Dying Message

僕が最期に伝えたかったこと……

ショット癌マリッジ〜episode7 恩返し〜

2011-05-07 03:16:29 | 小説
 インターネットで自分の病気について調べる。一応手術はしたけど、あんまり予後はよくないみたいなんだよね。肺癌って。
 意図的に病状を医者へ聞かないようにしていたのに、わざわざ検索するようじゃ世話ないな。

 改めて数字を見ると眩暈がするね。生存中間値が12ヶ月とか……。5年生存率に至っては斜線が引いてあって、これ、どういうこと!? いや、そういうことか。分かってるよ。皆まで言うな。
 病を宣告されたのはどれくらい前だったか。記憶から抹消されて久しいけど、だいぶ経つのは間違いなさそう。残された時間は幾許もない。

 最近、恩返しについて真剣に考えるようになった。オレはやがて死に、そして思い出という存在になる。我ながらよこしまな発想ではあるが、万が一親や友人が自分に思いを馳せてくれたとき、その心象はなるだけ良くしておきたい。
 でも、管に繋がれたマリオネットにできる恩返しなどあるのだろうか。あるとすれば、医療費を抑えるために早く死ぬことなんじゃないのか。
 堂々巡りで考えても結論は出ないので、とりあえずベタに手紙を書いてみることにした。

★僕を支えてくださった多くの皆様へ★

 この手紙を読んだ人は5人以上へ回してください。さもなくば3日後に死にます。
                                   PS.情報流出させてごめん

ショット癌マリッジ〜episode6 ラスト〜

2010-09-10 01:22:30 | 小説
 こういう境遇に置かれると、“ラスト”に敏感になる。
 具体的に言えば「これが生涯最後の雨かなぁ」なんて。他にも、治療にテレビ、あらゆる日常に“ラスト”を見出だしてしまう。

 なかでも、対人間となるとその傾向が顕著だ。
 親戚や友人が面会に来るたび「この人と会うのは最後かも」などと考えてしまう自分がいる。まさしく一期一会。女友達に僕の練乳をぶっかけたい。それは苺ですか。

 でも、こんな性格は、病気を患う前から変わっていない気もする。
 大学4年の頃。就職先も決まらずぶらぶらしていたオレは、常に大きな焦燥感に駆られていた。卒業後に訪れるであろう暗い毎日を想像すれば、時が過ぎ去るのが怖くて怖くて仕方なかった。
 すると、全てが名残惜しく感じられた。このバスに乗るのはあと何回だろう。この教授の声を聞くのはあと何回だろう。学食でこのメニューを食べるのはあと何回だろう。この友人と楽しく話せるのはあと何回だろう……。
 オレは周りからドライな人間と思われることが多いし、それを否定する気もないけれど、ただただ何もかもが寂しかった。まだ見ぬ未来への希望は罪。振り返り気付く安寧の日々は罰。知るのが少しだけ早すぎた。

 今の一番の楽しみは隣のベッドの娘と話すことだ。お互いに“ラスト”を覚悟しながらの会話だから、妙な緊張感が心地好い。
 でも、そういえば名前は聞いてなかったなぁ。看護師や面会に来た親御さんから「のんちゃん」と呼ばれているのは知ってるけど。
 もう夜も遅いので、明日、勇気を出して尋ねてみよっと。

ショット癌マリッジ〜episode5 桑田〜

2010-08-05 00:56:42 | 小説
 突然のニュース。サザンオールスターズの桑田佳祐さんが食道癌を患ったらしい。
 オレ自身、バリバリのサザン世代ではないけれど、中学の頃に「TSUNAMI」が大ヒットしたのは印象深いし、夏といえば「波乗りジョニー」、クリスマスといえば「白い恋人たち」が真っ先に思い浮かぶ。同世代の50代シンガーと違って全盛期が長いぶん、とても身近に感じるのは事実だ。
 だから今回の癌公表には驚きを禁じ得なかった。食道癌は転移が多いとされるため、依然予断を許さないのだろうが、喉の些細な違和感を察知し、早期発見となったのは不幸中の幸いと言えるはず。祭りのあと、じゃなくて、あとの祭りにならず本当に良かった。Gスポットのマンピー。

