Dying Message

僕が最期に伝えたかったこと……

くるくる括る

2014-02-21 22:30:28 | Weblog
 人は誰も歳を取るごとに括り方を覚えていく。

 ああ、このパターンね。どうせそういうことだろ。そんな思考が僕の感受性を鈍らせる。本当はきっと新しいはずなのに、決定的なる相違さえも大同小異のスピリッツを持って踏み潰す。歩けば歩くだけ靴は汚れゆくようで、天高く蹴り上げたスニーカーが僕の未来に雨を降らす。

 ここから先は空っぽの人生。この道はいつか来た道? この道はどこへ続く道? 今日はいつも昨日の近似値で、学習能力という名の鈍感力を纏って刺激的な毎日をやり過ごす。心揺すぶられることさえないままに、僕は凸凹な毎日をただ淡々と歩いてく。

 僕はどんどん枯れていく。くるくる括りながら、くるくる目を回したままに、彼方ではためくフラッグを道標に、決して帰らないあの日の残像をどこまでも追いかける。二度と来ないこの瞬間に目を背け、ロンドンとパリを同時に眺めつつ、パリパリな毎日をくるくる括りゆく。

 亀甲縛りも結構?な僕はどこまでも括られゆく。くるくる括られながら僕は行く。

「別れ」 2010.3.11

2014-02-11 03:50:40 | 小説
 効き過ぎたエアコンの熱風を切り裂くように、室内を無機質な声がこだまする。電話のベルにまたひとつ溜息が掻き消される。

 男の職業はイジメ相談窓口のオペレーターだった。数年前、投げた柱に飛び乗れないという理由で殺し屋をクビになり、それを期に転職したのである。更正した男を周囲は称賛したが、彼はそんな声を腹の中で嘲笑した。男はイジメに苦しむ者の姿に癒されていたのであって、他人を救う気など毛頭なかったのである。やりがいのある職業と巡り会えたことを神に感謝した。
 男の仕事ぶりは至ってシンプルだった。ひと通り話を聞き終わると「じゃあ頑張れ」。彼の好物はあくまで不幸なストーリーであり、その先には興味がなかった。そんな投げやりな対応に苦情が届いてもおかしくなさそうなものだが、かつての職場の同僚の力を借り跡形もなく揉み消した。
 しかし、彼にも言い分はあった。イジメを受ける人間というのは誰も軟弱すぎた。話の途中で泣き出すのは茶飯事だし、親や社会のせいにする者も多かった。「民主党も高校の授業料を無償化するくらいならイジメ対策にお金を使ってほしい」って、そんな一端の口をきけるなら、なぜその矛先をイジメっ子に向けないのだろう。男には理解しがたかった。自業自得だと思った。
 そして、天職と思った仕事にも嫌気がさしてきた頃のこと。いつものように遅刻気味の出勤をすると、虫の居所でも悪かったのだろうか。待ち構えていた所長に厳しい叱責を受けた。

「君はいつもギリギリに来て、どういう了見だ」
「反省してま~す」
「反省してるって、そんなの当たり前なんだよ。全く君って奴は……」
 キュウリのように細長い所長の顔が、今は唐辛子に見える。それだけ頭に血が上っているのだろう。彼は説教を聞くふりをしながら、床の絨毯の模様を迷路に見立てて遊んだ。
 ゴール間近のところで、唐辛子は声のボリュームを上げた。
「とにかく我々の仕事は他人を救うという尊いものなんだ。生活態度から改めたまえ!」

 嘘だ。男は思った。不幸話に癒されるのは何も自分ばかりではあるまい。その証拠に社内で電話を取る者は皆、驚くほどに顔色が良い。いじめられっ子の話を真剣に聞けば気も滅入り、鬱病のひとつも発症しそうなものだが、休職者も離職者も男の知る限りではいない。
 男は反論しようとしたが、かつての同僚にいずれ頼めばいいと思い直し、机に向かった。今日も退屈な仕事が待っている……。

