徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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書評:カズオ・イシグロ著、『The Buried Giant(忘れられた巨人)』(Faber & Faber)

2017年10月11日 | 書評ー小説:作者ア行

ノーベル文学賞受賞ということで読んでみようと思ったカズオ・イシグロ氏の作品。本当は映画化された有名どころ『Never let me go(私を離さないで)』とか『The remains of the day(日の名残り)』あたりから読もうかと思ったのですが、それらは電子書籍が紙書籍よりもなぜか2~3ユーロ高いので、紙書籍で注文したら納品に1-2週間かかるとのことでした。

それで、スウェーデン・アカデミーがノーベル文学賞授与の理由として挙げた『uncovered the abyss beneath our illusory sense of connection with the world(世界とつながっているという我々の幻想的感覚の下にある深淵を暴いた)』という評価はイシグロ氏の最新作『The Buried Giant(忘れられた巨人)』を特に意識したものであるらしいと知り、たまたまこの作品に限って電子書籍の方が紙書籍より50セント安かったので、この作品から読んだ次第です。

本作品は4部17章プラス「インターメッツォ」とも言うべき挿入部2章(ガウェインの独白)からなる長編です。物語は荒涼とした丘陵地帯の貧しい集落に住む老夫婦アクスル(Axl)とベアトリス(Beatrice)が長いこと会っていない息子に会いに旅に出る決意をするところから始まります。時代設定は明言はされていませんが、冒頭部の「ローマ人の残した街道は壊れたか草が生い茂って荒野に埋没した」云々というくだりと、あとから出て来るアーサー王(Arthus)の甥にして円卓の騎士の一人であったガウェイン(Gawain)が老騎士として登場することからだいたい6世紀中庸のイギリス・ウェールズ地方が舞台となっていることが読み取れます。アーサー王のおかげで実現したブリトン人と侵入者であるサクソン人の比較的平和な共存が続いている時代のことです。

アーサー王伝説は中世の英仏文学の重要な要素で独自の世界が築かれていましたが、近世には下火になり、それがまた現代でファンタジー小説やゲームなどに復活している不滅のネタとも言えます。円卓の騎士、魔法使いマーリン、エクスカリバー、アヴァロンへの船出などなど。

本作品は、そうしたアーサー王伝説の要素を取り入れていても、それが中心ではなく、あくまでも老夫婦の息子を訪ね、失われた記憶を取り戻す旅が中心に据えられています。そこが「ファンタジー小説」のカテゴリーに収まりきらないところではないでしょうか。

確かに人々の記憶を奪ってしまうらしいメスのドラゴン(she-dragon)が登場し、それを退治する使命を持ったサクソン人戦士・ウイスタン(Wistan)が密かにドラゴンを保護する使命を帯びていた老騎士ガウェインと対決する辺りはアーサー王伝説群に連なるファンタジーという感じを強く受けますが。

老夫婦アクスル&ベアトリスに話を戻しますと、彼らは息子が住んでいる村がどこだったのかすら正確には覚えていないのに「行けばきっと分かる」というおおらかさで旅に出てしまいます。最初に宿泊したサクソン人集落で二人はサクソン人戦士・ウイスタンと彼に怪物から助けられた少年・エドウィン(Edwin)と出会い、山の上の僧院まで一緒に旅することになります。その途中でウイスタンを追う者および老騎士ガウェインと出会います。この時点ではガウェインはウイスタンの使命を聞いただけで、直接戦いはしません。ただ彼らの行き先である僧院の大修道院長にウイスタンのことを告げ口したため、老夫婦まで巻き添えを食らって僧院から抜け出さなくてはならない羽目になってしまいます。とは言え彼らはそもそもその僧院に向かう目的であった高僧に会い、村を覆う霧と失われた記憶の謎がドラゴンの吐く息のせいだということを知ることができたので、記憶を取り戻すにはドラゴンが退治されなけらばならないという認識を新たに持って旅を続行します。

しかしながら、川を下っていくはずが途中ピクシーに邪魔されて、仕方なく川を出て山中に入ってしまい、そこで助けてくれた子どもたちにドラゴンを退治するために毒を盛られたヤギをドラゴンの住処であるらしい巨人の石塚まで連れて行くように頼まれてしまったため、さらに山を登ることになってしまいます。途中で老騎士ガウェインと再会し、下山するように忠告されますが、結局三人で山登りすることに。なんと言うか頑固な人たちですね。まあ、こうして無事に子どもたちに言われたとおりにヤギを繋いで一息ついているところに、別ルートで来たウイスタンとエドウィンが追いついてきます。ここでガウェインとウイスタンの対決という運びになります。老夫婦はブリトン人であるとはいえ、ドラゴンが退治されて記憶を取り戻すことを望んでいたので、ガウェインの味方はせずに戦いを見守ります。

サクソン人戦士・ウイスタンが勝利した後に不穏な言葉を吐きます。「The giant, once well buried, now stirs(これまでうまく忘れ去られていた巨人が今目覚める)。」そしてサクソン人たちはブリトン人に対する憎しみを思い出し、攻撃を始めるだろうと。