 それにしても健康の話題になるとすぐ喫煙云々を槍玉に挙げる風潮には辟易だ。ニコチンが発癌性物質なのは知っている。嫌というほど知っているつもりだが、いかんせん発想がイージーすぎやしないかしら。
 だって、先進国の中で最も喫煙率の高い日本が平均寿命でも世界一なんだぜ? 癌さえ回避すれば、むしろ煙草は体に良いと考えるのが普通じゃないのか。
 だとしたら1箱あたり100円以上も値上げするのはおかしいし、分煙なんてもっとナンセンス。神社で妙な煙を浴びるように、非喫煙者は喫煙者の近くで清めてもらう義務があるはずだ。

 てなわけで、今日をもって国民の三大義務は「教育・納税・喫煙」へ変更としよう。グッバイ、勤労(笑)。

ショット癌マリッジ〜episode4 奇術師〜

2010-06-03 02:01:50 | 小説
 見舞い客の相手に追われる。普通はこういうこと、極秘にするんだろうけど、オレ、ブログに病院名まで書いちゃったんでね。顔を見せとかなきゃ呪われると思ってるんでしょ。心から気遣われちゃいないのは何となく分かるさ。
 そいつら、病室のオレを見ると青ざめちゃう。抗癌剤治療で髪はかなり抜けたし、顔もむくんでいるから。で、無神経に「元気?」なんて。バカヤロー、元気だったら入院なんかするかっての! いい加減にしてほしいよ!
 でも、こないだ高校時代の親友がわざわざ長野から来てくれたのには驚いたね。

「何で来たんだよ、バーカ」
「いきなりその言い種はねぇだろ。帰っちゃおっかな」
「帰ってもいいけど、下の自販機で煙草買ってきてくれ。キャスターの5mg」
「お前、肺癌患者の分際で喫煙かよ。お焼香の煙でも吸ってろ」
「不謹慎すぎる……」
「さっき看護師さんに聞いたけど、この病棟は手遅れの人が集められているらしいね」
「そういうのは盲腸とかで入院してる奴に言うもんだろ!」
「で、今日はそんな可哀相な貴様を励ましに来てやった」

 彼は手先の器用さを生かしてマジシャンになったらしい。せっかく器用ならピッキングを稼業にした方が儲かりそうな気がするのだが……。

「1万円札持ってる?」
「こないだたくさん刷ったからな」
「じゃあそれに名前を書いて」
「……こんな感じ?」
「やけに文字数多くね?」
「戒名だよ。訳分かんねぇ坊主に付けられるのは癪だから、今から自分で考えてる」
「あっそ。じゃあその万札を500円玉に変えます」
「随分ありきたりなマジックだな」
「黙ってろ。3・2・1……はい!」
「おお!」
「しかもこの500円の裏には……さっきお前が書いた名前が。どうすごいでしょ」
「普通に驚いたわ。でも、元の1万円は?」
「ちょっと待って……」

 そう言うと、彼は自らの財布から1枚の万札を引き抜いた。おいおい、お前、9500円損してるぞ。
 そんな気さくなやり取りとは裏腹に、オレのとびきり意地悪な部分が目を覚ました。

「本当にすごいよ。最初は半信半疑だったけど、いや、お世辞抜きにお前は天才だ」
「いえいえ、とんでもない」
「お前の力を見込んで、ひとつお願いがある」
「何?」
「マジックでオレの癌細胞を消してくれ」

 少しの表情の変化も見逃すまいと顔を見つめると、口元を大きく歪め、大粒の涙を流す彼がいた。
 残酷すぎる泣き顔。長い付き合いで初めて見せる涙が、オレの立ち位置を鮮明に映し出す鏡のように思える。ヤツならどんな悲劇もジョークに変えてくれると信じていたのに……。

