Dying Message

僕が最期に伝えたかったこと……

「いただきます」論争

2006-02-21 22:11:58 | Weblog
TBSのラジオ番組にこんな投稿があったらしい。
《ある小学校で母親が申し入れをしました。「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費をちゃんと払っているんだから、言わなくていいではないか」と》
これがきっかけで、いただきますを学校で言うべきか否かといった論争が起こったとのこと。

この母親はどういう神経をしてるんだろう。きっと他に考えることがないから、こんな重箱の隅をつつくようなクダラナイことを言うんだろうね。この世なんて、大半が無意味ことで占められてるわけで、何にでも理由付けを求めたって仕方ないに決まってる。“いただきます”だって、そんなのはマナーの問題であって、それ以上でも以下でもない。いちいち立ち止まって、考えるようなことではないんだよ。

しかし日本人ってのは、完全に自由ってものを履き違えているね。自由には必ず義務や責任が伴うはずなんだけど、誰もそういう影の部分には目をやらない。その挙げ句、シルバーシートに若者が座るのも自由、爆音を響かせて街を走るのも自由などと言い出してしまう。バカも休み休み言えって。誰も人に迷惑をかける自由なんて持ってない。それくらいのことが分からなくてどうすると言うんだよ。

こんな歪んだ社会を作った一番の悪因は憲法だろうな。久しぶりに読んでみたけど、自由自由自由のオンパレードだもの。所詮、憲法なんてものはアメリカから押し頂いたものであって、自由という概念が元々なかった日本には、そぐわない内容なんだね。ガキを自由にさせてもろくなことがないように、日本人にも自由なんて与えるべきではなかったわけさ。

“いただきます”にしたって、言わない自由などあるわけがないんだ。社会通念ってものは人が生きてゆく中で必ず付きまとうわけで、それに馴染むのは“義務”のはずなんだからね。これからもこんなどうでもいいことにまで難癖を付けてくるバカがどんどん出て来るかと思うと頭が痛いな。そんな奴を蔓延らせるくらいなら、あらゆる言論や行動に厳しい規制をかけた方が、よっぽどマシな国になる気がするね。自由なんて一切ない、義務義務義務のオンパレード。そうなったらそうなったで、抜け道を探す楽しみが出来るってもんだよ。

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