本「花の知恵」

   花の知恵  モーリス・メーテルリンク著
 
 高尾歩 訳 1992年 工作舎発行


思い出したついでに再読。

「原題は、L’Intelligence des Fleurs。ですから、本来は、『花の知性』と訳すべきと思う」と、後書で、訳者。  知性とは、物事を論理的に判断してゆくことですから、花は人と同じように、いえ、もっと!? ……

 花には、光の方向へ、精神の方へ向かおうとする植物の生命の
 努力が 結集されているのである。


運命

一切が受容、沈黙、服従、瞑想の印象を与え、ひじょうに平穏な諦観の境地にあるように見える植物界ではあるが、実は、そこでは運命に対する最も激しい、もっとも執拗な抵抗がなされている。

植物の主要器官、栄養をもたらす器官である根は、植物を地面にしっかりと繋ぎとめている。人間はさまざまな掟に圧倒されていて、もっとも重くのしかかっている掟が何であるかを明かすのが難しいが、植物にとってもっとも重い掟といえば明らかだ。それは、植物が終生の不動を宣告されているということである。

それゆえ、漫然と努力するばかりのわれわれ人間と較べて、植物はまず何に対して抗うべきかをよく知っている。そして、植物の執念のエネルギーが根の闇を上がって、やがて器官を形成し、花となって光のなかに咲くさまは、比類ないスペクタルである。

このエネルギーは、ことごとく、ひとつの同じ目的に向けられている。低さという運命を逃れて高みへ向かうこと。重く暗い定めを何とかうまく脱し、自由になり、狭い世界を打ち破り、翼を発明したり翼の助けを借りたりして、できる限り遠くへ逃れ、運命によって閉じ込められていた空間を征服し、自然界の他の領域に近づき、動きのある活気に充ちた世界に入り込んでゆくこと。

植物がこの目的を果たすということは、たとえばわれわれ人間が運命の割り当てる時間を超えて生きおおせるとか、あるいはまた、物質の法則というもっとも重い掟から解放された世界に入り込むことに成功するとかいうのと同じくらい驚くべきことではないだろうか。

花が、人間にとって、反骨精神や勇気、粘り強さ、そして創意工夫の、ただならぬ手本であることが分かるだろう。

人間が、たとえば苦しみや老い、死といった重くのしかかってくるさまざまな必然を取り除こうと、庭に咲く小さな花が発揮するエネルギーの半分でも注いでいたとしたら、人間の運命も今のそれとは大きく異なっていただろうと考えられるのである。

   
想像力

人間の発明が進んでゆくのも、まさにこうして、小さなことの積み重ねによって、やり直しや手直しの繰り返しによってではないだろうか。機械産業の最先端において、点火や気化やクラッチや変速の改良がわづかながらも不断におこなわれてきたことは、誰もが目にしてきたところである。

どうやら本当に、人間にさまざまな考えが浮かぶのと同じように花にも考えが浮かぶものらしい。花は、人間と同様の闇の中を手探りで進み、同様の未知なるもののなかで、同様の障害、同様の悪意に出会う。そしてまた、同様の法則、同様の失望、すぐには手にすることのできぬ困難に充ちた同様の勝利を知っている。

花には、人間の忍耐強さ、粘り強さ、自尊心があるらしい。人間と同様の微妙に異なる多様な知性をもち、人間とほとんど同じ希望と理想をもつらしい。

花は、人間と同様、最後にようやく助けの手を差し伸べてくれる超然たる大きな力に対して闘っているのである。


幸福

「自然」が美しくありたい、好かれたい、楽しませたい、幸福であるところを見せたいと望んで行うことは、人間が「自然」の宝を意のままになし得るとしたら行うであろうことと、ほとんど変わらないのだ、と。

こういう言い方をすると、「摂理」はつねに大河が大きな街の近くを流れるように仕向けるといって感嘆していた、あの司教にいささか似た物言いをすることになるのは分かっている。しかしながら、こうした事柄を人間の視点以外の見方で考察するのは困難である。



