<760> 親父と二人で旅行した話（夢十夜の三）

　こんな夢を見た。短い夢だ。

　親父と二人で知らない町を歩いている。古い町並みでどこかの田舎町のようだ。山の中の駅の近くにいるらしい。夕方なのか影が長く伸びている。
　どうやら親父の旧知の宿があるようで、そこに泊まることになっているらしかった。夢の中ではいつもそうだが、親父は60歳前後で私は現在の年齢。ほとんど年の変わらない親子で出かけている。往々にして親父やお袋が出てくる夢では田舎町にいる場合がほとんどだ。
　親父がまだ生きていた頃には、二人で出かけることなとほとんどなかった。男二人だと話すことも少なかったし世間の父親と息子もそんなものだろう。

　駅にほど近いその場所は、土塀の家がどこまでも続いている。その中の一軒、まるで民家のようなその宿の引き戸を開けて中にはいる。宿の人間に向かって親父が声をかけている。話の内容は聞き取れないが、昔の話をしているようだ。振り返った親父は私に向かって少し待っているように言う。私は言われるまましばらく宿の玄関で待っているがいくら経っても親父は戻ってこない。そればかりか宿の中はしんとして、遠くの寺の鐘が聞こえるばかりだ。
　日がいよいよ傾いてくる。
　私はしびれを切らし、宿に上がり込む。奥を覗くが親父も宿の人間もいない。この宿の飼い猫だろうか、猫が2匹のんびりと縁側で寝ているばかりである。

　そこで目が覚めた。

　

　この話には前段がある。夢を見る少し前に親父が死ぬ直前まで腕にはめていた時計を着けてバイクで出かけている。安い電波ソーラーのその時計は、当然ではあるが親父が死んだ時に止まるでもなく、今でも健気に時を刻んでいる。
　普段は時計をしない主義なのだが、バイクの運転中にスマホをいじりたくないので、腕時計をして出かけるようにしたのだ。親父の時計と少しの間過ごしたのでこんな夢を見たのだろう。


＜了＞

<759> 親父の時計とカブで出かけたので

　毎度！ねずみだ。

　前回、勢いで原付バイクを買ってしまった話を書いた。49ccとは言っても車体の大きさ自体は110cc、125ccのカブ兄弟達と同じで、エンジンだけがミニマムの49ccなのである。

　田舎道をトコトコとゆっくり走るのにはちょうど良い。都会の喧騒から離れてのんびりワインディングロードを
走ったり、田んぼに囲まれた道の途中で停車させ、田園風景を堪能したり。そんな事にあこがれている自分がいる。
　54歳になり、色んな事に疲れているのかもしれない。何かに不満があるわけでは無いが、親父が亡くなったりお袋が骨折で入退院を繰り返したり施設に入ったり、色んな事があってかなり心が疲れているような気がする。要は癒されたいのだろう。
　コロナの影響で集団で出かけても周囲から白い目で見られたり気を使ったりで、こんな状態では癒されるとは思えず、それだったらバイクで一人現実から逃避行したい、心がそう訴えているのかも。

　そう思っていた矢先、ふと気づいてしまった。
　東京の都会に住んでいる私にとって「田舎をのんびりゆっくりトコトコ走る」ためには、まず田舎に行かなければならない。「田園風景」に辿り着くには車がびゅんびゅん行きかう大きな幹線道路をひた走る事でしかたどりつけないのである。
　まずは運転の練習をしないと「のんびりゆっくり」できないのか。眩暈がしてきた。

　金曜日の夜、早めに布団に潜り込み、夜明けとともに目を覚ます。となりですやすや眠っている妻を起こさないように、するりと布団を抜け出し着替える。プロテクター入りのジャケットを着こみ、胸部プロテクターを付け、膝とすねにパッドを巻く。
　運転しながら時間が分かるように、普段しない腕時計を左手に巻く。親父が死ぬ前に腕時計が欲しいというので買い与えてやった安物のソーラー電波時計をとっておいたのだ。「親父、ちょっと出かけるから付き合え。」

　猫の額ほどの狭いガレージからいったん車を出してカブを引きずり出す。この時期の太陽は4時半には顔を出しており辺りはすっかり明るい。近所に気を使い離れたところまでバイクを押して移動し、そこでエンジンをかける。まずはバイクの運転になれるために、車の走らない時間に練習しなければならない。
　親父の時計に目をやると5時少し過ぎている。

　エンジンをかけ左足の先を踏み込んで1速にいれると、すこし右手のアクセルを開きそろそろと走らせる。1速のままだとスピードがほとんど上がらないのですぐにもう一度踏み込んで2速に。ある程度引っ張ってさらにもう一度3速、さらに4速へ。原付1種の制限速度は30kmである。
　ほとんど車が走っておらず、走っているのはカブで新聞を配っている方達のみ。静かな住宅街であっちこっちで同じようなエンジン音だけが響く。

　少し足を延ばしてあちこち回った後、とある神社の前でエンジンを切る。数年前妻と来たことのあるこの神社の入り口の門は当然閉まったままで、中に入る事はできない。
　持ってきた水筒のお茶を飲みながら「親父、雑司が谷の鬼子母神堂だ。来たことはある？」と独り言ちる。どこからか近所の猫が歩いてきてバイクの前を横切って境内に入っていった。続いてまた一匹。猫の集会の時間なのか。

　猫を目で追いながらしばらくゆっくりするとまたエンジンをかけ、今度は家路につく。
　6時過ぎにそーっと音を立てないように布団に潜り込みしばし眠ることに。当然妻はまだ眠っている。

　妻に起こされる短い間に、親父と二人でどこかの田舎町にでかける夢を見た。