Dying Message

僕が最期に伝えたかったこと……

某事件について体験したこと・考えたこと Part2

2023-04-17 19:23:03 | Weblog

 迎えた取調べ当日、朝9時に竹下通り近くの某警察署にお邪魔した。
 通されたのは3帖ほどの小部屋。刑事ドラマの取調べシーンとは違って明るい部屋で、卓上ライトも置かれていない。携帯やたばこをクリアボックスに預けると、若い警官によるボディチェック。婦警さんならよかったのになーと不埒なことを考える。

 取調べの担当刑事は俺と同世代か、あるいは年下だったのかもしれない。少し話しただけで「この人、頭いいな」と分かった。

 黙秘権があると説明を受けて取調べが始まると、刑事さんは先制パンチ(?)で「私の勘ですけど、Mさんがサイト運営の中心だった気がしています」と切り出した。否定しても仕方ないので素直に認める。そもそも本当に勘で言ってるはずないもんね。

 机の上に置かれている証拠品は、面接時に提出した履歴書、俺の手の入っていない記事×3、そしてAとのショートメールのやり取り。そのうちショートメールについて「これどういう意味?」という質問が続いた。
 俺も決して記憶力が悪い方ではないはずだが、何年も前のメールについて思い出すのは意外としんどい。メールだけで完結していればまだしも、その日会社で起きた出来事を受けてのやり取りだとなおさら。
 記憶の糸を手繰りながら、同時に刑事さんが「何を知っていて、何を知らないのか」を探る。そのうえで事前の報道から「心神耗弱と知りながら」がキーワードと感じていたので、そこに関しては意図的に言及を避けた。
 とは言え、決して嘘を並べたわけではなく、自分不利になりうることまで正直に話したつもり。お姉様は「○○攻撃は実在すると思ってた」戦法で臨んだようだが、立場的に自分が同じ戦い方をするのは得策ではないだろうと。

 ただ、「Aはどういう記事を好んでいたか?」という質問は答えるのに苦労した。
 刑事さんがA不利の情状を求めていることは早々に察したので「強めの記事欲しがってた」が模範解答と分かってはいたが、それは必ずしも正しくない。
 いつか「我が社ではテレビ取材を積極的に受けています」という記事を書いたら大喜びしていたので、それを話しておく。

 あっという間にお昼の時間になると、カツ丼をご馳走になれることはなく、外で食べてくるよう言われた。食欲はなかったのでパン屋さんでマリトッツォを1つだけ購入。代々木公園で食べようとするも園内をカラスが跋扈していたので引き返す(俺は鳥類苦手)。土曜だったこともあり、外国人含めて人がとても多かった。

 休憩のはずが若干消耗しつつ警察署に戻ると、再びボディチェック。そして四方八方から全身の写真を撮られた(指紋採取はなし)。正直あまりいい気はしなかったが、当然ながら被疑者の自分に拒否権などあるはずがない。

 午後も同じ流れでメールの質問が続いたが、後半の方が返答に窮する場面は増えた。質問は古いメールから順番に行われており、午後に聞かれたのは時系列的には最近のはずなのだが、最後の半年は完全に干されていたので、頭の中で仕事の占める割合がだいぶ減っていたのだと思う。
 期待どおりの回答がないと刑事さんが若干不機嫌になるので、だんだんこちらも気が滅入ってくる。

 取調べではAの醜聞が漏れ伝わってくる場面も多かった。
 俺の入社前からパワハラで何人も退職に追い込んでいたこと、警察の取調べを受けた人たちは大体Aを嫌っていたこと、などなど。俺以上に熱烈なアンチもいたっぽい。
 あと、俺の中でAが職場に盗聴器仕掛けてる疑惑があったのだが、刑事さんから「事実の可能性が高い」とお墨付きをもらった。供述調書にも記されている。
 当時は事実を確かめるべく色々試したが、「盗聴を逆手に取ってAを無理やり褒めたらお酒に誘われた」というエピソードを披露すると、刑事さんがめっちゃウケてくれた。

 それから現場連中が相談者を「パラ(paranoiaの略)」という符牒で呼んでいたことも知った。
 報道によるとAは「相談者が精神疾患とは知らなかった」と供述していたようだし、ニュースのコメント欄にもその点から起訴できないだろうとする意見があったが、報道されていない中にも多くの情報はある。

 ちなみにAらが逮捕されたのは闇深い業界の中でも特に悪目立ちしていたからだという。
 俺が入社した当時、会社は脚色抜きで閑古鳥が鳴いていた。問い合わせが月数件で、当然ながらクロージングに至った件数はさらに少なかったはず。
 あれから年月が経って経営状況は大幅に好転したが、現場の顔触れはほぼ変わっていない。じゃあ会社に銭をもたらしたのは誰なのか。
 それに見合った扱いを受けていたとは到底思えないけれど、ライター陣のおかげで悪目立ちしたのだとすれば頑張った甲斐はあったのかもしれない。

 他では同フロアのC社についても情報を欲しがっていたので、自分の知っていることを話しておいた。
 警察はあちらが本丸ということも把握している。実際にそこまで踏み込めるかどうかは知らないけれど。

 取調べが終わると、最後に刑事さんが供述調書(3枚)を書き上げ、朗読した。内容は刑事さんの描くシナリオが色濃く反映されている印象だったが、物語の結末はAのバッドエンドであり、俺にとって不都合ではないので、ある程度乗っかってしまった部分はある。
 ただ、俺がやましくない記事もたくさん書いていたという視点が欠けているのが気になったので、そこだけは加筆してもらった。

 警察署を出ると、陽はすっかり西に傾いていた。後ろの予定もないので、会社の最寄りである表参道駅まで足を伸ばすことにした。
 入社当初、未知の分野のライティングに悪戦苦闘したこと。入社数週間後、Aに「採用しなければよかった」と言われたこと。実力で評価を覆したはずが今度は抗いようのないトラブルに巻き込まれたこと。同フロアの女子といい感じになりかけたのをAやその取り巻きに潰されたこと……。

 煌びやかな街でたばこをくゆらせていると、そんな日々が苦々しく甦った。



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