楽しいですねえ

いくつもの聖書の言葉が浮かんできますし、

大宇宙の知性も人も花も、細い糸のようなものでつながっているような気がしてきます。

素直な美しい眼差しと、深い知性のひらめきを感じます。この本には、困難を吹き飛ばす力があります。


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たかむらのかぜ

 詩集「定本」竹の思想 より


   竹十章

   なにもない  

   風がただ竹に鳴っている
   耳の奥の新しい暦のなかで 

   ――でも非常に豊かだ

         *
 
   水に濯いつくされた孤独だけがここにある
   己を一株の竹の下に佇ませよう
   静かにかなしむがよい 

   恋わざるごとく なおなにものかを恋うごとくに
 
         *
                            
   四十余年為すこともなく枯れたり

   遠く遊びて竹を聴かんことを願う

   己のうちに誕まれんとして
   まさに歌こみあぐるならば生くるべし
 
         *
                                 
   孤独 
   それもよい
   俗塵を嫌う訳ではないが 
   なにやらん 
   さやさやと
   しきりに鳴るもののありしゆえに
 
         *
                     
   友もまた疲れたればこの世ののぞみにときて多くを語ることなし
   いささか足れば誘いて一杯のコーヒーをすすむるなり
   匙の重みのなかにながれゆくものをかんず
   都に住みてつねに竹を恋うなりといえば友は言わず笑いき

         *
                         
   竹薮のなかにて友はわれをもてなすべき鶏をむしれり
   竹の葉を洩るるまだら陽のなかに友はかなしむごとく佇ちたり
   茜に陽は沈み落ちんとし
   鶏の白き羽ちらばりいたり、互いに言葉交さざりしが――

         *

   ひとに与うるものなければあたたかきまことをつくすべし

   「ふるさとの山は竹が多く竹のなかでぼくは育ってきた
   だからといってぼくの品性がゆたかであるというわけ
   でもないのだが……」

         *

   少しもかなしんでいない
   いつもなにかに聴き入っている
   なにが聴こえるのか
   ひとにいうほどのことでもないが

         *

   誰かを待っている
   もう諦めてもいる
   とうとう逢えなかったのだと

   せっかくこの古雅な淡緑の思想を孤寥のなかに湛えて生きて
   きたのだが……

         *

   竹のなかに一管の笛あり
   斫りてわがかなしみを絶つべし
   汝、なにを恋うて生きたるや
   遙かにあるとしもなき諷騒のたぐいにすぎざりしに
                           



大地にしっかりと根を張り 天に向かい 風に光に身を任せる。
伊藤桂一の文学はそのような竹の姿と重なって見えます。

氏は、若い時分から<修業>という言葉にふさわしい姿で文学
に向かわれ、44歳でこの私家版の詩集『竹の思想』を出され、
その直後に、短編小説「蛍の河」で直木賞を受賞されました。
そして、温和で誠実な人柄を映す作品を数多く記されています。




この詩集を思い出したのは、Y師同門会の名前をお聞きしたからです。
ちょっと連想したのです。
藪克徳師 篁風会

しかし、さて、困ったな。
私は何であれ、所属することが好きではない。
今のままではいけないのかな。
それは、無責任ということになるのかな。

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「交渉術」つづき

   交渉術   佐藤 優 著

もう少し写させてもらいます。

「ターゲットの論理を深く知ることは、交渉術の要諦のひとつである」と著者は、1940年に陸軍省兵務局防衛課の大坪義勢大佐が書かれた本を引用しています。

最も恐るべきものは、古事記であるとか、日本書紀、あるいは源氏物語、竹取物語、平家物語、そういう種類の本をたくさん買っている。

これは私は共産党の思想謀略というものが、昔と全然行き方が違って、もっともっと巧妙にやってくるんじゃないか。

今までは日本の国体を知らなかったから失敗した。ただしこれからの先の行き方は、そういう本をたくさん買っているところを見ると、段々巧妙になりまして、日本人が気が付かない間に魔の手が伸びてきて、気の付いた頃にはちょうど肺病患者のように知らぬ間に病勢が進行し、気の付いたときにはすでに命旦夕に迫ったという形になるんじゃないか。