「オレだってさ、お前のことを親友と思ってるからさ、どうにか自分にできることをと思って今日来たのにさ。それがこの仕打ちだってんじゃあんまりだよぅ」
「ごめん、気にしないでくれ。少しからかってみただけだ」
「だけど……」
「今日はありがとう。お前も忙しいだろうし、これが最後だ。また来世で会おう。本当にありがとう」

 しばしの沈黙を破るように、来客は素っ頓狂な声をあげた。
「バーカ。誰がお前なんかと。二度と会いたかねぇさ」

 世界で一番温かな言葉を残し、若き奇術師は“この世”に帰っていった……。

ショット癌マリッジ〜episode3 給料〜

2010-05-16 15:47:46 | 小説
 1階の売店でスポーツ新聞を買う。

「SB田上、遂に亀にも盗塁を許す」
「G坂本と山本モナに熱愛発覚!?」
「宮城県警、殺人未遂の容疑で野村沙知代を事情聴取! 今日中にも逮捕へ」

 どれもオレには関わりのない記事ばかりだ。3流の記者が書く与太話に飛びつくのは、いつも永遠の明日を信じる愚か者たち。死の一切を知らないままに、目先のニュースに一喜一憂する。何だそりゃ。
 記者って高給取りのイメージだけど、実際はどうなんだろう。取材の苦労はあるにせよ、彼らは具体的な何かを生み出してはいないからね。ボロい商売だよなぁ。
 それに引き換え、看護婦さんは実に不遇な職業だ。点滴の注射ひとつ取ってもすごく神経を使うはずだし、汚い仕事も日常的にこなす。さらには患者の性欲処理も…というのはAVの観すぎですか。

 記者や看護婦がその好例だけど、職業ごとの給料って結構矛盾がある気がする。
 例えば、自衛隊員や警察官や消防士なんて幾ら貰ってもオレにはできないよ。だって、いざとなったら自分の命を懸けて他人を救うんだぜ? 自衛隊以外は恐らく普通の会社員と似たり寄ったりなんだろうが、給与明細にあと0がふたつくらいは必要なはずだ。

 すると「財源はどうする?」って話になるけど、それこそ医療費なんて真っ先に削れるんじゃないか。
 余命半年の患者に手術をする意味って何なんだろう。成功すれば…と周りが言ったところで、助かりっこないのは自分が一番分かってる。
 だから、理想的なのは、医療ミスで死んじゃうパターンだね。そしたら家族に慰謝料を残せるじゃない。両親もきっとそれを望んでいるさ。

 もうすぐヴィクトリアマイルの発走。ドバイですら勝てない馬を買う趣味はないので、コロンバスサークルの複勝で勝負だ。

ショット癌マリッジ〜episode2 隣人〜

2010-05-15 23:44:15 | 小説
 オレの病室は4人部屋。入院当初は自分以外全員が婆さんだったのが、そのうちのひとりがいつの間にか死んで。隣に同世代の女の子が引っ越してきた。顔は美形で、酒井法子と沢尻エリカを足して2で割った感じ。
 最初は挨拶もしてくれなくて、何だよって思った。話掛けても無視で、代わりに夜はベッドの軋む音だけが響いてる。
 これ、誰も直感的にオナニーを疑う場面でしょ。そしたら当然覗かざるを得ないんだけど、間仕切りのカーテンをそっと開けると、背中を気にしながら寝返り打っている。なるほど、床擦れ防止に動いていたのね。目が合うと、ふと我に帰ったように、ベッドにちょこんと座った。

「何で覗いたの?」
「え、いやその…エッチなことをしてるんじゃないかと……」
「サイテー。大体、余命幾許もない状況でも性欲って失せないの?」
「オレの病状を知ってるの?」
「知ってる。みんな知ってるよ。『人生尾張S』では1倍台の大本命だよ」
「わしはディープインパクトか。501号室に意識不明のジジイがいるから、アレの方が先だろう」
「あの人の家は金持ちだから、長い間延命するはずなの。それより質問に答えて」
「えっと、多分ね、女性の裸への希求と性欲って関係がないんじゃないかなぁ。例えば、そんなにお腹が減っていない時でも霜降りの肉を見たら『おいしそう』と思うでしょ?」
「まぁね」
「これは要するに、性欲や食欲がある程度理性的な部分なのに対して、裸や肉を見て起こる感情の方がより本能的なんだと思う」
 こちらが話し終えると、彼女はなぜかニコリと笑い、バイバイの仕種をしながらカーテンを閉めた。

