉鏡花の自宅で、将棋をさしたときの様子が書いてあって、それはこんな風である。
「将棋をされるといふので、私はあまりうまくなかつたが、駒を並べ、さて始めようとすると、こつちの飛車と向ふの飛車と、こつちの角と向ふの角とが向ひ合つてゐた。注意するのは何となく悪いやうな気がして拘泥したが、そのままでは指せないので、遠慮しながら、注意した。泉さんはあわてて飛車と角とを置きかへられた。ところが、やつてみるとどうもへんなので、よく見ると間違つてゐたのは私の方だつた。これには、自分ながら驚いた」(「泉鏡花の思い出」『志賀直哉全集9』岩波書店)
泉鏡花は志賀直哉の大先輩だが、たがいにその才能を認め、尊敬の念をもち合っている作家同士で、その二人の性質がよく出ている場面で、おもしろいなぁ、と思う。こちらも、おすすめです。
(2013年2月20日)


著書
『12月生まれについて』

『新入社員マナー常識』

『ここだけは原文で読みたい! 名作英語の名文句』

『ポエジー劇場 天使』
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