いや、事実、彼らの魔手は既に巧妙にのばされている形跡があるのであります。

70年を経ました。

思い出したことがあります。

メーテルリンク著「花の知恵」は、自然と生命と知性について観察・思索された楽しい本でした。その中に、

  不器用な、あるいは不運な植物や花はあるとしても、
  知恵と創意工夫に全く欠けた植物などひとつとしてない。
  植物はみな、力を尽くして本分を全うしようとしている。

  自分たちが体現している存在形態を無数に増やして地球の
  表面を侵略し、征服してやろうという壮大な野心があるのだ。
  
  しかし、定めによって地面に繋がれているゆえ、この目的を
  果たすためには動物の繁殖に較べてはるかに大きな困難を
  克服してゆかねばならない。

  かくして大多数の植物が策を弄し、謀をめぐらし …



と、植物のエネルギッシュで遠大な計画と努力が語られているのでありました。

花ほどの 執念と活力と知恵、私等に有や~ 


私が承知する限り、能力の高い学者が、正確なデーターと深い洞察に基づいて、政府の外交政策を批判すると、それに耳を傾けざるを得なくなり、外務官僚の思惑通りに物事を動かすことができなくなるので、能力の高い学者を遠ざける傾向があるというのが外務省文化だ。したがって、アカデミズムにおける一流の知性が現実の外交政策に反映される傾向はほとんどないのである。(320頁)

はて? 官僚文化ということね~
御用学者さんたちの有様は、今回のことで確と見ました知りましたっ。エリート官僚も、嘘つきっ。財務省に能力の高い学者を登用し、見えるところで政策議論をして!


北方領土交渉に関して、「首脳間の個人的信頼関係に基づく外交は邪道である」という批判は、ロシア政府の内在的論理を知らない者の意見だ。ロシアにおいて、ある種の問題は、官僚レベルはもとより閣僚レベルでも解決できない。 略 とにかく最高権力者しか北方領土問題を解決することはできないのである。
ただ今のロシア情勢→プーチン首相の大統領選出馬メドベージェフ氏はロシアのナショナリズムをあおるため北方領土を訪問し、領土交渉は完全にゼロの状態に陥った。プーチン氏は(平和条約締結後の歯舞、色丹両島の日本への引き渡しを定めた)「56年宣言」をロシアにとって「義務的なもの」と認識しており、この点でも2人の戦略は大きく異なる」(佐藤優氏=産経)



それから「政治家の功名心で領土問題が捻じ曲げられた」などという批判は、きわめて稚拙だ。功名心は名誉心と言い換えてもよい。そもそも政治家がリスクを冒して、何か行動するときの動機は、究極的に名誉化利権に収斂する。私が実務で経験したところでは、日本でも、ロシアでも、イスラエルでも同じである。恐らく、アメリカ、イギリス、ドイツでも同じだと思う。政治家が、名誉や利権を追及することによって現実の外交は動いていくのである。



現役外交官時代、政治家と付き合うに際して、私は自分の心の中で一つの基準を定めた。政治家が外交に関与するときの動機が、個人的利権である場合、そのような政治家には付き合わない。日本の国会議員でも、極東でホテルやカジノを経営したり、ロシア屋ウクライナからロシア人女性の受け入れをすることで利権構造を作っていた人もいたが、そういう人との付き合いはできるだけ素っ気なくして、御縁をつけないようにした。