 やばい、何だろう、この感じ。オバサン看護婦のお尻しか見てない僕には刺激が強すぎたのか。ふわふわふわふわ、自分が自分でないようで、こんな様子、英語では「become jelly(ゼリーになる)」と言うって高校の授業で習ったっけ。森永のコーヒーゼリーは寒天のように固いけれど。
 気持ちを抑えるべく、深く深く息を吸う。癌細胞に蝕まれた肺がそっと喜んだ気がした……。

ショット癌マリッジ〜episode1 さくら〜

2010-05-12 08:02:17 | 小説
 親父の運転で癌センターに向かう。本当は10分くらいの距離なんだけど、桜の綺麗な道を選んでくれと頼んだからね。小1時間前に家を出ることにした。
 桜を見たかったのは、今年が最後だから…なんて理由じゃなければ、散りゆく花たちに己を投影するためでもない。オレはそんなにセンチじゃないよ。
 単純に、今の自分に桜がどう映るかに興味があって。というのも、オレ、生まれてれてから、日本を象徴するこの花を美しいと思ったことがないんだ。
 そればかりじゃない。ドラマにありがちな恋人と別れて号泣するシーンも意味不明だし、学園モノなんて反吐が出る。何が「離れ離れになっても友達でいようね」だよ。所詮は赤の他人なのだから、別々の道を進み始めりゃ刹那に忘れ去られるに決まってる。誰が野垂れ死のうと関係ないはずだ。

 桜並木に包まれた河川敷の細い道。窓の外を流れる花弁を手に取ってみる。思ったより白く、まるで白粉を塗りたくったババアの化粧のよう。
「何だ、こんなもの……」
 そう呟いて花びらを外に目一杯の力で投げる。
 やっぱり自分には綺麗に感じられない。感じたくもない。たかが病気くらいで、自分の価値観が変わってたまるかってんだ。どんな状況に置かれようと、オレはオレのフィーリングで生きるまでさ。

 やがて車は「終の棲家」に到着する。昨晩、錯乱状態のままに掻きむしった腕が真っ赤に光る……。

ショット癌マリッジ〜Prologue〜

2010-05-10 01:03:49 | 小説
 かつて、オレは札付きのワルだった。その悪行は枚挙に暇がなく、コンビニの炭酸飲料をシェイクしたり、時には薬局で生理用品をクンクンしたことも……。
 18の頃にはサツの世話にもなった。原付きの2段階右折を華麗に無視すると、パトカー内できつい取り調べを受けた。他にも交通違反は茶飯事で、日本の道路標識はほとんど自分が立てていると言っても過言ではない。
 人々はオレを「社会の癌」というフレーズで表現した。

 そんな自分も通信高校を卒業すると、ついでにやんちゃも首席で卒業した。1年の浪人生活を経て大学進学も果たし、ようやく真っ当なベクトルに人生を踏み出しかけたある日、体に1匹の悪魔が棲み着いた。
 その悪魔の名は癌。回復の見込みは薄く、余命は半年との診断が下された……。

「別れ」

2010-03-11 02:31:46 | 小説
 効き過ぎたエアコンの熱風を切り裂くように、室内を無機質な声がこだまする。電話のベルに、またひとつ溜息が掻き消された。