 いつもにも増して気怠さを感じながら安物の椅子に座ると、待ちかねていたかのように電話のベルが鳴った。
「はい、わくわくイジメられっ子倶楽部です」
「えっと、その…実は私、イジメを受けていて」
 男は早速カチンと来た。そりゃイジメ相談窓口に電話をしているのだからイジメを受けているのは当然だろう。それとも何か。こちとらを定食屋とでも思ってるんか。
「……で?」
「あ、話します。実は、実は、そう、私麻里っていいます。で、高校生なんですけど、えっとクラスの番長みたいな女子に嫌われてしまって、えっと、それで……」
 男には、相談者の口調もその内容もありふれたものに思えた。ただ、それなり追い詰められているのは間違いなさそうだ。もし今受話器を下ろしたら彼女は自殺するかも知れない。そう思えば自然と高揚感に襲われた。
「で、恥ずかしくて言いづらいんですけど、昨日も屋上で裸にされてしまって」
 思わぬ展開に興奮が男の股間を突き上げた。テレクラにでも電話するように細かい状況を鼻息荒く聞き出した。
「まず、子分の連中に、ホックも外さないままブラを剥ぎ取られて。それからスカートも脱がされるんだけど、番長自身がパンツの中に手を入れるんです」
「手を入れるってどういうこと?」
 白々しく尋ねると、彼女は4文字の単語を用いてそれを描写した。男の興奮は頂点に達し、許されるならばこの場で果ててしまいたいと思った。
 しかし、一方で、これほどまでに健気な乙女を性の対象と見做すことを恥じる気持ちが芽生え始めた。と同時に、上手く説明できないが、どうしてもこの女の子を真の意味で救ってあげたいと思った。救わなきゃダメだと思った。
「よく分かった。適切に処理しとくよ」
「あの…適切って?」
「まぁ悪いようにはしないよ。それから次は090-****-****に電話してよ。これ、俺の携帯だから」
「はい、ありがとうございます!」
 程なくして女番長らの訃報が伝えられた。

 昼下がりの公園、男は目印の白い薔薇の花束を片手に、ベンチで麻里の到着を待っていた。
 やがて約束通りの赤いワンピースで現れた相談者は、歌手のaikoをだいぶマシにした感じ。決して美人ではなかったけれど、十分ヤれる範疇だと男は思った。
 しかし、そこは初対面の男女。警戒心を抱かれぬよう、努めて明るく話し掛けた。
「初めまして。声から想像したとおりの美人だね。ところで最近学校の方はどう?」
「だいぶよくなりました。番長が亡くなって、それで私を逆恨みする連中はいるけど、でも前に比べたら全然……」
 ひとしきりの世間話をすると、不意に会話が途切れた。男はこの“間”が苦手だった。他人につまらない人間と思われることが何より怖かったからだ。嫌いな相手には意図的に間を作り出し、逆に困らせてやることもあったが。
 必死に話題を探していた彼の足元に野球ボールが転がってきた。素早く拾うと、突っ立つ少年を目掛けて全力で投球した。ツーシームの握りで放った球は全く動かぬままに小さなグラブを鳴らした。

「俺はね、本当は他人の悩み事を聞くことなんて全然好きじゃない。むしろ不幸話に癒されるような浅ましい人間なんだ」
 麻里の怪訝そうな表情に焦った男は慌てて続けた。
「でも、麻里ちゃんからの相談を受けて、初めて純粋に助けたいって思った。自分でも驚くほどに」
「なぜでしょう?」
「人間ってどうしても自分を取り繕うとする。これは気持ちの弱い奴ほど顕著で、だからイジメられっ子の話にはバレバレの嘘が混じっていることもしばしば。でも、麻里ちゃんは違った。普通はイジメの詳細なんてプライドが邪魔して他人に曝せるものじゃないはずなのに、全て僕に預けてくれた。それがすごく新鮮だった」
 照れ臭さを紛らすように、男はそっと付け加えた。
「親兄弟や教師でもない、赤の他人だからこそ話せるってのもあるんだろうけどね……」

