Dying Message

僕が最期に伝えたかったこと……

京都議定書発効一周年

2006-02-19 21:59:54 | Weblog
京都議定書の発効から1年が経った。今のところ、温室効果ガス削減の目標達成が危うく、一層の努力が必要なんだって。しかし環境を守れ守れって、本当にうるさいね。大体、現代人が先のことまで考えて環境保護を謳ってること自体、お節介だと言うんだよ。

例えば氷河期の頃の人たちは、まさか自分たちが氷河期を生きてるとは思ってなかったわけだろう。その時代の気候を当たり前だと思って、それに対応した生き方をしていただけなんだ。むしろ暖かくなったら、食用の白熊やトナカイもいなくなって困ったんじゃないの。つまり“氷河期”なんてのは後世の人が勝手に名付けて、勝手にそう呼んでるだけなわけでね。当時の人たちはその気候に、特に不自由を感じることはなかったはずだよ。

それと同じように、地球が暖かくなっていることだって、現代人が勝手に心配してるだけなんじゃないか。今の日本人でユーラシア大陸と陸続きになっていないことを憂う人は誰もいないように、後世の人だって、温暖化の煽りで島のひとつが沈んだところで、どうとも思わないに決まってるよ。海面だってそんな急に上がるわけではないんだから、危ない島の人は順を追って逃げればいいし、もし海に飲み込まれたとしても、それは自然の淘汰と受け止めるべきことじゃないかって。

とにかく京都議定書とか言って、現代人が自分たちの価値観で未来のことまで世話を焼くのは、本当に滑稽なことだよ。恐らく今を生きる人たちは変に余裕がありすぎるんだろう。そのあまり、自分たちに関係のないことまで背負ってあげようとしてしまうんだね。その現代人の特徴の縮図がアメリカ合衆国(あれ?その割には議定書に調印してないな)で、勝手なリーダー意識からあちこちの紛争に介入しようとしてるけど、そんなのアリガタ迷惑で、余計に騒ぎが大きくなるだけなんだよ。環境だって同じことで、暖かくなったら暖かくなったなりの生活を営んでゆくだけなんだから、放っておいてあげたらいいんだ。ヒトはそういう順応性は持ってるわけでね。結局、現代人の謳うエコなんてものは、エゴでしかないわけさ。おあとがよろしいようで(笑)。


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