 男の職業はイジメ相談窓口のオペレーターだった。数年前、投げた柱に飛び乗れないという理由で殺し屋をクビになり、それを期に転職したのである。更正した男の姿に周囲は喜んだが、彼はそんな声を腹の中でせせら笑った。苦しむ人の話を聞いて癒される自分は、いわば合法的な犯罪者だ。やりがいのある職業と巡り会えたことを神に感謝した。
 男の仕事ぶりは実にシンプルだった。ひと通りの話を聞き終わると、「じゃあ頑張れ」。彼の好物はあくまで不幸なストーリーであり、その先には興味がなかったのだ。そんな投げやりな対応に苦情が届くこともしばしばだったが、かつての職場の同僚の力を借り、跡形もなく揉み消した。
 しかし、彼にも言い分はあった。イジメを受ける人間というのは、誰も軟弱すぎた。話の途中で泣き出すのは茶飯事だし、親や社会のせいにする者も多かった。「民主党も高校の授業料を無料にするくらいならイジメ対策にお金を使ってほしい」って、そんな一端の口をきけるなら、なぜその矛先をイジメっ子に向けないのだろう。男には理解しがたかった。自業自得だと思った。
 そして、天職と思った仕事にも嫌気がさしてきた頃のこと。いつものように遅刻気味の出勤をすると、虫の居所でも悪かったのだろうか。待ち構えていた所長に厳しい叱責を受けた。

「君はいつもギリギリに来て、どういう了見だ」
「反省してま〜す」
「反省してるって、そんなの当たり前なんだよ。全く君って奴は……」
 キュウリのように細長い所長の顔が、今は唐辛子に見える。それだけ頭に血が上っているのだろう。彼は説教を聞くふりをしながら、床の絨毯の模様を迷路に見立てて遊んでいた。
 ゴール直前のところで、唐辛子は声のボリュームを上げた。
「とにかく我々の仕事は他人を救うという尊いものなんだ。生活態度から改めたまえ!」

 嘘だ。男はそう思った。不幸話に癒されるのは何も自分ばかりではあるまい。その証拠に社内で電話を取っているのは、角や牙を生やした鬼だ。そして、それらの鬼は正義でコーティングされた善人の仮面を被っている。薄皮を1枚剥いだそのとき、果てしなくグロテスクな現実が見えてくるに違いない。
 男は反論しようとしたが、かつての同僚に頼めばいいと思い直し、机に向かった。今日も退屈な仕事が待っている……。

 いつもにも増して気怠さを感じながら安物の椅子に座ると、待ちかねていたかのように電話のベルが鳴った。
「はい、わくわくイジメられっ子倶楽部です」
「えっと、その……実は私、イジメを受けていて」
 男は早速カチンと来た。そりゃイジメ相談窓口に電話をしているのだからイジメを受けているのは当然だろう。それとも何か、こちとらを定食屋とでも思ってるんか。
「……で?」
「あ、話します。実は、実は、そう、私麻里っていいます。で、高校生なんですけど、えっとクラスの番長みたいな女子に嫌われてしまって、えっと、それで……」
 男には、相談者の口調もその内容もありふれたものに思えた。ただ、それなり追い詰められているのは間違いなさそうだ。もし今受話器を下ろしたら、彼女は自殺するかも知れない。そう考えれば、自然と高揚感に襲われた。
「で、恥ずかしくて言いづらいんですけど、昨日も屋上で裸にされてしまって」
 思わぬ展開に、興奮が男の股間を突き上げた。テレクラにでも電話するように、細かい状況を鼻息荒く聞き出した。
「まず、子分の連中に、ホックも外さないままブラを剥ぎ取られて。それからスカートも脱がされるんだけど、番長自身がパンツの中に手を入れるんです」
「手を入れるってどういうこと?」
 白々しく尋ねると、彼女は4文字の単語を用いてそれを描写した。男の興奮は頂点に達し、許されるならばこの場で果てたいと思った。
 しかし、一方で、これほどまでに健気な乙女に、破廉恥な己を恥じる気持ちが芽生え始めた。と同時に、うまく説明できないが、どうしてもこの女の子を救ってあげたいと思った。救わなきゃダメだと思った。
「よく分かった。適切に処理しとくよ」
「あの……適切って?」
「えっとまぁ悪いようにはしないよ。それから次は090-****-****に電話してよ。これ、オレの携帯だから」
「はい、ありがとうございます!」
 程なくして、女番長らの訃報が伝えられた。