政治家の動機が名誉で、それが北方領土問題の解決と結びつく場合には、私も一生懸命になってそれらの政治家を支えた。現役外交官時代の私にとって、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗の三総理、高村正彦外務大臣、鈴木宗男官房副長官は、いずれも名誉を追及する政治家だったのである。
しかし、橋龍さんは女性に対して大した自信家だったらしい。 目をつぶって丸くなったのは西村六善欧亜局長。外務省・松尾事件。佐々枝賢一郎総理秘書官几帳面で小心。斉木昭隆内閣副広報官四条件満たす人物。海老原紳総理秘書官陰性。河相周夫官房長北方領土解決に反?東郷和彦大使三代目キャリア外交官。現役外務省職員で、ロシア人と同じように流暢かつ正確なロシア語を話すのは、ノンキャリアから年次が落ちるキャリア扱いの「特別専門職」に登用された川端一郎欧州局ロシア室長
    
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プレゼント

贈り物

  

  

孫のイーちゃんとアーちゃんからのプレゼントです。
イーちゃんの似顔絵、上手でしょアーちゃんのグルグルも
メッセージも書いてくれたイーちゃんは、
 「とても難しかったんだ。大事に使ってね」って 

ありがとう~



旅行に出かけた娘からは、いま、韓国で人気という…
カタツムリとか、ヘビ毒とかの美容品 
とても効果があるそうですがもったいないので、
まだ使わないで眺めています

ありがとう~






  天広々いつとはなしに秋の夕


  
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秋の日に

21日、台風15号による強風で近くの電線が切れました。
21日夕方5時ころから、22日夜の10時に復旧するまで、
長時間停電に見舞われました。

ガスと水は大丈夫でしたが、電気の通じない生活は、不便
というだけではなく鬱陶しいことでした。 真夏ではなくて助
かりました。

夜、二日分の洗濯をし、冷蔵庫の中を片づけて、翌23日に
は五十日祭で富士山のふもとの町へ出かけました。弟と妹
と一緒です。祖母と父のお墓参りもついでに

富士山は雲がかかって見えませんでしたが、辺りはすっかり
秋めいていました。さあ太陽からだんだん遠ざかりますよ~
と、ひんやりとした風が伝えていきます。

直会は欠礼して、そのまま実家に回りました。実家も、温室
が倒れたということで、母が悲鳴をあげています。テラスから
庭に吹き飛ばされてガラスが散乱していました。 植木鉢と
ガラスとフレームを分けて危なくないようにして、 後はシル
バー人材センターの方にお願いすることにしました。


私どもはこれくらいのことで済みましたが、列島縦断していった
15号台風は、広範囲で暴風雨の被害をもたらしたようです。
お見舞い申し上げます。
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稽古

 9月20日(火曜日)13時から

 謡曲 「胡蝶」 最後のところだけおさらいしてお終い。

この曲、好きでした。情景が分かりやすく、胡蝶が可愛らしく思えました。胡蝶に限らずどの曲の場合も、お稽古が終わってしまうときはとても名残惜しい気持ちになります。


 謡曲 「経政」 1回目
「是は仁和寺御室の御所に仕へ申す。大納言の僧都
行慶にて候。

さても平家の一門但馬の守経政は。いまだ童形の時より。君(きみ)御寵愛なのめならず候。然るに今度(こんど)西海の合戦に討たれ給ひて候。

又青山(せいざん)と申す御琵琶は。経政存生の時より預け下されて候。彼の御琵琶を仏前に据ゑ置き。管絃講にて弔ひ申せとの御事にて候程に。役者を集め候。

げにや一樹の蔭に宿り。一河の流を汲む事も。皆これ他生の縁ぞかし。ましてや多年の御値遇。恵を深くかけまくも。忝くも宮中にて。法事をなして夜もすがら。平の経政成等正覚と。弔ひ給ふ有難さよ。