ここで初めて「巨人」がドラゴンによって奪われていた記憶を指していることが明らかになります。どうやらドラゴンが人々の記憶を奪うようにしたのは魔法使いマーリンの魔法のせいらしいのですが、それによってブリトン人とサクソン人の平和共存が担保されていたのだとすれば、確かにそれは平和の幻想でしかありません。いざ魔法が解けてしまえば、わだかまりや憎しみや復讐心といった負の感情が悲痛な過去の記憶と共に呼び起こされてしまうのですから。

最後の章では島へ船を渡す船頭が語り手となっています。記憶を徐々に取り戻した老夫婦は息子が島に渡ったこと、そして少なくともアクスルのほうはその息子がすでに流行り病で亡くなっていることも思い出します。夫婦二人の間にあったわだかまりも。

老夫婦が旅に出て間もなく出会った船頭に島には原則的に一人ずつしか渡れないこと、例外的に本当の絆で結ばれた夫婦だけが一緒に渡れることを聞いていたので、アクスルは二人一緒に渡ることに固執していたのですが、すでに船に乗せられたベアトリスとの会話の後に諦めて岸に戻っていくところで物語は終わります。ベアトリスは船頭を信用し、彼が必ずアクスルを間もなく迎えに行くのでそれを信じて待つようにアクスルに言い、船頭と仲直りするようにも言うのですが、アクスルは岸に戻る際に船頭に見向きもせずに行ってしまったので、二人の永遠の別れを暗示しているように解釈できます。

旅の間中ずっと妻・ベアトリスを「お姫様」と呼んで守り甲斐甲斐しく世話してきたアクスルですが、記憶を取り戻した後の彼女との温度差に絶望してしまったのでしょうか。自分だけが過去の傷を癒す必要性を感じており、彼女の方は彼女の過去の裏切りを覚えてすらいないようで、そこにやはり二人の間の心理的な距離・深淵が広がっていたと理解できます。

なんとも悲しい結末ですが、なんかおかしいという違和感に目をつぶり見せかけの平穏を保ったままの方が良かったのかどうか、辛くても真実に辿り着いたことをよしとするのか、読者の一人一人の判断に任されているところが押しつけがましくなくていいと思いました。

それに、考えてみれば老夫婦が旅をしてもしなくても、それとは無関係にサクソン人戦士・ウイスタンは自らの使命を果たしたでしょうから、記憶はいずれ戻って来たんでしょうけど、その瞬間を村はずれの我が家で迎えてたとしたら二人のその後はどうなっていたのだろうかと思いを馳せずにはいられません。

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抗がん剤投与4回目(がん闘病記11)

2017年10月11日 | 健康

10月10日、抗がん剤投与も4回目となり、1サイクルの3分の2が終了しました。今回も特に問題なく、クリニックに居た時間は朝8時過ぎから午後1時まででしたがそのうちの2時間近く完全に熟睡してました ( ̄∇ ̄;)

帰る頃には若干めまいがして足元がふらつく感じでしたが、迎えの車のところまで歩く分には問題有りませんでした。

投薬プランも前回と同じ

血液検査の方は、なぜか血小板値がまた350x10^3以上に上がってました。来週の火曜日にまた血液検査と担当医との面談があるので、何か問題があるのか聞いてみるつもりです。

クリニックから帰宅後軽く果物などをつまみながらネットやってたんですが、1時間くらいしたら猛烈に眠くなり、3時間ほど爆睡。このため、夜は普通の時間に眠れなくなって、朝4時過ぎにようやく就寝。今日起きたのは昼過ぎでした。自宅療養中で時間的な拘束がないと睡眠時間も自由でいいですね。

 

今日は会社の10月分の給料明細がメールで届き、漸く傷病手当への補助金の計算が完了したようで、8・9・10月分が16日にまとめて支給されることになり、ひとまず安心しました。やはりお金の心配というのは精神衛生上よくないので、しなくて済むに超したことはありません。

あと気になるのは抗がん剤治療の効果ですね。元の子宮・卵巣がんは病巣切除でなくなっており、併発していた腹膜がんに切除しきれていない可能性があるため、予防的な抗がん剤治療ということですが、この腹膜がんには血液検査で分かるようなマーカーがないので、1サイクル終えて精密検査しないとどうなっているのか分からないというのが厄介です。精密検査と言っても普通のCT撮影では発見できるとは限りませんし。現に子宮がん切除手術前にしたCT撮影では腹膜がんどころか、卵巣転移すら発見されませんでした。手術中の細胞診で初めて転移が確認されたわけです。なので精密検査をどれだけ信用すべきなのかかなり疑問です。漠然と再発の不安とともに生きていくしかないんでしょうね。

がん闘病記12


唐突ながん宣告~ドイツの病院体験・がん患者のための社会保障(がん闘病記1)

化学療法の準備~ドイツの健康保険はかつら代も出す(がん闘病記2)

化学療法スタート(がん闘病記3)

抗がん剤の副作用(がん闘病記4)

え、緑茶は膀胱がんのもと?(がん闘病記5)

ドイツ:傷病手当と会社からの補助金(がん闘病記6)

抗がん剤投与2回目(がん闘病記7)

抗がん剤投与3回目(がん闘病記8)

医者が満足する患者?(がん闘病記9)

マリア・トレーベンの抗がんハーブレシピ(がん闘病記10)

書評:Kelly A. Turner著、『9 Wege in ein krebsfreies Leben(がんが自然に治る生き方)』(Irisiana)