 ふたりは駅前のマクドナルドでひたすらに会話を紡いだ。家庭の悩み、勉強の悩み、彼女特有の真っ直ぐな語り口に耳を傾ければ、ホテルに入ったのは日付が変わってからだった。

 夜の残り香薫る街角。女はそっと手を差し出し、男はそれに応えた。
「本当に色々ありがとうございました。胸のつかえが一気に取れました」
「俺なんかに相談して気が軽くなったとしたら、それは最初から大した悩みじゃなかったってことさ」

 サラリーマンの憂鬱が跋扈する改札口、両手に嵌められた冷たい鉄輪が、男を朝焼けのその向こうへと連れ去った。

「花屋失格」 2008.12.29

2014-02-09 00:57:52 | 小説
 鉢の多い生涯を送って参りました。

 黄昏れの商店街。小さな花屋の店主であるGG二岡は、今朝入荷されてきたばかりのパンジーに水をやっていた。色とりどりの花が渡辺久信監督のように眩しい。
 店の奥の自宅から下校したばかりの娘の笑い声が聞こえる。別れた妻から引き取った愛娘は小学4年生。ロリコンの二岡にとって今が可愛い盛りだ。父子家庭の家では贅沢な生活は望むべくもないが、笑顔の絶えない、幸福な家庭を作ってきたという自負はある。
 二岡の趣味はといえば毎週の競馬くらいだった。中学生の頃から没頭していた風俗通いも娘の誕生を期に断ったし、毎回3億円分購入していた宝くじからも18の誕生日をもって足を洗った。totoが話題になった頃に手を出したこともあったが、それにしたってごく少額だ。しかもなぜか便器と買い間違えてしまい今は金魚鉢として活用している。

 そんな二岡に異変が訪れたのは日本花屋連盟の慰安旅行の最中であった。夜に催されたビンゴ大会で2等のタイムマシンを当てたのである。さらに今なら手数料もジャパネットが負担してくれるのだという。
 やっとの思いでマシンを家まで担ぎ込んだ二岡はどの時代にタイムスリップするか考えた。戦国時代への移動も頭に浮かんだが、腹が減っては戦も出来ないので、ひとまずは1年後に行くことにした。競馬の結果をひと通り調べ、しこたま儲けようという魂胆だ。

 ビッグレース当日にしてはまだらな人の群れを掻き分け入場門をくぐると、朝の競馬場は一面の銀世界だった。普通なら開催中止で当然の天候だが、巨額の売上が見込まれる有馬記念を延期するわけにはいかないのだろう。馬場では職員たちが懸命の除雪作業に追われている。
 --当分レースは始まりそうにないな。そう思った二岡はポケットから煙草を取り出し火を付けた。すると聞こえてきたのは目の前の若い女性のわざとらしい咳ばらい。鉄火場にさえ喫煙者の居場所はないのか。吸い殻を目一杯の力で踏み潰すと、二岡はコーヒーショップに向かった。彼の行きつけであるその店は、パドックから比較的近い場所に位置しており、レースの合間にそこで苦いコーヒーを飲むのを楽しみとしていた。