「殊に又。彼の青山と云ふ琵琶を。 彼の青山と云ふ琵琶を。亡者の為に手向けつゝ。同じく糸竹の。声も仏事をなしそへて。日々夜々の法の門。貴賎の道もあまねしや

風枯木を吹けば晴天の雨。月平沙を照らせば夏の夜の。霜の起居も安からで。仮に見えつる草の蔭。露の身ながら消えかへる。妄執の縁こそはかなけれ。


仁和寺の御室の御所に仕え奉る、大納言の僧都行慶である。

さて、平家の一門、但馬守経政は、子供のころから法親王のご寵愛が深かったが、今度の西国の合戦に討たれ給うた。

生前貸し与えられた青山という琵琶を仏前に供え、管弦講をして回向せよとのことなので、訳の者を集めるのである。

諺に、一つ木陰に宿り一つ流れを汲むのを他生の縁というが、まして長年のご寵愛を受けて深い恵をかけられ、畏れ多くも宮中で法事をして、夜中、経政の成仏を祈り給うのは、真にありがたいことである。

殊に、青山という琵琶を死んだ者のために手向け、管弦の法事をして日夜とむらい給う。全く、仏道は貴賎の区別なくあまねくいきわたるのである。

詩に「風が枯木を吹く音は晴れた日の雨ろ聞こえ月が砂原を照らせば夏の夜の霜のようなものである」と言うが、自分は雨にも霜にも落ち着かず、仮に草葉の陰から現れたのだ。身は露のようにはかなく消えながら、猶、執着が残るのは浅ましいことである。


  お稽古を始めた当初、謡本の字が全く解りませんでした。それが今は、
  節までなんとなくわかって謡えるようになりました。
  そこをY師に褒めていただいて嬉しかったので、丁寧に挨拶をして立ち
  去ろうとしましたら…立ち上がれない~足がしびれて動けない~
  相変わらずなのでございますのよ。



  仕舞 「嵐山」 4回目

 蔵王権現一体分身同体異名の姿を見せて。
 おのおの嵐の山によぢのぼり。~ 


 …「もう少し進みましょうか?」と師。 no! no!  
 もう、アタマがイッパイ~!
  
 左へ廻りながら扇をひろげるところ 「扇を見て!」…後ろ向き
 だったのに、見てないってどうして判っちゃうのかな~

 「腿を上げてしっかり拍子を踏む!」 むむ…凄いこと発見っ
 そうすると全身の無駄なお肉が震えるの~! やだ~!
 
 
ヤギさん、お休み。午前中、診療(お医者さん)なのでお疲れか。
お寺の奥様のセツ子さんは「お手洗いにもいけないほど」の
お忙しい中をいらっしゃいました。お彼岸ですね
稽古場から4軒お隣にお住いのジュンコさん、見学。
ヒロさんはどうしていらっしゃるかしら?メールしてみるつもり

1日違いで、今日は台風15号で大変な状況です。
無事お稽古が出来てよかったです。ありがとうございました。
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本「交渉術」

    交渉術 

 佐藤 優 著  文芸春秋 2009年1月30日 発行



著者は、在ロシア日本大使館勤務などを経て、1995年より国際情報局分析第一課に勤務し、主任分析官として活躍されました。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕され、512日間東京拘置所に勾留された後、05年2月、執行猶予付き有罪判決を受けました。現在は、最高裁に上告中で、作家・起訴休職外務事務官として執筆活動中ということです。

たくさん本を書かれてます。 私は、『国家の罠』を読んだきりですが、このときよりさらに文章は巧みに、そして意のまま思う存分に書かれているように思いました。


この本が、文字通り「交渉術」について記しているところは、そう多くはありません。第1章の「神をも論破する説得の技法」が、そこにあたります。

聖書から、神と預言者との間に繰り広げられている交渉―――全知全能の神に対しても、交渉の土俵に上がらせて条件交渉に持ち込み、つねに合意を得ながら進めていく―――を読み取ります。そして、このような論理基盤を相手が持っていることを深く知ることが、交渉術として大切であると言っています。

また、交渉には3つのカテゴリーがある と。
  
〈1〉「交渉しない」という手もある。交渉をおこなえば損することが明らかな相手の場合は同じテーブルに着かない。しかし、このような場合でも、内在する理論は徹底的に研究し情報は確保し、組織を攪乱する工作は行われているはずで、「空白」ということではない。

