鼠丼

神の言葉を鼠が語る

<800> 240109 いくつになっても親に心配をかける話2編(夢十夜の七)

2024-01-09 18:41:04 | 短編小説
1)
 こんな夢を見た。

 私は会社で片づけをしている。机の中から何冊もノートが出てくる。普段メモ代わりに使っているノートで数十冊にもなっている。定期的に廃棄しているのだが、それが不思議とごっそりと机の中から出てくる。
 私はびっしりと書き込まれたノートを見返しながら、必要のなくなった古いノートを捨てている。
 
 手持ちの未使用のノートが切れたので、文房具屋に買いに行くことに。確か会社は都会の真ん中にあるはずなのに、会社から一歩出ると見覚えのある郊外の小さな商店街である。
 見覚えがあるのは当然で私が数十年前まで生活していた実家の近くの駅前商店街である。文房具屋は私の同級生だった山本さんの実家である。もしかしたら山本さんがいるやもしれぬ、などと思いながらその文具店でノートを買い求めることにする。
 手元にまだ数冊の使用済みノートが手元にある。確かに会社を出る時には全て不要のノートは捨ててきたはずなのに。

 文房具屋に入ろうとしていた私はふと足を止める。
 その中の一冊に「ジャポニカ学習帳」と書いてある。会社でこのように子供が使うノートを使っていたのだろうか、といぶかりながらページを繰ってみると、どうも子供の字である。ノートの裏には私の名前が。唐突に、お袋が書いた文字であると思いだす。
 それは太いマジックで書かれた私の名前で、達筆な文字は紛れもなく母親のものだ。

 私は文房具屋から引き返し、ページをさらにめくってみる。ノートの前半はわたしの文字で埋まっていたが、後半はまだ使っていないのだろう、空白だった。
 さらにページを繰っていた私の手が止まる。最後のページに「いっぱい勉強して立派な人間になってください。」と、やはり達筆で母親の
メッセージがある。
 その文字を読んで私は突き飛ばされたように座り込み号泣する。夢の中で滂沱した挙句、夜中に目を醒ましてしまった。布団の中でまだ涙が止まらなかった。

 そういえばお袋が亡くなってちょうど1年が過ぎたのだが、いまだにお袋はあの世で二男の事を心配しているようである。
 
 2)
 翌日、こんな夢を見た。

 会社の仕事の都合なのだろう、私はどこぞの国に出張している。
 なんでもずい分暑い国のようで、現地の人たちはターバンのようなものを頭に巻いている。ここはインドだったか、とも思う。しかし不思議と彼らの話しているのは日本語のようだ。ビルの外をゾウが歩いている所を見るとやはりここはインドだと思う。

 わたしが商談を済ませて帰ろうとすると、唐突に親父が現れた。私より一回り位若い体裁で、アロハを着てずいぶん日焼けしている。実際に親父はツアーコンダクターをやっていたので、ハワイあたりを回って来たのだろう、などと私は考えている。

 どうしたのだ、親父よ、こんなところで何をしているのだ、と私が聞くと親父はニコニコしながら、おまえに就職先をあっせんしにきたのだという。
 私はあと何年かで定年なので、今の会社でこのままお世話になるから転職はしないと断ったが、親父はまあとりあえず話だけでも聞いてくれせっかくお前に紹介するのだから、と後にひかない。

 わたしはあまりに親父が勧めるので無下にするのもどうかと思ったのか、まあ話だけでも聞くよ、と曖昧に答える。商談先の会社内にあるレストランに入り冷たい飲み物をズルズルと飲み始める。

 親父が示した書類にはたった2行、会社名だけ書いてあった。どんな会社かも書いてない。ずいぶんと乱暴な話である。親父にその旨文句を言うと、まあまあこれから話を聞かせようと横柄な態度で話し始める。

 1社目はテレビ会社であった。どうも現地のテレビ会社のようでこれから日本に帰るのになんで現地のテレビ局で働かなければならないのだ、と私は憤慨する。
 親父はそれには全く頓着せず、ではこちらはどうだ、という。良く分からない事を言い出したが、要は芸人にならないかというものである。こちらは日本で働くようだがこの歳で芸人になっても売れないだろうというと、何しろ破格の給料だと言い出した。

 その給料の額は月に100万円を超えるもので、わたしはその金額なら芸人になろうかしらんとも思い始める。その一方でもうすぐ定年を迎えるのに転職は厳しいなどと至極現実的な事を考えたりもしている。

 今の会社に入ってとりあえず親を安心させたかと思ったのだが、定年をあと何年かに控えてなお、親父は私の事が心配なのだろう。

(了)

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