 昼下がりの公園、男は目印の白い薔薇の花束を片手に、ベンチで麻里の到着を待っていた。
 やがて約束通りの赤いワンピースで現れた相談者は、歌手のaikoをだいぶマシにした感じ。決して美人ではなかったけれど、十分やれる範疇だと男は思った。
 しかし、そこは初対面の男女。警戒心を抱かれぬよう、努めて明るく話し掛けた。
「初めまして。声から想像したとおりの美人だね。ところで、最近、学校の方はどう?」
「だいぶよくなりました。番長が亡くなって、それで私を逆恨みする連中はいるけど、でも前に比べたら全然……」
 ひとしきりの世間話をすると、不意に会話が途切れた。男はこの“間”が苦手だった。他人につまらない人間と思われることが何より怖いかったからだ。逆に嫌いな相手には意図的に間を作り出し、困らせてやることもあったが。
 必死に話題を探していた彼の足元に野球ボールが転がってきた。素早く拾うと、突っ立つ少年を目掛けて全力で投球した。ツーシームの握りで放った球は、全く動かぬままに小さなグラブを鳴らした。

「オレはね、本当は他人の悩み事を聞くことなんて全然好きじゃない。むしろ不幸話に癒されるような浅ましい人間なんだ」
 麻里の怪訝そうな表情に焦った男は慌てて続けた。
「でも、麻里ちゃんからの相談を受けて、初めて純粋に助けたいって思った。自分でも驚くほどに」
「なぜでしょう?」
「人間ってどうしても自分を取り繕うとする。これは気持ちの弱い奴ほど顕著で、だからイジメられっ子の話にはバレバレの嘘が混じっていることもしばしば。でも、麻里ちゃんは違った。普通はイジメの詳細なんてプライドが邪魔して他人に曝せるものじゃないはずなのに、全て僕に預けてくれた。それがすごく新鮮だった」
 照れ臭さを紛らすように、男はそっと付け加えた。
「親兄弟や教師でもない、赤の他人だからこそ話せるってのもあるんだろうけどね……」

 夜の残り香薫る街角。女はそっと手を差し出し、男はそれに応えた。
「本当に色々ありがとう。胸のつかえが一気に取れました」
「オレなんかに相談して気が軽くなったとしたら、それは最初から大した悩みじゃなかったってことさ」

 両手に嵌められた冷たい鉄輪が、男を朝焼けの彼方へ誘った。

イクラ戦争〜9月11日には完成させる予定だったのに〜

2009-09-13 23:09:40 | 小説
 紙飛行機が曇り空を割ってビルに直撃した。建物は轟音を奏で、大地は悲しみに震える。ある者は絶叫とともにエレベーターへ飛び乗り、またある者は腰を抜かしその場から動けず。海山商事は刹那のままに大混乱に陥った。
 程なくしてマスメディアは首謀者の判明を告げた。名を「イクラ・チャン」といい、中国人の女であった。数時間後、彼女は最初の犯行声明を発表した。

「ばぶぅ〜」


 国の象徴である海山商事への爆撃は、日本人に計り知れぬショックを与えた。卑劣極まりない殺戮に、世論も対中開戦へ傾いていった。自衛隊からは脱退希望者が続出し、社会問題にもなった。
 一方、総理大臣に就任したばかりの鷹山は、頑ななまでに戦争へのゴーサインを拒んだ。連立を組む邪民党に配慮したのである。参議院の単独過半数を成し得ぬ以上、山形党首の意向にも耳を貸す必要があった。
 日本列島が右往左往する隙を突くように、イクラは次なる犯行を予告した。

「ばぶぅ〜」


 万事において諦めが早い日本人が死の準備を始めた頃、英雄は突如現れた。「アナゴ」と名乗るその男は、テレビの取材を通じ、イクラ・チャンと戦う意志を示した。重ねて「アナゴゲーム」の開催も宣言するのだった。

 遥か彼方から聞こえるアナゴジュニアの鳴き声が、新しい何かの到来を予感させた……。(続かない)