〈2〉「暴力で押さえつける交渉」 一方的にこちらの要求をのませる。これは、圧倒的に力の差がある場合のみ。〈3〉の方法と併用されることもある。日常生活ではペットとの交渉に有効。

〈3〉「取引による交渉術」。これが、狭義の交渉術にあたる。

貨幣や商品が交換されるように、互いの情報や条件などで集団間の問題を解決するのが、交渉。―――というのが、が著者の考え。 確実に勝利できる交渉術はない。しかし、自分の通った道も失敗も書き置くので、原則と事例を研究し、交渉能力を強化する方策をたて、日本的交渉術を形成していってほしいという願いが伝わってきます。 


ということで、あとは実戦編。 著者が関わった交渉の詳細とその裏話になります。

外交の世界で「ぼんやり」と「へたくそ」は、国益を大きく損なうことになるので犯罪だ。ということですが、「日本外交は場当たり的で戦略も交渉術も大したことはない」と日本人は自己卑下する傾向があるが、実はかなりの水準に達している と、まんざらでもない評価。北方領土交渉については、「狡猾な日本外務省のロシア屋たちはここに目をつけた。云々…」。と、大いに褒めています。せっかくの知恵も実らすことができず、残念なことでありました。鈴木宗男氏の「ムネオハウス」にも戦略がかけられていたわけなのでありますね。 そのこととは別に、お役人の、組織を守る生き残り戦略も「見事だった」と褒めています。

一般社会では道徳や倫理に従った行動が善として賞賛されますが、『交渉術』というのは善も悪もなく是非善悪にかかわりのない技法です。ですから、心理学はもちろん、動物行動学からも学んで、罠に陥れたり堕落させたりという手段も当然使われるわけです。

著者は言っています。普通の日本人は「中国やロシアは日本人をハニートラップにかけるが、日本はそれに対して何の反撃もできない」といら立ちを強める。しかし、外国のインテリジェンス専門家から見ると「あれだけエゲツない工作をしながら、日本人はよく言うよ。自分だけ生娘のようなフリをして。自分の〝汚い〟部分には目をつぶり、他人だけを批難する、実に卑怯な連中だ」ということになる。 ということになるそうです。「接待」という言葉を使い、必要に迫られて(か?)、行われていないわけじゃないわけなんです。

このような認識の非対称性を矯正することが、インテリジェンス交渉術の大前提になる。 と。


ということで、道徳や倫理に従うことが善であると思っている私にはついていけない社会でありますが、物事を知り、その本質と意義を理解しようと心がけることは必要ですよね。


「賢い賄賂の渡し方」

さて、インテリジェンス工作の専門家は、どれくらいの工作費を使うことができるのであろうか。  イスラエルの専門家によると、工作費についてはほぼ青天井。事務所の備品代などは、例えば読書灯を買い替える場合などは見積もりを3通取り1番安いもの以外を買う場合は理由書を提出する必要があるそうです。

チェックは厳しく、銀行口座のチェック、嘘発見器による訊問、家宅捜査など、徹底した性悪説の原理に立ったうえで、運用は性善説に基づき多額の工作資金を認めているということです。

日本の場合は、インテリジェンスの国際スタンダードとは逆で、性善説の原理に立ち、運用は性悪説という間抜けな対応をしているので、情報収集や工作活動にカネを機動的に使うことが出来ない。これでは、戦う前にインテリジェンス戦争に敗けているようなものだ。 と、著者は言っています。ただし、カネをかけさえすれば情報をとることができるかと言えば、そうではない。とも。


大変過酷なお仕事です。国会議員とのつながりもありますから、タフな人でないと務まらないと思いますが、中には弱さを武器にする人もいるようです。「うめき声をあげてアルマジロのように丸まってしまった」(絨毯の上で実際に!)という規格外の恥知らずの行動をとったおかたは、重要な仕事が与えられず、したがって大きな失敗もなく生き延びている。減点主義の組織文化の中では、こういう人が出世できたりすることもあるらしいです。