 いくら有馬記念デーといえど、9時半前で、しかもあいにくの天候。店内にほとんど客はいなかった。ちょうど山梨県の人口密度くらいだ。
 いつものように自分の指定席(と勝手に二岡が思っているだけなのだが)に足を進めると、そこには先客がいた。わざと聞こえるような大きな舌打ちをしたあと、再びその席を眺めると、みすぼらしい男が白い新聞を片手にブツブツと文句を言っている。
「昨日の最終はひどい目に遭った」「ラジオNIKKEI杯もなぁ。やっぱり2歳戦に賭けるもんじゃねぇ」
 非常に女々しく聞こえるが、競馬ファンにとっては正常な範疇だ。競馬に限らず、博打打ちを自認する人間は、常にifの世界に生き、そしてその世界では巨万の富を築いている。帯封片手に帰りは風俗で豪遊。そう信じて疑わないからこそ、いくら負けても苦痛にはならないのである。
 しかし、今日はなぜか“指定席”に陣取る男に心底嫌悪感を覚えた。どこぞのボクサーが「車は当てるもの」という名言を残したが、それは競馬とて同じこと。勝負事であるからには当てなくてはならない。
 ところがこの男はどうだろう。口先では愚痴をこぼしているが、まるで文句を言うことそれ自体に楽しみを見出だしているようではないか。生地がくたびれたカーキ色のジャンパーに、耳に挟んだ赤の細長いアクセサリー。その全てがダメギャンブラー、ダメ人間の象徴に思えて、二岡はひと言文句を言ってやろうと思った。
「あんたねぇ」
 おおよそ初対面の相手とは思えない口調で詰め寄ると、ジャンパーの男は素早く振り向いた。
「さっきからあんたは……」
 そこまで言いかけて彼は絶句した。くりっとした二重瞼の目に薄い唇。そして顎に蓄えた弱々しい髭。どこか見覚えのあるその顔は、そう二岡本人だったのだ。
 客観的に見た己の醜さに失望した彼は、いつも持ち歩いているサラダ油(エコナ)を男にぶっかけ、ジッポーで火を付けた。

 刹那のままに燃え盛る炎を見つめながら、二岡は焼けたての芋を頬張った。ひとつの死を成就した彼は、不敵な笑みを浮かべつつ、群集の中へと帰っていった。

「夢」 2009.2.11

2014-02-08 03:03:43 | 小説
 大学卒業を間近に控えた23歳の冬、男は編集部に漫画の原稿を持ち込んだ。自分の作品に一定の自信を持ってはいても、何せ全く実績のない素人。半ば駄目元の特攻であったが、立ち会った編集部員にいたく気に入られ「週刊ホップステップ」誌上にてまさかのデビューが決定した。
 しかし、漫画は日本が世界に誇る一大産業。そう甘くはないということであろう。読み切りで掲載された処女作の「ドザえもん」は読者からの支持を得られず、起死回生の思いで書いた初連載「ペニスのおじ様」も読者投票では下位の常連。1ヶ月で打ち切りに追い込まれた。
 自信作の相次ぐ失敗で絶望に打ちひしがれていたある日、担当者から事実上の最後通牒が言い渡された。
「次の作品で読者ランキング3位以内に入らなければ……」
 その先は聞きたくもなかった。

 仕事場として借りているアパートから逃げるように飛び出すと、彼は公園のベンチに腰を下ろした。砂場ではまだセックスを知らない男女が無邪気に会話を交わしている。
「まさおくんのしょうらいのゆめってなぁに?」
「うーん、おいしゃさんになることかなぁ」
「どうして?」
「校医になってJCのおっぱいを触りてぇ」
 そんな微笑ましい話に耳に傾けるうち、男の中で弱気の虫が騒ぎだした。去年より今年、先月より今月、そして昨日より今日。刻一刻と将来が削り取られてきた延長線上に自分は立っている。幼き少年は努力さえ怠らなければ医者になることもきっと不可能ではないのだろう。しかし、果たして自分が夢を叶えることはできるのか。そもそも俺の夢って何なんだ。
 男は呟いた。
「天才に…なりたい」

 不意に零れた一滴の雫は、彼が一生に口にするまいと思っていた言葉だった。イチローが野球選手になりたいとは言わないように、佐村河内守が作曲家になりたいとは言わないように、真の天才が「天才になりたい」などと言うはずがないだろう。そして、天賦の才とは後天的には身に付かないものなのである。
 男は作品のアイディアが浮かぶたび、自分の才能に陶酔していた。自分には才能があると強く信じていた。しかし、そう信じれば信じるだけ芽生える猜疑心もあった。だからこそのタブーだったのだ。
 男の中で何かが音を立てて崩れていった。

 黄昏れに染まる公園。ジャングルジムの頂きに立った男は、葉桜に咲く一輪の花びらを見つめながら、万年筆で頸動脈を刺した。薄れゆく意識のなか、彼は永遠の未来と熱い接吻を交わした。