「田中真紀子さんにはいっさい知られないようにして、重要情報を収集して外務本省に送れ」、などという面倒な指示もでるわけですからたいへんですね。 私は、「御庭番」を連想しましたよ。


「あとがき」の中に記されていることを少し書き写します。


私が外交官としてやりたかったことは、
 歯舞群島、積丹島、国後島、択捉島の北方四島を日本に取り戻すこと
 日本外務省に国際水準の対外インテリジェンス機関をつくること
の二つだった。



日本人は、政治家の底力を軽視する傾向がある。これが日本の交渉能力を弱めている。



元ロシア国務長官にいつも言われた二つの事。
 
 一つは、「過去の歴史をよく勉強しろ。現在、起きていること、また、近未来に起きることは、必ず過去によく似た歴史のひな形がある。それを押さえておけば、情勢分析を誤ることはない」

 二つ目は、「人間研究を怠るな。その人間の心理をよく観察せよ。特に、嫉妬、私怨についての調査を怠るな」

この視点をつねに考慮しながら本書を書いた。


外務省の内部抗争で私たちは敗北した。北方領土問題を解決し、日露の戦略的提携を深め、アジア太平洋地域に新しい秩序をつくり、今後、帝国主義的傾向を強める米国、中国、ロシアとの間で勢力均衡外交を進めようとする外交官たちには「宗男派」というレッテルが貼られ、放逐された。

私が逮捕され、葬り去られるだけならばいい。私を信頼し、当時の日本外交の方針が正しいと考えたロシア語を専門とする外交官の多くが、ロシア担当から外され、また、私のチームで国際水準のインテリジェンスの訓練を受けたキャリア、ノンキャリアの双方の同僚や後輩が、情報・分析部門からはずされている。この状況が改善される兆しはない。


本当にもったいないことであります。

鈴木宗男氏のこと、エリツイン氏、橋本、小渕、森の三総理、米原万里さんのことも詳しく記されています。とても面白く読みました。田中さんが、米国同時多発テロ事件直後に、米国務省の緊急避難先を新聞記者たちの前で話してしまった事件がありましたが、著者は 「田中氏が情報を漏らしてしまったのは事件ではなく事故である。田中氏はインテリジェンスの観点から、公開してもよい情報と秘匿すべき情報の区別がつかない。秘密がわからない人に秘密を守れと言っても意味がないのである」と。
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思い出したこと

ずいぶん前の事ですが、思い出したことがあります。

網戸の張替えと修理を頼んだ時の事でした。70代のご夫婦で、他県から車で回ってきたかたでした。丁寧だからなのでしょうが、どうもテキパキと仕事が進んでいるようには見えず、「ここはどうなっているのかなぁ。ん…あるかなぁ」などとつぶやくのが聞こえてきました。

私は、夕方までに全てが片付くのか心配になりました。すると、そのかたがまるで歌うように「ゆっくりやれば大丈夫。時間をかければなんでも巧くいきますよ~」とひとり言。道具箱から部品を探し出しながら、時間はかかりましたがしっかり仕上げてくれました。

自分自身にはいくらでも我慢するのに、人に対しては忍耐強く待つことができないものだな、と。子育て中も、早く早くとせかした覚えがあります。


  農夫は、秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、
  大地の尊い実りを待つのです。(ヤコブの手紙)


ドラマが終わる前にドラマの事をとやかく言ってはいけません。なぜなら、ドラマの筋は場面がいろいろ変りますからね、とも。


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野田内閣発足

野田内閣は、平成23年9月2日皇居での首相の任命式と閣僚の認証式を
終え、発足しました。


  総 理   野田 佳彦 54才

  総 務   川端 達夫 66

  法 務   平岡 秀夫 57

  外 務   玄葉光一郎 47

  財 務   安住  淳 49

  文部科学  中川 正春 61

  厚生労働  小宮山洋子 62

  農林水産  鹿野 道彦 69

  経済産業  鉢呂 吉雄 63

  国土交通  前田 武志 73

  環境原発  細野 豪志 40

  防 衛   一川 保夫 69

  官 房   藤村  修 61

  国家公安  山岡 賢次 68

  郵政改革  自見庄三郎 65

  国家戦略  古川 元久 45

  行政刷新  蓮   舫 43

  震災復興  平野 達男 57


代表選での演説は、野田さんが1番よかったと思いました。ユーモアも感じられましたし、コミュニケーション能力の高いかただと思います。安易なパフォーマンスに走るようにも思えません。…演説をあの細川さんに相談したという記事を見ましたが…細川さんを見習っちゃったらいけませんですよ~。

組閣については、あれれ??というところもあります。けれど、 人は、変わりますからね。人の心は、熱意とか真心とか心意気とか真実といわれるものに接して、化学反応のように変容することがありますからね。 聖パウロのように、または。。。 政治家にもいらっしゃいましたですね

【野田新代表】
野田氏の代表選政見演説要旨 2011.8.29 22:36 産経新聞より

昭和35年、日本社会党の浅沼稲次郎委員長が刺殺された。母に理由を尋ねると「政治家は命がけなのよ」と言われた。初めて政治を意識した瞬間だった。

初めての選挙は62年4月の千葉県議選。半年前から毎朝、街頭に立ち昨年6月まで四半世紀続けた。(平成8年衆院選で)105票差で敗れた。「一票は重い」と言いながら徹しきれなかったと痛切に反省した。一人一人を大切にする政治は私の原点だ。民主党の同志も大切にする。排除の論理は絶対に通さない。

朝顔が早朝に可憐な花を咲かすには何が必要か。答えは夜の闇と夜の冷たさだ。夜の闇と冷たさの中で明かりと暖かさを求めている人が大勢いる。今こそそんな政治を実現したい。

中産階級が日本の底力だった。こぼれた人はなかなか上がって来られない。そこに光を当てるのが民主党の「国民の生活が第一」という理念だ。理想を掲げながら現実に政策遂行するのが私たちの使命だ。

財政を担当し税金の使い方を改めた。議員定数削減、公務員定数と人件費削減にも全力で戦う。それでも足りないときは国民に負担をお願いするかもしれない。政権与党は幻想を振りまくだけではいけない。

相田みつをの「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」という言葉が好きだ。首相になっても支持率はすぐ上がらない。だから解散はしない。政治を全身全霊を傾けて前進させる。どじょうの政治をとことんやり抜きたい。
 理解できない箇所もあるんですが

見込み違いだったお仲間は躊躇うことなく切り捨てて、「国民の生活が第一」を貫き通してください。
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言葉の品格

産経新聞 「話の肖像画」
3日続きで「甦れ日本」と題する、藤原正彦氏にインタビューした記事がありました。

高名な学者さんですよね。ご意見を書かれたものは時々読んでいます。「国家の品格」という大ベストセラーを私は読んでいませんが、その著者でいらっしゃることは知っています。

で、その「甦れ日本」上中下の第一日目で、私がずっとこの方に違和感を感じていた理由がわかりました。

 ――それにしても政界の混迷はひどい

 藤原 民主党政権ができたときには大いに期待しました。前の自民党政権に幻滅していましたから。おそらく国民の多くもそう思っていたでしょう。ところが、民主党は政治のプロではなく“素人集団”でした。そのくせ、官僚を外して「政治主導」をぶち上げたものだから、すべてがめちゃくちゃになってしまった。官僚というのは最も優秀な「その分野のプロ集団」。政治家は官僚を排除するのでなく、その知識や経験を利用し、おだてて死にものぐるいで国家に尽くさせればいいのです。


「その知識や経験を利用し、おだてて死にものぐるいで国家に尽くさせればいいのです」

この箇所がぞっとするくらい、私は嫌ですね。 

とても「品格」を語る人の言葉とは思えない。
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